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重なる影

その日、探偵社には穏やかな昼が流れていた。

騒がしい依頼もなく、乱歩はお菓子をつまみながらソファで寝転んでいる
太宰はと言えば──窓辺の席で、退屈そうに書類をめくっていた。


「……あーあ、今日も死ねなかった」


だが、目線は書類の上ではなく──その先、給湯室の方へ向いていた。

そこには、静かに湯を沸かす少女の姿がある。

宮本莉緒。

気配を消すのがうまく、必要最低限しか話さず、でも誰よりも丁寧な仕事をする事務員。

(……なぜ、そんなに“空気になろう”とするんだろう)

太宰の記憶が、ふと“過去の影”を揺らがせる。

──白いシャツに少年のような顔立ち。
──織田作の隣に、よく座っていたあの子。
──名乗ることもなく、誰にも心を開かなかった。

(……似てる)

背格好、仕草、そして──
時おり見せる“傷を抱えた目”。

莉緒が給湯室から出てくる。
すれ違いざま、太宰は軽く声をかけた。

「ねえ、宮本さん」

「……はい?」

「その、髪……伸ばしてるの?」

「……え?」

「いや、前に会った“誰か”が、君に似てたなって思って。……その子は、短かったからさ」

莉緒の表情が、わずかに凍った。
太宰は気づいた。

──その“間”は、偶然ではなかった。

「……似てませんよ」

笑ってそう言うその声が、震えていた。

太宰はそれ以上は言わなかった。
(やっぱり──君は、あのときの)

目を閉じれば思い出す。
織田作の傍にいた、名もない孤児の少女。

彼女は、誰よりも静かに、誰よりも深く、あの男を慕っていた。

そして今――
その“残された者”が、ここにいる。

その夜、太宰は一人で探偵社の屋上に立っていた。

「……莉緒、ね」

風が吹いた。
空を見上げる。

「俺は、あのとき何も守れなかった。……でも」


(──生き残った“あの子”は、ちゃんと立っているよ)

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