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2期

全選手がインフィールドに集結し、最終種目『サバイバル鬼ごっこ』開始の合図を待っていた。

ルールをもう一度おさらいしよう。

○選手は相手のハチマキを奪い合う。

○ハチマキを奪われた選手は速やかに退場する。

○競技はインフィールド内のみ。

○自分のハチマキには触れてはならない(取られない様にハチマキを押さえているなどの行為)。

○暴力、恐喝によるハチマキの強奪は反則。強制退場とする。

○最後の1人になるまで競技は続く。

以上である。

ちなみにこの競技の間だけは教員に審判をお願いする事にしている。


「あ、カオル!」

フィールド内でカオルの姿を発見し、ルナが駆け寄る。

「何か凄い事になっちゃったね」

「メノリには何が何でも勝てと言われるしな。随分と簡単に言ってくれる……」

カオルが面倒だ、とでも言う様に深い溜息をつく。

「この人数から勝ち残るだけでも十分大変だと思うんだけどねぇ」

ルナは苦笑いしながら、フィールド内の選手を見渡した。

「まぁ、選抜リレーをドタキャンした手前、やるしかないだろうな」

「同感!」

カオルの言葉にルナはクスッと笑いながら頷いた。


『それではこれより最終種目、サバイバル鬼ごっこを始めます。位置に着いて……』

「ルナ……」

「ん?」

声を掛けられ、ルナはカオルへと顔を向ける。

『よーい……』

「お前は俺が守ってやる。俺の側から離れるなよ?」

「……!……うん!」

ルナは幸せそうな笑みで答えた。

カオルが守ってくれる……。

それだけで不思議と安心感に包まれた。

バァン!!!

ピストルの音と同時に、全選手が1位を狙い一斉に動き始めた。



第 11 話 『体育祭④』



カオルの動きにルナは目を奪われた。

ハチマキを奪いに来る敵をいとも簡単に躱し、そのすれ違い様に相手のハチマキを奪う、その流れる様な一連の動きは実に優雅であった。

「カオル凄いね!」

感嘆の声をあげるルナに、カオルは苦笑いをした。

「そういうルナこそ、結構な数の敵を退けてるんじゃないか?守ってやると言った俺の面目が立たないな」

「そんな事ないわ。カオルが守ってくれてるから、私1人でも十分対処できるんだから」


カオルはいつでもそうだ。

表立っては動かず、陰ながらサポートする様に動いてくれる。

今だって、もしカオルが迫り来る全ての敵を対応していたら、ルナはただ立っているだけだ。

それは競技に参加しているとは言えない。

それはルナの望む事ではない。

カオルの『守る』という言葉は、降り掛かる火の粉は全て振り払う、という意味ではない。

ルナ自身が1人で対応しきれる範囲を維持できるようフォローする事である。

普通なら、少女に迫る危機を少年が体を張って守る、なんて漫画的なシチュエーションに憧れるのかもしれないが、ルナはそんなのは御免であった。

一方的ではなくお互いに。

それを尊重してくれるカオルの不器用な優しさにルナは顔を綻ばせた。


カオル同様に、シャオメイも次々とハチマキを奪っていく。

「甘い甘い!」

誰一人としてシャオメイの素早い動きについていけてはいなかった。

そんなシャオメイを、メノリら5人が包囲する。

「お?」

「悪いなシャオメイ。少々卑怯だが、包囲戦法を採らせてもらった」

「別に卑怯じゃないわよ。勝ち残る為の立派な戦略だわ」

敵に囲まれ、逃げ場は無いというのに、シャオメイは笑顔でメノリを称賛した。

まるでこの状況に危機感を覚えていないようである。

「かかれー!!」

メノリの叫び声と同時に全員が中心のシャオメイに突撃した。

(こういう状況を四面楚歌って言うのかしらね。カオルみたいに気配を読むっていうのは、私にはまだ無理だし……ま、やり方次第ね……!)

