このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

1期

とある日の放課後、ルナ達7名は生徒指導室に呼ばれていた。

「一体何なんだよ!」

ハワードは面倒くさい、という顔つきで不平を漏らした。

「ハワードがまた何かやらかしたんじゃないの?」

「僕は何もしてない!」

疑いの目を向けるシンゴの発言に反応し、ハワードは怒鳴った。

「騒ぐな。行けば分かることだ」

メノリが淡々とした口調で2人を一喝する。

「そうだね。それにメノリも呼ばれているんだし、少なくとも叱られるという訳ではないと思うよ」

ベルもいつもの柔和な表情で2人をなだめた。

メノリの叱責とベルの絶妙なフォロー、今ではソリア学園の『飴と鞭』と呼ばれている。

そんな事をふと思い返しながら、ルナは苦笑いを浮かべるのであった。



第 3 話 『勉強会』



「……は?今なんとおっしゃいました?」

 メノリが顔を強張こわばらせて教師に詰め寄る。

「い、いや……君達には本当に申し訳ないと思うんだが、こちらとしてはどうしようもないのだよ」

教師もメノリの剣幕に圧倒され、冷や汗が止まらない状態であった。

「たった1ヶ月で受けられなかった授業の穴埋めをしろと?その上、今回の進級試験に受からなければ留年だと言うんですか!?」

あまりにも不条理な要求にメノリは反論の意を止めない。

「君達が怒るのももっともだ。しかしどんな理由にせよ、出席日数が足りない以上、進級試験をパスしてもらう他ないんだ。他の生徒もいる手前、君達だけを特別扱いにする訳にはいかないんだよ」

教師はなるべくメノリを逆撫でしないように配慮して言葉を選びながら説明する。

「しかし!これはあまりにも横暴です!特別措置は認められないんですか!?」

「メノリ」

沈黙を守ってきたカオルが口を開く。

メノリは教師への発言を中断し、カオルへ顔を向けた。

「もういい」

「いいわけあるか!下手をすれば、共に卒業出来ない奴が現れるかもしれないんだぞ!」

その発言にメノリの怒りの矛先がカオルへと変換する。

しかし、当のカオルは涼しい表情でメノリの怒声を聞き流し、教師へ話しかける。

「そっちの条件を呑む代わりに、こっちの条件を2つ聞いてもらいたいのですが」

「……言ってみなさい」

「1つは、土日も俺達の為に学園を開放してください。可能ならば教室を1室貸し切りで」

「ふむ……それは問題ないだろう。もう1つは?」

「この学園の生徒ではない俺達の仲間を1人、特別講師として入校を許可してもらいたいのですが」

「おいカオル、そんな奴いたっけか?」

ハワードが怪訝な顔で尋ねる。

「チャコだ」

「「チャコォー!!?」」

一同が一斉に叫ぶが、カオルは特に気にする様子もなく教師に向き直す。

「この条件、呑んでもらえますか?」

「……わかった。校長へは私から伝えておく」

その言葉を聞くと、カオルは一礼して生徒指導室を出て行った。

その後を追うように、ルナ達も次々に教室を後にした。




「カオル!どういうつもりだ!」

メノリが怒りを露わにして問い詰める。

「説得するだけ時間の無駄だ。だったら少しでも多く勉強できる時間と環境を確保する方が効率的だと思うが?」

カオルの言葉にメノリは口を閉ざした。

確かにあのまま訴え続けても、あっちが折れる事はなかっただろう。

冷静になってきた頭でメノリは考えた。

「でもチャコを特別講師にっていうのはどういう事?」

シャアラがカオルに尋ねる。

「チャコは膨大なデータが知識として備わっている。その上ロボットだから計算や解答も正確で速い。あいつほど特別講師に適している人材はいない。放課後に勉強会という形でチャコに教えてもらえれば、能率化を図れると判断したまでだ」

