1期
ある朝のソリア学園。
少女が自分の教室へ向かおうと階段を昇っていると、突然上から慌てて駆け降りてきた男子生徒とぶつかった。
少女はバランスを崩し階段を踏み外した。
周りの生徒は、突然の出来事にその光景を呆然と見つめることしか出来なかった。
少女は次に来る痛みに恐怖し、咄嗟に目を瞑 る。
──が、受けるべき痛みはいつまでたっても来ない。
そっと目を開けると、誰かが自分の体を後ろから支えている事に気がつく。
少女がゆっくりと後ろを振り返ると、その目に映ったのは予想外の人物だった。
「平気か?」
それはカオルだった。
その光景に周りの生徒も絶句した。
学園内でも一匹狼で有名だったカオルが少女を助けたばかりか、労りの声をかけたのだ。
「う……うん……」
女子生徒は硬直したまま動かない。
カオルは不審そうな表情で少女を見つめた。
カオルに見つめられ、少女は次第に顔が熱くなるのを覚えた。
入学当初より、カオルは女子の中で注目の的となっていたが、声を掛けても無視され続け、カオルに近づこうとする女子は次第にいなくなった。
だが、修学旅行での漂流事件から生還したカオルは変わった。
当時の全てを拒絶するオーラは無くなり、表情も穏やかになっていた。
その噂はすぐさま学園内に広がるも、とても信じられないといった反応が大半を占めていた。
「おい?」
カオルに再び声を掛けられ少女はハッとした。
「あ……だ、大丈夫!あ、ありがとう!」
少女は顔を真っ赤にして、慌てて階段を駆け上がっていった。
意味が分からずカオルは首を傾げるが、すぐに興味を無くしたように階段をゆっくりと上がっていった。
「さっきのカオル見た?」
「見た見た!」
「うん!凄くカッコよかったよね!」
カオルが去った後、その光景を見合わせた女子達は、その瞬間心ときめいてしまった。
「カオルって変わったよね?」
「そうそう、昔は声かけても完全無視だったのに」
「性格丸くなったよね!加えて頭も運動神経も良くて、カッコイイだなんて、もう完璧すぎ!!」
「私アプローチしちゃおっかな~?」
その後、カオルが女子生徒を助けた、という噂は瞬く間に学園の女子の間で広まっていった。
休み時間の合間を縫って、カオルはルナに化学を教えていた。
「酢酸 と水酸化ナトリウムが中和反応するときの化学反応式は?」
「えっと、CH3COOH+NaOH→H2O+CH3COONaだっけ?」
ルナが自信なさそうに電子ノートに方程式を記入し、カオルをちらっと見る。
「正解だ。もっと自信を持っていい」
「うん!」
カオルの言葉にルナは嬉しそうに頷いた。
「続けていくぞ」
その様子を教室の脇から女子達が眺める。
その視線に反応するように突然カオルの声がピタリと止まった。
「どうしたの?」
カオルの様子を不思議に思い、ルナが尋ねる。
「……いや、何でもない」
少しの間を挟み、カオルは静かに首を横に振り、再び目線を電子テキストに向けた。
そんなカオルの様子に、ルナは首を傾げるのであった。
場所は変わって工学室。
そこではシンゴがクラスメイトから依頼された電子ゲームの修理をしていた。
「……よし、ここをこうすれば……!」
シンゴが最後の部品を装着すると、電子ゲームは見事起動し始めた。
「よし!直ったよ!」
シンゴは電子ゲームを手渡すと、依頼主である男子生徒は嬉しそうにお礼を言って去っていった。
「へぇ~、シンゴって凄いわね」
近くで見ていた女子がシンゴを賞賛する。
悪い気はしないシンゴは「まぁね!」と自慢げに指で鼻を擦った。
「ところでさぁ、シンゴ?」
「ん?何?」
「シンゴってカオルと仲良いよね?」
「そりゃあ苦楽を共にした仲間だからね」
「じゃあさ……カオルの好きな食べ物って……何かな?」
さっきとはまるで違い、少女は恥ずかしそうに体をモジモジさせている。
