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1期

第 12 話 『試合(後編)』

2回戦が終了し、ここで敗退したベルのチームを除いて、他の仲間達も順当に3回戦へと勝ち進んだ。

続く3回戦も奇跡の生還者達を含めたチームは危なげなく勝利を収め、3チームとも準決勝へと駒を進めていった。

そしてこの準決勝では、カオル・シンゴチームとメノリ・ハワードチームが戦う事となる。


大会は1時間の昼休みを迎えた。

ルナ達は仲間で集まり、昼食を摂っていた。

「次はいよいよ準決勝かぁ。これもルナのお陰ね!」

シャアラは嬉しそうにルナを賞賛する。

一方のルナも、褒められて満更でもない様子だ。

「ルナ達はずるいよなぁ、3回戦やらずに準決勝進出だもんなぁ。こっちなんて、次はカオルとだぜ?」

ハワードがハァと深い溜息をついた。

「でもカオルとの勝負も、緊張感があって楽しいよ?」

ベルがハワードのテンションを上げようとフォローする。

「そらまた見応えありそうやなぁ」

その聞き覚えのある声に、全員が声のする方を振り向いた。

そこには当然の如くチャコがいた。

「チャコ!?何でここにいるの!?」

「観戦に決まっとるやろ?この目にルナの勇姿をしかと焼き付けとかな」

今日は一般開放されている為、多くの保護者が我が子の試合を観に来ている。

保護者気分で嬉々として話すチャコを見て、ルナは深い溜息をついた。

そんな2人を見て仲間達は笑い出した。




昼休みが終了し、いよいよ準決勝が始まる。

「カオルの奴、身体能力も化け物並みに成長してやがったか」

試合前、ハワードがどうせ勝てないなら、と精一杯の皮肉を込めて言う。

「あれほど圧倒的な実力を見せつけられてはな。しかし勝算が無い訳ではない」

「あ?アレに勝つ攻略法でもあんのか?」

ハワードがメノリの発言を聞き、身を乗り出す。

「あっちが身体能力で挑んでくるなら、こっちは戦略で挑む」

メノリの不敵な笑いに、ハワードは少し背筋を凍らせた。

(あっちが化け物なら、こっちは鬼女だな)

と思った事は、口に出すまいと、ハワードは心に誓った。


準決勝、カオルチームとメノリチームの試合が始まった。

ジャンプボールはシンゴがキャッチし、すかさず女子生徒へとパスを出す。

女子生徒がキャッチしたその瞬間、メノリが「今だ!」と指示を出す。

女子生徒へダブルチーム(1人の選手に対して2人掛かりのディフェンスをする)を仕掛け、さらにシンゴへはメノリ自らがマンツーマンのディフェンスをしてパスコースを塞ぐ。

苦し紛れにカオルへパスをするが、それを狙っていたメノリがボールをカットする。

上空に放り投げたボールをハワードがエアシューズの力を借りた大ジャンプでキャッチしそのままゴールへと叩き込んだ。

開始わずか1分からの先制点に、観客たちは驚きながらも歓声をあげた。

巻き返しを狙うカオルチームだが、やはり同様にカオルへのパスコースは塞がれ、攻勢に出ることが出来ない。

パスがダメならと女子生徒は自らドリブルで切り込もうとするも、マークに付いていたハワードを抜こうとした瞬間、突然ハワードが「おわっ!?」と声をあげ倒れたことで審判からファウルを宣告されてしまう。

