2期
2週間程の短い春休みが終わり、再び学校へ学生が登校する。
しかし、この休み明けだけは不思議と気が引き締まる思いになる。
他の長期休暇と決定的に違う点、それはこの休みが準備期間であるという事。
学生達は皆、春休みが終わると同時に大人への階段を1段上がる事となる。
1年生は新2年生へ
2年生は新3年生へ
3年生は新たなステージへ
ルナ達も同様に3年生へと進級し、中学最高学年となる。
そして……カオルにとっては、仲間達と一緒に過ごす事の出来る最後の1年となる。
本日、ソリア学園は始業式を迎える。
始業式の朝、ルナは少し緊張気味に通学路の動く歩道 に揺られていた。
『久々の学校だから』だとか、『遅刻してメノリに叱られるから』だとか、そのような理由ではない。
ルナは人見知りをしない質 であるし、今日は寝坊してないため、遅刻もしていない。
では何故か?
学年が変わると共に、もう1つ変わってしまうものがある。
その事が気に掛かり、ルナは現在の心境で登校しているのである。
ソリア学園に到着すると、エントランス前には多くの生徒が屯 している。
ルナはその集団の中をかき分け、最前列へと出た。
「っふぅ~……やっと抜けられたぁ」
ホッと息をつき、集団が注目しているものに目を向ける。
正面に立っているのは電光掲示板。
入学試験の合格発表などに限って使用されているものであり、普段はここに設置されてはいない。
「えっと……」
ルナが流れるように視線を動かし、掲示板を凝視する。
「あ!あった!!」
名前が羅列されている中に自分の名前を見つけると、思わず歓喜の声を洩らしてしまった。
「えっと……他のみんなは……」
再びルナは視線を動かす。
「シャアラ……メノリ……ベル……シンゴ……カオル……ハワード……!やったぁ!みんないるわ!!」
ルナはその場でつい大声をあげ、ガッツポーズをとる。
そして周囲の不審そうに見つめる視線を感じると、恥ずかしそうに体を縮込ませ、いそいそとその場から立ち退いていった。
学年と共に変わるもの……
そう、クラス替えである。
ルナは仲間達と一緒のクラスになれるかどうかを心配していたのだ。
結果、運良く今年度も皆同じクラスとなり、ルナは笑みを浮かべて新しい教室へと向かった。
「あ!ルナおはよう!」
教室に入ってきたルナを見るや否や、シャアラは嬉しそうに駆け寄っていった。
「おはようシャアラ、また同じクラスになれて嬉しいわ」
嬉々として近寄ってくるシャアラを見て、ルナも微笑みかける。
2人が会話を弾ませる中、朝方の生徒会の業務を終えたメノリが教室に入ってきた。
「2人ともおはよう」
「「おはようメノリ!」」
ルナとシャアラが声を揃えて挨拶をする。
「でも、全員がまた同じクラスになるなんて、凄い偶然よね!?」
こんな事もあるんだ、と興奮気味に話すルナを見て、シャアラとメノリは顔を見合わせ、引きつった笑みを浮かべた。
その様子にルナが不思議そうに首を傾げる。
「ルナ……本当に偶然だと思うか?」
メノリが呆れた様な表情で、タイミング良く教室に入ってきたハワードへと視線を向けた。
その視線の意味をルナは瞬時に悟った。
「ま、まさかハワード……」
「……そのまさかだ」
メノリが頷くのを確認し、ルナの顔も2人同様に引きつり始める。
「よぉ、みんな!僕に感謝しろよ?みんな同じクラスになるように校長を説得したんだからな!」
ハワードが自分の行為を鼻に掛ける。
「もぉ、ハワードったら……」
ルナはガックリと肩を落とし、深い溜息をつく。
「何だよ?なんか問題あるのかよ?」
良かれと思ってやった事に対する、ルナの微妙そうな反応にハワードは不平を洩らした。