「好きな食べ物?特に無いんじゃない?食べられるものなら何でも食べると思うよ?」
「そぉじゃなくてぇ!」
「?」
少女の反応に、シンゴはただ首を傾げるばかりだった。
昼休み、7人はいつものようにカフェテリアに集合し昼食を摂っていた。
「ねぇ、カオル」
「何だ?」
シンゴに呼ばれ、カオルは食事をしている手を止めた。
「カオルの好きな食べ物って何?」
「……何だ突然」
シンゴの質問に、カオルは怪訝な顔をした。
「何となく」
「別に無い。食べられるものなら問題ない」
「だよねぇ~!」
自分が思った通りの返答が来て、シンゴはホッと胸を撫で下ろした。
「私もついでに聞いていい?」
今度はシャアラが言葉を発した。
「……何だ?」
「カオルって趣味ある?」
シャアラはおずおずと尋ねる。
「……別に無い」
「そ、そうよねぇ!」
シャアラもシンゴ同様に何故か胸を撫で下ろしていた。
「ど、どうしたの、2人共?」
明らかに挙動不審なシンゴとシャアラにルナは首を傾げた。
「な、なんでもないよ!」
「そ、そう!なんでもないの、ルナ!」
「そ、そぉ?」
2人の勢いに押され、ルナは頷く事しか出来なかった。
「お、俺からもいいかい?」
ベルまでもカオルに質問を振った。
「……今度は何だ」
カオルはいよいよ怪しく感じ始めた。
「え~と、その……カオルの連絡先を教えてほしい……って言われたんだけど……」
ベルが歯切れ悪くカオルに尋ねる。
微かにカオルの眉間がピクリと動いた。
「……教えたのか?」
「い、いや!さすがにそれはプライバシーの問題だし、カオルから許可もらえないと無理だって断ったよ」
「……ちなみに聞いてきたのは誰だ?」
「俺も直接は知らないんだけど、確か隣のクラスの女子だったと思う……」
「……隣のクラスに知り合いはいない。顔も名前も知らない奴に教える義理は無い」
カオルは完全に不機嫌モードとなっていた。
「そ、そうだよね!あははは!」
誤魔化すように笑うベルだが、内心はヒヤヒヤしていた。
「実は私も、とある女子からカオルの連絡先を教えてほしい、と頼まれた。本人に直接聞けと断ったがな」
メノリもベルに便乗する様に言葉を発した。
「僕なんかカオルも誘って遊園地に行こうって言われたんだぞ!?」
ハワードがあり得ないとでも言いたそうな顔つきをする。
「ゆ、遊園地!?」
ルナは思わず大きな声をあげた。
年頃の男女が遊園地に行くのはデートではないか?とルナは考える。
そういう知識は恋愛に疎いルナにもあった。
「まぁ、絶対行かないと思うからって言って断ったけどな」
ハワードがカオルに目線を向けると、カオルはコクリと頷いた。
それを見て何故かルナはホッとしている自分に気付き、戸惑う。
と、深い溜息をつきながらカオルが席を立つ。
「どこいくの?」
ルナが心配そうにカオルを見上げる。
「……風に当たってくる」
それだけ言い残し、カオルは立ち去っていった。
その姿を見た周りの女子が、嬉々としてカオルを囃 し立てた。
「今の見た?」
「うん!やっぱカッコいいよね!歩く姿も哀愁漂って絵になるっていうか」
「少しでもいいから目とか合わせてくれないかなぁ?」
カフェテリア全体を染めんばかりの黄色い声を聞き、一同はしばし呆然とした。
まさか女子の間でこれほど人気があるとは思ってもみなかった。
「カオル、すごくモテてるわ」
「何であんな無愛想な奴がモテるんだよ!」
シャアラがポツリと呟いた言葉を聞き、ハワードは納得いかないと言いたげに不平をもらす。
「そう?僕はこうなるのも当然だと思うけど?」
シンゴの言葉に皆が注目する。
