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過去を視る瞳

織田作之助が外に出たとき、すでに空は焦げついた灰色だった。
野次馬たちの喧騒、消防車のサイレン、崩れかけた建物の影。

その中で、ただひとり。
黒いコートを纏った男が、煙の向こうから歩いてくる。

──太宰治。

彼の顔には焦燥が浮かんでいた。
それでも、どこか願うように歩み寄ってくる。

織田作さんの声はいつものように穏やかだった
太宰さんはこの惨状を見て状況を理解している
そして、止めようとしていた


そして、叫んだ。

「……行くな、織田作!!」

織田作さんの足が、一瞬だけ止まった。

風が吹き抜け、裾がなびく。

ふたりの間の距離は、ほんの数歩。
けれど、その一歩が、世界よりも遠かった。

織田作さんは、振り返らずに答えた。

「……俺の望みは、一つだけだ」

その声には、怒りも、迷いもなかった。
ただ、果てしなく静かな決意だけがあった。

太宰は、手を伸ばした。
けれど、その手は──届かなかった。

織田作は前を向いたまま、
誰の言葉も聞かず、誰の痛みも背負って、
“自分の選んだ道”へと歩き出していった。

太宰の手が、空を掴む。

「っ……はぁ……」

私は、異能の中で、その光景を見ていた。

けれど──もう限界だった。

思念が強すぎる。
残された想いが、あまりにも深く、重すぎた。

精神が削れる。
肺が潰れるような息苦しさと、頭を殴られるような眩暈。

(……ダメだ。もう、維持できない)

視界が揺れ、膝が落ちる。

けれど、ここで止まってなどいられない。

彼の歩いた足跡は、
その後に残された残像は、
あまりにも“強く、鮮やか”で、
私を誘うように刻まれていた。

──この人の敵は、子供たちを奪った。
──そして、彼に“最期の戦場”を与えた。

(私は……見届けなくちゃいけない)

だから私は、また手を地に伸ばす。

限界を超えて。
体が軋み、意識が霞んでも。
“織田作之助の意志”を、私は追いかける。

その終着点に、何があったのかを──
この目で、見届けるために。
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