「いや、問題は無いんだけど……ね」
最後の1年は仲間と同じクラスになりたい、という気持ちはルナも一緒だ。
その点に関しては正直感謝している。
だが自分達の我儘で、教師や他の生徒達が迷惑を被 ったのではないか、と良心が痛むのである。
そして何より、知っていたらわざわざ緊張しながら登校する必要なんてなかったものを、と先程までの自分の行為が今さら恥ずかしくなってきたのである。
(それならそうと、もっと早めに言ってくれてもよかったのに……)
あの時のドキドキと喜びの気持ちを返して欲しい、とルナは内心不満に思うのであった。
「そうそう、校長から聞いた話なんだけどよ、何でも今年も転校生が1人来るらしいぜ」
「転校生か……ルナが転入して以来だな」
ハワードの提供した情報を聞き、メノリは視線をルナに向けた。
「それでさ、聞いて驚け?その転校生っていうのが、『レイズ・カンパニー』の社長令嬢なんだってよ!」
ハワードの言葉通り、それを聞いたメノリは驚きで目を円くした。
「レイズ・カンパニー……それはまた随分と大物が来たものだ」
レイズ・カンパニーとは、正式名を『Lin Aero Space Engineering Company 』といい、航空宇宙工学の最先端を行く会社である。
現在稼働している宇宙船の約90%以上はレイズ・カンパニーがシェアしていると言っても過言ではない。
今やハワード財閥と宇宙を二分する程の財力と権力を持つ大企業である。
今では観光の分野でも実績を延ばしており、ルナ達の修学旅行を受け持ったのもレイズ・カンパニーの傘下の会社なのである。
「レイズ・カンパニーの社長とは何度か社交会をした事あったと思うんだけど、そいつとは会った記憶がまるで無いんだよなぁ」
ハワードは記憶を想起させるも、全く浮かんでこない令嬢の姿に首を傾げた。
「でも、どうしてこんな時期に転校なんてするのかしら……?」
ポツリと疑問を呟いたシャアラに、3人の視線が集中する。
「だって、そんな大きな会社のお嬢様なら、親の転勤っていうのも不自然だし……今まで通っていた学校だって名門校でしょうし……」
「確かに不自然だな……」
シャアラの的を射た発言に、メノリは腕を組みながら同意した。
色々と勘繰 る3人に、ルナが制止をかけた。
「まぁまぁ、それくらいにしましょ?誰にだって事情の1つや2つ持っているわ」
同じく転校した立場であるルナだからこそ、その様に考えられるのであろう。
メノリは詮索しようとした自分の行為を恥じた。
「……そうだな。こういう事は面白半分に首を突っ込むべき事でなないな」
メノリの反省の言葉を聞き、ルナは優しく微笑み返した。
「仲良くなれるといいな……」
ルナはまだ見ぬ転校生を思い描き、そっと呟く。
それを聞き、メノリ達も小さく頷いた。
場所は変わって学園のエントランス。
そこでは、いつもより早い時間に到着したカオルを見かけ、ベルとシンゴが後ろから呼び掛ける。
「おはようカオル」
「おはよ~!」
ベルとシンゴ、それぞれの挨拶に、カオルはいつもの様に簡単な挨拶を返し、3人は新しい教室へと続く廊下を歩き始めた。
「僕達ももう3年生かぁ……漂流期間の8ヶ月はとても長く感じたのに、帰って来てからの3ヶ月はあっという間に感じたよ」
感慨深く呟くシンゴの言葉に、ベルとカオルは小さく頷いた。
「多分、この1年もあっという間に過ぎていくんだろうね」
ベルの言葉を聞き、シンゴが何か思ったのか目を伏せた。
「どうしたシンゴ?」
元気の無いシンゴの様子が気になり、カオルが問いかける。
「ううん……こうやってあっという間に1年経ったら、カオルはコロニーからいなくなっちゃうんだなぁって思ったら寂しくなっただけ」