「考えてもみてよ。カオルって頭も良いし、運動神経も抜群、強いから女の子も守ってくれそうだし、何でも器用に出来るし、顔もカッコいいし。そりゃあ昔は近寄りがたい感じだったけどさ、今は全然そんな事無いし。さらに言っちゃえば、パイロット目指してるみたいだから将来有望だし」
「そうやって聞くと、恐ろしいくらい完璧な奴だな」
メノリが呆れた様子で呟く。
「女の子受けしそうな要素は全て持っているしね」
シャアラも納得したように頷いた。
「ルナはどう思う?」
シンゴが意見を求めようと、話をルナに振った。
しかしルナからの反応が無い。
「ルナ……?」
シャアラが心配そうな声で呼びかけると、ルナははっとしたように我に返った。
「へ……?あ……な、何!?」
「どうしたのルナ?気分でも悪いの?」
「あ、ゴメンゴメン!ちょっとボーッとしてて」
ルナがあはは、と空笑いをした。
「何か悩み事か?もし良ければ相談に乗るぞ?」
メノリも心配そうな眼差しで見つめる。
「ううん、大丈夫よ!別にそんなんじゃないから気にしないで?」
ルナが笑顔でそう言うため、メノリも不本意ながら納得せざるを得なかった。
「きっと昨日遅くまで起きてたせいね!私もちょっと風に当たって、頭スッキリさせてくるね!」
ルナは笑顔を向けて席を外した。
仲間達はその後ろ姿をただ見つめる事しか出来なかった。
展望フロアにやって来たルナは、吹き込んでくる風に当たりながら先程の感情を思い返していた。
(何だろう……胸がムカムカする……)
別に吐き気がする訳ではない。
体調が優れない訳でもない。
しかし何故か嫌な気持ちが纏 わり付いて離れない。
人工太陽が角度を変え始め、ルナの元へ黒い影が延びる。
ふと影の対象物へ目を向けると、そこにいたのはカオルだった。
カオルの視線は、窓越しに広がるコロニーの街並みを見つめたまま動かない。
その瞳は寂しさを感じさせ、表情は先程の女子達が言っていた様に哀愁が漂い、凛々しくも色気を感じさせる。
ルナの胸の鼓動が不思議と高鳴った。
カオルは自分に向けられている視線に気付き、ルナへ顔を向けた。
「どうした?」
「えっと……ちょっと風に当たりに来たの!」
ルナは依然として高鳴り続ける心臓に戸惑いながらも笑顔を繕った。
カオルは「そうか」とだけ返すと、再び目線を遠くへと向けた。
ルナは気になり問いかける。
「何を見てたの?」
「……何を、という訳でもないが、ここからこうしてコロニーを見つめていると、サヴァイヴの全てが懐かしく感じてな」
カオルと同じようにルナも目線を街並みへと向けた。
「風の感触も、太陽の温もりも、雨の冷たさも、人工のものでしかないと思い知らされる。本物を知ってしまったから……」
カオルは寂しげに目を細めた。
「カオルはサヴァイヴが恋しい?」
「……そうだな。あの星の大自然の力強さが俺は好きだった。今だから言えるが、俺自身は別にあのままサヴァイヴに残っていいと思っていた」
「そうなの?」
カオルの口から語られる意外な新事実にルナは驚いたが、その気持ちには同感できた。
「実は、本当は私も同じ事を思ってた。でも、みんなはコロニーに帰りを待つ家族がいるから口には出せなかったけど……」
ルナの表情が少し曇る。
「案外、口に出していたらみんな残ったんじゃないか?」
「そう……かな?」
「少なくとも、俺は残った」
カオルの真剣な眼差しは、彼が放った言葉が冗談でない事を物語っていた。
元々冗談やお世辞を言わないカオルだからこそ、それが本気であったことが分かる。
「……カオルは優しいね」
「同情や励ましで言っている訳じゃないさ」
「分かっているわ。カオルは嘘付かないもの」
そこまで信頼されるのも何となく気恥ずかしく、カオルは目線をルナから外した。
少し頬を染めるカオルが何だか可愛らしく感じられ、ルナは心がほぐされる気分だった。
先程まで抱いていた嫌な気持ちも、いつの間にかさっぱり消え去っていることにルナは気付いた。
