1期
進級試験の結果が発表された日から1週間と5日。
カオルにとって、人生を左右する最大の決断を迫られる日が刻一刻と近づいてきた。
しかし、今現在でもカオルはまだ答えを出しかねていた。
養成学校への編入を受諾するという事は、仲間達と居られる時間が残りあとわずかという事を意味する。
逆に編入を断るという事は、せっかく目の前に現れたチャンスを棒に振るう事を意味する。
養成学校では、どんな理由があろうと自主退学している人間は『厳しい訓練から逃げた者』というレッテルが貼られる。
そのペナルティを抱えて合格出来るほど養成学校は甘くない。
つまりこの推薦は、自主退学の経歴を持つカオルにとって願ってもないチャンスなのである。
それでも即決できないのは、カオルにとって仲間達と過ごす時間がそれと同等の価値を持つという思いがあるから。
答えの見えないジレンマに陥り、カオルは苦悩し続ける。
その日の放課後、カオルは1人帰路を歩いていた。
ルナはバイト、他の仲間達も家の事情や委員の仕事などで今日の帰宅はバラバラであった。
気が付くとカオルは公園へと足を運んでいた。
そこは、ルナに今抱える悩みを打ち明けた場所。
あの時と同じ様に、静かにブランコへと腰掛ける。
「お?カオルやんけ」
聞き覚えのある声にカオルは顔を向けた。
案の定、視線の先にはチャコが立っていた。
「チャコ……」
チャコがゆっくりとカオルに近寄っていく。
その表情は心なしか心配そうに見える。
「こないな所で何しとるん?随分と思い詰めた顔しとったけど」
「……いや、何でもない」
「何でもない訳ないやろ。言うてみぃ」
チャコはジッとカオルを見つめた。
その視線に耐えられず、カオルは小さく溜息をつき、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「宇宙飛行士養成学校から推薦の話が来た」
チャコはその事についてはルナから聞いている。
その後、話してしまった事は内緒にして欲しい、と頼まれもした。
好意のある相手に口の軽い女だと思われたくない、という複雑な乙女心だろう。
ルナの恋を応援すると心に誓っていたチャコは、口裏を合わせる事に合意した。
「ほぉ、凄いやんけ」
チャコは初めて聞いた様な素振りをする。
「返答は明後日……それなのにまだ答えが出ないんだ」
カオルがクシャッと前髪をかき上げる。
「みんなには話しとらんのか?」
「……ルナには話した」
「ルナは何て言っとったん?」
「どっちを選んでも俺が決めた方を応援すると……」
「ルナらしい答えやな」
その後のルナの様子を目の当たりにしているだけあって、チャコはその時の情景を思い出し苦笑いを浮かべて答えた。
「本当は分かってはいるんだ。夢を追うべきだと。でも割り切れないんだ……みんなと過ごしたあの心地良い時間が残り数週間で無くなると思うと……揺らいでしまうんだ……」
その顔つきは、いつものクールさが感じられない苦悶の表情をしていた。
これほどまで苦しんでいるカオルを見て、チャコは思い知った。
どれほど並外れた才能を持っていようと、どれほど大人びた振る舞いをしていようと、カオルはまだ15歳。
身も心も、まだまだ成熟しきれていない子供なのだ。
当然年齢相応の葛藤もあるだろうし、思い詰める事もある。
何の不思議もない、進路について悩む青少年の1人に過ぎない、という事に。
(ウチはどうやらカオルを見誤っていたようやな)
チャコは心の中で自嘲気味に呟いた。
「カオルがウチらの事をそんな風に思ってくれとったとは、嬉しいやんけ」
チャコの言葉を聞き、心の内を曝 け出した事が恥ずかしくなったのか、カオルはぷいっと視線を逸らした。
そんな仕草も年相応に見え、普段とのギャップにチャコは思わず噴き出した。
「カオルも何だかんだ言うて中学生なんやな」
「……悪かったな」
カオルはばつが悪そうな表情で返答した。
「せやけど、やっぱりこればかりはカオル自身が決めなあかん問題やで?」
「……ああ、分かっている」
カオルは小さく頷いた。
「気の利いた事は言えんけど、ウチもルナと同じくカオルが決めた方を応援するさかい」
「……ありがとう」
逆光で表情が見えにくくなっているが、礼を言うカオルの口元が少しばかり上がっている様にチャコには見えた。
