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揺らぐ輪郭

──乱歩さんが、気づいていないはずがなかった。

私が太宰さんにだけ見せる、微かな距離感。
話しかけられれば丁寧に答えるけれど、どこか緊張を解かない態度。
無意識に、視線を逸らす癖。

あの名探偵が、それを見抜けないわけがない。

けれど、それでも。

「午後の依頼、太宰と同行してもらえる?」

何でもないことのように、乱歩さんは言った。

ああ、これはきっと──
“悪いことにはならない”という予告か、
あるいは“もう観念しろ”という意思表示だろう。

わかりました、とだけ返して、私は小さく頭を下げた。

探偵社を出て、太宰さんとふたり、依頼先の方角へ歩く。
潮風の吹く川沿いの道。午後の光は柔らかく、町の喧騒からは少し離れている。

彼は何も言わなかった。
私も、話しかけなかった。

無理に会話をしない沈黙は、意外と苦ではない。
けれど、私の胸の奥には、静かに波紋が広がっていた。

(……彼が、織田作さんのことをどう思っていたのか)

(行方不明だった間、どこで、何をしていたのか)

私は知らない。

知る権利も、たぶんない。

でも、ひとつだけ、確かに思っていた。

──あの事件に触れることで。
──織田作さんに関係する“私”がここにいることで。

彼が、もし少しでも“苦しくなる”のなら。

だったら私は、このままずっと黙っていたかった。

気づかれないままで。
気づかれない誰かとして、ただそばにいたかった。

無理に過去を紐解かずに、ただ今の距離感を保っていられたなら。

それは、あの人の記憶を曇らせないための沈黙でもあった。

……けれど。

(もう、それも終わりなのかもしれない)

足音が重なる。
並んで歩く距離は、半歩ぶんの微妙な間がある。

この空気を変えるのは、
彼の言葉か、私の能力か──
そのどちらかになるのだろう。

そんなふうに、思った。
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