「やっぱりカオルはすごいなぁ」と呟くと、カオルは何が、とは聞かず、困ったような表情で微笑み返した。
そんな様子を、展望フロアの出入口から覗く5人の人影。
「だ、だから盗み見なんて……!」
皆から少し離れた位置で、メノリは訴えかける。
どうもこの手の話題は未だ苦手の様子だ。
「メノリ静かに!」
シャアラがシーッと人差し指を口元に当てた。
「あの2人、何か良い雰囲気じゃない?大人な世界っていうかさ!」
シンゴは何か期待する様な眼差しで2人を見つめている。
「ベル~、身近に意外なライバル出現だな!」
「なっ……ハワード!!」
茶化すハワードに対し、ベルは真っ赤になった。
5人の間で会話が飛び交っていると、突然目の前に現れた黒い影。
そこに立っていたのは当然の事ながらカオルとルナである。
5人の顔が引きつった。
「……何をしているの?」
ルナの声に5人はビクリと体を跳ね上がらせた。
「い、いや……ルナが心配で来てみたんだけど……何か良い雰囲気だったからつい……」
シンゴがあはは、と空笑いをしながら弁解する。
「呆れた……」
ルナが腰に手を当て溜息をついた。
「だが、ルナを心配して来たというのは本当だろ」
「え?」
ルナは後ろにいるカオルに顔を向けた。
「ここに来ていた時のルナは何となく思い詰めていた感じだったからな」
驚きでルナは目を見開いた。
「気付いていないとでも思ったか?」
カオルがルナの反応に苦笑いする。
「お前は分かりにくいようで、一番分かりやすい」
カオルはルナの肩をポンと軽く叩くと、そのまま展望フロアを後にした。
「相変わらずキザな奴!」
ハワードは気に食わない、とでも言いたそうな表情である。
(分かりにくいようで、一番分かりやすい……か)
カオルの言葉を思い返し、ルナは嬉しい気持ちが沸き上がってきた。
言葉にしなくとも些細な変化で気持ちを汲み取ってくれるカオルに、ルナは自然と顔を綻 ばせるのであった。
少女が自分の教室へ向かおうと階段を昇っていると、突然上から慌てて駆け降りてきた男子生徒とぶつかった。
少女はバランスを崩し階段を踏み外した。
周りの生徒は、突然の出来事にその光景を呆然と見つめることしか出来なかった。
少女は次に来る痛みに恐怖し、咄嗟に目を
──が、受けるべき痛みはいつまでたっても来ない。
そっと目を開けると、誰かが自分の体を後ろから支えている事に気がつく。
少女がゆっくりと後ろを振り返ると、その目に映ったのは予想外の人物だった。
「平気か?」
それはカオルだった。
その光景に周りの生徒も絶句した。
学園内でも一匹狼で有名だったカオルが少女を助けたばかりか、労りの声をかけたのだ。
「う……うん……」
女子生徒は硬直したまま動かない。
カオルは不審そうな表情で少女を見つめた。
カオルに見つめられ、少女は次第に顔が熱くなるのを覚えた。
入学当初より、カオルは女子の中で注目の的となっていたが、声を掛けても無視され続け、カオルに近づこうとする女子は次第にいなくなった。
だが、修学旅行での漂流事件から生還したカオルは変わった。
当時の全てを拒絶するオーラは無くなり、表情も穏やかになっていた。
その噂はすぐさま学園内に広がるも、とても信じられないといった反応が大半を占めていた。
「おい?」
カオルに再び声を掛けられ少女はハッとした。
「あ……だ、大丈夫!あ、ありがとう!」
少女は顔を真っ赤にして、慌てて階段を駆け上がっていった。
意味が分からずカオルは首を傾げるが、すぐに興味を無くしたように階段をゆっくりと上がっていった。
「さっきのカオル見た?」
「見た見た!」
「うん!凄くカッコよかったよね!」
カオルが去った後、その光景を見合わせた女子達は、その瞬間心ときめいてしまった。
「カオルって変わったよね?」