夜の7時、「ただいまぁ」という声と共にルナがバイトから帰ってきた。
チャコが玄関でルナを出迎える。
「おぉ、お疲れさん。忙しかったか?」
「ううん、今日はそれほど混まなかったから、いつもより楽だったわ」
ルナが背負っているリュックを肩から降ろしてリビングへと向かった。
ルナはシャワーで今日1日の汗を流し、ラフな部屋着に着替えると、ホットミルクを飲み一息ついた。
身も心も暖まった所で、チャコが話を振ってきた。
「そういえば、今日の夕方カオルに会うたで」
チャコの言葉にルナがピクリと反応する。
カオルの話題が出ると、決まってルナは同じような反応をする。
それを見るのが面白く、たまにこうやってルナをイジるのが、最近のチャコの密かな楽しみであったりもする。
「へ、へぇ~そうなんだ」
ルナは棒読みな返答をし、そわそわとしている。
これは何を話したのか気になっている時の反応だ、とチャコは素早く分析した。
「気になるか?」
チャコがニヤニヤしてルナに尋ねる。
「べ、別に気になってなんか……」
「ほぉ~、なら言わんでおくわ」
「………」
(くっくっく、悩んどる悩んどる)
ルナが難しい顔をして黙っているのを見て、チャコは笑い出しそうな気持ちを必死に抑えていた。
「しかしカオルがあんな事を言うとは思わんかったわ~」
わざとらしくチャコが大きな声で独り言を言う。
「え……?」
チャコの言葉にルナの心が揺らぐ。
ルナの反応を見て、チャコはニヤリと笑った。
「カオルの意外な一面も知れたしなぁ~」
「む……」
「あんな所見てもうたら、女子が放っておかんやろうなぁ~」
「な……!?」
最後の発言が効果的だったのか、ルナの表情が見る見るうちに青ざめていった。
ルナのあまりに分かりやすい反応に、チャコは笑いを堪えきれず床をバンバンと叩いて転げ笑った。
「ひーっひっひっひ!ル、ルナのその顔……!!」
「な、何よ!人の顔を見て笑うなんて失礼ね!」
チャコに大笑いされ、ルナはムッとした表情をした。
「まぁ、冗談はこのくらいにしといて……」
「じょ、冗談!?」
チャコにからかわれていた事を知り、ルナは身をわなわなと震わせた。
「カオルと会うたっちゅーのはホンマやで。カオル……まだ悩んどるみたいや」
先程とは打って変わって、チャコが真剣な顔と口調で話す。
ルナもついさっきの怒りを忘れ、表情を変えた。
カオルは返事までにあと2週間あると言っていた。
その日がもう目前まで迫ってきている事を思い出す。
「エアバスケ大会の時は、そんな素振り見せんかったけど、今思えばやせ我慢しとったんかな」
ルナの表情が暗くなる。
あの時カオルは一体どんな気持ちで試合に臨んでいたのだろう……
そんな気持ちに気付かず浮かれていた自分を腹立だしく感じた。
同時にカオルの気持ちを考えるだけで、胸が張り裂けそうな思いだった。
「このままだと精神衛生的に良くあらへんし……何か気分転換になる事させた方がええんやろうけど……」
チャコが腕を組み、考える仕草をする。
しばらく思案した後、チャコの視線がいつの間にか自分に向けられている事にルナは気付く。
「な、何……?」
「いや、ええ事思いついてな……」
そう言ってチャコがニヤリとほくそ笑む。
その笑みを見て、ルナの背に悪寒が走った。
翌朝、カオルの元に2件のメールが届く。
1件目はカトレア、内容は今日のバイトの件。
『急でゴメンね!私今日用事ができちゃって……お店に行けないの。だから今日はお店を臨時休業って事にしたから、バイトは無しって事で!たまには羽でも伸ばしなさいよ☆』
そしてもう1件はチャコ、こちらは仲間全員に一括して送られたもの。
『元気にしとるか~?エアバスケ大会終わって以来、みんなと会うてへんから少し寂しいわ~。てな訳で、今日の放課後にみんなで集まって遊びにでも行かへんか?無理にとは言わへんけど。ええ返事期待しとるで!』
昼休み、ルナ達はいつものカフェテリアに集合した。
昼食を摂りながら、今朝のチャコからのメールの話題で盛り上がっている。
「チャコからのメール見たか!?」
「うん!僕すぐ返信しちゃったよ!」
「私も!早く放課後にならないかしら?」
ハワードの言葉にシンゴとシャアラが嬉々とした様子で話す。
