このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

1期

第 15 話 『決断③』

ルナ達は集合場所と時間を決め、各々自由に回る事に決めた。

ハワードとシンゴはレースゲームで勝負をすると言ってすぐさま駆け出し、メノリは「またトラブルを起こされては適わん」と言って2人の後を追う。

シャアラは「ベルにやってもらいたいものがあるの!」と言ってベルの手を引いて行ってしまった。

チャコはルナの手を強引に引っ張り、いつの間にか姿を消していた。

そして、カオルは現在1人館内を散策して回っている。


「カオル~、ちょっとええか~?」

ひょこっと現れたチャコがカオルを呼び、手招きをする。

チャコの後に続き辿り着いたのはUFOキャッチャーの筐体きょうたい

そこにはルナの姿もあるが、何故かソワソワと落ち着かない様子だ。

「どうした?」

「えっと……その……」

一向に話を進めないルナに、チャコは小さく溜め息をつき、筐体に飛び乗った。

「この中のぬいぐるみ、パグゥに似てると思わへんか?」

「……確かに何となく似ている気もするな」

カオルはガラス越しに置いてあるぬいぐるみを凝視し、頷いた。

「それでな、ルナがど〜しても欲しぃ言うて何度もチャレンジしとるんやけど、上手くいかんのや」

「ちょ、ちょっとチャコ!私そんな事……いっ!?」

カオルの死角で、チャコがルナの背中をギリッとつねり、ルナの反論を止める。

ルナの不可解な様子に首を傾げつつ、チャコの発言から何となく呼ばれた理由を察した。

「俺にこれを取れと?」

「せや!カオル器用やからこういうのも上手そうやしな」

「……やってみてもいいが、初めてやるから失敗しても文句言うなよ?」

そう言ってカオルは投入口にコインを入れた。

その様子を見て、チャコはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、ルナは顔を真っ赤にして俯いた。


★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

数分前。

「おっ!ルナ~」

「なぁに?」

UFOキャッチャーの筐体によじ登ったチャコに呼ばれ、ルナが歩み寄る。

「これ見てみぃ!」

チャコの指差す先にはゾウの様なぬいぐるみ。

「鼻が短くて、何だかパグゥみたいやろ?」

「ホント!パグゥにそっくり!」

ルナが懐かしそうな眼差しでぬいぐるみを見つめる。

「ちょっと待っとき!」

「え!?どこ行くの!?」

突然筐体から飛び降りて駆け出すチャコを、ルナが呼び止める。

振り返ったチャコはニヤニヤしていた。

ルナに悪寒が走る。

「カオルに取ってもらうんや!」

「え!?何で!?わざわざ呼ばなくても、自分で……」

「アホゥ!!」

間髪入れずチャコがルナの言葉を遮る。

「それやからルナはあかんのや!こういう時にアピールせんでどないすんねん!」

「あ……アピール……?」

「前に言うたやん。ルナはもっと自分が女の子である事自覚して気ィ遣いって」

ルナはバレンタイン前のチャコとのやり取りを思い出す。

忘れようと心の奥深くに封印したはずの出来事を蒸し返され、ルナは再びゲンナリとした。

「……で?アピールって何をするの……?」

「決まっとるやんけ。『出来ない女子』を演技するんや」

「……は?」

「つまりやな、『カオル~このぬいぐるみスッゴく可愛いんだけど取れないの~お願い……取って(はぁと)』『全く……ルナの奴しょうがないな。そんな可愛い所を見せられたら断れないじゃないか』ってな感じに」

