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1期

第 7 話 『前哨戦(後編)』

バスターミナルからエアバスに乗り約10分、着いた先には様々な店舗が並ぶショッピングモールがある。

本日は2月13日、チョコレートの材料を買い揃えるため、ルナは1人ショッピングモールへと出向いていた。

市販のチョコレートでも良かったのだが、シャアラから手作りの方が相手に気持ちが伝わる、との意見があり、ルナは手作りに挑戦してみる事に決めたのだ。

ショッピングモール内は既にバレンタイン一色となっており、ありとあらゆる店でこのイベントの波に便乗して、店内の装飾や期間限定商品を出品している。

「うわぁ~、凄いなぁ。こんなに盛り上がるものなんだ」

ルナはその雰囲気を物珍しそうにキョロキョロと見回していると、

「あら、ルナちゃん」

不意に名前を呼ばれ、声の主へと視線を向けると、そこにはカトレアが立っていた。

「マスター、どうしたんですか?こんな所で」

「食材が大分少なくなってきたから調達にね」

かく言うカトレアは、両手に大量の食材の入った袋を提げていた。

「随分いっぱい買ったんですね。そういえば、マスターってデリバリーを使って食材を仕入れないんですか?」

現代ではネットでワンクリックするだけで大抵の物は購入出来るため、わざわざ店まで足を運ぶ必要はなくなった。

特に食糧の場合、大量買いする主婦にとっては、重い荷物を家まで運ぶ必要がなくなった点が非常に便利になったといえる。

カトレアは、そんな便利な機能を利用せず、わざわざ重い荷物を抱えているのだ。

「確かにお店まで運んでくれるのは便利だとは思うけど、やっぱり食材は自分の目で見て、より良い質の物を選ばないとね。特にお茶葉は香りも重要なポイントだから、実際に鼻で確かめる必要があるの」

