1期
朝の通学路を、カオルは悠々と歩いていた。
基本カオルが登校する時間帯にあまり生徒は歩いていない。
人混みがあまり得意ではないカオルにとって、この時間帯がもっとも気兼ねなく登校出来るのだ。
代わりに時間はいつもギリギリに到着してしまう事になってしまうが。
しかし、今日はいつもとは違った。
ソリア学園を囲うフェンスに差し掛かった所で、1人の女子生徒がカオルの姿に気が付くと、深刻そうな面持ちで近づいてきた。
カオルの前で少女が立ち止まり、自然とカオルの足取りも止まる。
「何か用か?」
カオルがいつもの口調で問いかけると、少女は体をもじもじさせ、顔を俯かせた。
俯いた顔はほんのり紅い。
「えっとね……その……こ、これ!」
少女は、歯切れの悪い口調で、後ろに回していた両手を前に差し出した。
その手にはリボンと赤い包装紙でラッピングされた小さな箱。
「……何だそれは?」
「ちょ……チョコだよ」
「チョコ……?そんな物を何故俺に?」
カオルは意味が分からないといった様子で首を傾げる。
「だ、だからその……私……」
この日、女性はチョコに自らの想いを込め、大切な人へと贈る。
必要なのは
一握りの勇気
そして真剣な想い……
今日は恋人の為の祭日
Saint Valentine Day
同時刻、ルナはメインストリートをまたもや爆走していた。
理由は言うまでもなく寝坊である。
本人が言うには、色々と考える事があってすぐには眠れなかった、そうだ。
ようやく学園のフェンスが見え、ルナはホッとする。
腕時計を見ると、ゲートが閉まるまであと10分ある。
ルナはスピードを緩め、歩行に切り替えた。
フェンスに差し掛かった所で見覚えのある背中が見え、ルナは声をかけようとして、止めた。
ルナの目に、カオルと対面する少女の姿が映った。
その手には綺麗に包装された箱。
間違いなくバレンタインのチョコである。
ルナは反射的にカオルの死角となるフェンスの陰へと身を潜めた。
(……何を話してるのかな?)
ルナは罪悪感に見舞われながらも、耳を欹 てた。
「だ、だからその……私……か、カオルが好きです!付き合ってください!」
(……え!?)
突然の告白。
ルナの頭が真っ白になった。
(い、今のって……もしかして告白ってやつ……?あの子はカオルが好きで……もしカオルがOKしたら、2人はこ、恋人に……)
そこまで考えると、ルナは突然胸が苦しくなる感覚に襲われた。
(……何だろう、すごく胸が苦しい……こんな感じ、確か前にも……)
あれはカオルの事を周りの女子達が囃 し立てていた時だ。
あの時も、ルナは胸のムカつきを感じた。
(分からない……何なの?この気持ち……)
ルナは痛みを抑えようと、ギュッとジャケットを握りしめた。
「悪いが……」
ルナの耳にカオルの低い声が入ってきた。
ルナは思わず俯いていた顔を上げ、その様子を覗く。
「……そっか、うん……分かった」
カオルの返事に、少女は笑顔で返す。
しかし、その表情は今にも泣き出しそうだ。
「じゃあ、せめてこのチョコは受け取ってくれないかな……?心を込めて作ったから……」
少女が差し出す箱を、カオルは小さく頷いて静かに受け取った。
少女は「ありがとう」と言うと、その場から走り去って行った。
カオルに泣き顔を見せて困らせまいと気遣ったのだろう。
きっと今頃どこかの陰で泣いているに違いない。
ルナは小さく息を吐いた。
すると先程まであった胸の苦しみがフッと消え去っていったのを覚えた。
(あれ……?私、今ホッとしてる……なんで……?)