カオルの言葉に一同は唖然とした。

あの短時間でここまで計算していたのかと感心してしまう。

さらにカオルはメノリに目線を向けた。

「お前自身はどこまで勉強が進んでいる?」

「……私は家庭教師を付けてもらっているから、中等部の範囲自体の勉強は終えている」

メノリが言い辛そうに答えた。

「はぁ!?じゃあお前勉強しなくても問題ないじゃんか!!」

自分とは立場が違うと知り、憤慨するハワード。

一方のメノリは珍しくハワードに反論せず黙って俯いた。

「メノリは俺達の為に怒ってくれたんだ」

ベルがメノリを擁護する。

「そうね、メノリありがとう」

ルナは笑顔でメノリにお礼を言った。

「いや、私の方こそ黙っていてすまなかった」

「それは気にしなくていい。むしろ予想通りで助かる」

「……なるほど。私にも講師をやれ、という事か」

カオルは静かに頷いた。

「シンゴも進級試験は問題ないな?」

「当然だよ」

カオルの質問に即答するシンゴ。

「特に理数系ならカオルやメノリにも負けるつもりはないよ!」

「これで俺を含めて講師4人、マンツーマン指導を実践する体制が整った」

「うげぇ〜、お手柔らかに頼むぞ?」

よりにもよって口厳しいメンツが講師となっている事実を知り、ハワードはゲンナリした。

「あのぉ~」

不意にルナがおずおずと手を挙げる。

「どうしたの、ルナ?」

シャアラが不思議そうにルナを見る。

「その……私、放課後はバイトが……」

「留年かかってんだぞ?そんなの休めばいいだろ!?」

「そういう訳にはいかないわよ!こっちは生活がかかってるんだもの!」

ハワードの言葉にルナが反論する。

「あ、でも気にしないで!みんなは私抜きで勉強会やってていいから。私は自分で空いてる時間を見つけて勉強するわ」

笑顔で言うルナの肩にカオルが手を置く。

「休み時間とバイト後で良ければ俺が教えてやる」

その言葉を聞き、ルナはキョトンとした。

「……いいの?」

「全員必ず進級するんだろ?」

その言葉を聞き、ルナは笑顔で「うん!」と頷いた。




かくして地獄の1ヶ月が幕を開けた。

勉強会が開かれている放課後の教室からは阿鼻叫喚が飛び交っていた。

「だ~もう!さっぱりわかんねぇ!」

ハワードが髪をグシャグシャと掻きながら叫ぶ。

協議の結果、今日は苦手な者が多い数学をやろうと決め、チャコ特製の問題集を全員で解き進めている最中である。

しかし、勉強会開始からまだ10分しか経過していない段階でハワードは根を上げてしまった。

「アホゥ!それはさっき教えた公式を使うんや!何度言ったら分かんねん!」

チャコは思っていた以上にスパルタであった。

「チャコ~……これ、少し難しすぎないかしら……」

シャアラがおずおずとチャコに尋ねる。

「そのぐらいが丁度ええんや。簡単な問題ばっか問いとっても、何の力にもならへん。基準より少しレベルの高い問題を問いとる方が何倍も力になるんやで」

「チャコの言うとおりだ。このぐらい難しい方が、本番が簡単に感じる。文句ばかり言ってないで、諦めずに最後まで取り組め」

メノリらしい厳しい発言である。

「は~い」

「へいへい」

シャアラとハワードがそれぞれ返事をする。

一同は2人の反応に苦笑いをしつつ皆ペンを動かし始めた。




その週の日曜日は、ルナとカオルも勉強会に参加する事となった。

カトレアに進級試験の事を話すと、気を利かせて試験が終わるまでは2人とも日曜休みへとシフト変更してくれたのだ。

「ねぇカオル、この問題はこれであってる?」

ルナが隣にいるカオルに尋ねる。

「公式はあってるが、途中で計算を間違えてるな」

「え?ほんと?」

「この方法も間違いではないが、計算が複雑でミスしやすい。このケースの問題は、前に教えたこっちの公式を使った方が計算は格段に楽になる」

「あ!なるほど~」

ルナは楽しそうにスラスラと問題を解いていく。

苦手だと主張していた数学が、ここ数日で応用問題も自力で解けるほど格段にレベルアップしており、チャコは感心した。

