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1期

第 5 話 『人気者2人』

「あ、カオル!ちょっといいか?」

廊下を歩くカオルを男子生徒が呼び止める。

カオルは足を止めて声を掛けた少年へ顔を向けた。

「実は美術の授業で、地球で使われていた工芸品を1つ決めて作ってこいって課題が出ちゃったんだよ」

「それで?」

「とりあえず竹細工を作る事に決めたんだけど、テキストに載っている説明が難しくて参考にならないんだよね~」

少年は頭をポリポリ掻きながら苦笑いした。

「あれは随分と端折はしょられているからな」

「で、カオルって漂流した時に率先して色んな道具を作ってたって聞いたもんだからさ、カオルに作り方を教えてほしいんだ!」

少年は手を合わせて懇願した。

「……分かった」

「ほ、ホントか!?」

「ただし、やり方は教えるが作るのは自分でやれ」

「ああ、それで構わないよ!ありがとう!ちゃんと礼はするからさ」


そんな光景をベルとシャアラが見かけた。

「カオル、最近男の子にも人気が出てきた気がしない?」

シャアラの問いにベルは頷いた。

「カオルは口数少ないから誤解されやすいけど、やる気のある人に対してはとても協力的だからね」


2人がカオルの後ろ姿を微笑ましく眺めていると、反対側から大きな箱を抱えたルナが女子生徒と共に歩いてきた。

「ゴメンねルナ……わざわざ手伝ってもらっちゃって……」

「ううん、大丈夫よ。こう見えても私、結構力持ちなのよ?」

申し訳なさそうにする少女に、ルナは明るい笑顔を向ける。

その裏表の無い笑顔を見て、少女も自然と笑顔になった。


「ルナも女の子に人気があるよね」

ベルは優しい眼差しでルナを見つめた。

「ルナは明るくて、人見知りしないから、誰とでもすぐ仲良くなれるもの」

シャアラとベルは目を合わせると、何だか可笑しくなりお互いに肩を震わせた。

「2人して同性を褒め合うなんて、何だか変な感じね」

「そうだね」

ベルも同意する。

ルナとカオルが男女ともにここまで人気が出たそもそものきっかけは、1週間前に遡る事となる。


★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

それは体育の授業の時であった。

内容は男女混合のエアバスケ。ルナとカオルは偶然にも同じチームとなった。

「カオルよろしくね!」

笑顔を向けるルナにカオルはコクリと頷いた。

カオルと同じチームとなった女子生徒は嬉々として舞い上がり、逆になれなかった女子は羨望の眼差しでそれを見つめた。

ルナもまた、男子生徒から知らず知らずの間に絶大な人気を得ていた。

人当たりの良さと、端正な容姿、持ち前の明るさと優しさは、徐々に男子の心を鷲掴みにしていた。

黄色い声援が飛び交う中、ゲームが始まる。

──それは試合開始から僅か5秒での出来事であった。

ジャンプボールでルナがボールを弾き、カオルがそれをキャッチする。

迫り来るディフェンスをいとも簡単に躱すと、宙に浮くサイコロ状のゴール目掛けてキラーパスを放った。

しかし、投げられたボールの軌道はゴールから逸れている。

誰もがパスミスだと認識したそのボールを、ルナが絶妙なタイミングで空中キャッチし、そのままゴールへと叩き込んだ。

あまりの展開の早さに周りは沈黙してしまったが、今のスーパープレイを再び思い返すと、一気に興奮が沸き起こり、体育館内は大歓声に包まれた。


その後は相手チームを一切寄せ付けず、圧倒的得点差で勝利を収めた。

ゲームが終了すると同時に生徒が一斉に2人を囲う。

「何だよ、あのプレー!?」

「ホント!2人ともカッコいい!!」

同じ黄色い声援のはずなのに、今はなぜか同性からも黄色い声援が聞こえている。

「カオル!お前の身体能力すごいな!エアサッカー部に入らないか!?」

「あ!ずるいぞ!こっちが先にエアバスケ部に勧誘しようと思ってのに!!」

新入生でもないのに、その場で部活勧誘が始まった。

「ルナも運動神経いいよね!エアバスケ部やる気無い?」

「エアバレー部に入って~」

「いや、その……私バイトやってるから部活は……」

ルナが申し訳なさそうに誘いを断る。

「ルナってバイトしてるの?」

「うん、私苦学生だから」

ルナはえへへ、と苦笑いを浮かべた。

「そっかぁ、残念」

生徒達はバイトなら仕方ないと諦めた様子だ。

ルナは「ホントにゴメンね」と再度謝った。

「カオルはどうだ?」

「俺もバイトがある」

男子生徒らは目を丸くした。

てっきり「面倒だ」と吐き捨てられるとばかり思っていたからだ。

「カオルは何でバイトしてんだ?」

「宇宙飛行士養成学校に行くための学費が必要だから」

男子生徒の質問にカオルは淡々と答える。

この事はルナも初耳だった。

「へぇ~、カオルってちゃんと将来の事考えてるんだなぁ」

男子生徒らは感心したようにカオルを見た。

「だから悪いが部活はやれない」

「いや、そういう理由なら仕方ないさ」

男子生徒らも笑って納得してくれた。

こうして事態は収拾がついたのだった。




その日以降も、カオルのマルチな才能は、周囲を魅了した。

