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1期

第 14 話 『決断②』

放課後、ルナ達は繁華街へと向かい、待ち合わせ場所であるバスターミナル前でチャコと合流した。

「それでチャコ?今日どこへ行くとかはもう決めてあるの?」

「もちろんやで!ここなんてどうや?」

シャアラの質問にチャコは不敵な笑みを浮かべ、一同の前にタブレットに映る広告を提示した。

「あぁ!!それ、最近オープンしたばかりのアミューズメントパークじゃないか!」

さすがと言うべきか、ハワードはこの手の話題に関しては耳が早い様だ。

「CMで流れとるのを見とったら、行ってみたくなってなぁ」

「その……あみゅーずめんとぱーく……?というのは、どういった所なんだ?」

メノリが腕を組んでチャコに問い掛けた。

「何やメノリ、行くの初めてなんか?まぁ、お嬢様なら普通行かなそうな所やしなぁ」

「僕だってハワード財閥の御曹司だぞ?」

「何いうてんねん!メノリとお前を一緒にすなや!」

「何だとぉ~!?」

「ほら2人とも!いつまでも言い争ってないで行きましょ!日が暮れちゃうわよ!」

いがみ合うチャコとハワードの仲介にルナが入る。

「こういう所は帰ってきても変わらないんだな」

カオルの呆れた様な呟きに、一同は頷くのであった。


目的地までの道中、ベルが隣を歩くカオルに小声で話し掛ける。

「カオル、バレンタインのお返しはちゃんと持ってきた?」

「……一応な」

ベルの質問にカオルが小さく頷く。

この会話から読み取れると思うが、今日は3月14日。

世間は『ホワイトデー』という名の行事でにぎわっている。

しかし、現代のバレンタインデーを知らなかったカオルが、ホワイトデーなど知っているはずも無く。

数日前にベルが何気なしに尋ねると「何だそれは?」と首を傾げられた。

ベルが懇切丁寧に内容を伝えると、カオルはしばし思案し、困惑したような表情で「それはもらった女子全員に返すものなのか?」と質問した。

ベルは、カオルが何十ものチョコをもらっていた事を思い出し、せめて気の置けない相手に渡す事を提案すると、カオルは納得した様に頷いたという。


「ルナ達、喜んでくれるといいね」

「……そうだな」

ベルの言葉に、カオルは小さく口元を上げるだけの微笑みを見せた。


そんな会話を交わす2人の後方で、ルナとチャコもまた小声で話をしていた。

「昨日の夜チャコが思いついたっていう『いい事』ってこの事だったの?」

「何や?何か不満でもあるんか?」

「そういう訳じゃないけど……」

チャコが不敵な笑みを浮かべていた事から、ルナは何かろくでもない計画を立てていたのでは、と勘繰っていた。

しかし予想とは違ってあまりにも平凡な計画であった為、身構えていた分少し拍子抜けしてしまった。

と思っていたのだが、また色々と茶化されそうな予感がした為、あえて口には出さないでおく事にしたのであった。

しかしルナは気づいていなかった。

チャコの計画がこの程度で終わるはずがない、という事を……

安堵の表情を浮かべるルナを尻目に、チャコは1人静かにほくそ笑んでいた。




先週オープンしたばかりの巨大アミューズメントパークは、多くの客で賑わいをみせていた。

店内は見渡す限り最新機能を搭載させたゲームの筐体きょうたいが並べられ、それを目の当たりにしたハワードとシンゴは目を輝かせ、一目散に姿を消していった。

残された5人と1匹は、そんな2人に苦笑いしつつ、物珍しそうに館内を見回しながら歩き出す。

