このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

野良猫みたい

初めて、調査の現場に立った。
依頼は、五年前に起きた心中事件の真相を明らかにしてほしいというものだった。

現場となったのは、郊外にある古い旧家。
開かずの間として今も手つかずで残されている一室。
畳は湿気を含み、襖には黄ばみが浮いている。
埃の匂いに混じって、わずかに鉄のような気配がした。

「ここだよ。事件当時、母親と父親が無理心中──残されたのはまだ幼かった娘ひとり」

乱歩さんがそう言いながら、懐中時計をくるくると回していた。

私は、静かにその部屋の中央に膝をつく。
深呼吸。
指先を床に触れ、感覚を集中させる。

──《残像の部屋》、起動。

意識が引き込まれる。

時間が反転するようにして、過去の残滓が広がっていく。

けれど、それはあまりにも曖昧だった。

一瞬だけ浮かぶ、白い着物の裾。
硝子の割れる音。
小さな足音。
どこか遠くで怒鳴るような男の声。

(おかしい……)

心中事件であれば、強い感情が空間に染み込んでいて当然のはず。
けれど、ここには“断片”しか残っていない。
断続的な情景ばかりがノイズのように再生され、核心に届かない。

私は異能を切り、静かに言った。

「……おかしいです。強い感情はあるのに、映像が断片的で……核心に触れられません」

「ふーん。やっぱりそうか」

乱歩さんは口元をゆるめて、天井を見上げた。

「つまりね──この部屋で“事件は起きてない”ってことだよ」

「え?」

「心中って、最初から決めつけてるのが間違い。感情の断片はある。でも“死”はここにない」

「じゃあ……殺されたのは別の場所……?」

「そうそう。たぶん庭の倉庫だね。証拠は君の異能の“弱さ”が教えてくれた」

そう言って、乱歩さんはにんまりと笑った。

私は、思わずぽかんとしてしまった。

(あの少ない情報だけで、そこまで……)

乱歩さんは、依頼人のもとに戻って経緯を告げ、
古い証拠品が発見されたことで、長年曖昧にされていた“心中事件”は、殺人事件として書き換えられた。

依頼は、達成された。

帰り道、夕暮れの道を歩いていると、
乱歩さんが唐突に口を開いた。

「僕たち、相性がいいね」

「……え?」

「君が“足りないピース”を示してくれるから、僕は“どこが抜けてるか”を考えればいい。便利便利」

彼は軽く笑っていたけれど、
その声には、どこか本気の響きがあった。

私は、そっと手のひらを見つめた。

(……この力も、悪くない)

使うたびに痛みをともなう異能。
思い出したくない過去まで視えてしまう力。

それでも──
誰かの真実を救えるのなら、
この能力も、少しだけ誇っていいのかもしれない。

そんなふうに思えた、
初めての“現場”だった。
3/3ページ
スキ