なるほど、とルナは感心した。

カフェ店内ではカオルによく叱責されているイメージが強いため、少し頼りない様に見えていた。

しかし、今のカトレアは正に職人というオーラが出ており、本当にカフェを経営するマスターなんだ、と認識を改めた。

「あれ?それじゃあ今カオルは1人でお店を回しているんですか?」

確か今日のシフトはカトレアとカオルの2人のはず。

カトレアが買い出しで店を外しているという事は、現在カオルは1人で対応しなければならないのだ。

「大丈夫よ。カオル君はバリスタ出来るし、私よりも器用だから」

ルナの心配を余所に、カトレアは楽しげに答える。

ルナは苦笑いを浮かべ、今頃目の回る様な忙しさに見舞われているであろうカオルに同情した。

「そういうルナちゃんはお買い物?」

「え?えっと……」

この状況をどう説明しようか、とルナがあれこれと思考を巡らせる。

対してカトレアは何か思い当たったのか、顔をニヤニヤさせてルナを見つめていた。

「な、何ですか?」

「はっはぁ~ん、ルナちゃんはもしかしてチョコを買いに来たのかなぁ~?」

「え……!?何で分かるんですか!?」

見事に言い当てられ、ルナは思わず身を乗り出して尋ねた。

その反応が何だか可笑しく感じ、カトレアはクスクスと笑った。

「そりゃあこの時期だもの、そう思うなっていう方が難しいわ」

カトレアのもっともな回答にルナは苦笑いした。

「それで?誰にあげるの?」

カトレアが目を輝かせて尋ねる。

その勢いにルナは思わず身を引いた。

「えっと、漂流した時の仲間にあげるつもりですけど……」

「ふぅ~ん?」

ルナの返答を聞きながら、カトレアの顔はにやけたままだった。

「じゃあ、カオル君にもあげるんだ?」

「はい、もちろん」

特に意識したつもりはないのだが、ふとルナの脳裏にカオルの顔が浮かんだ。

その表情はいつも自分に向けてくる柔らかい微笑み。

それを見る度、ルナの心臓はトクンと高鳴り戸惑う。

しかし、その感覚は決して嫌なものではなく、むしろ心地良くさえ感じられる。

「──ナちゃん、ルナちゃん!」

ルナがはっと気がつくと、カトレアが目の前で自分の名前を連呼していた。

「あ……えっと、何ですか?」

「どうしたの?ボーっとしてたけど」

「ご、ごめんなさい!何でもないです……」

さすがに「カオルの微笑みを考えてました」とは恥ずかしくて言えない。

幸いカトレアも「そぉ?」と深くは聞いては来ず、話題を変えてくれた為、ルナはホッと胸を撫で下ろした。

「そうだ、ルナちゃん今日は暇?」

「えっと……これから材料を買って、作る事を考えると暇ではないかもしれません」

ルナが苦笑いして答えると、断られた側であるカトレアは何故か嬉しそうな表情をしていた。

「なら丁度よかった!私もチョコ作るつもりだったから、一緒に作りましょ?」

その返答にルナは目を丸くした。

「え?でもマスターお店の方は……」

「大丈夫!お店のキッチン借りて作るから!」

カトレアが実に楽しそうに答える。

ルナが言いたかったのは、仕事をしなくてもいいのか、という事なのだが。

「ルナちゃん、ほら早く!」

カトレアは既にチョコレート専門店の前に立って嬉しそうに手招いている。

きっとまたカオルに叱られるんだろうな、と安易に予想出来る今後の展開に苦笑いしながら、ルナはカトレアの元へと向かった。




時刻は辺りが薄暗くなり始めた午後6時。

カフェの客足もようやく収まり、カオルは一段落ついていた。

そのタイミングを見計らったかの様に、扉の鐘がカランカランと音を鳴らした。

「ただいまぁ!」

元気良く店内に入って来たのはカトレア。

対して、カオルの表情は不機嫌そのものであった。

「……遅い。買い出しにどれだけ時間かけてるんだ」

「そんな不機嫌な顔しないでよ~、今日はお客さんも連れて来たんだから」

「客……?」

カオルが不審そうに半開きの扉に視線を向ける。

カトレアに促され、店内に入って来たルナを見てカオルは目を丸くした。

「あはは……どうも、お疲れさま~」

「ルナ……?今日はシフトに入っていないはずだろ?」

「だからお客さんって言ったでしょ?」

嬉々として話すカトレアを、カオルはジロッと睨む。

カトレアが持っている買い物袋の中に、明らかに買い出しの品とは関係の無い袋がある。

それを一目見て、カオルは全てを悟った。

「なるほど……サボりの口実にルナを利用したな?」

カオルの低い声が更に低くなった。

その声にカトレアは体をビクッと震わせた。

今カトレアの目には、カオルの周囲から発生しているどす黒いオーラが見えている。

いつものカオルなら、サボったくらいでここまで怒る事はない。

カオルがこれほどまでに怒っている理由は恐らく……

(やばっ!地雷踏んじゃった!?)

さすがのカトレアも、この時ばかりは笑って受け流す事は出来なかった。

「ち、違うの!ルナちゃんと会ったのはたまたまで、成り行きで買い物を一緒にする事になって……」

カトレアが必死に弁解している。

その光景は、悪戯がばれた子供が叱られまいと親に言い訳している図そのものである。

間違いなくカトレアの自業自得なのだが、チョコの材料について色々とアドバイスを貰った手前、自分にも少なからず遅くなった原因はある、とルナは考える。

「あのね、私が買い物の相談に乗ってほしいって頼んだの。だからマスターを責めないであげて?」

ルナの言葉を聞き、カオルは疑いの目をルナに向けるも、やがて諦めた様に深い溜息をついた。

カオルからどす黒いオーラが消えた事にカトレアはホッとし、その場にへたりと座り込んだ。

そして隣に立っているルナの腰に手を回して「怖かったよぉ」と言って抱きついた。

ルナは苦笑いしながら、まるで子供をあやすようにカトレアの頭を撫でている。

(精神年齢はアダム以下だな……)