「えっ!?私当たってませんよ!?」

審判に必死に抗議するも判定は覆らず、メノリチームに強制的にボールが渡ってしまった。

カオルにボールが回れば、確実に得点を挙げてくれるのだが、それも単発に過ぎず、シンゴと女子生徒に至ってはメノリチームによって封殺されてしまっていた。

気が付くと、8対28という大差をつけられて前半終了となった。


ハーフタイムでコートから出る際に、ハワードがカオルに近づき話しかける。

「悪いが今日は勝たせてもらうぞ。どんな手を使ってもな」

「まるで悪役のセリフだな」

「うるさいな!とにかく、お前にだけは負けないからな!」

せっかく決めたシリアスなセリフを台無しにされ、恥ずかしさからハワードは叫びながら去って行った。

呆れ顔でやって来たメノリに、カオルは苦笑いしながら話しかける。

「よく許可したな」

フェアプレイを好むメノリがマリーシアを作戦に取り入れるとは意外であった。

「まぁ……不本意ではあるが、ハワードもハワードなりに勝とうと必死だったからな。その執念は認めようと思ったんだ」

「マリーシアも立派な戦略だ。俺は別に卑怯だとは思わない」

「ふっ……それは試合が終わってから直接本人に言ってやれ。それに、お前に負けたくないのは私も一緒だ」

珍しくメノリが闘志を宿した瞳をカオルへ向ける。

それをメノリからの挑戦状と受け取り、カオルが小さく口角を上げると、メノリは「じゃあ後半戦で」と言い自陣のベンチへと向かっていった。


「ご、ごめんなさい!」

ハーフタイムにて、チームメイトの女子が突如カオルへ謝罪した。

女子生徒はハワードのマリーシアに引っ掛かり、既にファウルを3つ取られてしまっている。

失点の原因を作ってしまった自責の念と、カオルが怒っているのではないか、という考えが入り交じって、今にも泣き出しそうな表情をしている。

「何故謝る?」

「だ、だって……私のせいで何点も取られちゃって……」

「それはハワードのテクニックが一枚上手うわてだっただけの事だ」

「……怒ってないの?」

「怒る理由がないだろう」

カオルがいつもの口調で淡々と返す。

とりあえず怒っていないという事が分かり、女子はホッとした様子でようやく落ち着きを取り戻した。

「でも、どうするの?カオルが機能しない以上、この点差を縮めるのは正直厳しいよ?」

女子生徒は自信なさげに俯く。

「大丈夫だよ」

そう自信気に返答したのはシンゴだった。

「ハワードの活躍は想定外だったけど、カオル封じは想定の範囲内だから。後半からはF13(フォーメーションその13)で行くよ」

1週間で頭と体に叩き込んだフォーメーションを思い出しながら、女子生徒は大きく頷いた。


一方のメノリチームは、優勝候補に優勢である状況に歓喜していた。

「このまま更に突き放すぞ!」

ハワードの言葉に女子生徒が「おー!」という声と同時に拳を掲げる。

しかし、メノリは今ひとつ浮かない顔だ。

「何だよ、メノリももっと喜べよ!あのカオルを圧倒してるんだぞ?」

「確かにそうだが……今ひとつ腑に落ちん」

「何がだよ?」

メノリの言葉にハワードは首を傾げる。

「カオルが随分と大人しかった気がする。それが不気味でな……」

「パスが通らなきゃ、さすがのカオルも手も足も出なかったって事だろ?」

「ベルと対峙した時のあの動きを見てもそう言えるか?」

メノリのその言葉にハワードは言葉を詰まらせた。

「とにかく、後半は前半以上に気を引き締めるぞ!」

メノリの鼓舞にハワードと女子生徒が頷く。


後半戦開始のジャンプボールを制したのはハワード。

慎重にパスを回し、ボールがハワードの手に渡った次の瞬間、カオルが目の前に立ちはだかる。

面と向かってみて初めて分かるカオルの威圧感に、ハワードの額に汗がにじんだ。

カオルを翻弄しようとフェイントを織り交ぜたドリブルを繰り返し、シュートを狙う。

──が、カオルはフェイントにも一切惑わされる事なく、ピンポイントでボールをはたきカットした。

「ディフェンスーっ!!」

ボールがカオルの手に渡った瞬間、メノリが叫ぶ。

同時に、一斉にメノリチームがゴール前へと向かう。

──メノリは目を疑った。

攻め込んでくると思われたカオルが不意に足を止め、ボールをゴール目掛けて放り投げたのだ。

(ま……まさか……)

