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1期

「は……ははっ……何言ってるんだよカオル……変な冗談やめろよ」

ハワードが空笑いしながらカオルを見つめる。

その瞳は、何かに怯えるような眼差しであった。

カオルはハワードの言葉に何も返さず沈黙した。

その沈黙が、カオルの言葉が事実である事を暗に示していた。

「な……んだよ……何とか言えよ……僕をからかってるんだろ!?そうだって言えよ!今なら許してやるからさぁ!!」

ハワードはカオルに詰め寄り、肩を掴んで前後に揺らした。

「進級を機にって何だよ!あと2週間しかないじゃないか!!何でそんな大事な事を1人で勝手に決めちゃうんだよ!!」

「……すまない」

ハワードの言及にカオルはそう一言洩らした。

「……はっ!そうかよ!!僕達の事なんかどうでもいいっていうんだな!?離れ離れになっても何とも思わないっていうんだろ!?どうせ今日の事だって、面倒だとか思って……」


パァン!!!


小雨が降り注ぐ空間に、乾いた音が響く。

ハワードの頬を誰かが叩いた。

叩いたのは……ルナだった。



第 16 話 『決断④』



「な……何するんだ……」

叩かれた頬を押さえながら抗議しようとルナの方を睨み、ハワードは言葉を失った。

ルナの瞳からは大粒の涙が溢れていた。

「ル……ナ……?」

ハワードは叩かれた怒りも忘れ、意気消沈してしまった。

カオルとチャコを除いた仲間達は、ルナが涙を流す姿を見た事が無い。

漂流の時でさえ涙一つ流さなかった気丈な少女が初めて見せる一面に、皆が驚愕した。

「どうでもいい……?ハワード……あなた、本気でカオルがそう考えてるって思ってるの……?」

「ルナ、よせ」

カオルが制止をかけるも、ルナは止まらない。

「カオルが…この2週間……どれ…だけ…答えを出す…のに苦しん…でたかも…知ら…ない…で…」

嗚咽おえつでルナの言葉が途切れ途切れになる。

「ルナ、もういい」

カオルがルナの肩を掴む。

「カオルは…わた…し…達の事…ずっ…と…」

「もういいんだ」

カオルが優しくルナを抱きしめる。

「俺の事でお前がそんな顔をする必要はないんだ」

ルナはカオルの胸に顔をうずめ、声を押し殺す事も忘れ泣き出した。

「ハワード……」

突然声をかけられ、ハワードがビクリと肩を跳ねらせた。

「……悪かった」

カオルの口から出た謝罪の言葉を聞き、ハワードはギリッと歯を喰いしばった。

「何だよそれ……何で今さら謝るんだよ!?そんな大事な事……何で1人で勝手に決めちゃうんだよ!?」

「………」

ハワードの言葉にカオルは沈黙した。

「ハワード……ウチが自分で決めェ言うたんや。アンタの気持ちもよう分かるけどな、こればかりはカオルが自分自身で決めなあかん事やねん」

チャコがカオルを擁護する言葉をかける。

「……チャコは知っていたのか?」

メノリの質問にチャコは小さく頷いた。

「ウチとルナは知っとった。カオルが今の答えを導き出すのにどれだけ苦しんでたかも……」

それを聞き、メノリは「そうか……」とだけ呟いて口を閉ざした。

「……認めない」

ハワードの口からぽつりと出た言葉に、皆が俯く顔を上げた。

「僕は認めない!絶対に認めてやるもんか!!」

強い口調で訴えると、ハワードはバシャバシャとアスファルトにできた水溜まりを跳ね散らしながら走り去って行った。

「ハワード!!」

走り去るハワードの後ろ姿を見て、いたたまれなくなったシャアラはその後を追って行っていく。

「ウチがあの2人についてくから、ルナを頼んだで」

チャコはそう言って2人を追って行った。

残された5人は、ルナのむせび泣く声が響く間、誰一人としと口を開く事は無かった。




シャアラから『先に帰ってて』とメールが送られて来た為、現在2人と1匹を除く一同は帰りのバスに揺られていた。

ルナは泣き疲れたのか、カオルの隣で眠っている。

「カオル」

通路を挟んだ隣の席に座っているメノリに呼ばれ、カオルが顔を向ける。

「お前がコロニーを去ると話した時、正直私もハワードと同じ気持ちだった。何故勝手に決めてしまったのかとな……」

カオルはメノリの話を黙って聞く。

「確かにチャコの言う通り、この問題はカオル自身が決めなくてはならない事だ。しかし、せめて相談くらいしてくれても良かったんじゃないか?」

「そうだよ!突然コロニーを去る事に決めましたって結果だけ言われて、納得出来る訳ないじゃない!」

カオルの後ろに座るシンゴも、座席の上から顔を覗かせてメノリに同意する。

「カオルはきっと仲間に余計な心配をかけたくないって思って黙ってくれてたんだろうけど……逆だよ」

「……逆?」

シンゴの隣に座っているベルが、諭す様な口調で話し掛ける。

「仲間だから相談して欲しかったんだ。仲間だから頼って欲しかったんだ。心配なんていっぱいかけていいんだよ」

ベルの言葉を聞き、カオルは俯いた。

「……カオル、ゴメンね」

ふとそんな言葉を声をかけられ、カオルはそちらに顔を向けた。

「ルナ……起きてたのか?」

カオルの質問にルナは小さく頷く。

「何故ルナが謝る?」

「私があの時、みんなにも相談するように助言していれば、こんな事にならなかったかもしれない……」

「俺が黙っていてくれと言ったんだ。ルナに非は無い」

「違うの……」

カオルの言葉を否定し、ルナは小さく首を振った。

「私……カオルが悩みを打ち明けてくれた時、内容にショックを受けながらも喜んでたの……カオルが私を信頼して話してくれてるって。本当なら、カオルを説得してでもみんなに話さなきゃいけない事なのに、浮かれていてそんな事、微塵にも思っていなかった。あの時の私は自分の事しか考えていなかったの」