俯くシンゴにカオルは苦笑いし、その肩にポンと手を置いた。
「まだ1年あるんだ。今からそんなに気落ちしてどうする?」
「……うん、そうだね!この1年でカオルとの思い出をいっぱい作らなきゃだね!」
俯く顔をあげ、シンゴは笑顔をカオルに向けた。
カオルが口元を上げ、小さく頷く。
そんな2人の様子を、ベルは後ろから微笑ましく見つめていた。
新学年最初の朝のホームルームは、担任の挨拶から始まった。
偶然なのか陰謀なのか、今年の担任も変わらずスペンサーが務める事となった。
スペンサーが簡単な挨拶と連絡事項を伝え、ホームルームは終了した。
ホームルーム終了後の休み時間、何やら廊下が騒がしい。
ルナ達は気になり廊下へと出ると、廊下には多くの生徒が立ち止まっていた。
いや、脇に寄って道を開けている様にも見える。
「おい、何事だ?」
メノリが近くの生徒に状況を尋ねる。
「隣のクラスに転校して来た子が、あのレイズ・カンパニーの令嬢なんだ。そしたらあいつらが……」
説明をする男子生徒の視線の先には、元・ハワードの取り巻き達の姿があった。
その後ろには静かに立つ1人の少女の姿。
恐らく彼女がレイズ・カンパニーの令嬢なのだろう。
「オラどけ!レイズ・カンパニーの御令嬢のお通りだぞ!」
その言葉を聞き、生徒達の間に緊張が走る。
それだけレイズ・カンパニーの名は、ハワード財閥と並んで影響力がある。
生徒達は、かつてのハワードが行っていた独裁体制を思い出し、震撼した。
その様子に居ても立ってもいられなくなったメノリが廊下の中央に立ち塞がる。
「お前ら、いい加減にしろ!!周りがどれだけ迷惑がっているのか分からないのか!?」
「あ?メノリお前誰に口利いてやがんだ?お前ごときこの方の一言で簡単に潰す事が出来るんだぜ?」
取り巻き達は不敵な笑みを浮かべた。
まるで水を得た魚のように生き生きとしている。
「ふん、腰巾着共が何を言っている?ハワードがダメになったから、今度はレイズ・カンパニーの御令嬢に乗り換えたのか?忠誠心の欠片も無いな」
メノリの皮肉に、取り巻き達はカッとなった。
「てめぇ……!」
取り巻き達の数人がメノリに殴りかかる──。
──廊下はシンと静まり返っていた。
メノリに殴りかかろうとした取り巻き達は今、廊下の床に転がって悶えていた。
彼ら自身もよく理解できていなかった。
分かるのは、誰かに蹴り飛ばされたという事。
そして、その近くに立ち、冷たい視線で見下ろしているのは、自分達が取り入ろうとしていた少女であるという事。
「な、何を……」
取り巻き達は痛みに苦しみながら少女に問いかける。
「か弱い女の子に手を上げるなんて最低ね!それと、アンタらさっきからウザいのよ!転校初日だから大人しくしてようとずっと我慢してたけど……もう限界!!頼んでもいないのに周りをチョロチョロと……目障りったらないわ!!」
少女の怒声に、取り巻き達は勿論、廊下にいる生徒、メノリでさえ呆然とした。
イメージとかなり掛け離れた人物を目の当たりにして皆驚きを隠せないでいる。
「それから言っておくけど、私に取り入ろうと目論んでいるのなら無駄よ。そういう損得勘定で動く人間には興味ないから」
少女は冷めた様な視線で取り巻き達を一瞥し、その横を通り過ぎた。
取り巻き達は、何が起きたのか分からない、といった様子で、通り過ぎた少女の背中を見つめる事しか出来なかった。
少女はゆっくりとメノリに近づいていく。
その物怖じしない堂々とした姿は、上に立つ者の風格が感じられる。
メノリは思わずゴクリと喉を鳴らした。
しかし、ここで少女は思ってもみない行動に出た。
「騒がせてごめんなさい」