皆がそのボールの行く先を見送る。

ボールはレーザービームの如く直進し、空中でゆっくりと回転するゴールの穴に寸分のズレも無く納まった。

審判が親指、人差し指、中指を立て、3点を宣告する。

「う、嘘だろ……あんな距離から3ポイントシュートを決めやがった……」

ハワードが呆然と立ち尽くす。

これを繰り返されてしまっては、この点差はあっという間にひっくり返されてしまう。

メノリチームはカオルをフリーにさせる訳にはいかなくなった。

どんな状況でも常にカオルにマークを付け、たとえ2点取られたとしても3ポイントシュートの連取を防がなければならない。

カオルのたった1プレイが、メノリチームに多大なプレッシャーを与える。

「カオルを徹底マーク!マークを外されてもフォローし合うんだ!」

メノリは仲間を鼓舞し攻撃に出る。

しかし仲間にパスをしようとボールを投げたその一瞬、カオルは持ち前の瞬発力で簡単にマークを外し、敵の手中に収まろうとする寸前のボールを床に叩きつけた。

「なっ!?」

叩きつけられたボールが高く跳ね上がると同時に、カオルも跳躍し、空中でボールをキャッチすると、そのままボールを投げ、再びゴールへと投入した。

後半開始からわずか2分、カオルの連続3ポイントシュートにより、点差は一気に14点差まで縮まった。

「くそっ!気を抜くなよ!これ以上カオルの好き勝手にさせるな!」

悔しさで歯ぎしりをしながら、チームメイトへ叫ぶハワード。

女子生徒もそれに応じてカオルを逃すまいと注視する。


1人冷静に相手を分析するメノリ。

(何だ、この違和感は……?)

カオルへパスが通りそうな場面でも、パスを出さなかった事に疑問を抱く。

カオルの存在に気が付かなかった?

冗談、相手チームのジョーカーはカオルだ。

誰よりもまず、カオルへのパスを優先とするに決まっている。

それが得点を重ねる一番確実な方法なのだから。

では、カオルへのマークを警戒した?

それならば筋は通るが……。

そこまで考え、メノリは違和感の正体に気が付いた。

(どういう事だ……?シンゴ達はさっきから、カオルの動きを一切見ていない!?)

「まさか……マズい!カオルばかりに気を取られるな!マークが甘くなってるぞ!」

カオルに注目が集まる事で、マークが甘くなった他の選手へシンゴがパスを出す。

メノリの声に素早く反応し、チームメイトがそのパスをカットしようと手を伸ばす──。

が、それよりも早く黒い影がボールを奪い取った。

奪われたボールは即座に空中へと放たれ、またゴールの穴へ収まった。

「またカオルの3ポイントシュートだーっ!」

前半の点差をひっくり返さんとする勢いでシュートを決めるカオルに会場全体が熱狂する。


「まさか、カオルをあえて・・・無視しているのか……?」

メノリの言葉にシンゴは口角を上げて笑った。

「チームを結成してからずっと考えてたんだ。カオルの力を最大限に発揮できるフォーメーションって何だろうって。サヴァイヴでのカオルの行動を思い返してこれしかないって思い至ったんだ。カオルが活躍すればするほど、マークはきつくなってパスも通りにくくなる。だったらカオルへパスを回さず、カオルの独断で奪わせればいい。F13は、3対2対1で戦う三つ巴のフォーメーションだよ」

