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1期

第 11 話 『試合(前編)』

今日の授業が終わり、ホームルームが始まった。

担任のスペンサーが業務連絡を淡々と伝え、最後に何か質問等はあるか、と尋ねると1人の生徒が挙手した。

「どうしたメノリ?」

スペンサーが尋ねると、メノリは手を下ろして起立した。

「そろそろエアバスケ大会に向けて話し合いたいと思うんですが……」

「ああ、そういえばもうそんな時期だな。分かった、後は任せる」

そう言ってスペンサーは教壇をメノリに譲った。

それを確認すると、メノリは頷き、教壇に立った。


「ねぇ、エアバスケ大会って何?」

ルナがシャアラに尋ねる。

「そっか、ルナは知らないんだっけ。ソリア学園ではこの時期にエアバスケ大会が開催されるの。一種の球技大会みたいなものよ」

シャアラの説明に、ルナはなるほど、と納得した。

「今年もくじ引きでチーム分けをしようと思うのだが、いいだろうか?」

特に異論は無く、皆が頷くのを確認するとメノリはくじの入った箱を教卓の前に出した。

「では順番に引いていってくれ」

その言葉に従い、生徒が順番に箱に手を入れくじを引いていく。

当然生徒が皆やる気がある訳ではなく、中には「だりぃ~」といいながらくじを引く者もいる。

そんな様子にムッとした表情をするメノリを、ハワードはじっと眺めていた。


全員がくじを引き終えた事を確認し、メノリが番号確認の指示をだそうとすると、

「ちょっとまった!」

突如声を上げ、教卓へと近づいてきたのはハワードであった。

「な、何だハワード!?」

「ちょっと僕に提案があるんだ」

「提案?」

メノリが怪訝な表情で尋ねる。

「ちょっと待ってろよ」

そう言い残し、ハワードはメノリが引き留める間もなく教室を飛び出した。


しばらくすると学園内に全館放送が流れ始めた。

声の主はもちろんハワードである。

『あー、あー、ソリア学園の生徒諸君、よーく聞け!』

そう切り出したハワードの言葉にクラス中、いや、学園中が天井を仰ぐ。

『また今年も恒例のエアバスケ大会が近づいてきたわけだが、今回は全力で試合に臨む事をお勧めする!何故なら?優勝チームには豪華賞品が贈られるからだー!』

「……は?」

予想だにしないハワードの発言にメノリが思わず声を漏らす。

『賞品はそうだな……チーム全員に1つずつ、希望の景品をプレゼント!っていうのはどうだ?勿論、ハワード財閥がスポンサーになるから、高価な物でもOKだぞ!』

ハワードの公言を聞き、学園中に割れんばかりの歓声があがった。

望みの景品が得られる、それだけでやる気の無い生徒にも一気に火が付いたのが目で見て分かる。

「ハワード、お前って奴は……」

ハワードが教室へ戻ってくると、メノリは額に手を当て、頭が痛いといった身振りで呆れていた。

「何だよ?これでみんなのやる気が上がるんなら安いもんだろ?」

メノリの反応を見て、ハワードが不満そうに言う。

「……まぁ、そうだな」

メノリは苦笑いしつつ、ハワードの突拍子な行動に今回ばかりは感謝した。

「では、手元のくじを開いてくれ」

景品の効果もあり、生徒らは躍起になってくじを開いた。

チームメンバー如何いかんで優勝できるかどうかが決定すると言っても過言ではないため、当然と言えば当然なのだが、その光景は恐怖さえ感じさせる。

メノリは欲望に見舞われた人間の姿を垣間見たような気がした。


くじは各チーム3名、AからFまでの6チームに分けられるようになっている。

2年生は全部で4クラス。

各6チームずつ作り、計24チームでのトーナメント戦の試合形式で毎年行われている。

「ではチームごとに集まってくれ」

Aチームのくじをひいたベルがチームメイトの元へと向かう。

くじの巡り合わせか、Aチームにはベルを筆頭に高身長のメンバーが集まっていた。