「カオル教えるん上手いなぁ~!カオルはてっきり体育会系とばかり思っとったけど、頭も良かったんかいな」

「カオルもメノリみたいに家庭教師とかで勉強進めていたのかい?」

ベルが興味を持ちカオルに質問する。

「いや、そんなものは使った事はない」

「え、そうなの?」

予想が外れ、ベルは首を傾げた。

「あ!もしかして、宇宙ステーションにいた時に習ってたとか?」

ルナが思い出したようにカオルに尋ねる。

「は?宇宙ステーション!?そんなの初耳だぞ!?」

ハワードが驚いた様子でカオルに問いただす。

ハワードだけではない、ルナを除く全員がその事実に驚きの色を隠せない様子だった。

「あ……」

ルナは思わず口を滑らせてしまった事を後悔した。

宇宙ステーションで起きた事は、カオルにとって深い心の傷である。

それを掘り返す様な事をしてしまったと、罪悪感に見舞われ俯く。

そんなルナの様子にカオルは苦笑いし、ルナの頭にポンと手を乗せた。

「……カオル?」

怒られるかと思ったルナは、カオルの行動を不思議に思い、うなだれた頭を上げた。

「気にするな、もう吹っ切れている」

そう言ってカオルはルナに小さく微笑みかけた。

頭に置かれているカオルの掌の温度が心地良く、嫌な気持ちが吸い込まれていく気がした。

さっきまで抱いていた罪悪感もいつの間にか何処かへ消え去っていた。

「俺は12歳まで宇宙ステーションにある宇宙飛行士訓練学校に通っていた」

カオルが淡々と話す。

「何やて!?宇宙飛行士訓練学校ゆうたら、エリート中のエリートばかりが集まる超難関校やないか!!」

カオルの恐るべき経歴に、チャコが思わず叫ぶ。

チャコだけではない、またルナを除く全員が本日2度目の新事実に驚愕する。

「え?え?そんなに凄いの!?」

ルナが皆の驚愕ぶりに戸惑う。

「何を言っている!凄いというものではない!1万人以上の候補者の中からさらに選抜された160人の生徒のみが入学する事を許される超がつくエリート学校だぞ!!」

メノリがルナの反応に声を大きくして反論する。

「え~と……簡単に言うと、カオルは物凄く頭がいいって……事?」

ルナが頭をポリポリとかきながら自分なりに話をまとめた。

「ルナはホンマ幸せもんやなァ……」

チャコが呆れた様子で呟く。

「ちょっと~それどういう意味よ~!?」

「そのまんまの意味や」

皆は笑い出すが、ルナはいまだ不満顔だ。

「どうりで授業をサボるわりには常時1位を取れる訳だ。大学で習う勉強まで履修し終えていたのなら当然か」

メノリの試験の結果はいつも2位。どれだけ勉強しても、サボり魔であるはずのカオルを超える事は出来なかった。

当初はそれを腹立だしく感じていたが、事実を知った事で今は妙に納得出来た。

むしろ、そんな超エリートな経歴を持つカオルを今度こそ超えてやる、と闘志を燃え上がらせていた。

「え!?カオルって学園で1位なの!?それに大学で習う勉強もとっくに履修し終えてるって……」

ルナはようやくカオルの凄さ、そしてカオルが通っていた訓練学校の凄さを実感した。

ソリア学園は名門校というだけあって、偏差値は他と比べても相当高い。

その中で1位になる事の意味を、さすがのルナも理解した。

その様子にチャコとシンゴが小さく溜息をつく。

「なんだよ!じゃあカオルも全く問題ないじゃんか!!」

ハワードがカオルを指差しながら叫ぶ。

「いいから黙ってやれ」

カオルが不機嫌そうにハワードを睨む。

「くっそ~見てろぉ!今回の試験でカオルに勝って、その天狗になった鼻をへし折ってやる!!」

どうやら闘志を燃え上がらせたのはメノリだけではなかったようだ。

「ハワードには無理無理」

「せやせや!寝言は寝てる時に言うもんやで?」

シンゴとチャコが首を横に振って呆れる。

「んだと~!!?」

そんな対話に周りから笑いが漏れた。

それにつられるかのようにルナも笑い出す。

進級試験までのリミットが1ヵ月を切り、苦しい状況のはずの勉強も、仲間と一緒なら楽しいかな、とルナは思うのであった。

3/17ページ
スキ