ルナは自分の心理状態に戸惑う。
振られた少女の事を思い可哀相だと思う反面、カオルが断った事に安堵している思いも内在している。
その相反する感情の板挟みに苦悩し、ルナはチャイムが鳴り響いているのに気づくまでその場に立ち尽くしていた。
一方の学園内は、異様な空気に包まれていた。
男子生徒は何やらチラチラと女子生徒に目配せをしてソワソワいる。
その動きは明らかに挙動不審である。
その挙動不審な男子の中にハワードもいた。
先程からソワソワと落ち着きがない。
女子が近づく度に嬉しそうな表情を一時浮かべるも、自分の前を素通りした瞬間その表情は落ち込みへと変わる。
その様子を、メノリとシャアラは必死に笑いを堪えて眺めていた。
「ぷ……くくっ……面白いくらい分かりやすい奴だな……」
「ほ、ホント……でもちょっと可哀相になってきたかも……」
「仕方ない、恵んでやるか」
「そうね」
そんな会話を交わし、メノリとシャアラはハワードの元へと向かった。
「ハワード」
シャアラに声をかけられ、ハワードは一瞬嬉しそうな顔をするも、悟られまいとわざと無粋な態度を取る。
「な、何だよ?何か用か?」
そんな態度も、先程までのハワードを見ていた2人からすれば、笑いのネタにしかならない。
2人はまたしても笑いを堪 えるのに必死だった。
「くく……ほらハワード。義理チョコだ」
「ふふっ、私からも、はい!」
2人からチョコの入った箱を差し出され、心の準備が出来ていなかったのか、ハワードは何が起きたのか分からないといった表情で一瞬キョトンとした顔をした。
やがてそのチョコが自分に向けられているものだと理解すると、照れ隠しなのか心にも無い事を口に出す。
「し、しょーがないなぁ、そんなに僕にあげたいって言うなら、貰ってやるよ」
「ほう?欲しくないなら別に貰わなくて構わないぞ?他の男子にあげるからな」
「い、いや!いらないなんて言ってないぞ!」
せっかくもらえるチョコを失う事を恐れ、ハワードは慌てて弁解した。
その様子も、メノリとシャアラは可笑しくてたまらなかった。
「だったら、貰う前に何か言う事は?」
シャアラの言葉に、少し頬を染めながらも、ハワードは今度は素直に「ありがとうな」と礼を言って受け取った。
チョコを手にしたハワードは幸せそうに2つの箱を眺めている。
まるでサンタクロースからプレゼントを貰えた子供の様だ。
メノリとシャアラは顔を見合わせ苦笑いをするも、あんなにも無邪気に喜ぶハワードの姿に、自然と顔を綻 ばせた。
メノリとシャアラが、教室に入ってきたベルとシンゴにもチョコを渡す。
ベルとシンゴも照れながらも「ありがとう」と礼を言った。
ふとシンゴの目に、1人の少女がソワソワとした様子で教室に入ってきた。
(あれ?あの子確か隣のクラスの子じゃあ……)
何をしているのだろう、とシンゴは少女の様子をジッと伺う。
その視線に一同は気づき、少女へと目を向けた。
少女は相変わらず挙動不審な動きをしながら、1つの机に近づく。
そして手に持つカバンを開けると、包装された箱を取り出し、目的の机の中に入れた。
そして恥ずかしそうに顔を赤らめながら、その場から走り去って行った。
その様子を一同は呆然と眺める。
「あの机って……確かカオルのだよね?」
シンゴが念のため周りの皆に尋ねる。
「うん……カオルのだね」
ベルがぎこちなくコクリと頷いた。
その後も同じ光景が幾度となく繰り返された。
人が違うだけで、仕草や表情は皆同じだった。
「彼女で30人目くらいか?」
「……もう数えてないよ」
メノリの言葉に、シンゴが飽き飽きとした様子で答える。
「そういうカオルはまだ来てないね?」
ベルが教室を見回すも、カオルの姿は何処にもない。
ついでにルナも。
そんな事を考えていると、ルナが教室に勢いよく駆け込んできた。
「ま……間に合ったぁ~」
ルナが息を切らし、フラフラと疲れきった足取りで皆に近づく。
「ルナ……また寝坊か?」
「うっ!?」
メノリに指摘され、ルナは言葉を詰まらせた。
「学園に戻ってから少したるんでるんじゃないか?」
「……反省しております」
メノリに説教され、ルナは小さくなって俯いた。
「ところでルナ、例の物は作ってきたの?」
シャアラが小さくなったルナに囁く。
「あ、うん!作ってきたよ」
シャアラに言われて思い出したのか、ルナはカバンの中に手を入れ、例の物を取り出した。