「そうそう、昔は声かけても完全無視だったのに」
「性格丸くなったよね!加えて頭も運動神経も良くて、カッコイイだなんて、もう完璧すぎ!!」
「私アプローチしちゃおっかな~?」
その後、カオルが女子生徒を助けた、という噂は瞬く間に学園の女子の間で広まっていった。
第 4 話 『変化』
休み時間の合間を縫って、カオルはルナに化学を教えていた。
「
「えっと、CH3COOH+NaOH→H2O+CH3COONaだっけ?」
ルナが自信なさそうに電子ノートに方程式を記入し、カオルをちらっと見る。
「正解だ。もっと自信を持っていい」
「うん!」
カオルの言葉にルナは嬉しそうに頷いた。
「続けていくぞ」
その様子を教室の脇から女子達が眺める。
その視線に反応するように突然カオルの声がピタリと止まった。
「どうしたの?」
カオルの様子を不思議に思い、ルナが尋ねる。
「……いや、何でもない」
少しの間を挟み、カオルは静かに首を横に振り、再び目線を電子テキストに向けた。
そんなカオルの様子に、ルナは首を傾げるのであった。
場所は変わって工学室。
そこではシンゴがクラスメイトから依頼された電子ゲームの修理をしていた。
「……よし、ここをこうすれば……!」
シンゴが最後の部品を装着すると、電子ゲームは見事起動し始めた。
「よし!直ったよ!」
シンゴは電子ゲームを手渡すと、依頼主である男子生徒は嬉しそうにお礼を言って去っていった。
「へぇ~、シンゴって凄いわね」
近くで見ていた女子がシンゴを賞賛する。
悪い気はしないシンゴは「まぁね!」と自慢げに指で鼻を擦った。
「ところでさぁ、シンゴ?」
「ん?何?」
「シンゴってカオルと仲良いよね?」
「そりゃあ苦楽を共にした仲間だからね」
「じゃあさ……カオルの好きな食べ物って……何かな?」
さっきとはまるで違い、少女は恥ずかしそうに体をモジモジさせている。
「好きな食べ物?特に無いんじゃない?食べられるものなら何でも食べると思うよ?」
「そぉじゃなくてぇ!」
「?」
少女の反応に、シンゴはただ首を傾げるばかりだった。
昼休み、7人はいつものようにカフェテリアに集合し昼食を摂っていた。
「ねぇ、カオル」
「何だ?」
シンゴに呼ばれ、カオルは食事をしている手を止めた。
「カオルの好きな食べ物って何?」
「……何だ突然」
シンゴの質問に、カオルは怪訝な顔をした。
「何となく」
「別に無い。食べられるものなら問題ない」
「だよねぇ~!」
自分が思った通りの返答が来て、シンゴはホッと胸を撫で下ろした。
「私もついでに聞いていい?」
今度はシャアラが言葉を発した。
「……何だ?」
「カオルって趣味ある?」
シャアラはおずおずと尋ねる。
「……別に無い」
「そ、そうよねぇ!」
シャアラもシンゴ同様に何故か胸を撫で下ろしていた。
「ど、どうしたの、2人共?」
明らかに挙動不審なシンゴとシャアラにルナは首を傾げた。
「な、なんでもないよ!」
「そ、そう!なんでもないの、ルナ!」
「そ、そぉ?」
2人の勢いに押され、ルナは頷く事しか出来なかった。
「お、俺からもいいかい?」
ベルまでもカオルに質問を振った。
「……今度は何だ」
カオルはいよいよ怪しく感じ始めた。
「え~と、その……カオルの連絡先を教えてほしい……って言われたんだけど……」
ベルが歯切れ悪くカオルに尋ねる。
微かにカオルの眉間がピクリと動いた。
「……教えたのか?」
「い、いや!さすがにそれはプライバシーの問題だし、カオルから許可もらえないと無理だって断ったよ」
「……ちなみに聞いてきたのは誰だ?」
「俺も直接は知らないんだけど、確か隣のクラスの女子だったと思う……」
「……隣のクラスに知り合いはいない。顔も名前も知らない奴に教える義理は無い」
