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蛹と蝶

──きっと、気づかない。

今の私を見ても。
かつて、少年のような容姿をしていた子どもが“私”だったなんて、太宰さんは思いもしないだろう。

ずっと気になっていた。
最初に出会った頃から。
どこか危うくて、壊れてしまいそうで、少し怖い人。
織田作さんの“友人”として、傍にいた人。

その頃の私は、人が怖かった。

言葉もうまく返せなくて、誰とも親しくなれなくて。
いつも、織田作さんの影のように静かにそばにいるだけだった。

だけど──気づけば、目で追っていた。

そっと遠くから、その人の横顔ばかり見ていた。
話しかけられると驚いてうまく返せず、逃げるように俯いてばかりいたけれど、
胸のどこかが、ふわりと熱くなるのを感じていた。

今思えば、あれは初めての恋だったのだと思う。

けれど、その想いを伝える前に、すべては終わった。

──事件が起きて、
織田作さんが命を落として、
太宰さんは、姿を消した。

何も言わずに。
誰にも告げずに。

それから、二年が経った。

私は、背が六センチ伸びた。
声も少しだけ落ち着いて、胸も、体つきも“女性らしく”なった。
短く切っていた髪も、肩を越えて、背中に届くほどになった。

ときどき、鏡を見る。
そこに映る“今の私”は、あの頃の私とは、まるで別人のようだ。

──「傷だらけで、ボロボロだった猫が、実はふわふわの可愛い猫だったわけだねぇ」

そんなことを、ある日乱歩さんに言われたことがある。

ひどい言い草だと思ったけれど、否定できなかった。

あの頃の私は、確かに“擦れた子ども”だった。
誰かの善意が怖くて、踏み込まれるのが怖くて、ただ怯えて爪を立てるだけの野良猫だった。

でも今は──
誰かに撫でられることを、少しだけ、望んでしまう。

太宰さんは、たぶんまだ気づいていない。
私が“あの時そばにいた子ども”だということに。

でもそれでいい。
私はもう、誰かの影ではなく、“私自身の意思でここにいる”。

いつか、彼の隣に立てるくらいに、
ちゃんとこの足で生きられるようになったとき。

そのとき、もし彼が私に気づいてくれたなら。
それはきっと、少しだけ報われた証になるのだと思う。
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