そう、天才シンゴの発案した大胆不敵なフォーメーションは、カオルを第3勢力として出現させるというものだ。

カオルが一騎当千の働きをすると信じて・・・、カオルとメノリチームにボールを奪われないようにパスを回していく。

カオルがどこでボールを手にするのか、味方のシンゴ達にすら分からないのだから、予測することなど不可能である。

その後もカオルは攻守共に神出鬼没な動きを見せ、メノリチーム、シンゴチーム両者からボールを奪い得点を重ねていく。

試合終了のブザーが鳴った時には、35対30という大逆転劇となった。


「恐れ入ったよ。シンゴの戦略も、お前の身体能力も」

「お前の戦略も、ハワードのマリーシアも充分脅威だ。今回は俺とシンゴの戦略が上手く噛み合っただけだ。次はどうなるか分からない」

メノリとカオルは、お互いの健闘を讃え、堅い握手を交わした。

「くっそぉー!カオル、来年こそは絶対にお前を倒して僕が優勝するからな!」

2人の間に突如ハワードが割り込み、カオルへ宣戦布告する。

カオルはキョトンとしながらも、真剣な眼差しのハワードに小さく笑うのであった。


そして、もう1つの準決勝。

ルナのチームの対戦相手は、エアバスケ部のエースがいる優勝候補のチームである。

誰しもが、例えルナだとしても、現役の選手がいるチームには勝てないだろうと予想していた。

しかし──

「う……嘘だ……」

エアバスケ部のエースは愕然とその場に立ち尽くしていた。

スコアボードに刻まれるのは60対20という無情な数字。

ルナチームは、優勝候補を圧倒し決勝へ駒を進めたのであった。




大会もいよいよ大詰め、決勝戦が行われようとしていた。

体育館内の客席は多くの生徒で埋め尽くされている。

ソリア学園の最強コンビと言われている2人の試合である。

高い身体能力を持つ者同士の試合である為、もしかしたらプロ顔負けのスーパープレイが見られるかも、と期待の意味も込められている。

「チャコォ」

ハワードがチャコに話しかける。

「何や?」

「この試合、どっちが勝つか賭けるか?」

「カオルのチームが勝つにフルーツジュース10本!」

チャコが即座に答える。

「あ、ずるいぞ!お前、少しは家族の顔を立てろよ!」

「勝負事の世界では、人情は捨てなあかんものなんや」

チャコが真面目に言うため、メノリとベルは思わず吹き出した。


そんな会話がされていようとは知らず、ルナ達はお互い試合開始前の握手を交わしていた。

「カオル、ベストを尽くしましょ!」

そう言ってルナは高揚する気持ちを抑えながらカオルの手を握る。

「例えルナでも手加減はしない」

そう言って微笑むカオルを見て、ルナも自然と顔が綻ぶ。

同じチームだったら良かったと始めは思ったが、こういうのも悪くはないと今では思えてくる。

結局カオルの近くにいれればいいという自身の気持ちに気付き、我ながら現金だなぁ、とルナは苦笑いを浮かべた。


試合開始のジャンプボールをルナチームの男子生徒がキャッチし、すかさずシャアラへとパスする。

同時にボールを奪い取ろうとシンゴがプレッシャーをかける。

しかし、シャアラの手には既にボールは無く、彼女の頭上高く跳ぶルナへといつの間にか渡っていた。

そのままルナが先制ダンクを叩き込む。

シンゴは驚きを隠せなかった。

シャアラはボールをキャッチした瞬間、ルナがどこにいるのかを見ることなく即座にボールをパスしたのだ。

ボールを持つ時間を極端に短くする事で、シャアラの短所ある身体能力の低さを見事カバーしている。

これが準決勝でエアバスケ部員のいるチームを大差で破ったカラクリなのだろう、とシンゴは理解した。

しかし、そう簡単に主導権は握らせない、とシンゴは小さく笑い、ボールを受け取るとすぐにカオルへとパスし、得点を奪い返す。

両チームとも、ルナとカオル任せのディフェンスを無視した打ち合いに徹し、その凄まじい試合に観客はは大歓声に包まれた。

そして前半終了のブザーが鳴った時には、20対20という結果だった。


「ルナ、楽しそうね?」

