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チェリーハント

──あの日、君は知らなかった。
誰が見ていたかも、どんな目で見られていたかも。

ただひとつだけ──
太宰だけは、すべてを“見抜いていた”。

今朝、探偵社の応接室。
コーヒーの湯気が立ち上る中、
君と敦の目が、ふとした瞬間にぶつかる。

 

【探偵社の日常】
「目を逸らした理由」



「……おはようございます、敦くん」

いつもと変わらないトーンで、君は微笑む。
でも──

「っ……お、おはようございます……っ」

その声は、明らかにわざとらしく早口で、
そのまま敦くんは、視線をすぐ逸らしてしまった。

君は一瞬、首を傾げた。
だけどすぐに太宰が、
読んでいた書類をテーブルに置きながら、
なぜか楽しそうに笑った。

「あれあれぇ、敦くん? どうしてそんなに目を逸らしちゃうの?
 君がいつも“すごいなぁ”って言ってる人の顔じゃないか~」

「い、いえっ……べ、別にっ……!」

太宰は椅子に腰をかけたまま、
カップを片手に、にやりと微笑む。

「ふーん。……ねぇ
 君、最近“歌うの”が趣味だったっけ?」

君が一瞬、動きを止めた。

「……どうして?」

太宰はカップのふちに口を寄せながら、
悪戯な光をたたえた目で、
敦くんの背中をちらりと見る。

「いやぁ、この前どこかの歓楽街で、
 “赤いドレスの歌姫”が素敵な歌を披露していたって噂があってねぇ……
 それをたまたま見かけた、素直で真面目な後輩がひとり──
 ……どうやら、動揺してるみたいなんだよねぇ?」

君は、口元を手で軽く覆って、
それでも笑いを堪えきれなかった。

敦はというと、
もう耳まで真っ赤で──

「っ、ちがっ、あれは! 本当にたまたまで!
 だって、まさか事務員さんが、あんな……!」

太宰がくつくつと笑いながら、
膝に肘を置いて頬杖をついた。

「敦くん?
 見てはいけないものって、
 本当は“綺麗すぎるもの”のことを言うんだよ。
 “触れちゃいけない”と思うのは、君が優しい証拠だよ」

君は、軽く目を伏せてから、
そっと敦に向かって言う。

「……あの時、見られてたのなら……ちょっと、恥ずかしいですね」

「……っ……いえ……とても、綺麗でした……!」

その場に一瞬、静けさが降りる。
でもすぐに太宰がそれを割ってくれる。

「よかったじゃないか、事務員さん。
 “最年少社員に忘れられない夜”って思われたなら、大成功だよ?」

「……ほんと、あなたって悪趣味」

「いやいや、**僕が見てた景色より、
 敦くんの“照れてる顔”のほうが最高だったって話さ」 

あの夜を覚えているのは、
君と太宰、そして敦だけ。

でも、
君にとっても太宰にとっても──
その夜は、ふたりの愛をもっと強く確かめた、特別なものだった。

そして敦にとっては、
“綺麗なもの”の背後にある“本物の絆”を知った、
小さな大人の階段だった。
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