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チェリーハント

──その姿を、一番近くで見てしまったのは、僕だった。

ほんの偶然だったんです。
任務帰り、立ち寄った繁華街の一角。
煌びやかなネオンと、酔客のざわめきのなか、
歌声が聞こえた気がして──ふと顔をあげたら、そこにいた。


【中島敦 視点】
「声をかけられなかった夜」



真っ赤なドレス。
背中が大胆に開いていて、
高く結い上げた髪に、金の飾りが揺れていた。

ガーターベルトと網タイツ、
小さな赤いハイヒール。

まるで誰かを誘うように、
けれどどこか凛とした空気をまとったその人は──

探偵社の事務員さんだった。

一瞬、目を疑った。
だって、いつも僕たちを優しく見守ってくれるあの人が、
仮面をつけて、まるで誰かを誘惑するようにステージに立っていたから。

しかも──
その歌詞が、ひどく艶やかで、どこか切なかった。

 

「ナカナイ女=がイイコじゃないのよ
おあずけチェリーは最後に頂きましょう」

 

歌いながら、微笑むその横顔があまりにも綺麗で、
僕は声をかけるどころか、
その場に立ち尽くしてしまった。

でも、そのあとだった。

曲が終わって、
マイクを置いた君のもとに現れたのは、
太宰さんだった。

まるで、最初からそこが“彼の指定席”だったみたいに。
誰にも聞かれないように耳元で何かを囁いて、
君がそれに笑って、身体を預けた。

僕は──
その光景を見たとき、
ようやく“声をかけちゃいけない”と悟った。

それは、僕の知らない太宰さんと、
僕の知らないあなたの顔だったから。

任務の一環かもしれない。
演技だったのかもしれない。

だけどあの夜、
あなたの歌にこめられた感情と、
太宰さんの腕の中にいるあなたの表情は──

とても“嘘”には見えなかった。

そのまま、僕は静かに踵を返した。

何も知らなかった頃に戻るように。
でも少しだけ、
胸の奥が、ちくりとした。

 

──“大人になる”って、
こういうことの連続なのかもしれないな。

**

でも、あの夜のあなたはとても綺麗でした。
きっと、僕は一生忘れない。

 

→目を逸らした理由
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