カオルは完全に不機嫌モードとなっていた。
「そ、そうだよね!あははは!」
誤魔化すように笑うベルだが、内心はヒヤヒヤしていた。
「実は私も、とある女子からカオルの連絡先を教えてほしい、と頼まれた。本人に直接聞けと断ったがな」
メノリもベルに便乗する様に言葉を発した。
「僕なんかカオルも誘って遊園地に行こうって言われたんだぞ!?」
ハワードがあり得ないとでも言いたそうな顔つきをする。
「ゆ、遊園地!?」
ルナは思わず大きな声をあげた。
年頃の男女が遊園地に行くのはデートではないか?とルナは考える。
そういう知識は恋愛に疎いルナにもあった。
「まぁ、絶対行かないと思うからって言って断ったけどな」
ハワードがカオルに目線を向けると、カオルはコクリと頷いた。
それを見て何故かルナはホッとしている自分に気付き、戸惑う。
と、深い溜息をつきながらカオルが席を立つ。
「どこいくの?」
ルナが心配そうにカオルを見上げる。
「……風に当たってくる」
それだけ言い残し、カオルは立ち去っていった。
その姿を見た周りの女子が、嬉々としてカオルを
「今の見た?」
「うん!やっぱカッコいいよね!歩く姿も哀愁漂って絵になるっていうか」
「少しでもいいから目とか合わせてくれないかなぁ?」
カフェテリア全体を染めんばかりの黄色い声を聞き、一同はしばし呆然とした。
まさか女子の間でこれほど人気があるとは思ってもみなかった。
「カオル、すごくモテてるわ」
「何であんな無愛想な奴がモテるんだよ!」
シャアラがポツリと呟いた言葉を聞き、ハワードは納得いかないと言いたげに不平をもらす。
「そう?僕はこうなるのも当然だと思うけど?」
シンゴの言葉に皆が注目する。
「考えてもみてよ。カオルって頭も良いし、運動神経も抜群、強いから女の子も守ってくれそうだし、何でも器用に出来るし、顔もカッコいいし。そりゃあ昔は近寄りがたい感じだったけどさ、今は全然そんな事無いし。さらに言っちゃえば、パイロット目指してるみたいだから将来有望だし」
「そうやって聞くと、恐ろしいくらい完璧な奴だな」
メノリが呆れた様子で呟く。
「女の子受けしそうな要素は全て持っているしね」
シャアラも納得したように頷いた。
「ルナはどう思う?」
シンゴが意見を求めようと、話をルナに振った。
しかしルナからの反応が無い。
「ルナ……?」
シャアラが心配そうな声で呼びかけると、ルナははっとしたように我に返った。
「へ……?あ……な、何!?」
「どうしたのルナ?気分でも悪いの?」
「あ、ゴメンゴメン!ちょっとボーッとしてて」
ルナがあはは、と空笑いをした。
「何か悩み事か?もし良ければ相談に乗るぞ?」
メノリも心配そうな眼差しで見つめる。
「ううん、大丈夫よ!別にそんなんじゃないから気にしないで?」
ルナが笑顔でそう言うため、メノリも不本意ながら納得せざるを得なかった。
「きっと昨日遅くまで起きてたせいね!私もちょっと風に当たって、頭スッキリさせてくるね!」
ルナは笑顔を向けて席を外した。
仲間達はその後ろ姿をただ見つめる事しか出来なかった。
展望フロアにやって来たルナは、吹き込んでくる風に当たりながら先程の感情を思い返していた。
(何だろう……胸がムカムカする……)
別に吐き気がする訳ではない。
体調が優れない訳でもない。
しかし何故か嫌な気持ちが
人工太陽が角度を変え始め、ルナの元へ黒い影が延びる。
ふと影の対象物へ目を向けると、そこにいたのはカオルだった。
カオルの視線は、窓越しに広がるコロニーの街並みを見つめたまま動かない。
その瞳は寂しさを感じさせ、表情は先程の女子達が言っていた様に哀愁が漂い、凛々しくも色気を感じさせる。
ルナの胸の鼓動が不思議と高鳴った。
カオルは自分に向けられている視線に気付き、ルナへ顔を向けた。
