拾われた少女と、灰色の午後
──雨が降っていた。
それは涙の代わりのようだった。
ぽつ、ぽつ、と、傘も差さず歩く少女の肩に、髪に、雨粒が落ちては消えていく。
人通りの少ない港町の裏通り。
路地の先で、小さな少女が歩いていた。
黒い短髪は濡れて額に張り付き、目は虚ろで焦点を結ばない。
体格は細く、小柄というより「子ども」と言っても差し支えなかったが──その表情だけが、あまりに大人びていた。
少女の目は、何も映していなかった。
いや──映したすべてを、焼き付けてしまったのだ。
「……君さ」
その声に、少女はぴたりと足を止めた。
振り向くと、男が立っていた。
くしゃっとした髪、目元に浮かぶ笑み、ひょろりと長身。
傘も差さず、白いレインコートの前を開けたまま、妙に場違いな風貌で。
「その顔……そうだね。“家族と恩人と王子様を一緒に失った”顔、かな」
少女の目が、わずかに動いた。
「……なんで、わかるの」
「うーん、探偵だから?」
茶化すような声だった。
けれど、彼の視線は真っ直ぐで、軽さの奥にある優しさを、少女は本能的に感じ取った。
「名前は?」
「……ない」
「そっか、じゃあ“事務員さん”って呼ぼう。ちょうど人手が欲しかったしね。仕事、できるでしょ?」
「……なんで」
「理由なんてないよ。放っておいたら、たぶん君、どこまでも歩いていって、どこにも辿り着けないでしょ」
少女は、はじめて視線を伏せた。
胸の奥に渦巻いていたものが、わずかに緩む。
「……行く場所、ないだけ」
「じゃあ、僕があげる。君の“次の場所”を」
そう言って、男はポケットから飴を取り出した。
包み紙の色が、奇妙に鮮やかで──現実感を取り戻す。
「乱歩だよ。名探偵。今から君の上司。……はい、契約成立」
少女はその飴を、両手で受け取った。
濡れて、冷えた指先が、ほんの少しだけ温もりを感じたような気がした。
「──名探偵、ね…知ってる。……ありがとう」
その日、少女・宮本莉緒は探偵社に拾われた。
誰でもない“君”として、
そして、いずれ“太宰治と出会う者”として──。
それは涙の代わりのようだった。
ぽつ、ぽつ、と、傘も差さず歩く少女の肩に、髪に、雨粒が落ちては消えていく。
人通りの少ない港町の裏通り。
路地の先で、小さな少女が歩いていた。
黒い短髪は濡れて額に張り付き、目は虚ろで焦点を結ばない。
体格は細く、小柄というより「子ども」と言っても差し支えなかったが──その表情だけが、あまりに大人びていた。
少女の目は、何も映していなかった。
いや──映したすべてを、焼き付けてしまったのだ。
「……君さ」
その声に、少女はぴたりと足を止めた。
振り向くと、男が立っていた。
くしゃっとした髪、目元に浮かぶ笑み、ひょろりと長身。
傘も差さず、白いレインコートの前を開けたまま、妙に場違いな風貌で。
「その顔……そうだね。“家族と恩人と王子様を一緒に失った”顔、かな」
少女の目が、わずかに動いた。
「……なんで、わかるの」
「うーん、探偵だから?」
茶化すような声だった。
けれど、彼の視線は真っ直ぐで、軽さの奥にある優しさを、少女は本能的に感じ取った。
「名前は?」
「……ない」
「そっか、じゃあ“事務員さん”って呼ぼう。ちょうど人手が欲しかったしね。仕事、できるでしょ?」
「……なんで」
「理由なんてないよ。放っておいたら、たぶん君、どこまでも歩いていって、どこにも辿り着けないでしょ」
少女は、はじめて視線を伏せた。
胸の奥に渦巻いていたものが、わずかに緩む。
「……行く場所、ないだけ」
「じゃあ、僕があげる。君の“次の場所”を」
そう言って、男はポケットから飴を取り出した。
包み紙の色が、奇妙に鮮やかで──現実感を取り戻す。
「乱歩だよ。名探偵。今から君の上司。……はい、契約成立」
少女はその飴を、両手で受け取った。
濡れて、冷えた指先が、ほんの少しだけ温もりを感じたような気がした。
「──名探偵、ね…知ってる。……ありがとう」
その日、少女・宮本莉緒は探偵社に拾われた。
誰でもない“君”として、
そして、いずれ“太宰治と出会う者”として──。
1/1ページ