ルナは一人二役で演技するチャコを唖然として見ていた。

「という訳でさっそく……」

「ちょっと待って!」

ルナがカオルの元へ行こうとするチャコの腕を掴んで引き止める。

「何やねん?往生際が悪いで?」

「今のを私がやるの!?私そんなキャラじゃないわよ!?」

「だからええんや。普段見せない顔を見せる事で相手もドキッとするんや。一昔前に流行った『ギャップ萌え』っちゅーやつや」

ルナはチャコを諦めさせるべく、必死に思考を巡らせる。

「で、でも!そもそもカオルが引き受けてくれるかどうかも……」

「カオルなら100%引き受けるに決まってるやん」

ルナの反撃虚しく、チャコが素早く返答する。

「な、何で……」

「カオルはああ見えて意外とお人好しやからな。余程の事が無い限り、頼まれたら断れん性格や」

「でも……」

いまだ歯切れの悪いルナに、チャコが業を煮やした。

「じゃあ、ルナはカオルが『ルナの為に』取ってくれたぬいぐるみが欲しくないんか!?」

あえて『ルナの為に』の部分を強調して訴える。

その効果はどうやらテキメンの様だ。

ルナは顔を紅くして、「カオルが私の為に……」と呟いていた。

「ルナ!選択は2つに1つやで?1人寂しくゲットしたぬいぐるみと、カオルが『ルナの為に』取ってくれたぬいぐるみ……どっちを選ぶんや!?」

チャコの巧みな話術にまんまとはまり、ルナは結局カオルに取ってもらう方を選んだ。

自分でそそのかして言うのも何だが、ここまで簡単に引っ掛かるルナがいつか本当の詐欺に遭うのではないか、といささか心配になったチャコであった。

★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


「お……おっ……!おぉ!!」

ガラス越しに動くクレーンを目で追い、チャコが思わず声を漏らす。

初めてと言いながらも、見事にターゲットのぬいぐるみを捕らえ、クレーンはゆっくりと開口部に向かっていく。

カタンと音をたてて落ちてきた景品を取り出し、カオルはルナにぬいぐるみを差し出した。

「……え?」

「欲しかったんだろ?」

目の前に差し出されたぬいぐるみをルナはおずおずと受け取る。

「あ……お金……」

「それくらい奢ってやるさ。余計な気を回さなくていい」

「ルナへのプレゼントっちゅー訳やな?」

「いや、まぁ……そんな大層なものじゃないけどな……」

にやけ顔で茶化すチャコの言葉に、カオルが仄かに頬を紅く染めた。

「……いいの?」

「ああ」

カオルが頷くのを確認すると、ルナは「ありがとう」と礼を言い、手中にあるぬいぐるみを愛おしそうにギュッと抱きしめた。

「えへへ♪」

その表情はとても幸せそうに見え、カオルも自然と顔を綻ばせた。




「2人共ちょっとこっちに来てみぃ」

いつの間にか指定された時刻の10分前となり、集合場所へ戻ろうとした所でチャコが2人を呼び止める。

手招きするチャコの横に置いてあるのはプリントシール機。

撮影した写真がシールとなって印刷される、主に女子の間で人気の高い機械である。

「記念に撮っていかへんか?」

「え?でも他のみんなと一緒に撮った方……がぁ!?」

チャコがルナのふくらはぎをギリッとつねり、ルナの発言権を奪う。

「な、何するのよ~!」

ルナが涙目で足元にいるチャコに訴える。

「な?カオルもええやろ?」

そんなルナを軽く流し、カオルに同意を求めた。

「2人がそれでいいなら……」

「よっしゃあ!時間も押しとるし、早ぅ入るで!」

チャコはガッツポーズを取ると、いまだに渋るルナの手を強引に引っ張る。

「ちょっとぉ!?私の意見は無視ィー!?」

ルナの訴えも、入り口のカーテン奥へと吸い込まれていった。


……3……2……1……

カシャ!!