その存在感に他チームが思わず唾を飲む。

しかし、チーム内は正反対に「よろしくね」と穏やかなムードであった。


Bチームの中にはシャアラとルナの姿があった。

「良かったぁ!またルナと一緒になれた!」

同じチームとなれた事にシャアラが歓喜の声をあげる。

ルナも「がんばろうね」とシャアラに笑顔を向けた。

チームメイトとなった男子生徒もルナと同じチームになれて思わずガッツポーズを取った。

ルナの運動神経の良さは、学園でも有名である。

間違いなく優勝候補の1つとなるであろう。


Dチームの中にはハワードとメノリがいた。

「足を引っ張るなよ~」

ハワードの言葉を聞き、メノリが睨む。

「ふん、それはこっちのセリフだ」

2人の険悪なムードにチームメイトの女子生徒は、駄目かもしれない、と密かに思うのであった。

しかし、他のチームはある意味Dチームを脅威と感じていた。

ハワードもメノリも運動神経は悪くなく、加えてメノリは周囲を上手く使った頭脳プレーを得意とし、ハワードはマリーシアを得意とする。

この2人の歯車が合い、上手く機能すれば、思い通りのプレーをさせてもらえないだろう。


そして、Fチームにはカオルとシンゴが集まった。

「カオルと一緒なら優勝間違い無しだね!」

シンゴがはしゃいでカオルに話しかける。

「全力は尽くす」

シンゴの様子にカオルは苦笑いして返答する。

カオルと同じチームになれた女子生徒はとても歓喜の表情を浮かべ、逆に違うチームとなった女子生徒らは羨ましがり、自分のくじ運の無さを呪った。

こんな光景前にも見た事あるな、とシンゴは苦笑いするのであった。




それから本番まで、各チームごとに作戦会議や練習が行われた。


【Aチーム】

「基本ベルは動かずゴール下を堅守する作戦でいいんじゃないか?」

「でも、ベルは体もチームの中で一番大きいし、パワーもあるからオフェンスで真価を発揮するんじゃないかしら?」

「ベルはどっちがいい?」

「両方やるよ。攻撃から守備に切り替わる時に、ゴール下まで戻らなきゃならないから、それまで敵の攻撃を防ぐ対策を考えないとね」

「でもそれだとベルにばっかり負担がいくんじゃないか?」

「俺なら大丈夫だよ。漂流したおかげでスタミナがすごくついたからね」

「ベル頼もし~!」


【Bチーム】

「ごめんなさい、またミスしちゃった……」

「気にしないでシャアラ。それだけ難しい連携に挑戦してるんだから」

「そうそう!俺達なんて結局1本もルナにパスが通らなかったんだし。それにしてもルナも思い切った事を考えるよな。アイコンタクトだけでパスを通す練習なんて」

「思い切ったというか、優勝を狙うからにはこれは必須・・なの。特にカオルのいるチームを相手にするならね」

「そっか。じゃあ頼んだよ2人とも!」

「「うん!」」


【Dチーム】

「だからここは慎重にパスを回せと何度言ったら分かるんだ!」

「そんなちまちまパス回して点数が入るかよ!シュート打たなきゃ何にもならないだろ!」

「だからってあんな角度から打って入るわけがないだろう!」

「そんなの打ってみなきゃ分からないだろ!」

(……本番もこんな感じなのかな?まだチーム方針も決まってないし。先が思いやられるよ……)


【Fチーム】

「──という感じで考えてきたんだけど、どうかな?」

「えっと……シンゴ?この膨大な数のフォーメーションと作戦を1週間で全部覚えろっていうの?やっと進級試験が終わったのに?」

「大丈夫だよ!形を2日かけて覚えて、動きは実践で体に覚えこませれば充分間に合うよ!」

「鬼か!カオルも何か言ってやってよ!」

「そうだな。1つ言わせてもらうなら、このフォーメーションなんだが、奇襲狙いでやるならこの位置からのシュート成功率は80%は欲しい。それを維持するためにもノーマークでシュートを打たせる必要があるから、俺のポジションをこの辺りに変更してもらえるとフォローが格段にしやすくなる」