シャオメイはペロッと上唇を舐め、自分へ迫ってくる中の1人──ベルに標準を決めて突っ込んだ。

ベルがシャオメイのハチマキを奪おうと、長い腕をグンと伸ばす。

しかしシャオメイはその腕を跳馬として利用し、片手側転でベルの長身を跳び越えた。

「なっ!?」

その曲芸の様な動きに、皆が驚愕した。

ベルの背後へ着地する最中にそのハチマキを奪う。

「まず1人……」

突然標的が消えた事で、中央目がけて突撃したメノリ達は急に止まる事が出来ず仲間達と衝突した。

その反動で尻餅をついた彼らの隙を狙い、シャアラ、シンゴのハチマキも同時に奪う。

メノリとハワードは、かろうじてシャオメイの急襲を回避した。

「残りはメノリとハワードね?」

不敵に笑うシャオメイに、メノリとハワードは息を飲んだ。

シャオメイの動きに2人は意識を集中する。

「あ、1つ忠告しておくけど……敵は私だけじゃないわよ?」

その言葉にハッとするが、時すでに遅く、背後に忍び寄っていた他の選手に不意を突かれ、2人のハチマキは奪われてしまった。

「あー!やられたー!!」

「くっ……!シャオメイばかりに気を取られて油断してた……!」

ハワードとメノリが悔しさを露にした。

「悪いわね、メノリ!ハワード!」

シャオメイは勝ち誇った表情でその場を後にした。




始めはインフィールドを埋め尽くす程いた選手も、今は残り6名にまで減っていた。

ここまで来ると、お互いの姿が見える為、警戒して動きが見られない。

残っているのは、赤組のルナとカオル、白組のシャオメイ。青組の野球部員とレスリング部主将、黄組のエアバスケ部の女子部員。

という顔ぶれ。

しばらくの均衡状態を破る様に、最初に動き出したのはシャオメイであった。

彼女が標的に定めたのは黄組の女子。

少女は逃げ回るも、あっという間に追いつかれ、早々とハチマキを奪われてしまった。

その肉食獣が獲物を狩る様な動きに青組の男子2人、そしてルナもゴクリと息を飲んだ。

「……カオルはシャオメイの相手をして。あの子に対抗できるのはカオルだけだわ」

「いやダメだ。今俺がアイツと対峙すれば、青組の2人は間違いなくルナを狙ってくる」

ルナの意見にカオルは首を横に振った。

例え身体能力の高いルナでも、運動部所属の男子2人を相手するのは厳しい。

カオルは少し考えた後、ルナに1つの作戦を提示した。

「……1分でいい、アイツを食い止められるか?青組の連中のハチマキを奪ったらすぐに向かう」

カオルが言った『アイツ』とは、シャオメイの事。

カオルのとんでもない策を聞き、ルナは自分自身へ問答した。

出した結論は……

「……分かったわ。やってみる……!」

ルナの力強い返答にカオルは口元を上げて頷くと、青組2人の元へ向かって行った。


ルナがシャオメイの前に立つ。

「へぇ、私に1人で挑むつもり?私に勝てると思ってるの?」

「……勝てるとは思ってないわ。でも、カオルが私を信じてこの作戦を提示してくれたから……私はそれに応えたい!」

ルナを突き動かすものはカオルへの絶対的な信頼。

その堅い意志を肌で感じ、シャオメイは武者震いした。

「おもしろいわルナ!借り物競争では不本意な結果に終わったけど、ここで決着をつけましょ!でも勝つのはこの私よ!」

高らかに勝利宣言をし、シャオメイがルナへと襲いかかった。


「おりゃあ!!」

「ここまで来て、負けてたまるかぁ!!」

青組の男子が2人がかりでカオルへと玉砕覚悟で突っ込む。

カオルは2人の間をすり抜け、2本のハチマキを同時に奪った。

その対峙時間わずか3秒。

「きゃああ!カオルカッコい~!!」

カオルへの黄色い声援が飛び交う。

(ルナは……!?)

カオルは周りの声援よりも現在シャオメイと対峙しているルナの事が気にかかり、視線をルナへと向けた。


「もらった!!」

シャオメイの手がルナのハチマキに伸びる。

「わっ!?」

それをルナは紙一重で素早く躱した。

すかさずルナも反撃に出るも、軽々と避けられてしまう。

しかしその状況は、周りは勿論、シャオメイ自身も予想だにしなかった事であった。

(スピードも身体能力も私の方が上のはず!なのに……何で捕らえられないの!?)

「はっ!!」

ルナの動きが次第に鋭さを増していく。

シャオメイに少しずつ焦りの色が見え始めた。

(しかも、ルナの動きがどんどん速くなっている……!?)

