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1期

第 10 話 『ワタシノココロ』

地獄の勉強会が始まってから1ヶ月が経過し、ついに運命を分ける進級試験の日となった。

各々が緊張した面持ちで試験に挑む。

この試験の結果如何いかんで3年生か留年かが決定するのだ、無理もない。

試験の科目は、現代文、数学、地理、生物学、化学、物理学、気象学、宇宙史、地球史、宇宙科学、電子工学、開拓技術論の全12科目。

試験は4科目ずつ3日間で行われた。

3日目の試験終了の予鈴が鳴ると同時に、カオルとメノリ、シンゴを除く4人は完全燃焼して机に突っ伏した。

「やっと……終わったぁ……」

ハワードが力無く言うと、残りの4人も力無く頷いた。

「結果は明日かぁ……緊張で今日は眠れないかも……」

「あはは、俺もだよ」

溜息混じりで俯くシャアラに、ベルが苦笑いする。

「あれだけ一所懸命頑張ったんだもの、きっと大丈夫よ!」

いつもの明るい笑顔を向けるルナを見て、本当に何とかなりそうだと皆が思った。

こういう時、ルナの明るさが皆の支えになっているのだと、改めて実感した一同でだった。




翌日の放課後、いよいよ試験の結果が発表される時間となった。

発表自体は、本人に点数と進級の合否の結果がメールにて通知されるという単調なもので、それを見た生徒達が一喜一憂している姿が見られる。

しかし、注目すべきなのはそれだけではなかった。

ソリア学園では、各教室に設置されているスクリーンに上位10名までの名前と点数が公表される。

そこに名前が掲載される事は、この名門校で大変名誉あることなのだ。

学園中の生徒がスクリーンに釘付けとなる。

固唾かたずを飲んで見守る中、ついにスクリーンに上位50名とその点数が公表された。


1位  カオル  1200

2位  メノリ  1185

3位  シンゴ  1067


学園中が騒然となった。

「……すごい」

シャアラが思わず言葉を漏らす。

「本当にとんでもない男だな、あいつは」

メノリも半ば呆れ顔で言う。

結果メノリは今回もカオルに勝つ事は出来なかった。

しかし、悔しさよりも半年以上のブランクを持ちながら全教科満点という偉業を成し遂げたカオルに敬意を表する気持ちの方が強かった。

「ったく……どこまでも化け物な奴め」

ハワードが精一杯の皮肉を込めて言う。

しかし言葉とは裏腹に、ハワードの表情は笑っていた。

カオルに勝つとは言ったものの、ハワード自身本気で勝てるとは思っていない。

本人は認めないだろうが、無意識下ではハワードにとってカオルは、憧れかつ目標の存在となりつつあった。

それを自覚するのは、まだ当分先の話となる。

「ところでカオルは?」

カオルが教室にいない事に気付き、シンゴは辺りを見回した。

「あれ?さっきまでそこにいたのに……」

「トイレじゃねーの?」

首をかしげるベルの言葉に、ハワードは興味無さそうに返答した。

カオルのスタンドプレイはいつもの事か、と他の仲間たちも自然と話題を変えた。

しかしこの時、ルナだけは妙な胸騒ぎを覚えていた。




同時刻、カオルは校長室へと招かれていた。

「進級試験で全教科満点を取るとは実に素晴らしい結果でしたよ」

「ありがとうございます」

誉れ高い表情で言う校長に、カオルはいつも通り淡々と礼を言う。

「さて、早速本題ですが、君は宇宙飛行士を目指してるんでしたね?」

「そうですが……」

「実は私の知り合いに、木星に創設された宇宙飛行士養成学校の理事長がいましてね、君の事を話したところ是非来て欲しい、と言ってくださったんですよ」

「……え?」

カオルが思わず声を漏らす。

「全寮制ですが、入学金、授業料も免除する特待生の枠で君を招き入れたいという話なんです。できるならこの進級を機に編入という形で来てもらいたい、との事なんですが……いかがですか?」

「……急な話なのでまだ何とも……」

カオルはそう言って俯いた。

「まぁ、期限まであと2週間ありますからじっくり考えておいてください。いい返事を期待していますよ」

カオルは深くお辞儀をして退室した。




教室へ戻る道中、カオルは深い溜息をついた。

まさか、こんなにも早く宇宙飛行士を目指すチャンスが巡ってくるとは予想だにしていなかった。

しかし、今のカオルにとっては即決できるような問題ではなかった。


『苦楽を共にした仲間とまだ一緒にいたい』


そんな思いがカオルの中に芽生えていた。

その気持ちが今のカオルを葛藤させる。

(あと2週間…か)