「なるほど。そうなると、ここをこうして……あ、でもこれだとこの時のパス成功率が50%くらいになるから、こっちのポジションがフォローできる位置にずらして……」

「……ダメ、会話についていけない。とりあえず他のフォーメーションの暗記を始めよっと……」

こうしてあっという間に1週間が経ち、エアバスケ大会本番を迎えるのであった。




エアバスケ大会当日、体育館内は熱狂で満ちていた。

もちろん理由は優勝チームのみに与えられる豪華賞品が掛かっているからである。

補足だが、希望の景品は事前にデータをハワード財閥に送信されており、優勝が決まり次第、後日自宅へ郵送される仕組みとなっている。

「何だか、人間のエゴを感じるよ……」

生徒らの熱狂ぶりにシンゴは呆れていた。

「まるでニンジンを括りつけられた馬だな」

ルナは苦笑いしながら、ふとカオルの望みの品が気になった。

カオルが欲しがりそうなものが、ルナには全く思い浮かばなかった。

「ねぇ、カオルはどんな景品を頼んだの?」

「そういうルナは?」

「わ、私は……その……」

ルナが恥ずかしそうに体をもじもじさせる。

「どうした?」

「お、お米1年分……」

「……なるほど、ルナらしい」

「ちょっとぉ、私らしいってどういう事!?」

ルナはカオルの言葉に頬を膨らませる。

そんなルナの様子に、カオルは苦笑いを浮かべる。

「いや、ルナはこんな時でもルナなんだな、と思ってな。ある意味尊敬する」

「意味わかんないよ~!」

「僕はカオルの言いたい事、すごく理解出来る」

シンゴも意地悪そうな顔つきでルナに言う。

ルナは釈然としない表情をするも、カオルの微笑みを見ているうちに、どうでも良い気持ちになってきた。

「で?カオルは何を頼んだの?」

「優勝出来たら分かるだろ」

「あ、ずるーい!」

少し怒って見せながらも、ルナはカオルとこうしている瞬間を幸せに感じた。

恋する力って凄いなぁ、とルナは密かに思うのであった。


開催式が始まり、メノリがステージに上がると、ざわついていた体育館がシンと静まりかえった。

「ついに今日という日が来た。皆、全力を尽くして試合に臨んでもらいたい。ただし、怪我には気をつける事と、フェアプレイ精神を常に忘れないように!それでは……これよりエアバスケ大会の開催を宣言する!!」

