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2期

「ね、ねぇイヴ?」

「………」

「たった3日だから……ね?」

「………」

夏休みに入ってから2週間が経過したある朝の事。

ルナは、玄関で自分にしがみついて離れないイヴを懸命に宥めていた。

対するイヴはぶすっとした表情で沈黙を続けていた。

今のルナは、いつものリュックに加えてボストンバッグを肩に掛けた姿。

それというのも、今日からルナは2泊3日で臨海学校へ行く事になっているのだ。

学校行事であるため、当然の事ながらイヴとチャコは家で留守番となる。

そう、イヴはルナと一緒に行けない事に愚図ぐずっていたのだ。

「せやから諦めて連れてけばええやん。ウチとイヴを……」

「どさくさに紛れて、何自分も行こうとしてるのよ」

イヴに便乗しようと画策するチャコに、ルナが即座にツッコミを入れた。

「ルナに置いてかれるなんて、ウチはもう寂しゅうて寂しゅうて……」

「前に全然寂しくないって自分で言ってたじゃない」

両手で顔を覆ってウソ泣きをするチャコに、さらにルナがツッコミを入れる。

「チッ……こんな事ならあの時に嘘でも『寂しい』言うんやった」

チャコは舌打ちをして、自分の失態を省みた。

「ねぇイヴ、帰ったらイヴの好きな所に連れてってあげるから、今回だけは我慢して?」

「う~……」

沈黙し続けていたイヴからようやく出たのはうなり声であった。

「ね?いい子だからチャコとお留守番してて」

「む~……」

イヴはいまだ納得していない様な声を出しているが、集合の時間が迫ってきている為、いつまでもこうしている訳にもいかない。

ルナは自分にしがみつくイヴの腕を優しく外し、頭を撫でると「チャコ、あとよろしくね」と言って出かけて行った。

玄関に取り残されたイヴは目に涙を一杯に溜めて、膨れっ面でその場に立ち尽くしていた。



第 14 話 『真夏の夜の夢③』



ソリア学園3大行事の1つ、臨海学校。

毎年夏休みの間を利用して2泊3日の自然体験活動を行っている。

しかし『海』は地球にのみ存在するものであり、コロニーで生活している彼らは本物の海を見た事が無い。

そんな彼らに自然とのふれあいを体験する機会を与えようと、ソリア学園はハワード財閥協賛の下、擬似の自然体験活動の出来る大型野外施設『ネイチャーアイランド』を創設した。

地球とは違って海に果てはあるものの、塩化ナトリウムが84%、塩化マグネシウムなどの塩素化合物が8%、金・銀・銅・ウラン・アルミニウムなどが8%と、溶存物質は限りなく本物の海水に近づけている。

また島の方は、メガフロート技術を活用して海に浮かせ、表面には土や砂を敷き詰め、そこへ植樹する事で自然豊かな人工の浮島を生み出した。

彼らは、ここで自然との共存を経験し、その偉大さや必要性を知る事で、未来に向けて自分達に一体何が出来るのかを考え学習していくのである。

他では経験し得ないこの特別な課外授業は、ソリア学園の売りの1つであり、生徒からも「非常に良い経験が出来た」と高評価を受けている。


荷物を抱えながら、ルナは集合場所であるポートへと到着した。

「シャアラ、ハワード、おはよう!」

指定された場所に集まっている生徒の中にシャアラとハワードの姿を見つけ、ルナは笑顔で駆け寄った。

「おはようルナ!」

「よぉ!」

2人もルナの存在に気づき挨拶を返す。

「こうしてると修学旅行の時を思い出すよなぁ」

ハワードが感慨深くポツリと話した。

「そうね。思えば私達の今の関係も、あれが始まりだったのかもね」

ハワードの言葉にルナは頷いた。

「でも、今度は切り離しボタンを押さないようにね、ハワード?」

「……それを言うなよぉ」

クスクスと笑うシャアラの言葉を聞き、ハワードがガクッと肩を落とした。

そんな2人の様子をルナは微笑ましく眺めていた。

修学旅行へ行く前、ハワードとシャアラは所謂いじめっ子といじめられっ子の関係にあった。

エアバスケの時しかり、火事の時然り、シャアラはハワードに対して嫌悪感を抱いていたはずである。

それが今ではシャアラがハワードをからかうまでに良い関係を築けている。

(今回の臨海学校も、何か良い事あるといいな)