しかし、それを特に鼻にかける事もなく、手助けを求める者には黙って手を貸す姿が次第に男子生徒にも受け入れられていき、カオルの株は男女共に急上昇した。

それはルナも同様であり、困っている者を見ると自ら歩み寄って手を貸し、明るい笑顔を向ける。

そんな裏表のない性格のルナも男女共に圧倒的な支持を得ていた。

今や、ルナとカオルはソリア学園の『最強コンビ』とまで言われている。

当然の事ながら当人達は、そんな風に呼ばれている事など知るはずもない。


しかし、当然中には敵対する者も存在する。

いわゆる強い嫉妬心を持った者達だ。

特にかつてハワードの取り巻きだった者達は、この2人に対して、執拗なほどの敵対心を抱いていた。

一番の理由としては、御曹司であるハワードが変わってしまった事にある。

ずっと敵対してきたカオルや転校初日からハワードに対抗してきたルナだけでなく、一番格下だったベルまでもが、今ではハワードと対等に話が出来るまでに仲良くなっていた。

このままでは自分達の立場が危ういと考え、ハワードを自分達の元へ引き戻すべく、蛮行に出たのだった。

しかしその愚行が返ってハワードとの反感を買い、溝を深める事となってしまった。

今では改心したのか、随分と大人しくなり、一生徒達として平凡に暮らしている。

★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


「あ、カオル!」

廊下でこちら側に向かってくるカオルの存在に気付き、ルナが声をかける。

「どこ行くの?」

「こいつに竹細工の作り方を教えに行く」

カオルはルナの質問にいつもの口調で答える。

「カオル器用だもんねぇ~」

ルナはサヴァイヴにいた頃のカオルを思い返し、クスクスと笑った。

「ルナは?」

「私はこの荷物を音楽室まで運ぶ途中なの」

カオルは、ルナと少女の手にある箱を一瞥いちべつすると、隣にいる少年に目を向けた。

「ちょっと手伝え」

「へ?」

男子生徒が何を、と言う間も与えず、カオルはルナと女子生徒の手の中にある箱を取り上げると、片方の箱を男子生徒に渡した。

「さっき言ってた礼っていうの、これでチャラにしてやる」

カオルの言葉を聞き、始めはキョトンとしていたが、言葉の意味を理解すると、男子生徒は「わかった」と笑顔で頷いた。

「え、カオル!?」

突然の出来事にルナと女子生徒は呆然とした。

「音楽室でいいんだな?」

「え……?あ、うん」

ルナが頷くのを確認すると、カオルは箱を抱えて音楽室の方向へ歩き出した。

「……カオル、優しいね?」

女子生徒の言葉を聞き、ルナは目を細めて微笑んだ。

「うん……本当、優しすぎるくらい」

ルナ達は前を歩いているカオル達の背中を追いかけ、いつもの笑顔で「ありがとう」と言った。


「あの2人って、何となく似てるよね」

2人を遠くから見ていたベルが呟く。

「似ている?」

「うん、性格はまるで正反対なのに根っこの部分はすごく似てる気がするんだ」

シャアラは不思議と納得が出来た。

彼女にもそう思う節があった。

「前にルナがね、カオルは自分と同じだって言ってた」

「同じ……?」

「うん、詳しい事は話してくれなかったけど、多分カオルもルナと同じ様に、何かを背負って生きてきたんじゃないかしら」

「……そうかもしれないね」


もしかしたらカオルもルナと同じ様に、誰か大切な人を目の前で失った事があったのだろうか、とベルは思い至った。

しかし、例えカオルにそれを聞いても話す事はないだろうし、ルナもそれには答えないだろう。

ベル自身はまだそんな経験をした事がない。

それがどれほど辛い事なのか、どれほど苦しい事なのか計り知れない。

もしそんな過去の経験がルナとカオルを引き合わせているのだとすれば、自分には入り込む隙なんてないのではないか、と考えベルは肩を落とした。


体育の時だってそうだ。

スーパープレイと一言で片付けてしまえば聞こえは良いが、あの時ルナとカオルが同じチームとなったのは偶然であり、打ち合わせなどする時間もなく試合が始まった。

にも関わらずあれほど息のあったプレーが果たして出来るものだろうか。

試合後に、どうして打ち合わせもなくあんなプレーができたのかをカオルに尋ねてみた。

「ルナの動きを見ていれば、何がしたいか何となく分かる」

それがカオルの返答だった。

それには当然ベルは驚いた。

ベルが見ている限りでは、ルナの行動は時折予測不可能だ。

それに随分内心ヒヤヒヤされられたものであった。

ベルとしては焦りを隠しつつできるだけ協力しよう、と考えていた。

しかし、カオルは自分とは違う認識をしていたのだ、とその時初めて思い知らされた。

行動し始めてから協力する事と、行動を予測して協力するのでは、フォローの仕方がまるで違う。

それだけで、ベルはカオルとの次元の違いを見せつけられたような気がした。

同様の質問をルナにもしてみると、

「カオルなら私の動きを読んで、きっとあそこでパスをくれるって信じてたから」

ルナは笑顔でそう答えた。

その時ベルは理解した。

2人の間にあったのは揺るぎない信頼関係だと。

その得体の知れない2人の絆に心痛し、ベルは切ない眼差しで2人の背中を見つめた。

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