長いようで短いこの猶予ゆうよに、カオルは再び深い溜息をついた。




カオルが教室に戻ると、仲間たちが颯爽さっそうと集まる。

「カオル凄いよ!1位でしかも満点だなんて!」

シンゴがまるで自分の事の様に喜ぶ。

周りもあれやこれやと騒ぐ。

そんな光景にカオルは苦笑いを浮かべた。

「……カオル?どうかしたの?」

ルナが心なしか元気の無いカオルを不思議そうに見つめる。

「……いや、何でもない」

カオルはそう返すのみであった。

「まぁみんな無事に3年生に進級決定な訳だし、これから遊びに行こうぜ~!」

ハワードがノリノリで切り出す。

「いいね~!賛成~!」

シンゴも乗ってきた。

「……悪いが俺はパスする」

そう言ってカオルは教室を出ていった。

「なんだぁ?ノリ悪ィなぁ」

ハワード膨れっ面で言う。

(カオル……?)

教室を出ていくカオルの姿をみて、再び胸騒ぎを感じた。

このまま見過ごしたら、カオルがどこか手の届かない所へ行ってしまうような、そんな気がしてならなかった。

自然とルナの体が動いた。

「……ゴメン!私も今日はパスするね!」

突然そう言ってルナは教室を飛び出した。

「ちょっ、ルナ!?」

シャアラが止めようとするが、ルナは構わずカオルのあとを追いかけていった。




「カオル!」

エントランスを出た辺りで見つけたカオルの背中に、ルナは大声で呼びかけた。

その声に反応しカオルが振り返ると、ルナがいつもの笑顔で駆け寄ってきた。

「一緒に帰ろう?」

ルナの言葉にカオルは目を丸くした。

「ハワード達と遊びに行かないのか?」

「カオルとおしゃべりしたかったから今日はパスしちゃった!」

「……物好きなやつだな」

「そうかしら?」

そんなやりとりが可笑しくて、2人は同時に笑い合った。

そして肩を並べて歩きだす。


歩いている間、2人に会話は無かった。

しかし不思議と居心地の悪さは感じない。

それはサヴァイヴにいた時から感じていた。


しばらく進むと公園が目に入った。

辺りは薄暗くなっており、公園で遊んでいた子供も、迎えに来た母親に連れられ帰って行く。

今は公園には誰もいない。

「ちょっと寄らない?」

ルナの言葉にカオルは小さく頷いた。

公園に入り、ルナがブランコに腰掛ける。

カオルも黙って隣のブランコに座る。

しばらく沈黙が続いたが、ルナが意を決して口を開いた。

「何かあったの?」

「……単刀直入だな」

何となく予想していたのだろう。

特に驚く様子もなくカオルは苦笑いした。

「校長に呼ばれてな、推薦枠で木星の宇宙飛行士養成学校へ編入しないかと言われた」

「……え?」

ルナは思わず声を漏らす。

「もしこれを受け入れたら、この進級を機に、ロカA2を離れる事になるかもしれない」

突然の話にルナは頭がついていかない。

「えっと……あの……」

「ルナ落ち着け」

そう言ってカオルがルナの肩にポンと手を置いた。

「ごめん……ちょっとびっくりしちゃって……」

「だろうな」

「それで……カオルは何て答えたの?」

ルナは恐る恐る尋ねる。

「あまりにも突然な話だったからまだ返事はしていない。返事を出すまでにあと2週間ある。じっくり考えるつもりだ」

「そっか……」

「正直迷っている……夢を叶えるチャンスだとは思うが、同時にまだあいつらとバカやっていたいとも考えてしまっている……昔の俺からは考えられないがな」

そう言ってカオルは自嘲気味に笑った。

しかしすぐに真剣な面持ちでルナを見つめる。

その眼差しにルナの鼓動が高鳴る。

「ルナ、この事はあいつらには黙っていてくれないか?」

「え?どうして?」

「まだどうなるか分からないんだ。余計な心配はかけたくない」

「そっか……うん分かった」

それがカオルの心遣いだと知り、ルナは了承した。

「私は例えどっちを選んでもカオルを応援するから」

そう言ってルナは微笑んだ。

「ありがとう」

そう言ったカオルの微笑みが綺麗で、再びルナの鼓動が高鳴る。

「か、帰ろっか!」

そこから逃げる様にルナは立ち上がった。

「家まで送る」

「ふぇ!?」

カオルの思いがけない言葉に、ルナは素っ頓狂な声をあげてしまった。