修学旅行での漂流を思い返し、ルナはこれから始まる臨海学校へ、期待に胸を膨らませた。


ネイチャーアイランドへはロカA2から宇宙船でおよそ1時間程で到着する。

それまでの間、生徒達は到着するまでの時間を各々満喫していた。

トランプ、読書、雑談……時間の潰し方は様々であるが、あっという間に到着予定時刻となり、船内にアナウンスがかかる。

『まもなくネイチャーアイランド・スペースポートに着陸致します。乗船されているお客様は席へお戻りになってシートベルトをお閉めになってください』

宇宙船の窓から外を覗くと、衛星に設施された巨大なコロニーが見えてきた。

生徒達は目を輝かせ、気持ちを高揚させた。

宇宙船は徐々に高度を下げていき、ポートへとゆっくりと近づいていった。




ポートへ無事着陸すると、生徒達が次々と下船し、ベルトコンベアから流れてくる自分の荷物を持っていく。

ルナも自分の荷物を発見し、流れてくるリュックを手に取った。

「ん……?」

ルナは持ち上げたリュックに違和感を覚え、思わず声を洩らした。

「どうかした?」

ルナの隣で荷物を待つシャオメイが不思議そうに尋ねた。

「朝より重い気が……」

ルナの全身から嫌な汗が出る。

恐る恐るリュックのファスナーに手を掛け、息を飲んだ。

全て自分の杞憂であって欲しいと、微かな希望を胸にゆっくりとファスナーを動かしリュックを開いた。

しかし現実は厳しい。

リュックの中からは満面の笑みを見せるチャコ。

ルナの願いは儚くも打ち砕かれ、肩をガクッと落とした。

「な・ん・で!チャコがいるのよ!!」

「いや、まぁ、ええやん。来てしもたもんはしゃーないって」

ルナに迫られ、チャコは目を泳がせてお茶を濁した。

「それじゃあ、イヴはどうしたのよ!?」

まさかイヴを1人置いて来たのではないか、とルナの中に悪い考えが浮かぶ。

「あ~、イヴなら……」

そう言いながらチャコはチラッとベルトコンベアへと視線を向けた。

「ま……まさか……」

ルナは流れてくるボストンバッグを慌てて手に取る。

「お、重っ……!?」

朝とは違うボストンバッグの重量になんとか耐え、バッグを落とさぬようそっと床に置く。

ルナは一気にバッグのファスナーを開けた。

「ぷはぁ~!」

開いたバッグから、新鮮な空気を求めてイヴが顔をひょこっと出した。

「イヴ!?」

何度か深呼吸し空気を取り入れたイヴは、自分の名を呼ぶ声に反応し、視線を向けた。

そこには自分が追い求めた人物の姿。

嬉しい気持ちが募り、イヴの瞳が涙で一杯になる。

イヴはバッグから飛び出し、ルナへと抱きついた。

ルナは「わっ」と小さく驚きの声を出すも、イヴをしっかりと受けとめた。

「ルナ、その子は?」

騒ぎを聞きつけた野次馬が集まる中、近くにいたクラスメイトの女子が質問を投じる。

「えっと、この子は「ルナの娘や」」

ルナの説明を、チャコの爆弾発言が遮る。

「「む……娘ェ~!?」」

周囲が絶叫の渦に巻き込まれる。

「ちょ、ちょっとチャコ!?」

「別にウソは言っとらんがな。ルナはイヴのおかんやろ?」

チャコがにやりと不敵な笑みを浮かべて答える。

「ル、ルナ……い、いつの間にそんな……!?」

チャコの言葉を真摯に受けとめたシャオメイが顔を赤くして鯉の様に口をパクパクさせていた。

子供ができる過程を想像したのだろう、意外と耳年増なシャオメイであった。

「ち、違うの!違わないけど違うの!!」

もはや自分でも何を言っているのか分からない。

だが、今のルナにはただひたすら否定し続ける事しか思いつかなかった。

「騒がしいぞ!!」

騒ぎ立てる周囲をメノリが一喝すると、野次馬の生徒らは畏怖からシンと静まった。

騒ぎの中心へ歩み寄ったメノリの目に飛び込んできたのは、ルナに抱きつくイヴの姿であった。

メノリは虚を突かれ、目を丸くした。

「おーい、どうしたんだぁ……ってイヴじゃないか!!」

驚くメノリの後ろからハワードが顔を覗かせて声を張り上げた。

ハワードの言葉に反応し、仲間達も騒動の中心へと集まる。

「ハワード、その子知ってるの?」

「ん?あぁ、夏祭りの時に見つけた迷子だよ。結局親が見つかんなくて今はルナが引き取ってるけどな」

近くの女子の質問に、ハワードがさらりと解説する。

それを聞き、周囲から「なぁんだー」という安堵の様な、残念がる様な声が洩れる。

おそらく無自覚だろうが、タイミング良く弁明してくれたハワードに、この時ばかりは感謝した。

「普通に考えれば分かるだろ……」

ルナの年齢でイヴの歳の子供がいるはずがない、とカオルが呆れ顔で呟く。

それを聞いたベル、シャアラ、シンゴは苦笑いを浮かべていた。


「それで一体何故こういう事になったんだ?」

メノリの追及に、ルナは簡潔に状況の説明をした。

「……なるほど。事情は大方把握した」

「だけど弱ったなぁ……」

ルナは困却した。

ここまで来てしまっては連れて帰るという訳にもいかない。

「ごめんなさい……」

「え?」