目の前に立った少女は、衆人の前で深謝したのだ。
「い、いや……あなたに非は無いのだから、あなたが謝る必要は……」
メノリは鳩が豆鉄砲を食った様な表情をし、思わず畏 まってしまった。
そんなメノリの様子が可笑しく、少女がクスッと小さく笑う。
「自己紹介がまだだったわね、私はリン・シャオメイ。シャオメイでいいわ」
「あ……私はメノリ・ヴィスコンティ。よろしく」
2人はお互い挨拶をし、握手を交わした。
シャオメイが想像以上にフランクである事に驚きつつも、その人懐っこさに少しホッとした。
その雰囲気は、どこかしらオレンジの髪をした少女に似ているな、とメノリは思うのであった。
「そうそう!ちょっと聞きたい事があるんだけど。私、人を探してるの」
少し会話をした後、シャオメイはメノリにそう切り出した。
「人を?転校したばかりなのに?」
「というか、それが目的で転校してきた様なものだから」
シャオメイは「あはは」と空笑いをしながら答えた。
ひと1人探す為にわざわざ転校までするその行動力にメノリは脱帽した。
「特徴は?」
「そうね……私と同じ位の色の黒髪に、ブラウンの瞳をし……て……」
シャオメイはそこまで言いかけて、止まった。
口を半開きにし、見開いた目はある一点をロックオンしている。
その視線の先にいたのは……カオルだった。
「み……みみみ……見つけたぁ!!!」
シャオメイはカオルを指差し、叫んだ。
それを見て周囲は騒然となった。
何故レイズ・カンパニーの令嬢が、カオルを探していたのか……
皆の興味はそちらに向けられていた。
「やっと見つけたわよ!!もう逃がさないんだからね!!」
ルナは敵意むき出しで睨んでくるシャオメイをチラッと見ながら、カオルにそっと尋ねた。
「カオル、あの子と知り合いなの……?」
「……1週間前に1度だけ会ったのをそう呼べるのならな」
「……カオル、あの子に何かやったの?」
「……少なくとも、睨まれる様な事をした覚えはないな」
カオルが呆れた様に小さく首を振る。
「問答無用!!」
そう言ってシャオメイはカオルに突っ込んでいき、上段蹴りを放った。
カオルがそれをスッと軽く躱 す。
シャオメイは「チッ」と舌打ちをし、拳打や蹴りの連撃を繰り出した。
カオルは応戦する訳でもなく、流れる様な動きで猛攻を躱していた。
「な、何をしている!?」
突然の事態に、メノリが思わず叫ぶ。
カオルは面倒そうな表情をし、深い溜息を1つ落とすと、その場から走り去って行った。
「あ!逃げるなぁ!!ちゃんと勝負しろぉ~!!!」
逃げるカオルの後をシャオメイは叫びながら追いかけて行った。
ルナとシャオメイがすれ違う。
刹那、2人の視線が1度だけ交わされる。
視線はすぐに外れ、シャオメイはカオルの背中へと目を向き直し、ルナは通り過ぎるシャオメイの背中へと目を向けた。
これがルナとシャオメイ、2人のファーストコンタクトであった。
しかし、この休み明けだけは不思議と気が引き締まる思いになる。
他の長期休暇と決定的に違う点、それはこの休みが準備期間であるという事。
学生達は皆、春休みが終わると同時に大人への階段を1段上がる事となる。
1年生は新2年生へ
2年生は新3年生へ
3年生は新たなステージへ
ルナ達も同様に3年生へと進級し、中学最高学年となる。
そして……カオルにとっては、仲間達と一緒に過ごす事の出来る最後の1年となる。
本日、ソリア学園は始業式を迎える。
第 1 話 『First contact』
始業式の朝、ルナは少し緊張気味に通学路の
『久々の学校だから』だとか、『遅刻してメノリに叱られるから』だとか、そのような理由ではない。
ルナは人見知りをしない
では何故か?