ハーフタイムに入り、シャアラがドリンクを飲みながらルナの表情を見て話しかけた。

「うん!カオルはやっぱり凄いわ!」

ルナは本当に楽しそうに笑った。

その笑顔を見ていると、シャアラも何だか幸せな気持ちになった。


そして全てが決まる後半戦、開始早々にボールがカオルに渡り、攻撃をしかける。

それを阻止すべく、ルナはカオルの前に立ち塞がった。

カオルの攻撃もどこかで止めなければ勝ち越す事は出来ない、と判断しての行動だった。

カオルはスピードを緩める事無く、ルナの前でゴール目掛けて高くジャンプする。

ルナもそれに素早く反応し、跳躍してディフェンスする。

2人の攻防を、観客もプレイヤーも息を飲んで見守っていた。

「カオル!抜かせないわよ!」

ルナの言葉を聞き、カオルが不敵な笑みを浮かべる。

「甘いなルナ」

その発言と同時にカオルは履いているエアシューズのスイッチを切った。

「え!?」

ルナはギョッとした。

空中でシューズのスイッチを切るとどうなるか、容易に想像は出来る。

案の定、カオルの体は重力が掛かったかの様に地面に向かって急速に落ち始めた。


「何だぁ!?シューズが故障したのか!?」

ハワードの目の前で起きた事態に慌てた様子で叫ぶ。

「いや、自分でスイッチを切ったんだ!」

興奮気味にベルが叫ぶ。

確かに試合中にエアシューズのスイッチを切ってはいけないというルールは設けられてはいない。

しかし、まさかエアシューズをこんな風に活用するとは考えもしなかった、とベルはカオルの発想力の高さを心の中で称賛した。


カオルはその高さからの落下でも難なく着地し、素早くエアシューズのスイッチを入れると、いまだ空中にいるルナの下をくぐり抜けゴールへと跳んだ。

何としても死守せんと、シャアラと男子生徒も跳躍し、カオルへダブルチームを仕掛ける。

完全にシュートコースを塞がれ、カオルは諦めたかのように空中でクルッと反転しシャアラ達に背を向けた。


「パスを出す気か?」

客席でメノリがカオルの動きを観ている。

「そりゃそうだろ。強引に突っ込んでもファウルを取られるだけだし、ここは一旦シンゴ達に返すしかないだろ?」

ハワードは頬杖をつきながら返答する。

「いや、カオルの目はまだ諦めてないよ」

視線をコートに向けたまま、ベルが冷静な口調で言葉を紡ぐ。

一同もそんなベルに促される様に会話を止め、静かに視線をコートへと向けた。


「よし、シュートコースは塞いだぞ!」

カオルがシュートを諦めたと認識したルナチームの男子生徒が安堵の声を漏らす。

一瞬の気の緩みを見逃さず、カオルはゴールに背を向けたままボールを放り投げた。

その軌道は、綺麗な放物線を描き、吸い込まれるように、ゴールへと収まる。

「…………え?」

シャアラも男子生徒も、一瞬何が起きたのか理解出来なかった。

1つ言えるのは、カオルがたった1人でルナチーム3人を抜いて得点をあげたという事。

奇しくもハワード試合開始前に口に出した予感が現実となってしまったのである。

その天衣無縫なスーパープレイは観客全員を虜にした。

「何だ今の!?背を向けたまま山なりのシュートを決めやがった!?」

「スゴーい!!カッコいー!!」

体育館内は熱狂で溢れ返り、建物を揺れ動かさんばかりの歓声が館内に響き渡った。

「凄い……カオル凄い!」

ルナは思わず身震いした。

カオルの凄さを目の前で実感する事が出来た、ただそれだけでルナは満足だった。


すぐに得点を取り返そうと、ルナにボールが渡る。

ルナはドリブルしながら真っ直ぐゴールへと向かい、マークについたカオルの目の前で高くジャンプした。

カオルもほぼ同時に床を蹴り、ルナのシュートコースを塞ぐ。

すると、ルナは事もあろうか先程のカオルと同じ技を繰り出した。

空中でエアシューズのスイッチを切り、重力の掛かった体が地面に向かって落ちていく。

床に着地するとすぐにスイッチを入れ、再び高く跳ぶとボールをゴールへと叩き込んだ。

さすがのカオルも、まさか自分の真似を目の前でやり返してくるとは思いもしなかった。