「確かにエアバスケ大会以来会えていないからな。私も委員会の仕事でしばらく忙しかったし……」
「今日は何とかなりそうかい?」
ベルの問いにメノリは小さく頷いた。
「ああ。否 が応でも今日は行く」
生真面目なメノリにしては珍しい発言である。
それだけチャコに会うのが楽しみなのであろう。
皆の様子を見て、ルナの心は不思議と温かい気持ちで満たされていた。
チャコとの再会をこれほどまで喜んでくれている事が嬉しくもあり、くすぐったくもある。
「いたらいたで口うるさいけど、逆にいないと静かすぎて物足りないんだよな」
素直じゃないハワードの発言に、ルナは苦笑いした。
そんな皆から一歩引いた雰囲気で、カオルは物憂げな表情をして昼食を口にしていた。
その表情を見て、ルナは心苦しくカオルを見つめた。
『エアバスケ大会の時は、そんな素振り見せんかったけど、今思えばやせ我慢しとったんかな』
昨晩のチャコの言葉が脳裏をよぎる。
何か自分に出来る事はないか考えを巡らせ、再びチャコの言葉を思い出す。
『このままだと精神衛生的に良くあらへんし…何か気分転換になる事させた方がええんやろうけど……』
ルナは意を決した様子でカオルに声をかけた。
「カオルも一緒に行きましょう?」
「……いや、だが、俺は……」
ルナの誘いにも、カオルは歯切れが悪い。
おそらく明日に迫った決断の事で頭がいっぱいなのだろう。
ルナは、今度はカオルにだけ聞こえるように耳元で囁く。
「悩む気持ちは分かるけど、そんな状態じゃ答えは出ないと思うわ。気分転換のつもりで少し頭を冷やしてみたら?案外スッと答えが見つかるかもしれないわ。だから……ね?」
ルナの言葉を聞き、少し思案した後、カオルは小さく頷いた。
「……そうだな」
その言葉を聞き、ルナがいつもの笑顔を見せた。
「おい、2人して何こそこそと内緒話してんだよ~」
ハワードが不満そうな顔つきで声をかける。
「ううん、何でもない」
ルナはハワードの問いかけを笑顔で誤魔化す。
この時ルナは1つの決心をした。
今までずっと、ピンチの時はカオルに助けられた。
心が折れそうな時はいつも支えてくれた。
だから今度は私がカオルを支える……!
絶対1人で苦しませたりなんかさせないから……!
カオルにとって、人生を左右する最大の決断を迫られる日が刻一刻と近づいてきた。
しかし、今現在でもカオルはまだ答えを出しかねていた。
養成学校への編入を受諾するという事は、仲間達と居られる時間が残りあとわずかという事を意味する。
逆に編入を断るという事は、せっかく目の前に現れたチャンスを棒に振るう事を意味する。
養成学校では、どんな理由があろうと自主退学している人間は『厳しい訓練から逃げた者』というレッテルが貼られる。
そのペナルティを抱えて合格出来るほど養成学校は甘くない。
つまりこの推薦は、自主退学の経歴を持つカオルにとって願ってもないチャンスなのである。
それでも即決できないのは、カオルにとって仲間達と過ごす時間がそれと同等の価値を持つという思いがあるから。
答えの見えないジレンマに陥り、カオルは苦悩し続ける。
第 13 話 『決断①』
その日の放課後、カオルは1人帰路を歩いていた。
ルナはバイト、他の仲間達も家の事情や委員の仕事などで今日の帰宅はバラバラであった。
気が付くとカオルは公園へと足を運んでいた。
そこは、ルナに今抱える悩みを打ち明けた場所。
あの時と同じ様に、静かにブランコへと腰掛ける。
「お?カオルやんけ」
聞き覚えのある声にカオルは顔を向けた。
案の定、視線の先にはチャコが立っていた。
「チャコ……」
チャコがゆっくりとカオルに近寄っていく。
その表情は心なしか心配そうに見える。
「こないな所で何しとるん?随分と思い詰めた顔しとったけど」
「……いや、何でもない」
「何でもない訳ないやろ。言うてみぃ」
チャコはジッとカオルを見つめた。
その視線に耐えられず、カオルは小さく溜息をつき、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「宇宙飛行士養成学校から推薦の話が来た」
チャコはその事についてはルナから聞いている。
その後、話してしまった事は内緒にして欲しい、と頼まれもした。
好意のある相手に口の軽い女だと思われたくない、という複雑な乙女心だろう。