学年が変わると共に、もう1つ変わってしまうものがある。
その事が気に掛かり、ルナは現在の心境で登校しているのである。
ソリア学園に到着すると、エントランス前には多くの生徒が
ルナはその集団の中をかき分け、最前列へと出た。
「っふぅ~……やっと抜けられたぁ」
ホッと息をつき、集団が注目しているものに目を向ける。
正面に立っているのは電光掲示板。
入学試験の合格発表などに限って使用されているものであり、普段はここに設置されてはいない。
「えっと……」
ルナが流れるように視線を動かし、掲示板を凝視する。
「あ!あった!!」
名前が羅列されている中に自分の名前を見つけると、思わず歓喜の声を洩らしてしまった。
「えっと……他のみんなは……」
再びルナは視線を動かす。
「シャアラ……メノリ……ベル……シンゴ……カオル……ハワード……!やったぁ!みんないるわ!!」
ルナはその場でつい大声をあげ、ガッツポーズをとる。
そして周囲の不審そうに見つめる視線を感じると、恥ずかしそうに体を縮込ませ、いそいそとその場から立ち退いていった。
学年と共に変わるもの……
そう、クラス替えである。
ルナは仲間達と一緒のクラスになれるかどうかを心配していたのだ。
結果、運良く今年度も皆同じクラスとなり、ルナは笑みを浮かべて新しい教室へと向かった。
「あ!ルナおはよう!」
教室に入ってきたルナを見るや否や、シャアラは嬉しそうに駆け寄っていった。
「おはようシャアラ、また同じクラスになれて嬉しいわ」
嬉々として近寄ってくるシャアラを見て、ルナも微笑みかける。
2人が会話を弾ませる中、朝方の生徒会の業務を終えたメノリが教室に入ってきた。
「2人ともおはよう」
「「おはようメノリ!」」
ルナとシャアラが声を揃えて挨拶をする。
「でも、全員がまた同じクラスになるなんて、凄い偶然よね!?」
こんな事もあるんだ、と興奮気味に話すルナを見て、シャアラとメノリは顔を見合わせ、引きつった笑みを浮かべた。
その様子にルナが不思議そうに首を傾げる。
「ルナ……本当に偶然だと思うか?」
メノリが呆れた様な表情で、タイミング良く教室に入ってきたハワードへと視線を向けた。
その視線の意味をルナは瞬時に悟った。
「ま、まさかハワード……」
「……そのまさかだ」
メノリが頷くのを確認し、ルナの顔も2人同様に引きつり始める。
「よぉ、みんな!僕に感謝しろよ?みんな同じクラスになるように校長を説得したんだからな!」
ハワードが自分の行為を鼻に掛ける。
「もぉ、ハワードったら……」
ルナはガックリと肩を落とし、深い溜息をつく。
「何だよ?なんか問題あるのかよ?」
良かれと思ってやった事に対する、ルナの微妙そうな反応にハワードは不平を洩らした。
「いや、問題は無いんだけど……ね」
最後の1年は仲間と同じクラスになりたい、という気持ちはルナも一緒だ。
その点に関しては正直感謝している。
だが自分達の我儘で、教師や他の生徒達が迷惑を
そして何より、知っていたらわざわざ緊張しながら登校する必要なんてなかったものを、と先程までの自分の行為が今さら恥ずかしくなってきたのである。
(それならそうと、もっと早めに言ってくれてもよかったのに……)
あの時のドキドキと喜びの気持ちを返して欲しい、とルナは内心不満に思うのであった。
「そうそう、校長から聞いた話なんだけどよ、何でも今年も転校生が1人来るらしいぜ」
「転校生か……ルナが転入して以来だな」
ハワードの提供した情報を聞き、メノリは視線をルナに向けた。
「それでさ、聞いて驚け?その転校生っていうのが、『レイズ・カンパニー』の社長令嬢なんだってよ!」
ハワードの言葉通り、それを聞いたメノリは驚きで目を円くした。
「レイズ・カンパニー……それはまた随分と大物が来たものだ」
レイズ・カンパニーとは、正式名を『
現在稼働している宇宙船の約90%以上はレイズ・カンパニーがシェアしていると言っても過言ではない。
今やハワード財閥と宇宙を二分する程の財力と権力を持つ大企業である。
今では観光の分野でも実績を延ばしており、ルナ達の修学旅行を受け持ったのもレイズ・カンパニーの傘下の会社なのである。
「レイズ・カンパニーの社長とは何度か社交会をした事あったと思うんだけど、そいつとは会った記憶がまるで無いんだよなぁ」