「えぇ!?いいよぉ!!」

ルナが慌てて首を振るが、カオルは無視して歩き出す。

やむを得ずルナは大人しくカオルの後に付いていった。




帰り道も相変わらず会話はなかった。

いや、今のルナにはカオルに話しかける心の余裕が無かった。

先程からカオルを見る度に心臓が飛び出しそうなほど高鳴っていた。

ルナはそれを抑えるのに必死だった。

カオルはそんなルナの挙動不審な様子に気が付いてはいたが、きっと尋ねても「何でもない」と言われるだろうと推測し、敢えて言葉に出さなかった。

「わざわざごめんね?送ってもらっちゃって」

アパートの前でルナは申し訳なさそうにカオルを見つめる。

「謝らなくていい。礼のつもりだったからな」

「お礼?」

「ルナに話したら少しだけ気持ちが軽くなった。ありがとう」

「あ、ううん!気にしないで!」

ルナが慌てて首を振る。

そんなルナの様子が可笑しくてカオルが口元を緩めた。

「じゃあまた明日」

「うん……また明日ね」

別れの挨拶を交わし、カオルは帰っていった。

その後ろ姿が見えなくなるまでルナは見送った。




「ただいまぁ」

「おぉ、お帰り。どやった進級試験の方は?」

「うん、無事クリアできたよ」

ルナの言葉に覇気が無い事に気付く。

「どないしたん?クリアできた割には元気あれへんな」

「え?そうかな……そんな事ないよ」

ルナは「えへへ」と力無く笑って誤魔化す。

「ウチには何でも話す約束やろ?言うてみぃ、何があったん?」

チャコに促され、ルナは先程のカオルとのやり取りを話した。

「ほぉ~カオル凄いやんか。養成学校側から直々の推薦なんて滅多にあらへんで?」

チャコが感心した様子で言う。

「ホント凄いよね~」

「で?何でルナは落ちこんどるん?」

「……自分でもよく分からないの。カオルが夢の為に本気になって、推薦の話まで来て凄く嬉しい」

ルナは言葉を止め、自分の腕をぎゅっと掴んでいた。

「嬉しいはずなのに……心の何処かで行かないでって言ってる自分がいる……!カオルにはどっちを選んでも応援するって言ったのに……もう一人の私が離れて行かないでって叫んでるの……!そんな自分が凄く嫌で……」

そこまで言うと、ルナは目線を床に向け俯いた。


「……ルナはカオルの事好きなんか?」

チャコは不意にそう切り出した。

「……?好きだよ?」

チャコの質問の意図が分からず、とりあえずそう答える。

「そないな意味やない」

「え……?どういう事?」

「ルナはカオルを1人の男として好いとるんかって聞いとんのや」

「え!?な……」

チャコの言葉の意味を理解した途端、ルナの顔が熱を帯びる。

紅潮していくのが自分でも分かる。

「ちょっとチャコ!こんな時にからかわないでよ!」

「からかってへん」

チャコの真剣な眼差しにルナは反論の言葉を止めた。

「別に恥ずかしい事やあらへん。ルナがカオルをどう思っとんのか、心に溜め込んだモン全部出してみぃ」

チャコのいつもとは違う優しい口調に促され、ルナはポツリポツリと自分の気持ちと向き合いながら吐露し始めた。


「……カオルの微笑みを見てるとね、心臓が凄くドキドキするの……」

「うん」

「カオルが視界に入ると自然と目が行っちゃうし、カオルの隣にいるだけで凄く安心する……」

「そか」

チャコが短く頷く。

その時ルナはようやく理解した。

何故、他の女子がカオルの話をしている時にあんなにも心がモヤモヤしていたのか。

何故、カオルが他の女子と一緒にいるところを見ただけで、あんなにも胸が締め付けられるほど苦しかったのか……

自分は嫉妬していたのだ。

だから、カオルの隣に他の女子が立っている事が嫌で堪らなかったのだ。

では、カオルに対するこの感情が生まれたのはいつから?

ルナはきっかけを想起させる。

バレンタインデーに女子生徒がカオルに告白したのを目撃した時?

カトレアに、カオルが怒った理由を教えてもらった時?

女子生徒がカオルに注目し始めた時?

どれもルナにはしっくり来なかった。

ルナはさらに想起させる。

勉強を教えてくれると言ってくれた時?

バイトを紹介してくれた時?

復学初日に会った時…?