「うーん……今のイケると思ったんだけどなぁ」

ルナが苦笑いして呟いた。


「あれ?カオルの奴、何でボーッとつっ立ってるんだよ?早くルナに加勢しろよ!」

赤組の男子が、ルナとシャオメイの勝負を静観しているカオルに気付き、思わず声を張り上げた。

「カオルは加勢しないよ」

男子に対しベルが答える。

その視線はルナへと向けたままである。

ベルの言葉にメノリも同意した。

「今のルナがそれを望んでないみたいだからな」

「でも、シャオメイに勝たなきゃ赤組の優勝は無いんだぞ!?メノリも勝ちにこだわってたんじゃないのか!?」

「まぁ、そう……なんだがな」

男子の言葉にメノリは苦笑いを浮かべた。

昔ならカオルに対して加勢を強要していただろう。

一番になる事のみに意義を見出だしていたから……

しかし今ではそれ以上に大切な事があると胸を張って言える。

その答えは、今奮闘している少女にある。

「ルナを見ていたら、どうでもよくなった」

「どうでもって……」

「見てみろ。ルナの奴、とても楽しそうだ」

そう答えるメノリの表情も、不思議と楽しそうに見えた。


「ルナちゃん、凄いわね。相手の子、すごく身体能力高いんでしょ?」

観客席からカトレアが感心した様子で傍観していた。

その両隣にはチャコとアキラも座っている。

「あれは一種の生存本能やな」

「どういう事?」

チャコの言葉の意味が分からず、カトレアは首を傾げた。

「ルナはちっちゃい頃から誰よりも『生きる』事に貪欲どんよくでな、窮地に追い込まれると野性の本能が働くのか、実力以上の力を発揮すんねん。よく言うやろ?窮鼠きゅうそ猫を噛むとか、火事場の馬鹿力とか。それがルナは人一倍強いんや」

「……ルナちゃんが自分を守る為に習得した生きる為の本能なのね?」

チャコの説明に、アキラは納得した。

「せやから、相手の子も今頃ビックリしとるやろうなぁ。今のルナはたぶんものすごいスピードで成長しとるやろうから」

チャコは悪戯っぽく笑ってシャオメイへ同情の言葉を掛けた。


チャコの言う通り、シャオメイは苦戦に強いられていた。

(ルナの動きが……前半とまるで違う!それに……)

次第に足に力が入らなくなっていき、踏ん張る度に膝がカクンと笑った。

想定外の長期戦で、スタミナが切れ始めてきたのだ。

しかしそれはルナも同様であった。

それでもお互い一歩も引かない。

負けたくない気持ちが自らを鼓舞させ、体を自然と動かしているのだ。

「ルナー!!負けるなー!!」

「シャオメイも頑張ってー!!」

2人の激しい攻防に感化され、競技場内が応援で沸き始めた。

「ルーナ!!ルーナ!!」

「シャオメイ!!シャオメイ!!」

両者のコールで競技場が一色に染まる。

仲間達も家族も、クラスメイトも先輩後輩も、先生や観戦に来た客も、皆が2人に声援を送った。


息を切らして対面している2人は直感していた。

次が最後となるであろう事を。

体力はそろそろ限界に近づいていた。

もはや足で大地に立つ力すら、2人には残されていなかった。

残った力を両手両足に注ぎ込み、シャオメイが一気にルナとの距離を詰め、片腕をハチマキへと伸ばす。

ルナはそれを躱し、シャオメイのハチマキへと腕を伸ばした。

(かかった!!)

シャオメイが身をひるがえして回避した事で、ルナはシャオメイへ背を向ける形となった。

(勝った……!!)

シャオメイは勝利を確信しルナのハチマキへと手を伸ばした……




ドクン……

(不思議な感覚だわ……)

ドクン……

(シャオメイの姿は見えないはずなのに……)

ドクン……

(シャオメイがどこにいるのか……何をしてくるのかが分かる……!)

この窮迫した状況で、ルナの集中力は極限にまで高められていた。


シャオメイが伸ばした腕を、ルナは背を向けたまま紙一重で躱す。

「え……!?」

捕らえたと思っていた手は空を切り、シャオメイは声を思わず洩らした。

(い、今の……カオルと同じ……!?)