「はい!みんなにバレンタインデーのチョコだよ!」
ルナはそう言って男子3人にチョコを渡す。
「あ、ありがとうルナ」
顔を紅くして礼を言うベルを見て、ハワードが「良かったなベル~」と茶化すと、ベルはさらに顔を紅くした。
「そういえばカオルは一体どうしたのかしか?」
シャアラの何気ない言葉にルナはドキリとした。
先程目撃したものを思い出し、再びルナの胸を締め付ける。
「ルナは来る途中に見てないか?」
「え……?う、うん……見てないよ」
メノリの質問に、ルナは咄嗟に嘘をついてしまった。
ルナ自身、何故嘘をついたのか分からない。
ただ、事実を口に出したくない、と本能が叫んでいる様に感じてならなかった。
ルナはカバンの中に残る最後の1箱を、切なそうな眼差しで見つめた。
基本カオルが登校する時間帯にあまり生徒は歩いていない。
人混みがあまり得意ではないカオルにとって、この時間帯がもっとも気兼ねなく登校出来るのだ。
代わりに時間はいつもギリギリに到着してしまう事になってしまうが。
しかし、今日はいつもとは違った。
ソリア学園を囲うフェンスに差し掛かった所で、1人の女子生徒がカオルの姿に気が付くと、深刻そうな面持ちで近づいてきた。
カオルの前で少女が立ち止まり、自然とカオルの足取りも止まる。
「何か用か?」
カオルがいつもの口調で問いかけると、少女は体をもじもじさせ、顔を俯かせた。
俯いた顔はほんのり紅い。
「えっとね……その……こ、これ!」
少女は、歯切れの悪い口調で、後ろに回していた両手を前に差し出した。
その手にはリボンと赤い包装紙でラッピングされた小さな箱。
「……何だそれは?」
「ちょ……チョコだよ」
「チョコ……?そんな物を何故俺に?」
カオルは意味が分からないといった様子で首を傾げる。
「だ、だからその……私……」
この日、女性はチョコに自らの想いを込め、大切な人へと贈る。
必要なのは
一握りの勇気
そして真剣な想い……
今日は恋人の為の祭日
Saint Valentine Day
第 8 話 『2月14日(前編)』
同時刻、ルナはメインストリートをまたもや爆走していた。
理由は言うまでもなく寝坊である。
本人が言うには、色々と考える事があってすぐには眠れなかった、そうだ。
ようやく学園のフェンスが見え、ルナはホッとする。
腕時計を見ると、ゲートが閉まるまであと10分ある。
ルナはスピードを緩め、歩行に切り替えた。
フェンスに差し掛かった所で見覚えのある背中が見え、ルナは声をかけようとして、止めた。
ルナの目に、カオルと対面する少女の姿が映った。
その手には綺麗に包装された箱。
間違いなくバレンタインのチョコである。
ルナは反射的にカオルの死角となるフェンスの陰へと身を潜めた。
(……何を話してるのかな?)
ルナは罪悪感に見舞われながらも、耳を
「だ、だからその……私……か、カオルが好きです!付き合ってください!」
(……え!?)
突然の告白。
ルナの頭が真っ白になった。
(い、今のって……もしかして告白ってやつ……?あの子はカオルが好きで……もしカオルがOKしたら、2人はこ、恋人に……)
そこまで考えると、ルナは突然胸が苦しくなる感覚に襲われた。
(……何だろう、すごく胸が苦しい……こんな感じ、確か前にも……)
あれはカオルの事を周りの女子達が
あの時も、ルナは胸のムカつきを感じた。
(分からない……何なの?この気持ち……)
ルナは痛みを抑えようと、ギュッとジャケットを握りしめた。
「悪いが……」
ルナの耳にカオルの低い声が入ってきた。
ルナは思わず俯いていた顔を上げ、その様子を覗く。
「……そっか、うん……分かった」
カオルの返事に、少女は笑顔で返す。
しかし、その表情は今にも泣き出しそうだ。
「じゃあ、せめてこのチョコは受け取ってくれないかな……?心を込めて作ったから……」
少女が差し出す箱を、カオルは小さく頷いて静かに受け取った。
少女は「ありがとう」と言うと、その場から走り去って行った。
カオルに泣き顔を見せて困らせまいと気遣ったのだろう。
きっと今頃どこかの陰で泣いているに違いない。
ルナは小さく息を吐いた。
すると先程まであった胸の苦しみがフッと消え去っていったのを覚えた。
(あれ……?私、今ホッとしてる……なんで……?)