「これがアミューズメントパークか……少し音が大き過ぎないか?」

初めて来るメノリは、四方八方飛び交う音響に耳を塞いでいる。

「こういう所はどこもこんな感じだよ」

「ベルはよくこういう所に来るの?」

場馴れしている様なベルの物腰に、シャアラが問い掛ける。

「俺は前によくハワードに連れられてたから」

ベルは懐かしそうに当時の情景を思い浮べる。

あの時抱えていた劣等感も欝屈な気持ちも、今となってはいい思い出だ。

「カオルは?」

「ゲームなんて見るのも初めてだ」

ルナの質問に、カオルは小さく首を横に振って答える。


丁度そこへ、姿をくらましていたシンゴが走って戻ってきた。

「どうしたのシンゴ?」

ルナの問いかけには答えず、シンゴは「カオル、ちょっと来て!」と言ってカオルの手を取る。

「お、おい!?」

カオルに有無も言わせず、シンゴは強引にその手を引っぱり、来た道を戻っていった。

残された4人と1匹は、お互い顔を見合せ首を傾げ、とりあえずシンゴが向かっていった方へ足を運んだ。


少し奥へ進んだ所にシンゴとカオルはいた。

その傍にはハワードと知らない男子が険悪な雰囲気で睨み合っている。

男子の後ろには取り巻きらしき者も数名いる。

「シンゴ、一体どうしたというんだ?」

メノリがシンゴに近寄り現状説明を言及する。

「えっと……この『スペースシップ』っていうゲームをやってたら、あいつらがやって来て『どけっ!』って言ってハワードを突き飛ばしたんだ。それでケンカになって、このゲームで勝負する事になったんだけど……ハワード負けちゃって……」

「それでカオルに敵討ちをしてもらおうと?」

ベルの補足にシンゴは静かに頷いた。

「……呆れたな」

メノリは経過を聞き、深い溜息をつき、ハワードの元へ歩み寄って行った。

「ハワード!お前は一体何をやってるんだ!」

メノリが腰に手を当て、ハワードに怒鳴りかける。

「ケンカを売ってきたのはあっちからだぞ!?」

自分に非があると思われたのがかんに障ったのか、ハワードがメノリに反論の意を唱える。

「どちらが売ってきたかは問題ではない!どうしてお前はこうもトラブルを招くんだ!」


「へっへっへ、ハワード財閥の御曹司は嫌われ者らしいな」

その言葉にハワードとメノリは同時に不良リーダーの方を向いた。

「前にテレビで見たから知ってるぜ~?お前ら『奇跡の生還者』って話題になった奴らだろ?」

「……それが何か?」

メノリは眉をつりあげたまま、しかし感情を押し殺した様に冷静に返答する。

「あんたらも運が無かったよな?こいつのせいで半年も無人の惑星に漂流する事になっちまったっていうんだからなぁ」

リーダーは馬鹿にしたような高笑いをしながらハワードに罵声を浴びせる。

それに便乗して取り巻き達も品の無い笑いをする。

この罵声に、ハワードは反論をする事なく黙ってしまった。

その体は微かに震えている。

リーダーが放った言葉は、ハワードにとって今もなお消える事の無い罪悪感を呼び起こすものであった。


口では許すと言ってくれたけれども、心の中では本当は恨んでいるのではないか?

仲間と言ってくれたけれども、本当は自分を疎ましく思っているのではないか?

それはコロニーに帰還した今でもふとした時に考えてしまう負の感情であった。

「全く、お前らもかわいそうだよな。こんな疫病神に付きまとわれて」

その一言がハワードの胸に突き刺さる。

(疫病神……僕は疫病神なのか?僕と一緒にいると、みんなは不幸になっちゃうのか?)

