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野良猫みたい

あの日から、私は探偵社の寮に住むことになった。

与謝野先生にきつく怒られたあとの静養を経て、
ゆっくりと、探偵社の“日常”に足を踏み入れていった。

制服のような事務服を与えられ、
朝は書類整理、午後は経費入力や依頼票の分類、
夕方には郵便物をまとめて階下のポストに出す。

そんなルーティンが、少しずつ体に馴染んでいった。

(……私に務まるのかな)と最初は思っていたけれど、
思いのほか、すんなりと手が動いた。

ふと、気づいた。

──織田作さんは、こういう“実用的なこと”を、よく教えてくれていた。

料理、掃除、道具の整備、荷物の整理の仕方、手紙の宛名の書き方。
生活の中の“全部”を、私が自分でできるようにと、一つひとつ丁寧に。

あのときは、ただの生活の一部だと思っていたけれど、
今にして思えば、それは“この先”を見据えた教えだったのだ。

(……ああ)

気づいたとき、胸の奥がじんと熱くなった。

私は、どれだけのものをもらっていたのだろう。
守られて、生かされて、育てられて。

もう、その人には何も返せない。

だから、これからは──
もらったその分を、誰かに返して生きていこう。

それが、私にできる“弔い”だと思った。

探偵社での暮らしは、静かだった。

──乱歩さん。

あの軽薄そうな態度とは裏腹に、
彼はいつだって、私の体調や疲れにいち早く気づいていた。

そんなある日、
彼が不意に言った。

「ねえ君。ちょっと、現場ついてくる?」

「……私が、ですか?」

「うん。たまには息抜きだよ。調査の練習ってやつ? 大丈夫、名探偵つき」

その笑みが本気か冗談かはわからなかったけれど、
私は、うなずいた。

少しずつだけど、歩ける気がしていた。
誰かの背中を追ってではなく、自分の足で。

あの日以来、初めての“外”。
探偵社の一員として踏み出す、最初の一歩だった。
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