「どうした?」
「えっと……ちょっと風に当たりに来たの!」
ルナは依然として高鳴り続ける心臓に戸惑いながらも笑顔を繕った。
カオルは「そうか」とだけ返すと、再び目線を遠くへと向けた。
ルナは気になり問いかける。
「何を見てたの?」
「……何を、という訳でもないが、ここからこうしてコロニーを見つめていると、サヴァイヴの全てが懐かしく感じてな」
カオルと同じようにルナも目線を街並みへと向けた。
「風の感触も、太陽の温もりも、雨の冷たさも、人工のものでしかないと思い知らされる。本物を知ってしまったから……」
カオルは寂しげに目を細めた。
「カオルはサヴァイヴが恋しい?」
「……そうだな。あの星の大自然の力強さが俺は好きだった。今だから言えるが、俺自身は別にあのままサヴァイヴに残っていいと思っていた」
「そうなの?」
カオルの口から語られる意外な新事実にルナは驚いたが、その気持ちには同感できた。
「実は、本当は私も同じ事を思ってた。でも、みんなはコロニーに帰りを待つ家族がいるから口には出せなかったけど……」
ルナの表情が少し曇る。
「案外、口に出していたらみんな残ったんじゃないか?」
「そう……かな?」
「少なくとも、俺は残った」
カオルの真剣な眼差しは、彼が放った言葉が冗談でない事を物語っていた。
元々冗談やお世辞を言わないカオルだからこそ、それが本気であったことが分かる。
「……カオルは優しいね」
「同情や励ましで言っている訳じゃないさ」
「分かっているわ。カオルは嘘付かないもの」
そこまで信頼されるのも何となく気恥ずかしく、カオルは目線をルナから外した。
少し頬を染めるカオルが何だか可愛らしく感じられ、ルナは心がほぐされる気分だった。
先程まで抱いていた嫌な気持ちも、いつの間にかさっぱり消え去っていることにルナは気付いた。
「やっぱりカオルはすごいなぁ」と呟くと、カオルは何が、とは聞かず、困ったような表情で微笑み返した。
そんな様子を、展望フロアの出入口から覗く5人の人影。
「だ、だから盗み見なんて……!」
皆から少し離れた位置で、メノリは訴えかける。
どうもこの手の話題は未だ苦手の様子だ。
「メノリ静かに!」
シャアラがシーッと人差し指を口元に当てた。
「あの2人、何か良い雰囲気じゃない?大人な世界っていうかさ!」
シンゴは何か期待する様な眼差しで2人を見つめている。
「ベル~、身近に意外なライバル出現だな!」
「なっ……ハワード!!」
茶化すハワードに対し、ベルは真っ赤になった。
5人の間で会話が飛び交っていると、突然目の前に現れた黒い影。
そこに立っていたのは当然の事ながらカオルとルナである。
5人の顔が引きつった。
「……何をしているの?」
ルナの声に5人はビクリと体を跳ね上がらせた。
「い、いや……ルナが心配で来てみたんだけど……何か良い雰囲気だったからつい……」
シンゴがあはは、と空笑いをしながら弁解する。
「呆れた……」
ルナが腰に手を当て溜息をついた。
「だが、ルナを心配して来たというのは本当だろ」
「え?」
ルナは後ろにいるカオルに顔を向けた。
「ここに来ていた時のルナは何となく思い詰めていた感じだったからな」
驚きでルナは目を見開いた。
「気付いていないとでも思ったか?」
カオルがルナの反応に苦笑いする。
「お前は分かりにくいようで、一番分かりやすい」
カオルはルナの肩をポンと軽く叩くと、そのまま展望フロアを後にした。
「相変わらずキザな奴!」
ハワードは気に食わない、とでも言いたそうな表情である。
(分かりにくいようで、一番分かりやすい……か)
カオルの言葉を思い返し、ルナは嬉しい気持ちが沸き上がってきた。
言葉にしなくとも些細な変化で気持ちを汲み取ってくれるカオルに、ルナは自然と顔を
完