ルナの恋を応援すると心に誓っていたチャコは、口裏を合わせる事に合意した。
「ほぉ、凄いやんけ」
チャコは初めて聞いた様な素振りをする。
「返答は明後日……それなのにまだ答えが出ないんだ」
カオルがクシャッと前髪をかき上げる。
「みんなには話しとらんのか?」
「……ルナには話した」
「ルナは何て言っとったん?」
「どっちを選んでも俺が決めた方を応援すると……」
「ルナらしい答えやな」
その後のルナの様子を目の当たりにしているだけあって、チャコはその時の情景を思い出し苦笑いを浮かべて答えた。
「本当は分かってはいるんだ。夢を追うべきだと。でも割り切れないんだ……みんなと過ごしたあの心地良い時間が残り数週間で無くなると思うと……揺らいでしまうんだ……」
その顔つきは、いつものクールさが感じられない苦悶の表情をしていた。
これほどまで苦しんでいるカオルを見て、チャコは思い知った。
どれほど並外れた才能を持っていようと、どれほど大人びた振る舞いをしていようと、カオルはまだ15歳。
身も心も、まだまだ成熟しきれていない子供なのだ。
当然年齢相応の葛藤もあるだろうし、思い詰める事もある。
何の不思議もない、進路について悩む青少年の1人に過ぎない、という事に。
(ウチはどうやらカオルを見誤っていたようやな)
チャコは心の中で自嘲気味に呟いた。
「カオルがウチらの事をそんな風に思ってくれとったとは、嬉しいやんけ」
チャコの言葉を聞き、心の内を
そんな仕草も年相応に見え、普段とのギャップにチャコは思わず噴き出した。
「カオルも何だかんだ言うて中学生なんやな」
「……悪かったな」
カオルはばつが悪そうな表情で返答した。
「せやけど、やっぱりこればかりはカオル自身が決めなあかん問題やで?」
「……ああ、分かっている」
カオルは小さく頷いた。
「気の利いた事は言えんけど、ウチもルナと同じくカオルが決めた方を応援するさかい」
「……ありがとう」
逆光で表情が見えにくくなっているが、礼を言うカオルの口元が少しばかり上がっている様にチャコには見えた。
夜の7時、「ただいまぁ」という声と共にルナがバイトから帰ってきた。
チャコが玄関でルナを出迎える。
「おぉ、お疲れさん。忙しかったか?」
「ううん、今日はそれほど混まなかったから、いつもより楽だったわ」
ルナが背負っているリュックを肩から降ろしてリビングへと向かった。
ルナはシャワーで今日1日の汗を流し、ラフな部屋着に着替えると、ホットミルクを飲み一息ついた。
身も心も暖まった所で、チャコが話を振ってきた。
「そういえば、今日の夕方カオルに会うたで」
チャコの言葉にルナがピクリと反応する。
カオルの話題が出ると、決まってルナは同じような反応をする。
それを見るのが面白く、たまにこうやってルナをイジるのが、最近のチャコの密かな楽しみであったりもする。
「へ、へぇ~そうなんだ」
ルナは棒読みな返答をし、そわそわとしている。
これは何を話したのか気になっている時の反応だ、とチャコは素早く分析した。
「気になるか?」
チャコがニヤニヤしてルナに尋ねる。
「べ、別に気になってなんか……」
「ほぉ~、なら言わんでおくわ」
「………」
(くっくっく、悩んどる悩んどる)
ルナが難しい顔をして黙っているのを見て、チャコは笑い出しそうな気持ちを必死に抑えていた。
「しかしカオルがあんな事を言うとは思わんかったわ~」
わざとらしくチャコが大きな声で独り言を言う。
「え……?」
チャコの言葉にルナの心が揺らぐ。
ルナの反応を見て、チャコはニヤリと笑った。
「カオルの意外な一面も知れたしなぁ~」
「む……」
「あんな所見てもうたら、女子が放っておかんやろうなぁ~」
「な……!?」
最後の発言が効果的だったのか、ルナの表情が見る見るうちに青ざめていった。
ルナのあまりに分かりやすい反応に、チャコは笑いを堪えきれず床をバンバンと叩いて転げ笑った。
「ひーっひっひっひ!ル、ルナのその顔……!!」
「な、何よ!人の顔を見て笑うなんて失礼ね!」
チャコに大笑いされ、ルナはムッとした表情をした。
「まぁ、冗談はこのくらいにしといて……」
「じょ、冗談!?」
チャコにからかわれていた事を知り、ルナは身をわなわなと震わせた。
