揺らぐ輪郭
依頼先は、廃業した印刷会社の倉庫跡だった。
五年前に発生した資材横流し事件に関連し、
残された記録の洗い出しと内部調査のため、我々が派遣されたという形だ。
太宰さんとふたり、古びたシャッターを押し上げる。
錆びついた軋みの音が耳に刺さる。
中は薄暗く、紙とインクと、長い間封じられた空気の匂いが漂っていた。
「……あいかわらず、地味な仕事だな」
ぼそりと太宰さんが呟く。
私は小さく笑って、手帳を開いた。
「必要なのは、帳簿記録と台帳類の確認。……あと、部屋の奥に保管庫があるみたいです」
「はいはい、君の指示には従いますよーっと」
茶化すような声。
けれどその動きには、迷いがなかった。
太宰さんは階段のほうへ向かい、
私は一階の記録棚に向かう。
埃をかぶった帳簿を一冊ずつ取り出し、捲る。
紙の端が湿気で波打ち、指先が黒く汚れる。
数字が淡々と並ぶ中、ところどころ手書きの修正痕が見つかる。
“怪しい”と断言できるほどではない。
けれど、記憶に引っかかる違和感だけが、静かに灯っていく。
やがて──
「事務員さん」
奥から、太宰さんの声がした。
声に急ぎはない。けれど、その抑揚には確かな「何か」が含まれていた。
私は帳簿を閉じ、埃を払ってから向かう。
彼は地下の小部屋の前に立っていた。
古びた鉄扉。南京錠は壊れていて、半開きになっている。
「ちょっとだけ、入ってみて」
彼がそう言って一歩譲るので、私は無言で頷いた。
中に足を踏み入れた瞬間、
ひんやりとした空気が肌に触れる。
古い防音材が貼られた室内。
音が吸い込まれ、息づかいすら消えるようだった。
中央に、崩れた棚と書類。
床にはインクのような染み。
そして壁際には、朽ちかけた帳票が数束。
私はそっと膝をつき、それらに手を伸ばす。
そのとき。
──ぞわり、と、皮膚の裏側を撫でるような感覚。
(この場所……)
空気の“深さ”が、違う。
(ここに──何かが、ある)
声は出さなかった。
太宰さんは、何も言わず背後に立っている。
だけど私は、確信していた。
このままでは終わらない。
(視なければならない)
その予感だけが、胸の奥を静かに締めつけていた。
五年前に発生した資材横流し事件に関連し、
残された記録の洗い出しと内部調査のため、我々が派遣されたという形だ。
太宰さんとふたり、古びたシャッターを押し上げる。
錆びついた軋みの音が耳に刺さる。
中は薄暗く、紙とインクと、長い間封じられた空気の匂いが漂っていた。
「……あいかわらず、地味な仕事だな」
ぼそりと太宰さんが呟く。
私は小さく笑って、手帳を開いた。
「必要なのは、帳簿記録と台帳類の確認。……あと、部屋の奥に保管庫があるみたいです」
「はいはい、君の指示には従いますよーっと」
茶化すような声。
けれどその動きには、迷いがなかった。
太宰さんは階段のほうへ向かい、
私は一階の記録棚に向かう。
埃をかぶった帳簿を一冊ずつ取り出し、捲る。
紙の端が湿気で波打ち、指先が黒く汚れる。
数字が淡々と並ぶ中、ところどころ手書きの修正痕が見つかる。
“怪しい”と断言できるほどではない。
けれど、記憶に引っかかる違和感だけが、静かに灯っていく。
やがて──
「事務員さん」
奥から、太宰さんの声がした。
声に急ぎはない。けれど、その抑揚には確かな「何か」が含まれていた。
私は帳簿を閉じ、埃を払ってから向かう。
彼は地下の小部屋の前に立っていた。
古びた鉄扉。南京錠は壊れていて、半開きになっている。
「ちょっとだけ、入ってみて」
彼がそう言って一歩譲るので、私は無言で頷いた。
中に足を踏み入れた瞬間、
ひんやりとした空気が肌に触れる。
古い防音材が貼られた室内。
音が吸い込まれ、息づかいすら消えるようだった。
中央に、崩れた棚と書類。
床にはインクのような染み。
そして壁際には、朽ちかけた帳票が数束。
私はそっと膝をつき、それらに手を伸ばす。
そのとき。
──ぞわり、と、皮膚の裏側を撫でるような感覚。
(この場所……)
空気の“深さ”が、違う。
(ここに──何かが、ある)
声は出さなかった。
太宰さんは、何も言わず背後に立っている。
だけど私は、確信していた。
このままでは終わらない。
(視なければならない)
その予感だけが、胸の奥を静かに締めつけていた。