そして、それはコロニーに帰って来たあの日まで遡った。


★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

ルナ達が無事コロニーへと生還出来たあの日、ルナ達は宇宙船を降りた瞬間に報道陣に囲まれた。

目が眩む程の無数のシャッターに思わず目を細める。

仲間達は、自分達の家族の姿を目撃すると一目散に駆け寄り、今まで会えなかった寂しさを埋めるように抱き合った。

その姿を、微笑ましくも切なそうな眼差しでルナは見つめていた。

自分には、ああやって帰ってきた喜びを分かち合う家族はもういない。

最初から分かってはいた。

覚悟もしていた。

しかし、実際目の当たりにしてみると、思っていたよりもキツかった。

改めて突き付けられるのだ。

自分には、もうチャコ以外家族がいない現実に……。


ふと後ろからカタンと物音が聞こえた。

ルナが振り返ると、そこに立っていたのはカオルだった。

「カオル……?どうしたの?」

てっきりカオルも家族の元へ向かっていたものだと思っていた為、ルナは目を丸くした。

「宇宙船の着陸後の点検をしていた。パイロットを任された以上、最後の最後まで気は抜けないんでな」

カオルは自嘲気味に笑った。

その瞳もまた、ルナと同じ様に切なそうな眼差しであった。

過去の……ルイの事故の事を思い出しているのかも知れない。

「カオルはマジメやなぁ。こんな時ぐらい、みんなみたいに家族の元に飛んでいけばええのに」

チャコが、帰還しても変わらぬカオルにもの申す。

カオルは困った様な、苦笑いを浮かべていた。

「それより……」

そう言ってカオルはルナへと視線を向けた。

「うん?」

カオルの視線にルナは首を傾げた。

そう──歯車はここから回り始めていたのだろう。


「ルナ……お帰り」

「……え?」

ルナは耳を疑った。

それは帰ってきたとしても、決して言われる事のない言葉だと思っていた。

ルナの視界が突如揺らいだ。

「……よく頑張ったな、お疲れ様」

それは、もし父が生きていたら掛けてほしかった言葉、そして永遠に叶わぬと思っていた言葉であった。

ルナの心の奥底から、抑えきれない感情が溢れだす。

ルナの蒼い瞳から、大粒の涙が溢れ出た。

「お……おい、ルナ!?」

突然泣き出したルナを見て、カオルは慌てた。

「あ~あ~、カオルは罪な男やな。女の子を泣かしよって」

言葉とは反して、チャコはにやけ顔だ。

しかし珍しく慌てふためくカオルには、チャコのその様な反応に気付ける余裕は無かった。

「い、いやその……無神経な事を言ったのなら謝る。すまなかった」

「ぐすっ……違うの……」

カオルの謝罪を、ルナは止まらぬ涙を拭いながら否定した。

「嬉しかったの……もう二度と言ってもらえないと思っていた言葉だったから……」

「ルナ……」

ルナの言葉にカオルは冷静さを取り戻し、真剣な眼差しでルナを見つめる。

「ひっく……怖かったの……誰からも『お帰り』って言ってもらえない私は、ここにいちゃいけない様な気がして……」

泣きながら心中を語るルナに、カオルとチャコは顔を見合せて苦笑いした。

「ルナ」

名前を呼ばれ、ルナは濡れた瞳をカオルへ向けた。

「お帰り」

そう言ってカオルは柔らかく微笑んだ。


カオルはサバイバルの中で、少しずつ感情を見せる様になった。

特にビバークの夜を過ぎてからは笑顔も見せる様になった。

今のカオルはその延長線上であるはずなのに、その微笑みは今までとは違って見える。

一言でいうには勿体ない程に、その微笑みを『綺麗』だと感じた。

そう意識した瞬間、ルナの心臓がトクンと小さく高鳴った。

ルナはその不思議な感覚に戸惑いつつも、笑顔で「ただいま」と返した。

★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


思えば、あれが始まりだったのかもしれない。

ルナの無意識の世界で、その感情はすでに産声うぶごえをあげていた。

そして今、それは意識の世界に侵出してくるまでに大きく成長していたのだ。


「そっか……何で今まで気付かなかったんだろう。私、カオルの事が……好き……なんだ……」

言葉に出した事が恥ずかしくなったのか、ルナはボッと顔を真っ赤にした。

「他の仲間の好きとはちゃうんか?」

「たぶん違う……」

ルナの返事にチャコは「そか」と短く返した。

「自分の感情吐き出した気分はどうや?」

「……さっきよりはすっきりしたかも……」

「せやろ?」

チャコがにっと笑う。

「ねぇチャコ?」

「何や?」

「私どうしたらいいのかなぁ……」

そう言ってルナは天井を仰いだ。

「告白すればええやん」

