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マーメイドシアター

──静かな部屋に、
夜風がカーテンを揺らす音と、
歌声だけが、ゆっくりと溶けていた。

真珠のように艶やかなマニキュアが、
君の指先を染めていく。
その色は、今の君にとてもよく似合っていた。

でも歌に込められた言葉は、
かつての「まだ見られたくなかった自分」を抱きしめるように、
そして今、愛される自分へと祈るように──

 

太宰視点
「お姫さまは、もう誰よりも綺麗だった」




遅くなってしまった。
任務が長引き、連絡もまともに返せなかった夜。

けれど帰宅して、
玄関のドアを静かに開けた瞬間、
彼女の歌声が、夜の空気を震わせていた。

灯りは最小限、
窓辺に座る君の背中。
赤いマニキュアと、月に照らされた横顔。

 

「……あぁ、なんだよ。
君、こんなに綺麗なこと、
僕が知らない時間にやってたの?」

 

そう思っただけで、
なぜか胸の奥が、じんわりと痛んだ。

まるで“間に合わなかった”ような気がして。

君がかつて「王子さま」と呼んだ存在に、
“ただ映りたい”と願っていたこと。
その想いを、今の姿で、今の声で、
君自身が肯定しようとしていること。

太宰はすぐにわかった。
なぜなら、ずっと君を見てきたから。

歌が終わる頃、
そっと背後から声をかける。

「……ねぇ、君。
どうして、そんなに綺麗になったの?」

君がびくりと肩を揺らす。
でも振り返ったその顔は、
どこか気まずそうで、
少しだけ、嬉しそうで。

「……帰ってたの……?」

「うん。君の声が聞こえて、
しばらく黙って見てた。
“お姫さま”が、ひとりでおとぎ話を歌ってたから」

太宰は君の前にしゃがみ込む。
マニキュアが乾ききる前の指をとらえて、
手の甲にそっとキスを落とす。

「ねぇ、今度は言ってよ。
“誰かの視界に入りたい”なんて、遠回りしないでさ。
僕の視界の中心には──
ずっと君がいたんだから」

君が少し潤んだ瞳で見上げると、
太宰はいたずらっぽく微笑む。

「でも、君が“おあずけチェリー”なんて歌ってるなんてねぇ……
その続き、今夜はもらってもいい?
王子さま役、ちょっとやる気になっちゃったし」

「……ふふ。
 それなら、私も“お姫さま”らしく振る舞わなきゃね」

その夜、
君は太宰の腕の中で、
静かに抱きしめられながら、
確かにこう思っていた。

もう、“見られたい”じゃない。
君の視界に、私は“ずっといた”んだって。

 

そして太宰は思っていた。

この世界に“おとぎ話”があるとしたら、
 きっとそれは──
 “君が、僕の隣で笑ってる光景”のことだ。
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