シャオメイは戦慄した。

それは初めてカオルと対峙したあの時と同じ感覚。

それは自分が憧れた未到の領域。

そこへルナはこの短時間で足を踏み入れたのだ。

ショックでシャオメイの集中力はプツリと切れ、その体が力無く人工芝へと倒れていく。

ルナもまた今の回避で余力を使い果たし、体がグラリと傾いた。

しかしその闘志は尽きておらず、不屈の精神力で倒れながらもシャオメイのハチマキへと手を伸ばした──。


ドサッと音をたてて人工芝に倒れる2人。

競技場はシンと静まり返った。

皆が倒れた2人に視線を向ける。

その目には、手に白いハチマキを握りしめ、仰向けに倒れているルナの姿が映った。

「ルナの勝ちだぁ!!」

競技場に歓声が響き渡る。

その歓声を聞き、ルナは芝生に寝転がりながら清々しい表情を見せた。

カオルがルナの元へゆっくりと歩み寄る。

「ルナ、お疲れ様」

「ははっ!カオルと戦う力どころか、もう立ち上がる力すら無いけどね。」

ルナの様子にカオルは口元をわずかに上げて微笑むと、自らのハチマキを解き、ルナの手にそれを握らせた。

「え……?カオル、これって……」

「努力賞だ」

カオルはそれだけ言うと、インフィールドから出て行った。

その光景を見た周りは唖然とした。

『あ……えーと……ルナさんがカオルさんのハチマキを手にしましたので、1位はルナさんとなりました!」

赤組の選手達が歓声をあげながらルナの元へ駆け寄った。

その様子をカオルは少し離れた場所からわずかに微笑みながら眺めると、その場から立ち去った。

「あれ?カオルは!?」

ルナの優勝に赤組一同が狂喜乱舞する中、シンゴがカオルの姿が無い事に気付く。

「カオルが突然いなくなるのはいつもの事だろ」

もうハワードの中ではカオル=独断行動という方程式が成り立ってしまっている様だ。

「まぁ確かに気にせずともすぐに戻ってくるだろう」

メノリもハワードの言葉に同意し、仲間達も「うんうん」と深く頷いた。

彼らを除く赤組のチームメイト達は、ルナがいなくなった時とは随分対応が違うな、と苦笑いを浮かべていた。




カオルは1人、競技場内の通路を歩いていた。

「……ひっく……」

耳に嗚咽の様な声が微かに入り、カオルはその方向へゆっくりと歩み寄って行った。

「う……ひっく……」

そこには、しゃがみ込んで泣いているシャオメイの姿があった。

ルナに負けたのが悔しかったのだろう。

シャオメイがカオルの存在に気付き、慌てて涙を手で拭った。

「……何しに来たのよ?私を笑いに来た訳?……いいわよ、笑いなさいよ」

シャオメイの言葉にカオルは何も返さない。

「笑っちゃうでしょ?散々アンタに勝つために追っかけ回して、その結果がこれよ……!私はルナにさえ勝てなかった……!」

シャオメイは涙声で呟き、顔を膝へ埋めた。

「変わる為にここへ来たのに……私は何も変われてない……ここへ来たのは無意味だったのだったの……?」

「……無意味だと、本当に思っているのか?」

ずっと黙っていたカオルが言葉を紡ぐ。

「ルナやメノリ達と出会った事も、今日の体育祭も、全て無意味だと思っているのか?」

「それは……」

「全然変われていないと言ったな?本当にここへ来る前と比べて全く変わってないのか?」

「………」

カオルの言う通り、全く変わっていない訳ではない。

しかし、いい意味での変化をしているとはとても思えないのだ。

「変化は……してると思うわ……でも、成長はしていない……強くもなっていない……!私はここへ来て挫折しかしてない……」

シャオメイは再び顔を膝に埋め、鼻をすすった。

「良かったな」

「……何がよ?」

シャオメイは赤い目でギロリと睨む。

こういう時くらい優しい言葉の1つでもかけられないのか、と怒りの感情が沸き上がる。

「挫折を知った……それは成長の証だろ」

「え……?」

「今の宇宙科学だって同じだ。人類は地球を失って一度は挫折した。だがコロニーを設立し、宇宙船を発明し、未開惑星の開拓をし……1つの挫折からここまで多くの可能性を見出だしてきた。これは大きな成長とは言えないか?」