ルナは自分の心理状態に戸惑う。
振られた少女の事を思い可哀相だと思う反面、カオルが断った事に安堵している思いも内在している。
その相反する感情の板挟みに苦悩し、ルナはチャイムが鳴り響いているのに気づくまでその場に立ち尽くしていた。
一方の学園内は、異様な空気に包まれていた。
男子生徒は何やらチラチラと女子生徒に目配せをしてソワソワいる。
その動きは明らかに挙動不審である。
その挙動不審な男子の中にハワードもいた。
先程からソワソワと落ち着きがない。
女子が近づく度に嬉しそうな表情を一時浮かべるも、自分の前を素通りした瞬間その表情は落ち込みへと変わる。
その様子を、メノリとシャアラは必死に笑いを堪えて眺めていた。
「ぷ……くくっ……面白いくらい分かりやすい奴だな……」
「ほ、ホント……でもちょっと可哀相になってきたかも……」
「仕方ない、恵んでやるか」
「そうね」
そんな会話を交わし、メノリとシャアラはハワードの元へと向かった。
「ハワード」
シャアラに声をかけられ、ハワードは一瞬嬉しそうな顔をするも、悟られまいとわざと無粋な態度を取る。
「な、何だよ?何か用か?」
そんな態度も、先程までのハワードを見ていた2人からすれば、笑いのネタにしかならない。
2人はまたしても笑いを
「くく……ほらハワード。義理チョコだ」
「ふふっ、私からも、はい!」
2人からチョコの入った箱を差し出され、心の準備が出来ていなかったのか、ハワードは何が起きたのか分からないといった表情で一瞬キョトンとした顔をした。
やがてそのチョコが自分に向けられているものだと理解すると、照れ隠しなのか心にも無い事を口に出す。
「し、しょーがないなぁ、そんなに僕にあげたいって言うなら、貰ってやるよ」
「ほう?欲しくないなら別に貰わなくて構わないぞ?他の男子にあげるからな」
「い、いや!いらないなんて言ってないぞ!」
せっかくもらえるチョコを失う事を恐れ、ハワードは慌てて弁解した。
その様子も、メノリとシャアラは可笑しくてたまらなかった。
「だったら、貰う前に何か言う事は?」
シャアラの言葉に、少し頬を染めながらも、ハワードは今度は素直に「ありがとうな」と礼を言って受け取った。
チョコを手にしたハワードは幸せそうに2つの箱を眺めている。
まるでサンタクロースからプレゼントを貰えた子供の様だ。
メノリとシャアラは顔を見合わせ苦笑いをするも、あんなにも無邪気に喜ぶハワードの姿に、自然と顔を
メノリとシャアラが、教室に入ってきたベルとシンゴにもチョコを渡す。
ベルとシンゴも照れながらも「ありがとう」と礼を言った。
ふとシンゴの目に、1人の少女がソワソワとした様子で教室に入ってきた。
(あれ?あの子確か隣のクラスの子じゃあ……)
何をしているのだろう、とシンゴは少女の様子をジッと伺う。
その視線に一同は気づき、少女へと目を向けた。
少女は相変わらず挙動不審な動きをしながら、1つの机に近づく。
そして手に持つカバンを開けると、包装された箱を取り出し、目的の机の中に入れた。
そして恥ずかしそうに顔を赤らめながら、その場から走り去って行った。
その様子を一同は呆然と眺める。
「あの机って……確かカオルのだよね?」
シンゴが念のため周りの皆に尋ねる。
「うん……カオルのだね」
ベルがぎこちなくコクリと頷いた。
その後も同じ光景が幾度となく繰り返された。
人が違うだけで、仕草や表情は皆同じだった。
「彼女で30人目くらいか?」
「……もう数えてないよ」
メノリの言葉に、シンゴが飽き飽きとした様子で答える。
「そういうカオルはまだ来てないね?」
ベルが教室を見回すも、カオルの姿は何処にもない。
ついでにルナも。
そんな事を考えていると、ルナが教室に勢いよく駆け込んできた。
「ま……間に合ったぁ~」
ルナが息を切らし、フラフラと疲れきった足取りで皆に近づく。
「ルナ……また寝坊か?」
「うっ!?」
メノリに指摘され、ルナは言葉を詰まらせた。
「学園に戻ってから少したるんでるんじゃないか?」
「……反省しております」
メノリに説教され、ルナは小さくなって俯いた。
「ところでルナ、例の物は作ってきたの?」
シャアラが小さくなったルナに囁く。
「あ、うん!作ってきたよ」
シャアラに言われて思い出したのか、ルナはカバンの中に手を入れ、例の物を取り出した。
「はい!みんなにバレンタインデーのチョコだよ!」
ルナはそう言って男子3人にチョコを渡す。
「あ、ありがとうルナ」
顔を紅くして礼を言うベルを見て、ハワードが「良かったなベル~」と茶化すと、ベルはさらに顔を紅くした。
「そういえばカオルは一体どうしたのかしか?」
シャアラの何気ない言葉にルナはドキリとした。
先程目撃したものを思い出し、再びルナの胸を締め付ける。
「ルナは来る途中に見てないか?」
「え……?う、うん……見てないよ」
メノリの質問に、ルナは咄嗟に嘘をついてしまった。
ルナ自身、何故嘘をついたのか分からない。
ただ、事実を口に出したくない、と本能が叫んでいる様に感じてならなかった。
ルナはカバンの中に残る最後の1箱を、切なそうな眼差しで見つめた。
つづく