その言葉と同時に体育館全体が歓声で一杯になった。

これほどの盛り上がりは未だかつて無い。

そんな光景を目の当たりにし、メノリ自身も、俄然やる気が沸いてきた。

こうなるよう仕向けたハワードに少し感謝しつつ、メノリはステージを降りていった。


初戦は組み合わせの結果、運良くもルナ達は仲間同士で対戦することはなかった。

サヴァイヴで鍛え上げられた体力と運動神経で他のチームを圧倒し、奇跡の生還者達のいるチームは2回戦へと進出した。

「何か、僕達すごく強くないか?」

ハワードが興奮気味にメノリへ話しかける。

「まぁ、みんなの家を作ったり、狩りをしたりしているうちに、体力や筋力が自ずと付いたのだろう。恐らく私達の身体能力は、半年前より格段に上がっているはずだ」

メノリの言葉にハワードは納得した。

しかし、そこでふとある疑問が浮かぶ。

「じゃあさ…カオルはどれだけ身体能力上がったと思う?」

その言葉にメノリは固まった。

半年前から異常な身体能力を持っていたカオルが、この半年間でどれほどの成長を見せたのか、想像がつかない。

「今ふと思ったんだけどさ……あいつ、例えエアバスケで、3対1で試合したとしても、勝てそうな気がしないか?」

その光景を想像し、メノリはゾッとした。

「……恐ろしい事を言うな。この大会の意味が失われる……」

「……だな」

メノリとハワードは同時に深い溜息をついた。




1回戦全試合が終了し、2回戦が始まった。

ここでは、ついに奇跡の生還者同士がぶつかる事となる。

ベルチームと、カオル・シンゴチームの試合だ。

1回戦で圧倒的な強さを見せつけたチーム同士の試合という事もあって、多く生徒が観戦しようと体育館に集合していた。

試合前に相手チームとの握手が交わされる。

ベルはカオルの前に立つと微笑んで話しかけた。

「俺、実は今すごくワクワクしてるんだ」

「ベル?」

カオルは不思議そうにベルを眺める。

こんな楽しそうなベルを見た事があるだろうか。

「サヴァイヴにいた頃からずっと、カオルの事を尊敬していたんだ。憧れって言っても良い。何でも1人でこなせて、強くて、いつもみんなを影から守っていて……」

「逆だ」

「え?」

「俺の方こそベルを尊敬している。知識があって、力があって、みんなから頼りにされている」

カオルがそんな事を思っていたとは知らず、ベルは思わず顔を紅くして照れた。

「だが、この試合で手を抜くつもりはない。ベル、お前が相手なら尚更な」

カオルにそんな言葉を掛けられ、ベルは微笑んだ。

身体能力なら、明らかにカオルの方が圧倒的に上である。

しかし、そのカオルが自分に対して手加減しないと言ってくれた。

それがベルには嬉しい事だった。

ベルとカオルは堅い握手を交わし、自身のポジションに着いた。


審判によってボールが高く投げられる。

試合開始の合図となるジャンプボールを制したのはベルのチームであった。

1回戦同様に学年屈指の高身長を活かしたプレーでパスを回していき、ゴール下に待機していたベルの元へと渡る。

ベルはエアシューズの力と大きな体を活かし、ゴール目掛けて高くジャンプした。

「うおおおおっ!!」

「させないよ!」

シュートさせまいとシンゴも高くジャンプしベルと接触するも、まるで岩の様な体格はビクともせず、シンゴはいとも容易く弾き飛ばされてしまった。

そして、体勢を崩す事もなく、ベルは強烈なダンクを叩きつけ、カオルチームを相手に先制点を決めた。

守備の面でもベルはその体格を活かし、カオルチームのシュートをことごとく防ぎ、ゴールを許さない。


前半を終えた所で点数は0対16、カオルチームが完封されるという状況を誰が予想出来ただろうか。

ハーフタイムの間、カオルチームは作戦会議を開いていた。

「予想はしてたけどやっぱりベルは手強いね」

劣勢にも関わらず、シンゴは楽しそうにベルを賞賛した。

「ああ、だが負けるつもりはない」

そう言ってカオルはドリンクを口にした。

「そうだね。そろそろ反撃といこうか!」

「だけど、あのベルの厚い壁をどうやって破るの?」

対峙して初めて分かるベルの強さに女子生徒は萎縮してしまっていた。

しかし、シンゴは余裕の表情でチームを鼓舞する。

「忘れてない?僕らのチームにはジョーカーがいるんだよ?」

そう言ってシンゴはカオルへ視線を向けた。


後半戦開始のジャンプボールもやはりベルチームが制した。

前半同様に高いパス回しで敵を翻弄し、ゴール下にいるベルへボールが回る──。

その瞬間を狙ったかの様に、ベルの手に収まろうとしていたボールはカオルによって弾かれた。

カオルがカットし高くバウンドしたボールを空中で待ち構えていたシンゴがキャッチし、そのままゴールへと叩き込む。

ようやくカオルチームに初得点が加算されるが、ベルチームは余裕の表情だ。

「問題ないよ。作戦通りここから俺は守備に専念するよ」

そう言うと、ベルはゴール下に立ち、両手を広げた。

「守備に専念って……まさか攻撃を捨てるつもり!?」

「まぁ、あっちは2対14で大幅リードしてるんだから当然の作戦だよね」

「オフェンスが2人に減ったからといって油断するなよ」

カオルの叱咤にチームメイトは力強く頷いた。

ベルを欠いた攻撃では3人のディフェンスを破るのはやはり難しく、カオルチームにボールを奪われてしまった。

しかし問題はここからだ。

ゴール下には最強の壁が立ちはだかっているのだから。

カオルへボールが渡るのと同時に、シンゴと女子生徒が敵2人にぴったりとマークし、カオルへの進路を塞いだ。

これから先は、カオルとベルの一騎討ちである。

ドリブルしながら体を切り返しベルを翻弄するカオル。

ベルはカオルにシュートを打たせまいとその動きに必死に食らいつく。

しかし、度重なる切り返しによってベルの重心がわずかに崩れた一瞬の隙を突き、カオルがボールを抱えながら高くジャンプする。

ベルも負けじと足を踏ん張り、高くジャンプした。

ベルの大きな身体は壁となり、カオルのシュートコースを塞ぐ。

誰もがベルの勝利だと確信した。

しかし、

「なっ……!?」

カオルは空中でボールを持ち替え、ベルを横からかわすと、ボールをゴールへと放り込んだ。

プロのエアバスケの試合で目にする超高度テクニック、ダブルクラッチをいとも容易くやってのけたその圧倒的身体能力に、ベルは勿論、体育館内の誰もが唖然とした。

そして、静寂は一気に歓声へと変わった。

「な、何だぁ今の!?」

「すげぇ!プロの試合を見てるみてぇだ!」

「キャー!!カオル、素敵~!!」

男女問わずカオルへの歓声があがる。

その歓声を聞き、カオルはやり過ぎた、と後悔した。

そんなカオルの様子を見て、ベルはフッと小さく笑う。

「やっぱ凄いよ、カオルは」

「いや、ああしなければベルの壁を越える事は出来なかった」

「でも、俺はカオルが本気を出してくれて凄く嬉しいよ」

「ベル……」

「でも、試合はまだ終わってない。まだ俺達のチームの方が優勢だ」

「ああ、分かっている」

ベルの言葉にカオルは口元を緩めた。


前半優勢だったベルのチームも、カオルが本気になった事により徐々に差を縮められ、試合終了のブザーが鳴った時には20対16と、カオルのチームの大逆転勝利で終了した。

試合に負けはしたが、全力を尽くしたベルの心は清々すがすがしい気持ちで一杯だった。

つづく
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