ルナの奇襲は成功し、スコアは再び同点に追い付いたが、先程の無茶な着地をしたせいか、首を捻ってしまった。

しかし、ルナは痛みを隠して試合を続ける。

だが動きに精彩を欠き、その後ルナの攻撃はことごとくカオルに止められてしまう。

それに加えてカオルの攻撃を止める事が出来ず、決勝戦は40対30でカオル・シンゴのチームの勝利で試合終了となった。




試合が終わり、コートに座り込むルナの元にカオルが近付く。

「大丈夫か?」

「うん、大丈夫よ。少し疲れたけど、まだまだやり足りないくらい」

ルナが笑顔でそう言う。

「そうじゃない」

「え?」

「足、捻っただろ?」

カオルの言葉にギクリとする。

カオルはこういう事に関してとても鋭いという事をすっかり忘れていた。

「あ、でも大丈夫よ!歩けないほどじゃないし……」

ルナが笑顔でそう言うのを見て、カオルは溜息をついた。

「仕方ない……」

その言葉を聞いた瞬間、ルナの身体が宙に浮いた。

カオルに突然抱き上げられたのである。

いわゆる『お姫様抱っこ』というやつである。

その瞬間、体育館内の女子から「きゃあああ!」と、黄色い声とも悲鳴とも取れる叫びが聞こえてきた。

「か、かかカオル!?な、ななな何を……わ、私……だ、だだだ大丈夫だから!!」

突然の出来事にルナは頭が真っ白になった。

顔は耳まで真っ赤になり、心臓は飛び出しそうなくらい高鳴っている。

「駄目だ。お前の大丈夫ほど信用出来ないものはない」

そう言ってカオルは歩き出した。

「ルナを保健室に連れていく」

カオルは仲間にそう言い残し、体育館を後にした。


体育館に残された者は、決勝戦の熱気も忘れ呆然としていた。

「……本当に掴み所のない奴だな」

メノリは呆れたように溜息をつく。

「まさかこんな大勢の前で『お姫様抱っこ』とはなぁ~」

ハワードがからかい気味にニヤニヤして言う。

「あら、女の子はみんな憧れるものよ?」

シャアラが目を輝かせてハワードに反論する。

「それにしてもルナの反応はオモロかったなぁ」

チャコが楽しそうに笑って言う。




そんな事を言われているとは知らず、現在ルナは保健室でカオルの介抱を受けていた。

養護教諭はというと、運がいいのか悪いのか、本日は休暇を取っていた。

カオルはルナの足首に湿布を貼り、丁寧に包帯を巻いていく。

誰もいない保健室で2人きり…

ルナはそんなシチュエーションに緊張し、ドキドキが止まらずにいた。

「応急処置だが、やらないよりはマシだろ」

「あ、ありがとう……」

恥ずかしさでカオルの顔が見られない。

ルナは目線を下に向けていた。

「戻るか」

カオルの言葉にルナは小さく頷く。

すると、カオルがルナの前に小さく屈んだ。

「……え?」

「早く乗れ」

カオルは今、ルナに背を向けている。

『乗れ』ということは背中に乗れという意味であり、つまり……

「ええええ!?」

「……耳元で叫ぶな」

カオルが耳を押さえ、眉間に皺を寄せて言う。

「ご、ごめん……で、でも!そこまでしてもらわなくても大丈夫だって!」

「駄目だ」

ピシャリと強い口調で言われ、ルナは畏縮した。

「さっきも言ったが、お前の大丈夫ほど信用出来ないものはない」

「そ、そんな事無いって!」

ルナは慌てて反論する。

きっぱりと言われてしまうと、そんなに信用が無いのだろうか、と少し落ち込んでしまう。

「……ここはサヴァイヴじゃない」

「……え?」

カオルの言葉の真意が分からず、ルナは思わず聞き返した。

「こういう時ぐらい少しは甘えろ」

その言葉を聞き、ルナの顔が更に紅くなった。

その一方で、カオルの耳が僅かに赤くなっている事にも気付いた。

カオルも照れているのだと知り、ルナは何だかカオルをとても愛おしく感じた。

「……うん!」

やや遅れてカオルの言葉に頷き、ルナはカオルの背中に乗った。

それを確認すると、カオルは立ち上がり、ルナを背負って体育館へ歩き出した。


(甘えろ……か)