「カオルと会うたっちゅーのはホンマやで。カオル……まだ悩んどるみたいや」
先程とは打って変わって、チャコが真剣な顔と口調で話す。
ルナもついさっきの怒りを忘れ、表情を変えた。
カオルは返事までにあと2週間あると言っていた。
その日がもう目前まで迫ってきている事を思い出す。
「エアバスケ大会の時は、そんな素振り見せんかったけど、今思えばやせ我慢しとったんかな」
ルナの表情が暗くなる。
あの時カオルは一体どんな気持ちで試合に臨んでいたのだろう……
そんな気持ちに気付かず浮かれていた自分を腹立だしく感じた。
同時にカオルの気持ちを考えるだけで、胸が張り裂けそうな思いだった。
「このままだと精神衛生的に良くあらへんし……何か気分転換になる事させた方がええんやろうけど……」
チャコが腕を組み、考える仕草をする。
しばらく思案した後、チャコの視線がいつの間にか自分に向けられている事にルナは気付く。
「な、何……?」
「いや、ええ事思いついてな……」
そう言ってチャコがニヤリとほくそ笑む。
その笑みを見て、ルナの背に悪寒が走った。
翌朝、カオルの元に2件のメールが届く。
1件目はカトレア、内容は今日のバイトの件。
『急でゴメンね!私今日用事ができちゃって……お店に行けないの。だから今日はお店を臨時休業って事にしたから、バイトは無しって事で!たまには羽でも伸ばしなさいよ☆』
そしてもう1件はチャコ、こちらは仲間全員に一括して送られたもの。
『元気にしとるか~?エアバスケ大会終わって以来、みんなと会うてへんから少し寂しいわ~。てな訳で、今日の放課後にみんなで集まって遊びにでも行かへんか?無理にとは言わへんけど。ええ返事期待しとるで!』
昼休み、ルナ達はいつものカフェテリアに集合した。
昼食を摂りながら、今朝のチャコからのメールの話題で盛り上がっている。
「チャコからのメール見たか!?」
「うん!僕すぐ返信しちゃったよ!」
「私も!早く放課後にならないかしら?」
ハワードの言葉にシンゴとシャアラが嬉々とした様子で話す。
「確かにエアバスケ大会以来会えていないからな。私も委員会の仕事でしばらく忙しかったし……」
「今日は何とかなりそうかい?」
ベルの問いにメノリは小さく頷いた。
「ああ。
生真面目なメノリにしては珍しい発言である。
それだけチャコに会うのが楽しみなのであろう。
皆の様子を見て、ルナの心は不思議と温かい気持ちで満たされていた。
チャコとの再会をこれほどまで喜んでくれている事が嬉しくもあり、くすぐったくもある。
「いたらいたで口うるさいけど、逆にいないと静かすぎて物足りないんだよな」
素直じゃないハワードの発言に、ルナは苦笑いした。
そんな皆から一歩引いた雰囲気で、カオルは物憂げな表情をして昼食を口にしていた。
その表情を見て、ルナは心苦しくカオルを見つめた。
『エアバスケ大会の時は、そんな素振り見せんかったけど、今思えばやせ我慢しとったんかな』
昨晩のチャコの言葉が脳裏をよぎる。
何か自分に出来る事はないか考えを巡らせ、再びチャコの言葉を思い出す。
『このままだと精神衛生的に良くあらへんし…何か気分転換になる事させた方がええんやろうけど……』
ルナは意を決した様子でカオルに声をかけた。
「カオルも一緒に行きましょう?」
「……いや、だが、俺は……」
ルナの誘いにも、カオルは歯切れが悪い。
おそらく明日に迫った決断の事で頭がいっぱいなのだろう。
ルナは、今度はカオルにだけ聞こえるように耳元で囁く。
「悩む気持ちは分かるけど、そんな状態じゃ答えは出ないと思うわ。気分転換のつもりで少し頭を冷やしてみたら?案外スッと答えが見つかるかもしれないわ。だから……ね?」
ルナの言葉を聞き、少し思案した後、カオルは小さく頷いた。
「……そうだな」
その言葉を聞き、ルナがいつもの笑顔を見せた。
「おい、2人して何こそこそと内緒話してんだよ~」
ハワードが不満そうな顔つきで声をかける。
「ううん、何でもない」
ルナはハワードの問いかけを笑顔で誤魔化す。
この時ルナは1つの決心をした。
今までずっと、ピンチの時はカオルに助けられた。
心が折れそうな時はいつも支えてくれた。
だから今度は私がカオルを支える……!
絶対1人で苦しませたりなんかさせないから……!
つづく