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過去を視る瞳

──部屋は、静かだった。

子どもたちのために用意された、小さな寝室。
手入れされた毛布。折り紙。塗りかけの絵本。
それらが無惨に荒らされ
笑い声の残り香が、空気の隅に溶けている。

けれど、次の瞬間、空気を裂く音が走った。

──ガチャン。

金属を押し込む、重く冷たい音。
銃器の音。
“誰かを守るための武器”が、静かに殺意を帯びていく。

その音に続けて、小さく、柔らかな声が聞こえた気がした。

『……おやすみ。』

それは、子供たちに向けられたものだった。
あまりに優しい、でも決して不確かなものではない声。
言葉の裏に、悲しみと覚悟が滲んでいた。

ベッドの傍、ナイフで留められた一枚の地図があった。

私は思った。

(……あぁ、この人の“敵”は)

(この人に殺し合いをさせるために、“子供を殺した”んだ)

悲しい。
苦しい。
心が裂けるような現実。

けれど同時に、私はどこかで冷静だった。

“優しいあの人”に守られていた時間が、どれほど奇跡だったのかを知っていたから。
マフィアという世界にあって、それが“ありえないこと”であることを、
ずっと前から理解していた。

──織田作さんは、装備を整えた。

コートを羽織り、銃を背負い、目を閉じてゆっくり息を吐く。

静かに、そして決して戻らない覚悟を胸に。

彼は、扉を開けた。

外には、燃えた建物を囲む消防車と人混み。
誰かが泣いていた。誰かが怒鳴っていた。
騒がしさの中、ひとつだけ異質な存在が、織田作さんに向かって歩いてきた。

……太宰治だった。

黒いコートを風に揺らし、片手をポケットに入れたまま、
疲れたような顔で、それでも確かに、彼を見ていた。

ふたりの距離が近づく。
言葉は、まだ届かない。

けれど私には、わかった。

この瞬間から、もう何かが戻らないのだと。
あの優しかった人が、“戦う者”として歩き出すことを、
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