「……でも私は……」

シャオメイが小さい声で呟く。

先の敗北で完全に自信喪失に陥っていた。

「逃げるのは簡単だ。一番楽な方法だからな。だが傷つかない分、成長もしない……」

「……随分と分かったような口をきくのね」

「俺も過去に挫折した事があるからな」

シャオメイは目を円くした。

カオル程の人間でも挫折を味わった事があるのか、と驚きを隠せない。

「俺は一度逃げた。だが、アイツに……ルナに出会って、また立ち上がるきっかけをもらったんだ。だから、アイツには頭が上がらない」

シャオメイは何となく理解した。

カオルの強さの理由を。

「俺に出来たんだ。お前にも出来るはずだろ?」

「……随分と簡単に言ってくれるじゃない」

「俺を超えるんだろ?」

不思議と先程の喪失感、無力感は心の中から消えていた。

「……当たり前でしょ!その為に私はソリア学園に転入したんだから!見てなさい、絶対にアンタもルナも超えてみせるんだから!」

シャオメイは涙を拭い、高らかに宣戦布告した。

「……やってみな」

カオルが不敵に笑った。

それはシャオメイにとって初めて見たカオルの笑みであった。




「あ、シャオメイ!どこ行ってたの?もうすぐ閉会式よ」

ルナが戻ってきたシャオメイに駆け寄る。

「うん、ちょっとね」

シャオメイは笑顔を向け、誤魔化す。

さすがに、悔しくてさっきまで泣いてました、とは言えない。

「……ねぇ、ルナ」

「ん?なぁに?」

「ルナは……どうしてそんなに強くいられるの?どうして笑顔でいられるの?」

シャオメイはルナに聞いてみたくなった。

辛い過去を持ちながらも、ルナが常に笑顔でいられる理由……その強さの秘密を知りたくなった。

「私は強くなんかないよ?いつも挫けそうになって、1人で落ち込んでるもの。でもチャコがずっと側にいてくれたから……。大切な仲間が出来たから……。そんな毎日が楽しくて、いつの間にか本当に心から笑えている自分に気付いたわ。私が強いんじゃないわ。みんながいるから強くいられるの。笑顔でいられるのよ」

そう答えたルナの笑顔は、本当に幸せそうに見えた。

「それに……シャオメイだってもう私達の大切な仲間だよ?」

「……え?」

シャオメイは虚を突かれた表情をした。

「え!?でも……私、カオルを追っかけてばっかで……この体育祭だってみんなとは敵同士で……」

「そんなのは関係無いわ。ハワードとメノリなんていつもケンカしてるし、エアバスケ大会の時だってみんなチームがバラバラだったし。仲間になるのに条件も資格も必要ないわ。少なくとも、私はシャオメイを仲間だと思ってる。シャオメイはどう?」


仲間……それはシャオメイが今まで得た事の無いものであった。

友達とは違う……家族とも違う……未知なる枠に戸惑いを隠せない。

しかし、その響きは心地良いものに感じられる。

「……私なんかが仲間でいいの?カオルは特に嫌がるんじゃない?」

シャオメイの不安そうな表情に、ルナはクスッと笑った。

「カオルはシャオメイが思っている程、あなたの事嫌ってないわ。顔には出さないけどね」

「……本当に?」

「うん!毎日のトレーニングぐらいに考えてるんじゃないかしら?」

ルナが思い出す様ににクスクスと笑う。

「……そっか。へへっ……仲間か……」

シャオメイの顔に嬉しさが滲み出ている。


『アイツに……ルナに出会って、また立ち上がるきっかけをもらったんだ』


先程のカオルの言葉が蘇る。

(カオルもこんな思いだったのかな……?確かにルナには頭が上がらないわ)

