結城家の夜

金色の闇に対する襲撃から数日たったとある日、拓人のマンションには拓人とモモの二人がソファーに座って話をしていた。

本来なら監視の意味も込めてヤミもいるはずなのだが、ヤミは現在結城家で美柑と一緒に何かをしているようでマンションにはいない。

拓人はコーヒーを飲み終えて自分のマグカップとモモのマグカップを片付けると、モモは拓人に視線を向けながら口を開いた。


「ヤミさんを元に戻すとしたらタクトさんならどうしますか?」

「そんなもん一つしかねぇだろ。ターゲットの抹殺……つまり金色自身の手でリトを殺すことだろうな」

「やはり襲撃者の狙いはそこですよね」


あの日―――

リトの友達でもある猿山やクラスの男子達を操って襲撃者は金色に襲いかかってきた。

襲撃者は金色をあからさまに挑発して金色を昔の殺戮兵器に戻そうとしていた。

何故金色を昔のように戻そうとしているかはわからないが―――


「ヤミさんは大丈夫でしょうか?」

「金色が心変わりするって思ってんのか?今の金色がそんな選択するとは思えないが……」


美柑とあんなに仲良くなった金色がリトを抹殺するとは思えないけどな。

何せリトを抹殺してしまったらその先にあるのは、誰もが悲しむ未来しかないのだから。


「とりあえずリトん家に行くか。美柑に呼ばれてたしな」

「そうですね。じゃあクローゼットから行きましょうか」


そっと拓人の腕に抱きついて嬉しそうに歩くモモに拓人は頬を赤くする。

最近モモからの接触が増えているんだよなぁ。

金色がマンションに住み出してから特に。

今まではベッドに忍び込む事もなかったのに俺より早く起きるときは、確実にモモは俺の横に寝ているか、俺の上に乗って笑っているのだ。

本当にモモが何を考えているかわからないが安心して寝られない。


「タクトさん…」

「あん?」

「アナタは本当に優しいんですね」

「……なんの事やら」


もう一つモモがここに住みはじめて気づいた事がある。

金色がいる時どこか寂しそうに笑っている事があるが、俺と二人だけの時は本当に嬉しそうに笑っている。

それを見るとどうしても俺は邪険に出来なくなっていた。





「これはどういう状況だ?」

「壁に包丁が刺さってますね」


クローゼットからリトの家にワープしてリビングにやって来た拓人とモモの視界に壁に刺さった包丁が入る。

あと何故かその壁の近くにリトもいた。


「あっ!拓人さん!モモさんも!」


手にエプロンを持ちながら二人の姿を目にしながら美柑が現れ、美柑はそのままエプロンを台所に立っているヤミに渡していた。


「……あぁ」


金色が美柑と何かをするって言ってたのは料理だったのか。

……んっ?じゃあ俺やモモが呼ばれた理由は?


「あっ!タクトにモモだーー!」

「よっ!お前とリトの愛の巣にお邪魔してんぞ」

「何言ってんだよ!?」


大変だなリトのやつ。

さっきまで顔色が真っ青だったのに真っ赤に変わってるし。


「……にしても」


声を荒げるリトをスルーしつつ拓人は美柑と一緒に料理をしているヤミを見つめる。

金色のヤツ、どことなく楽しそうにしてんな。

やっぱあの金色を見てるとどうしてもリトを抹殺するなんて思えないんだよなぁ。


「ヤミさんは彩南高校に転入しないの?」

「えっ?」

「きっと楽しいと思うけどなー。ララさんもいてナナさん達もいて拓人さんやリトもいるし」

「…そう…ですか…?」


思わぬ美柑によるアシストにモモは微かに笑みを浮かべる。

ナイスですよ美柑さん。

リトさんの安全面もですがタクトさんの傍にいてくれたら私も嬉しい。


「………あれ?」


嬉しいはずなのに微かに胸に痛みが。

何故でしょう?

私は先の事を考えて最も適格な作戦を考えている。

なのにどうして―――

……いえ!今はこの痛みを気にしているひまはありません。


「ヤミさん、美柑さんもそう言ってくれている事ですし転入してみては?私のクラスはまだ空きがあるみたいですし」

「……そうですね。確かに転入すれば結城リトを狙える機会も増えそうですし。それに………」


チラリとヤミの視線がララやナナやリトと話す拓人に向く。

自分自身の気持ちが分からない。

神谷拓人の近くにいればこの気持ちも分かるだろうか?

神谷拓人――

私はどうすればいいのでしょうか?






夜になり拓人とモモは結城家でご飯を食べる事になったのだが、拓人は自分の前に置かれた料理を目にして頬がひきつる。

これは一体どういう事なんだ!?

確か今日は美柑と金色が料理をしていたはず。

リトやララ達は普通の料理なのに何故俺の前にある料理だけ違うのだ?

ララ達は美味しそうに料理を食べている。

リトやモモは目を点にして俺の料理を見ている事からこれは夢じゃないらしい。

つまり俺の前にある――

『たいやき入り味噌汁』に『たいやき乗せご飯』に『たいやきとサラダの盛り合わせ』は現実のようだ。


「これはどういう事だよ…」


どうやって食べろと言うのか?