ハワードは返す言葉が見つからず、言われるがままだった。

「ちょっと!あなた……」

「ルナ、ちょい待ち」

リーダーの発言にカチンときたルナが反論しようとすると、それをチャコが止める。

「どうして止めるのよ!?チャコはハワードがあんな風に言われて平気なの!?」

「そんな訳あるかい」

チャコの真面目な表情と声色を聞き、ルナが冷静さを取り戻す。

「ウチらがわざわざ怒鳴り散らす必要がなくなっただけの事や」

「どういう事?」

チャコの言葉の意味が分からず、ルナが聞き返す。

「不憫なんは、むしろあっちの方や。何せウチの最恐コンビの逆鱗に触れてもうたんやからな」

チャコの視線の先をルナも追う。

そこには、後ろ姿で表情こそ見えないが、明らかにどす黒いオーラを発したカオルとメノリの姿があった。


「カオル……そのゲーム、練習は必要か?」

メノリが振り返る事無く、カオルに問い掛ける。

その声は普段より一回り低い。

「偶然かどうかは分からないが、訓練学校に設置されていたシミュレーターと操作方法がほとんど同じだ。特に必要ない」

カオルはゲームの席に着き、コインを投入した。

「はっ!何だお前、その疫病神の敵討ちでもしよってのか?言っておくが、俺はそのゲームのハイスコア保持者なんだぜ!?」

リーダーの自慢を無視して、カオルは操縦レバーを握った。

「おい、何とか言ったら……」

そこまで言いかけ、リーダーは口を閉ざした。

目の前に仁王立ちする少女が、文字通り鬼の形相で不良達を睨んでいた。

その威圧感に、不良達が怯む。

「確かにこいつはトラブルメーカーで、自己中で、限りなくバカだ」

「へっ、やっぱりお前らも……」

「だが!」

リーダーの言葉をメノリが遮る。

「それ以上にこいつはムードメーカーで、寂しがりで、仲間想いな奴だ!ハワードは決して疫病神なんかではない!」

「メノリ……」

メノリの力強い言葉を聞き、ハワードが俯く顔を上げた。

いつも口喧嘩の絶えない仲であったメノリが、自分の事をそのように思ってくれていた事を知り、ハワードの中に熱い何かが沸き上がってきた。

一方のリーダーは、メノリの力強い口調に押され、二の句が継げなくなった。

その様子を見て、カオルは静かに口元を上げる。

(……懐かしいな)

カオルは訓練学校にいた頃を思い出す。

当時はライバルであるルイに勝つため、夜な夜な密かに練習したものだ。

結果、自分のつまらない意地があの事故を招いてしまったが……

それらの経験を通してカオルは学んだ。

いかなる状況でも、パイロットは常に平常心を保ち、冷静な判断が求められると。

パイロットは『命』を預けられているのだから……


操縦レバーを握ったカオルの耳には、もはや周囲の雑音は届いていない。

不良達に対する怒りも今は感じない。

カオルは瞑想する。

今回の同席者はハワード。

ミッションは時間内に事故を起こす事無く目的地に到着する事。

実践もシミュレートも関係ない。

今はただ、このミッションをこなす事のみ。

カオルは一度深呼吸をし、スタートの合図と共に発進レバーを引いた。




「う……ウソだ……」

リーダーが顔を真っ青にしてモニターを凝視する。

提示されているスコアランキング1位の欄には、今や自分の名前は無い。

陥落した王座に新たに刻まれたのは『KAORU』の文字。

リーダーはこの現実を受け止めるまで放心状態であったという。


「いやぁ~、スッキリしたわ~」

チャコが清々しい表情で館内を歩く。

「ホントホント!あいつらそうとうショックだったんじゃない?さすがカオル!有言実行だね!」

シンゴも嬉々として同意する。

「あ、あのさ!」

突然声を張り上げたハワードに一同は注目した。

「あ、ありがとな。メノリも……カオルも……」

珍しくハワードから礼を言われたメノリとカオルは、思わずキョトンとして顔を見合わせた。

「お前が礼とは……天変地異の前触れか?」

「な、何だよ!人がせっかく……!」

メノリに皮肉で返され、ハワードがムッとした表情をする。

「まぁ、ハワードがトラブルを起こすんは特技みたいなもんやからな!」

チャコがメノリに続かんとばかりに皮肉を口にする。

「なっ!?」

「そうそう!トラブルあってのハワードよ」

「今じゃむしろ、ハワードのトラブルがなきゃ退屈すぎるくらいだからね!」

シャアラとシンゴも便乗する。

「ふふっ!それじゃあ、これからもトラブルよろしくね!」

ルナまでもイタズラっぽく笑って言う。

「がぁ~!!お前らぁ!!僕を何だと思ってるんだ!!」

言いたい放題の一同に、ハワードが叫ぶ。

しかし、皆変わらず笑顔のままであった。

「ハワードはそうでなくっちゃ!」

「……え?」

ルナの言葉にハワードはキョトンとした。

「ハワードは明るいのが一番合ってるよ。うじうじ考え込むのはハワードらしくないって事さ」

ベルがルナの言いたい事を代弁するように補足する。

「そっか……そうだな!明るいムードメーカーが僕のウリだしな!」

「このバカはすぐに調子に乗る」

「『明るい』じゃなくて『やかましい』の間違いだろ?」

と、メノリとカオル。

「あぁもう!お前らも黙れ!」

ハワードがいつもの調子に戻った事で再び皆に笑顔が戻った。

その光景を見てカオルは1人寂しげに微笑む。

先程のシミュレーターをやった事で、カオルは改めてパイロットへの夢を強く思うようになった事に気付いた。

(ここらが潮時なのかもな……)

カオルは、導き出した1つの結論を納得させるかの様に、黒いシャツの左胸をギュッと握りしめた。

つづく
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