父が亡くなってから今まで、甘える事が許されない状況でずっと生きてきた。

何より、周りに甘えられる相手なんて誰1人いなかった。

ルナは無意識にそういった気持ちを心の奥底に封じ込めてしまったのだろう。

だからこそ、甘えていいと言ってもらえた事がルナは嬉しかった。

何より大好きなカオルから言われたのだから……

少しは自信を持っていいのかな、とルナは微笑み、その広い背中に身を預けた。




体育館に戻ると、表彰式の準備がすでに整っていた。

カオルはルナを静かに下ろすと、集中する視線を浴びながら居心地悪そうにチームメイトの元に向かった。

優勝チームである3人の望みの景品が、進行役によって公表された。

シンゴの望みの景品はまだ持っていない種類の工具一式、女子生徒は最新モデルのバッグであった。

そして、気になるカオルの景品だが、進行役がその景品を確認すると怪訝な表情を浮かべる。

「え~と、カオル?本当にこの景品でいいのか……?」

進行役は、念のため最終確認を取ると、カオルは静かに頷いた。

「え~……それでは、カオルの希望された景品は……100%フルーツジュース1年分です!」

「「はぁ!?」」

その内容に仲間達でさえ素っ頓狂な声をあげた。

「カオル……お前、マジでそんなモンが欲しいのか?」

「俺じゃない」

カオルのその発言に一同は首を傾げた。

「ウチのや!おおきにな、カオル~!」

チャコが突然名乗りを上げて、景品を受け取る。

「な、何でチャコが!?」

ルナも驚きの色を隠せない。

何故カオルの景品がチャコの欲しい物となっていたのかが不思議でならなかった。

「いやぁ、昨日散歩しとったらたまたまカオルに会うてな」

チャコはその時の出来事を回想した。


★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

「おぉ、カオルやんけ。久しぶりやな」

「チャコも相変わらず元気そうだな」

「そういえば、ルナに聞いたで?何や、エアバスケ大会っちゅーもんがあるらしいなぁ」

「ああ」

「それで、優勝チームには望みの景品が贈られるそうやないか!ええな~、ウチも出たいわ」

チャコが羨ましそうに話す。

「ルナに希望の景品を頼んでみたらどうだ?」

「あかん、ルナは食費を浮かせるため~とか言うに決まっとる。きっと米1年分とかにするつもりや」

「なるほどな」

カオルは苦笑いをして頷いた。

ルナなら十分ありえる景品である。

「チャコは欲しい物あるのか?」

「もちろんあるで~!100%のフルーツジュース1年分や!」

力一杯に言うチャコが何だか可笑しくて、カオルは口元を緩めた。

そして鞄から自分のIDカードを取り出すと、チャコに渡した。

「何やこれ?」

「そのカードのIDとパスワードを使ってアクセスしな。それでチャコの欲しい物を申し込んでくれ」

「ええんか!?」

「俺は別に欲しい物とか思いつかないからな」

「無欲な男やな~」

「だったら、欲しい物がある奴に使ってもらった方が良い。チャコにはサヴァイヴで色々と助けられた。その礼と思って受け取ってくれ」

チャコは感心したようにカオルを見つめた。

「カオル……あんた、ホンマええ男やな~」

★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


「という訳や」

「もう、チャコったら。カオル、本当に良いの?」

「ああ、構わない。それでルナも多少は生活費が浮くだろ?」

「カオル……ありがとう」

カオルの気遣いを嬉しく思い、ルナは微笑んでお礼を言った。

こんな些細な事でも自分の事を考えてくれているのだと思うと、ルナはとても幸せに感じられた。


こうして毎年恒例のエアバスケ大会は、過去最高の盛り上がりを見せ、閉幕したのであった。

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