床に置いてある買い出しの袋を拾い上げ、カオルは呆れながら心の中で呟くのであった。




カウンター業務をカトレアに任せ、カオルは奥のキッチンにて食材の整理をしていた。

そんなカオルの背中をルナがジッと見つめる。

始めは、今までキッチンとホールの両方を1人でこなしていたカオルの疲労度を考え、交替を申し出た。

が、カオルが首を縦に振る事は無かった。

本人が言うには「今日のルナは客なんだろ?」との事らしい。

カオルは自分の仕事を他人に押しつける様な真似は決してしない。

それはサヴァイヴにいた頃からずっと変わらない。

元々の性格もあるのだろうが、カオルは自分自身に一切妥協を許さない。

ルナからすれば、疲労を隠して無理をしているのではないか、と気が気ではないのだが。

しかしそれを指摘すると、決まって「ルナには言われたくない」や「それはこっちの台詞だ」などと返される。

カオルから見れば、ルナの方が無茶をしている様に見えるらしい。

ルナ自身も思い当たる節がある為、そこを突かれると渋々引き下がらざるを得なくなる。

結局ルナは手出しする事を許されず、作業をしているカオルの後ろ姿をただ見ている事しか出来なかった。




買い出しの品を整理し終え、キッチン台の上にはルナ達が購入した袋のみが残っている。

「ところで、この袋に入っている大量のチョコレートは一体何だ?」

半透明のビニール袋から透けて、チョコレートのパッケージが見えている。

「えっと……これは……その…」

ルナは目を泳がせ口籠もる。

カトレアに「カオル君には絶対秘密よ!」と釘を刺されていたが、始める前からいきなり計画が破綻しそうであった。

しかし、その絶体絶命的な状況のルナに助け船を出したのは、意外にも話を振ってきたカオル自身であった。

「茶話会でもするつもりか?」

「そ、そうなの!マスターに誘われて、チョコレート菓子を作ってお茶しようって……」

ルナはカオルの言葉に思わず乗っかり、その場を取り繕った。

カオルは呆れた様子で「仕事もそれくらい熱心ならな……」とカトレアの愚痴をこぼしている。

きっと後でカオルに怒られるであろうカトレアに、ルナはごめんなさいと心の中で謝りつつも、この状況を打破出来た事にホッとするのであった。




今日は早めに店を閉め、カオルには「男子禁制よ」と言って強引にご退場頂いた。

現在カフェに残っているのはルナとカトレアの2人。

タイムリミットが迫っている事もあって、早速作業に取りかかる。

「そこにさっき作った生クリームを加えて混ぜて」

「はい」

「混ざったら洋酒を加えるの」

「お酒なんて入れちゃって大丈夫なんですか?」

「酔うほど入れる訳じゃないから大丈夫よ。普通の料理にだって調理酒とか入れてるでしょ?」

カトレアの指導の下、ルナは現在チョコ作りの最中である。

始めはどうなる事かと思ったが、今ではショッピングモールでカトレアに会えた偶然に感謝している。

「できました」

「そしたら、ボールを冷水で冷やしながらヘラで練り続けるの。白っぽくなったら止めていいわ」

カトレアの指示通りチョコを練り続けると、本当に白っぽくなってきた。

ルナはその変化がまるで魔法の様で、興奮を覚えた。

もしかしたらシャアラも、最初はこういう所に料理の楽しさを見出だしたのかな、とルナは密かに思った。

「後はスプーンで均等に分けて、溶けたチョコにくぐらせたら、ココアパウダーの上を転がして完成よ」

最後の最後までルナは集中力を切らさず、丁寧に作業を続けた。

そしてついに、初めてのバレンタインチョコが完成した。

「うん!初めてとは思えない出来よ!」

「いえ、マスターの教え方が上手なんですよ」

お互いがお互いを誉め合う光景が可笑しくて、2人は思わず笑った。

「後はラッピングするだけね」

「はい!」

チョコと一緒に買った箱に手作りチョコを1つ1つ丁寧に詰める。

作業の途中、カトレアがルナに話を振った。

「そういえば、さっきカオル君が私に怒ってた時の話なんだけどね、カオル君が怒ってたのは、別に仕事をサボっていたからじゃないの」

「え……?」

ルナが作業している手を止め、カトレアに顔を向けた。

あの状況で他に何を怒るというのだろうか。

「そもそも私が仕事をサボるのはいつもの事だし、呆れられたり皮肉を言われたりはするけど、あんな風に怒る事は無いもの」

今の話の内容に問題発言があったのは流すべきなのだろうか。

「じゃあカオルが怒っていたのは何で……」

ルナがそこまで言いかけると、カトレアは顔をニヤニヤさせた。

それこそ、待ってました、とでも言いたそうに。

「……知りたい?」

ルナが静かに頷くのを確認すると、カトレアは顔を近づけ、ルナの耳元で囁いた。

その言葉を聞き、ルナは顔が次第に熱くなっていくのを感じた。

「え!?それってどういう……」

「そのまんまの意味よ♪ルナちゃん顔真っ赤」

「う、ウソ!?」

ルナは慌てて洗面所へと駆け込んでいった。

その様子をカトレアは楽しげに見つめていた。




ルナは洗面所の鏡で自身の顔を覗き込んでいた。

カトレアの言うとおり、確かに真っ赤になっていた。

(うう……マスターが変な事言うから……)

カトレアの言葉が100%正しいという保証はどこにもない。

カオルがそんな理由で怒るとは、ルナには到底思えなかった。

しかし逆に、それが本当なら嬉しいとも考えてしまっている事にも気づく。

その相反する感情に挟まれ、ルナは1人悶々とするのであった。

ルナの脳裏にカトレアの言葉が再び甦る。

『カオル君が本当に怒っていたのはね──』

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