突然の謝罪の言葉が耳に入り、ルナは視線を下へ落とした。

「迷惑かけてごめんなさい……だけど、どうしても一緒に居たかったの……どこにも遊びに連れてってくれなくていいから……置いてかないで……」

声を震わせながらも、イヴは懸命にルナへ気持ちをぶつけた。

その言葉がルナの心へ深く響く。

それほどまで自分を求めてくれていた事を知り、思わず涙腺が緩みそうになる。

「迷惑だなんて思ってないわよ。私こそゴメンね?寂しい思いをさせて」

ルナは愛おしそうな眼差しで、抱きつくイヴの頭を優しく撫でた。

その仕草・表情・眼差しは、まるで本当の母親の様である。

例え血は繋がっていなくとも、2人の間には確固たる親子の絆がある様に感じられる。

それがメノリの感想であった。

そんな暖かな光景に思わずクスリと微笑んだ。

「ルナ、イヴの事は私から先生に上手く言っておく。お前はイヴと一緒に居てやれ」

「メノリ……ありがとう」

ルナのお礼を背中で聞き、メノリは教師との交渉へ向かった。

「珍しいな。どういう風の吹き回しだよ?」

すれ違い様に、ハワードは意外だ、とでも言うような表情でメノリを茶化した。

「別に」

そう一言返し、ハワードの横を通り過ぎる。

「ただ……」

それから数歩進んだ所で立ち止まり、ハワードに背を向けたまま言葉を続けた。

「イヴを責め立てる事が私には出来なかっただけだ。置いていかれた時のあの喪失感は、痛いほどよく分かるからな……」

母を失った時のあの気持ちを忘れられるはずもない。

まだ年端もいかない少女にそんな思いをさせる理由もない。

「ほら、イヴもメノリにお礼を言って」

「はーい!」

後ろからルナとイヴのそんなやり取りが聞こえた。

「メノねぇありがとぉ!!」

「!!?」

初めて耳にする呼び名に、メノリは顔を赤くさせて振り返った。

そこには、ルナの隣で満面の笑みを見せるイヴ。

(……メノ姉……メノ姉……メノ姉……)

メノリの中でその呼称が反響していた。

(もし私に妹がいたらこんな感じなのか……?メノ姉か……メノ姉……フフッ、不思議な気持ちだ。シンゴの気持ちが少し分かるな……)

「フフッ……」

思わず笑い声が表に出る。

突然の含み笑いに周りにいた生徒らはビクッとした。

そんな周りの反応にも気付かないくらい浮かれていたメノリは、イヴからの呼称の余韻に浸りながら、軽やかな足取りで教師の元へと向かっていった。

(また1人、イヴの魔力にやられてもうたか……)

メノリの様子を見て、チャコは苦笑いをし密かに思うのであった。

メノリの懸命な説得・・のお陰で教師らは折れ、イヴの参加が特例で許可された。

教師らは語る、あの時のメノリは恐かった、と……。




ポートから外へ出ると、そこにはロカA2には無い大自然が広がっていた。

どこまでも広がる海、深く生い茂る森林、そこから聞こえる鳥のさえずり、全てが生徒達にとって初めて目にする光景ばかりであった。

「これが自然……」

「……すごぉい」

その壮大さに感動し、生徒達は目を輝かせた。

「ハワード財閥の技術ってスゴいのね……とても施設の中とは思えないわ」

シャアラが唖然とした様子で呟いた。

「そうだね。でも……」

ベルが物寂しそうな眼差しで周囲を見渡した。

「どうしたの?」

シンゴがベルの様子に首を傾げる。

「うーん……」

「どないしたんやルナ?」

難しい顔をして立つルナにチャコが尋ねる。

「何だろう、この違和感……」

ルナもベルと似た様な反応を返していた。

「……ルナとベルも感付いたか」

そう言葉を発したのはカオルだった。

「何がだよカオル?」

ハワードが早く教えろ、と言いたそうな表情で問い掛ける。

「ここの自然、力強さを感じない」

そう呟いたのはイヴであった。

「そっか……!ずっと感じてた違和感はそれだったんだ!」

イヴの言葉を聞き、ルナがハッとしたように声に出した。

「イヴ、よく気付いたな」

カオルが感心した様にイヴを見つめた。

イヴは褒められ「エヘヘ」と嬉しそうに笑った。

「意味分かんないぞ!?」

いまだよく理解出来ていないハワードがムッとした表情で尋ねた。

自分より年下の少女が先に理解出来ている事が面白くないのだろう。

「ここにある自然は徹底して管理された環境で生きている。言わば温室育ちの自然だ。厳しい生存競争の中を生き延びたサヴァイヴの自然には遠く及ばない」

「なるほど、甘やかされて育てば軟弱に育つ……という訳か」

カオルの説明に納得し、メノリはわざとらしくチラッとハワードを見た。

「……何で僕を見るんだよ?」

「いや……驚くほど似たように育つものだな、と思ってな……」

「は?」

メノリの言葉の真意が理解出来ず、ハワードは首を傾げた。

ハワード以外の皆は、メノリの言わんとしている事を理解し、笑いを押さえるのに必死になっていた。

こうして始まる前からトラブルだらけの臨海学校1日目は幕を開いた。

つづく
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