ハワードは記憶を想起させるも、全く浮かんでこない令嬢の姿に首を傾げた。
「でも、どうしてこんな時期に転校なんてするのかしら……?」
ポツリと疑問を呟いたシャアラに、3人の視線が集中する。
「だって、そんな大きな会社のお嬢様なら、親の転勤っていうのも不自然だし……今まで通っていた学校だって名門校でしょうし……」
「確かに不自然だな……」
シャアラの的を射た発言に、メノリは腕を組みながら同意した。
色々と
「まぁまぁ、それくらいにしましょ?誰にだって事情の1つや2つ持っているわ」
同じく転校した立場であるルナだからこそ、その様に考えられるのであろう。
メノリは詮索しようとした自分の行為を恥じた。
「……そうだな。こういう事は面白半分に首を突っ込むべき事でなないな」
メノリの反省の言葉を聞き、ルナは優しく微笑み返した。
「仲良くなれるといいな……」
ルナはまだ見ぬ転校生を思い描き、そっと呟く。
それを聞き、メノリ達も小さく頷いた。
場所は変わって学園のエントランス。
そこでは、いつもより早い時間に到着したカオルを見かけ、ベルとシンゴが後ろから呼び掛ける。
「おはようカオル」
「おはよ~!」
ベルとシンゴ、それぞれの挨拶に、カオルはいつもの様に簡単な挨拶を返し、3人は新しい教室へと続く廊下を歩き始めた。
「僕達ももう3年生かぁ……漂流期間の8ヶ月はとても長く感じたのに、帰って来てからの3ヶ月はあっという間に感じたよ」
感慨深く呟くシンゴの言葉に、ベルとカオルは小さく頷いた。
「多分、この1年もあっという間に過ぎていくんだろうね」
ベルの言葉を聞き、シンゴが何か思ったのか目を伏せた。
「どうしたシンゴ?」
元気の無いシンゴの様子が気になり、カオルが問いかける。
「ううん……こうやってあっという間に1年経ったら、カオルはコロニーからいなくなっちゃうんだなぁって思ったら寂しくなっただけ」
俯くシンゴにカオルは苦笑いし、その肩にポンと手を置いた。
「まだ1年あるんだ。今からそんなに気落ちしてどうする?」
「……うん、そうだね!この1年でカオルとの思い出をいっぱい作らなきゃだね!」
俯く顔をあげ、シンゴは笑顔をカオルに向けた。
カオルが口元を上げ、小さく頷く。
そんな2人の様子を、ベルは後ろから微笑ましく見つめていた。
新学年最初の朝のホームルームは、担任の挨拶から始まった。
偶然なのか陰謀なのか、今年の担任も変わらずスペンサーが務める事となった。
スペンサーが簡単な挨拶と連絡事項を伝え、ホームルームは終了した。
ホームルーム終了後の休み時間、何やら廊下が騒がしい。
ルナ達は気になり廊下へと出ると、廊下には多くの生徒が立ち止まっていた。
いや、脇に寄って道を開けている様にも見える。
「おい、何事だ?」
メノリが近くの生徒に状況を尋ねる。
「隣のクラスに転校して来た子が、あのレイズ・カンパニーの令嬢なんだ。そしたらあいつらが……」
説明をする男子生徒の視線の先には、元・ハワードの取り巻き達の姿があった。
その後ろには静かに立つ1人の少女の姿。
恐らく彼女がレイズ・カンパニーの令嬢なのだろう。
「オラどけ!レイズ・カンパニーの御令嬢のお通りだぞ!」
その言葉を聞き、生徒達の間に緊張が走る。
それだけレイズ・カンパニーの名は、ハワード財閥と並んで影響力がある。
生徒達は、かつてのハワードが行っていた独裁体制を思い出し、震撼した。
その様子に居ても立ってもいられなくなったメノリが廊下の中央に立ち塞がる。
「お前ら、いい加減にしろ!!周りがどれだけ迷惑がっているのか分からないのか!?」
「あ?メノリお前誰に口利いてやがんだ?お前ごときこの方の一言で簡単に潰す事が出来るんだぜ?」
取り巻き達は不敵な笑みを浮かべた。
まるで水を得た魚のように生き生きとしている。
「ふん、腰巾着共が何を言っている?ハワードがダメになったから、今度はレイズ・カンパニーの御令嬢に乗り換えたのか?忠誠心の欠片も無いな」
メノリの皮肉に、取り巻き達はカッとなった。
「てめぇ……!」
取り巻き達の数人がメノリに殴りかかる──。
──廊下はシンと静まり返っていた。
メノリに殴りかかろうとした取り巻き達は今、廊下の床に転がって悶えていた。
彼ら自身もよく理解できていなかった。