カオルの気持ちに同感し、シャオメイは自嘲気味にクスリと笑った。

「ほら!いつまでもにやけてないで、最後の大仕事頼んだわよ実行委員長殿!」

ルナがポンと軽くシャオメイの背中を叩く。

「はいはい、分かってますよ。じゃあ行ってきまーす!」

ルナの笑顔に見送られ、シャオメイは今までに無い清々しい表情で閉会式へと臨んだ。




閉会式が終わり、選手達はそれぞれの帰路に赴いていた。

「ルナとカオルは何してんだ?」

ハワードが集う仲間達の中に2人の姿が見えない事に気付く。

「ルナは実行委員の仕事があるから先に帰ってて、って言ってたわ」

シャアラがルナの言伝をそのまま伝える。

「カオルならさっきシャオメイに呼ばれてたよ」

「はぁ?シャオメイに?いつもの勝負しろーってやつか?」

ベルの言葉にハワードが怪訝な顔をした。

「いや、シャオメイなら呼び出しせずに追いかけ回すだろう?」

あり得ないと言う様に、メノリが首を横に振った。

「じゃあシャオメイの用事って何だろう?」

シンゴが疑問をポツリと呟くが、皆「うーん」と唸るばかりだった。


その頃カオルはシャオメイに連れられ、倉庫へとやってきた。

倉庫のマットの上には、すやすやと寝息をたてて眠っているルナの姿。

「実行委員の仕事が全部終わった途端、電池が切れたみたいにパタリとね」

シャオメイから事情を聞き、溜息を1つ落とすと、カオルは眠っているルナを背中に負ぶった。

「……世話かけたな」

「あ……あのさ!」

その場から立ち去ろうとするカオルをシャオメイが呼び止める。

「何だ?」

「えっと……さっきは……あ、ありがとう。私がこうやって立ち直れたのも、カオルとルナのお陰だから……」

「俺は何もしてない。その言葉は今度ルナに会った時に言ってやれ」

そう返すと、ルナを背負ったカオルはシャオメイの横を通り過ぎる。

「……ルナって不思議な子よね」

シャオメイの言葉にカオルは足を止め、視線だけを彼女へ向けた。

「私……どれだけ強くなったとしても、ルナには適わない気がする。それは挫折とかじゃなくて、もっと高尚な……道徳的な意味でね」

「……恐いだろ?」

カオルが不敵に笑う。

しかし決して嫌味からの笑みではなく、共感できるという意味での笑みである。

「……えぇ、恐いわ」

シャオメイもクスッと笑みを溢す。

「じゃあな……」

カオルは再び足を動かし始めた。

「カオル!!」

カオルが出口へ差し掛かった所でシャオメイが叫ぶ。

「私、もうアンタを追いかけ回すのはやめる!このソリア学園できっと成長してみせるから!心身共に強くなってみせるから!だから……その時は勝負してくれるわよね!?」

シャオメイの叫びにカオルは何も答えずに外へと出て行った。

しかしシャオメイは見逃さなかった。

カオルが外へ出る間際、カオルの口元がわずかに上がっていたのを。

「待ってなさいよ……!必ず追いついてみせるから……!」

シャオメイは改めて、目標を掲げ、その達成に闘志を燃やすのであった。




心地良い揺れを感じながら眠っていたルナが、顔に当たる夕日に眩しさを感じ、ゆっくりと目を開けた。

「あれ……私……寝ちゃって……?」

寝起きで頭がボーッとしていたが、今現在の自分の状況を理解すると、顔を真っ赤にさせた。

それを隠してくれる夕暮れの日差しにこの時は感謝するばかりだ。

「ルナ、起きたのか?」

さすがというか、カオルは敏感にも気付いていた。

「う、うん!ありがとう!もう大丈夫だから降ろしていいよ!?」

「さっきまで電池切れて寝てたんだ、無理するな」

「いやでも……私、重いでしょ!?そ、それに1日中動いてたから……汗臭いだろうし……」

言っててどんどん恥ずかしくなってくる。

「別に重くない。汗臭くもない。余計な事考えてないでゆっくり体を休ませておけ」

「余計な事じゃないの!女の子にとってはものすごく重要な事なんだがら!」

ルナがムッとした表情で言い返す。

「……それは悪かったな」

「……カオル、全然悪いと思ってないでしょ?」

ルナがカオルの首に巻いている腕の力を加える。

「……苦しい」

「あはは!女の子を辱めた罰よ」

ルナは笑って答える。

先程まであった恥ずかしさもいつの間にかどこかへ行ってしまった。

カオルも口元をわずかに上げて微笑む。

「ルナ」

「ん?」

「実行委員、お疲れ様」

「……うん!」

カオルから慰労の言葉をもらい、ルナはもう一度カオルの首に巻いている腕に力を加えた。

今度はカオルが苦しくないように。

家路を歩く2人の姿を、オレンジ色の夕日が優しく包む。

道に伸びる2つの影は、1つに重なったまま、2人の後を追っていた。

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