「そ、そんな事できないよ!」

ルナが真っ赤になって反論する。

「何でやねん」

チャコが不満そうに訊ねる。

「……絶対振られるもん」

そう言って俯くルナを見てチャコは呆れた。

「そんなの言うてみな分からんやろ?何弱気になっとんねん!」

「だって……カオルすごくカッコいいんだもん」

「はぁ?」

ルナの発言にチャコが怪訝な顔をする。

「学園中の女の子が振り返るくらい、すごくカッコいいんだもん!」

「それが振られるのとどう関係あんねん」

「カオル……学園で1位になるくらい頭がいいし、運動神経すごくいいし、性格も昔とは違って穏やかになったし……」

そこまで聞いて、チャコはようやくルナの言いたい事を理解した。

「他の女子が放っておかへんって言いたいんか?」

チャコの言葉にルナは小さく頷いた。

「アホか!」

チャコがルナの頭にチョップを食らわし一喝する。

「いった~い!何すんのよ~!」

ルナが涙目になって頭を押さえる。

「条件はみんな一緒や!他の女子が何や!取られる前に奪い取ってしまい!」

チャコが声を荒げて怒鳴る。

「何言ってんのよ!そんな事できる訳ないじゃない!」

ルナも感情を抑え切れずに怒鳴り返す。

「何でできへんねん!」

「カオルが私なんかを好きになる訳ないじゃない……!」

「そんなの分からへんやないか!」

「分かるもん!」

「何でやねん!言うてみい!」

もはや2人の口論は止まらない。

お互いの気持ちをそのままぶつける。

「学園には私なんかよりもっと素敵な人が沢山いるんだもん!私なんて、ただ元気な事しか取り柄がなくて……だから、カオルだってきっと……」

「勝手な事言うのもいい加減にせぇ!!」

チャコの怒声にルナの体がビクッと跳ね上がる。

「ルナはカオルを侮辱しとる」

チャコが静かに口を開く。

「してないよ」

「しとる」

「してないってば!」

ついルナは声を荒げる。

感情がもはやコントロールできない。

「ルナはカオルを勝手に自分の尺度で測ってしまっとる!」

「そんなこと……」

「カオルは自分を好きなはずない、絶対に振られるに決まっとる、他の女子の方がふさわしい、全部ルナが勝手に思いこんどるだけやないか!」

チャコの言葉にルナは言葉を詰まらせた。

「じゃあ、もしカオルが告白してきよったらどうするん?」

「そんな訳……」

「ほれ見ぃ、また否定や。何でルナにそないな事分かるんや」

ルナは意をつかれ、完全に黙ってしまった。

「ルナは結局怖がっとるだけや。そんな訳ないって言い張るんはそれを隠す為の言い訳や」

「……そうだよ」

ルナがゆっくり口を開く。

「怖いよ?今までずっと楽しく過ごしてきたんだもん。その関係が壊れちゃうかもって考えたら……怖くて言えないよ……」

ルナの瞳が涙で潤む。

「初めからそう言いや。誤魔化す必要なんてないんねん。誤魔化せば誤魔化すほどカオルを侮辱する事になるんやで?」

さっきとは違いチャコの口調は優しい。

「うん……ごめん」

ルナも今度は素直に謝った。

「せやけどな?ルナはホンマに関係が壊れると思っとるんか?ウチらの絆はそないなモンで壊れるほど脆いもんなんか?」

チャコの言葉にルナは目を見開いた。

「ウチはなルナ、カオルがどんな答えを出そうとも、この関係だけは変わらへんと思うねん。カオルはこないな事で溝を深める様なちっちゃい男だとは思うてへん」

「……うん」

「カオルを自分らの尺度で測ろうとする事自体がおかしいと思うねん。何か間違うとるか?」

チャコの問いにルナは静かに首を横に振る。

「そうだよね……カオルの気持ちを勝手に決めつけるのはおかしいよね……」

ルナは自嘲気味に口元を緩ませた。

「気持ち少しは落ち着いたか?」

「うん……ごめんね?チャコ」

「構へん。ウチとルナの仲やからな」

ルナは声を出して笑った。

つられてチャコも笑う。


「あのね、チャコ……」

「何や?」

「私……告白はまだしない」

「ふ~ん、一応理由聞いてええか?」

「気持ちを整理する時間が欲しいの……カオルの隣にいていいっていう自信が欲しい」

今まで恋愛の『れ』の字も知らなかった少女が、いきなりその感情を自覚してしまったのだ。

まだ色々と心の準備というものが必要なのだろう。

チャコ自身、ルナのこの年代外れの『初恋』に精一杯の応援をしようと心に誓った。

「そないな理由なら納得や」

「ふふっ、久しぶりに喧嘩しちゃったね?」

「ええんやないか?『雨降って地固まる』や」

そう会話し再び笑い合った。

ルナは改めてチャコという家族の存在の大きさを実感したのだった。

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