絶対にこの料理を作ったのは金色だな。

たいやきの自己主張が激しすぎる。


「…………」


じーっと身体に穴が空くんじゃないかと言わんばかりに金色が拓人を見つめている。

せっかく金色が用意したんだし食べないと悪いよな。


「いただきます!」


この日神谷拓人は勇者になった。











▽▲▽▲▽▲

食事を終えて拓人はふらりと立ち上がり外に出ていく。

一応靴を持ってきて良かったと思いつつ結城家の庭で月を見上げていた。

中ではララ達が騒いでおりリトは美柑と一緒にコンビニに出掛けたようで、それでも結城家では楽し気な笑い声が拓人の耳に入ってくる。


「…神谷拓人」

「金色か…」

「少し話をしませんか?」


ゆっくりとヤミは拓人の傍に寄り同じように月を見上げていた。


「今日、私は美柑から料理のコツを教わりました」


料理は食べる相手の事を想いながら作る。

それが料理を作るのに一番大切な事だと。


「……私にはその意味がよくわかりませんでした。相手を想いながら包丁で食材を切る。それは……トランスで敵を斬る事とどう違うのかと……」

「………」

「私はあの襲撃者に言われた事をずっと考えていました。ですが答えは出ません。ただ少なくとも結城リトを今すぐ抹殺する事はないでしょうが…」

「お前の中で答えが出てこないなら今はそれでいいんじゃねぇか。あの声のヤツにも言ったが、結局決めるのはお前自身なんだからよ。自分がどうしたいかなんてゆっくり考えりゃいいんだよ」


お前には時間があるんだ。

そうやって悩んでる段階で少なくとも、金色が今の生活を手放したくないって事だろうしな。

だから答えはいつか出せばいいんだよ金色。


「ところで神谷拓人…」

「何だよ?」

「今日…アナタに特別に用意したたいやき料理は美味しかったですか?」

「………んっ?」

「気になっていたのです。私なりにアレンジ?というものをしたので…」

「……甘くてしょっぱかったけどいい味付けだったよ。美味しかったぜ、ありがとな金色」


微かに笑みを浮かべて伝えた拓人にヤミはうっすらと頬を赤く染める。

どうやら拓人に美味しかったと言われて嬉しかったようだ。

どこか満足そうに息を吐きヤミは拓人に背を向ける。


「それなら良かったです。今日は美柑と一緒に寝るので、アナタのマンションには帰りません」

「別に無理して住まなくてもいいんだが…」

「いえ。アナタはえっちぃので絶対に監視させていただきます」

「………はい」


そう口にしてヤミは家の中に戻ると、交代するようにモモが外に出てくる。

どこか満足そうにしているヤミを視界に入れたモモは、まるで寄り添うようにぴったりと拓人に引っ付く。


「私に内緒でヤミさんとお話ですか?」

「お前はララやナナ達と話してただろうが。それに大した話じゃねぇよ」

「そうですか…」


微かに不満気な表情で拓人を見つめるモモに呆れつつもさっさとマンションに帰るかとため息を吐く。


「……モモ」

「はい?」

「帰るぞ」

「………はいっ!」


拓人さん―――

ヤミさんを変えられるのは確かに美柑さんやリトさん達との時間も大事ですが、ヤミさんにとってアナタとの時間もきっと大事なんですよ。

さっきのヤミさんの顔を見ればわかります。

ヤミさんはきっと変わりますよ。

だって――――


「私も変わりましたから」

「あん?何か言ったか?」

「いえ。何も言ってません」


アナタと二人でいるこの瞬間が私は幸せです。

ずっと続いてほしいと思うほどに。







彩南校に転入する事になった。

いつものように校長を制裁してヤミは渡り廊下を歩く。

私はいつからか過去を捨てて新しい生活を始めようとしている。

私は殺し屋でそれ以外の生き方を知らない。


「……私は」


わからない。

私はどうしたらいいのだろうか?

私はいつまで彩南町にいていいのだろうか?

神谷拓人――

アナタならどう答えるんでしょうね?


「……んっ?」


考え事をしていたヤミの前に一人の女の子が立っていた。

赤色のおさげ髪の女の子はニコニコ笑いながらヤミを見つめている。


「こんにちはヤミお姉ちゃん」

「…!?お姉ちゃん?」

「うん。マスターから聞いてるよ。あなたは私のたった一人の家族なんだって。私はヤミお姉ちゃんの開発データを基に創られた第二世代目。このトランス能力が何よりの証拠だよ。だから―――」


おさげ髪の女の子は髪の先を操作して鋭い刃物へと変化させる。

これは紛れもなくトランス能力。

私と同じ―――


「結城リト先輩の【抹殺】のお仕事がうまくゆくように私が応援してあげる。家族なら当然だよね……素敵!」


ヤミの前に現れし同じトランス能力の女の子――

ゆっくりと物語が動き出していた。


To_Loveる~だーくねす~
第三話END
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