そこまで話すとルナは俯いてしまった。

「それのどこが悪い?普段からルナは自分の気持ちを押し殺し過ぎなんだ。もっと我儘を言ったっていい」

「じゃあ私のたった1つの我儘……聞いてくれる?」

そう続けて、ルナはその蒼い瞳で真摯にカオルを見つめる。

その瞳はまだ濡れていた。

「『行かないで』って言ったら……カオルはここに残ってくれる……?」

ルナの言葉に、カオルは言葉を詰まらせてしまった。




繁華街から少し外れた高台には、大きな鳥居を構えた神社がある。

宇宙科学の発展したスペースコロニーにその存在はいささか不自然な気がするだろうが、これは『国』という概念が崩れ去った現代でもなお『宗教』が人々の間で重宝されている事を意味している。

ロカA2に唯一存在するこの神社は、正月や縁日になると多くの参拝客でにぎわうのである。


そんな神社の境内にハワードはいた。

社殿に置かれている賽銭箱の前に座り込み、目を伏せていた。

そんな様子のハワードを発見したシャアラとチャコは、静かにその隣の座り、じっと彼の様子をうかがった。

「……なぁ、チャコ、シャアラ……」

不意にハワードがポツリと呟く。

「みんなといつまでも一緒にいたいって思うのは……僕の我儘なのか?」

「そんな事ないわ。私だってみんなとずっと一緒にいたいって思ってるもの」

シャアラが優しい口調で諭す。

「ウチかて同じや」

チャコもシャアラに同意する。

「僕は……カオルからあの話を聞くまで、考えもしなかった。これからもずっとみんなと一緒にいられるって思ってた。それが当たり前に続くものだって……」

ハワードは話をそこで一区切りした。

身体は微かに震えている。

「でも、カオルの話を聞いて思い知らされた……いつまでもずっと一緒にいられる訳じゃないって……怖いんだ……こうやって1人ずついなくなっていって……また僕が1人ぼっちになっちゃうんじゃないかって……」

俯くハワードに、シャアラとチャコは悲しげな視線を向けた。

「さっきカオルに言った事も、もちろん本気じゃなかった……!カオルが何も言ってくれないから、カッとなってつい心にも無い事言っちゃったんだ……!!」

「分かってるわ、ハワード」

シャアラが同調して頷く。

「でもすぐに後悔したよ。カオルに酷い事言っんだって……あのルナが感情的になるくらい、カオルがすごく苦しんでたんだって……!!」

「カオルもハワードの言葉が本心とは思ってへんよ。だからこそハワードに謝ったんやろ」

「そうかもしれないけど……こんなギスギスしたのは嫌なんだ……!僕はもう、カオルとは昔みたいな関係には戻りたくないんだ!」

本音を吐露したハワードの目尻から涙が流れ、頬を伝った。


しばらくの沈黙の後、ハワードが再び口を開く。

「正直ベルが羨ましいんだ……サヴァイヴに漂流した当初から不思議と信頼されていて……」

「まぁ、当時のハワードを信頼せぇ言うんは無理があるけどな」

「……分かってる。それは今でも反省してるよ」

ハワードは頬を伝う涙を袖でグシグシと拭った。


「私ね……ハワードの話を聞いていて、『信頼』って言葉について色々考えてみたの」

そう話を切り出したのは、シャアラだった。

「私はルナの事、凄く信頼しているわ。でも、それは何でなんだろうってさっきから考えてた……それで分かったの」

「何でなんだ!?」

ハワードが身を乗り出してシャアラに尋ねる。

「ルナは私の為に必死になってくれた事があったから……だから信頼できたんだと思うの」

「必死に……なる?」

「普通他人の為に必死に何かをしようなんて考えないわ。私の時は、エアバスケの時だったり、火事の時だったりだったけど」

「あ、あの時は悪かったよ……」

ハワードは過去の自身の愚行を思い出し、シャアラに謝罪した。

「ううん、責めてる訳じゃないから気にしないで?もう過ぎた事だし。私が言いたいのは、そんな状況でもルナは危険を顧みずに私を助けてくれた。私の為に必死になってくれたの……だからルナを信頼してるんだと思うわ」

「誰かの為に……必死になる……」

ハワードはシャアラの言葉を胸に刻み付けた。

「僕も……カオルの為に必死になったら、ベルみたいに信頼してもらえるのかな……?」

「それはハワード次第やな」

チャコがニッと笑って答えた。

「僕次第……か」

そう呟くハワードの表情は、微かに笑みを浮かべていた。

つづく
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