先程まで嫌がっていたルナも、始まってからは意外と楽しそうに撮影していた。

「何やねん、文句言うてた割にはノリノリやん」

「あはは……やってみると意外に楽しいもので……」

苦笑いしながらルナが弁明する。

「まぁええわ。それよりも問題はカオルや!もうちょい笑いや!」

ルナの肩に乗りながらチャコがビシッと指を差す。

「笑えと言われて、簡単に笑える訳ないだろ」

「無理矢理でええねん!作り笑いでええから!」

無茶苦茶な訴えだ、とカオルは呆れた様な表情をした。


『最後ノ1枚撮リマスヨー』

機械音声に促され、ルナとカオルはカメラに視線を向ける。

この時ルナは油断していた。

チャコが思いついた『ええ事』は、まだ終結していなかった。

3……

ルナの肩に乗っていたチャコが突然飛び降りる。

当然その位置ではチャコの姿は写らない。

「え!?チャコ!?」

2……

床に着地したチャコが、不意にルナの膝裏を小突いた。

いわゆる『膝カックン』をしたのだ。

「きゃ!!?」

足の力が抜け、ルナがバランスを失う。

1……

「ルナ!?」

倒れそうになるルナを、カオルが反射的に抱き留めた所で……

カシャ!!

「「あ……」」

2人同時に声を漏らす。

その足元では、元凶であるチャコが自らの策謀に掛かった2人の様子に堪え切れず、転げ笑っていた。




ルナ達3人は、集合場所に一番最後にやって来た。

満足気な表情のチャコに対し、ルナとカオルはゲンナリとしていた。

「2人ともどうしたのだ?」

様子のおかしい2人にメノリが尋ねる。

「……色々あって、ちょっと疲れただけ……」

ルナにとってはハッピーイベント満載であったのだが、まだ何か企みがあるのではないかと気が気でなかった。

「あら?ルナそれ……」

ふとシャアラが、ルナが抱えるぬいぐるみに気が付く。

「あ、これ?パグゥにそっくりでしょ?」

「ホント!可愛い!」

先程までゲンナリとしていた表情から、もう笑顔になっている。

その笑顔を見るだけで、カオルも自然と先程のブルーな感情が消えていくのを覚えた。




「ではそろそろ帰るとするか。今日は夜から人工雨が降る予定だからな」

メノリが『曇り』のパノラマに変わりつつある空を仰いだ。

「あ、ちょっと待って!」

帰宅を促すメノリを止め、ベルが提げているカバンから3つの包装された箱を取り出した。

「これ、バレンタインのお返し」

ベルの後に続いて、ハワード、シンゴ、そしてカオルも各々用意したお返しを女子3人に渡した。

思わぬ事態に3人は一瞬キョトンするも、すぐ笑顔で「ありがとう」と礼を言った。

「まさかハワードからも貰えるとはな」

「あ!それ、私も思ったわ!」

メノリとシャアラの言葉にハワードがムッてした表情を浮かべる。

「どーいう意味だよ!」

「ハワードの事だからすっかり忘れてるものだと思ってな」

「もしくは『何で僕があげなくちゃいけないんだ!』とかね」

メノリとシャアラはクスクスと笑いながら言いたい放題だ。

「だぁー!やっぱり返せー!!」

「ふふっ、断る!」

あげた代物を取り返そうとハワードが飛び掛かるのを、メノリとシャアラが身を翻(ひるがえ)して避ける。

そんな様子を皆笑いながら眺めていた。


その光景を眺めながらカオルは1人思う。

何だかんだいって、今日は楽しかった……

こんな日常がなくなるのは少し……いや、とても名残惜しいが……

もう……充分だよな……?


「みんなに話がある」

突然の言葉に、皆がカオルへ視線を向ける。

追いかけっこをしていたハワード、メノリ、シャアラも動きを止め、カオルを見つめた。

「俺は……」

次にカオルの口から紡がれた言葉を聞き、一同は絶句した。


「俺は……この進級を機に宇宙飛行士養成学校へ編入しようと思う」


パノラマの空は完全に『曇り』の設定へと切り替わり、予報通りポツポツと人工雨が降り始めた。

彼らの心模様を映し出しているかの様に──

つづく
15/17ページ
スキ