分かるのは、誰かに蹴り飛ばされたという事。
そして、その近くに立ち、冷たい視線で見下ろしているのは、自分達が取り入ろうとしていた少女であるという事。
「な、何を……」
取り巻き達は痛みに苦しみながら少女に問いかける。
「か弱い女の子に手を上げるなんて最低ね!それと、アンタらさっきからウザいのよ!転校初日だから大人しくしてようとずっと我慢してたけど……もう限界!!頼んでもいないのに周りをチョロチョロと……目障りったらないわ!!」
少女の怒声に、取り巻き達は勿論、廊下にいる生徒、メノリでさえ呆然とした。
イメージとかなり掛け離れた人物を目の当たりにして皆驚きを隠せないでいる。
「それから言っておくけど、私に取り入ろうと目論んでいるのなら無駄よ。そういう損得勘定で動く人間には興味ないから」
少女は冷めた様な視線で取り巻き達を一瞥し、その横を通り過ぎた。
取り巻き達は、何が起きたのか分からない、といった様子で、通り過ぎた少女の背中を見つめる事しか出来なかった。
少女はゆっくりとメノリに近づいていく。
その物怖じしない堂々とした姿は、上に立つ者の風格が感じられる。
メノリは思わずゴクリと喉を鳴らした。
しかし、ここで少女は思ってもみない行動に出た。
「騒がせてごめんなさい」
目の前に立った少女は、衆人の前で深謝したのだ。
「い、いや……あなたに非は無いのだから、あなたが謝る必要は……」
メノリは鳩が豆鉄砲を食った様な表情をし、思わず
そんなメノリの様子が可笑しく、少女がクスッと小さく笑う。
「自己紹介がまだだったわね、私はリン・シャオメイ。シャオメイでいいわ」
「あ……私はメノリ・ヴィスコンティ。よろしく」
2人はお互い挨拶をし、握手を交わした。
シャオメイが想像以上にフランクである事に驚きつつも、その人懐っこさに少しホッとした。
その雰囲気は、どこかしらオレンジの髪をした少女に似ているな、とメノリは思うのであった。
「そうそう!ちょっと聞きたい事があるんだけど。私、人を探してるの」
少し会話をした後、シャオメイはメノリにそう切り出した。
「人を?転校したばかりなのに?」
「というか、それが目的で転校してきた様なものだから」
シャオメイは「あはは」と空笑いをしながら答えた。
ひと1人探す為にわざわざ転校までするその行動力にメノリは脱帽した。
「特徴は?」
「そうね……私と同じ位の色の黒髪に、ブラウンの瞳をし……て……」
シャオメイはそこまで言いかけて、止まった。
口を半開きにし、見開いた目はある一点をロックオンしている。
その視線の先にいたのは……カオルだった。
「み……みみみ……見つけたぁ!!!」
シャオメイはカオルを指差し、叫んだ。
それを見て周囲は騒然となった。
何故レイズ・カンパニーの令嬢が、カオルを探していたのか……
皆の興味はそちらに向けられていた。
「やっと見つけたわよ!!もう逃がさないんだからね!!」
ルナは敵意むき出しで睨んでくるシャオメイをチラッと見ながら、カオルにそっと尋ねた。
「カオル、あの子と知り合いなの……?」
「……1週間前に1度だけ会ったのをそう呼べるのならな」
「……カオル、あの子に何かやったの?」
「……少なくとも、睨まれる様な事をした覚えはないな」
カオルが呆れた様に小さく首を振る。
「問答無用!!」
そう言ってシャオメイはカオルに突っ込んでいき、上段蹴りを放った。
カオルがそれをスッと軽く
シャオメイは「チッ」と舌打ちをし、拳打や蹴りの連撃を繰り出した。
カオルは応戦する訳でもなく、流れる様な動きで猛攻を躱していた。
「な、何をしている!?」
突然の事態に、メノリが思わず叫ぶ。
カオルは面倒そうな表情をし、深い溜息を1つ落とすと、その場から走り去って行った。
「あ!逃げるなぁ!!ちゃんと勝負しろぉ~!!!」
逃げるカオルの後をシャオメイは叫びながら追いかけて行った。
ルナとシャオメイがすれ違う。
刹那、2人の視線が1度だけ交わされる。
視線はすぐに外れ、シャオメイはカオルの背中へと目を向き直し、ルナは通り過ぎるシャオメイの背中へと目を向けた。
これがルナとシャオメイ、2人のファーストコンタクトであった。
完
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