決着

『ようやくテメェとやれるぜ拓人』

『約束しろカイ。俺が勝ったら春菜の前には現れないと』

『いいぜ約束してやるよ。ただ……テメェが俺に勝てたらな!!』


―――――

「かはっ…!」


思い切り身体を鉄柱にぶつけ口から流れる血を手で拭い拓人は自分の前に立つ男に目を向ける。

殴られた瞬間に脳裏によぎったのは、中学の時に自分とカイが交わした約束。

それから数年は確かにカイは春菜の前に現れなかったが、この男はまるであの約束がなかったように彩南町に戻ってきた。

俺と決着をつけるためだろうが春菜を怖がらせた事は許さない。


「ひゃあ!!」


両手でドラム缶を持ち拓人に振り下ろすカイに拓人は地面を転がるように避けると、勢いよく立ち上がりカイの顔面に拳を叩き込む。


「神谷くん…」


もうどれだけ殴り合っているだろうか。

お互い血を流し立っているだけでやっとのように春菜の目に映り春菜は傷ついていく拓人の姿を見て瞳に涙を溜めていた。


「結城くん!ララさん!」


先程電話で呼んだ人物達が早く来るように春菜が手をキュッと握り締めていると、


「ガッ……!!」


拓人の声が春菜の耳に届いてそちらに目を向けると、拓人は鉄柱に寄り掛かり項垂れるように頭を下げピクリとも動かなくなっていた。


「神谷くん!」


カイの拳をまともに喰らい動かなくなった拓人に春菜は顔色を真っ青にして震える身体を必死に動かして拓人に近付こうとしたが、


「し、獅子王くん」


ゆらりと獅子王が春菜の前に立ち塞がり完全にイカれた目で春菜を見つめていた。

こうなった時の獅子王は見境がなく相手が誰であろうが拳を振るう。

春菜はそれでも拓人の元に足を進めようとするが、獅子王は拳を振り上げて春菜目掛けて振り下ろした瞬間、


「ガッ!」


上空から何かが獅子王に降ってきて、獅子王の頭にそれが直撃し獅子王は床に倒れていく。


「今のは…」


春菜の目に入ったのは見間違いじゃなければ巨大な拳だった。

自分の知る限りそれが出来るとすれば一人しかいない。


「どうやら間に合ったようですね」

「ヤミちゃん?」


天井を突き破り春菜を助けたのは美柑に二人をお願いと頼まれたヤミであり、ヤミの姿を見て春菜は安心したように涙を流しペタンと座り込んでしまう。


「お怪我はありませんか西連寺春菜?」

「うっ、うん。それよりも神谷くんが…」


春菜の言葉でヤミは項垂れている拓人に目を向け小さくだが呟く。


「…アナタのこんな姿は見たくありませんよ神谷拓人」


ヤミにとって拓人は強い分類に位置している。

自分が認めている人がこんなボロボロな姿をヤミは見たくないのか、チラリと目を春菜の方に向けた。


「ヤミちゃん、ララさん達は?」

「もうすぐ来ると思います。ですので早くここから…」

「ひゃああ!!」


ヤミが春菜を廃工場から逃がそうとした瞬間、倒れていたはずの獅子王がいつの間にか立ち上がってヤミに拳を振るっていた。

微かな獅子王の殺気にヤミはすぐに気付いて、一瞬でトランスして春菜を抱えた状態で獅子王と距離から離れる。

確かに手加減はしたが自分の予想よりも復活が早い。


「これは予想外でしたね」


普通に考えればまだ気絶しているはずの一撃だ。

それなのに目の前に立つ男は狂ったように笑い近くに落ちていた鉄パイプを拾いこちらに向かっていた。


「仕方ありません。彼女に手を出されては困るので相手になりましょう」


ヤミは春菜から離れ自分の手を刀の形状にトランスして獅子王と対峙する。

先程の拳はフルスピードではなかったが、パワーだけならかなりのレベルだった。

ヤミはあの一瞬で獅子王の拳を見極め自分が獅子王にダメージをどう与えるか考えていた。

あの手に持つ武器を避けるかトランスで受け止めて懐に入り込んだ一瞬しかないかとヤミは目を細める。


「うぉぉぉぉぉ!!」


獅子王は鉄パイプを思い切り振り下ろし、ヤミはそれをトランスで受け止めようとしたが、


「…………えっ?」


この時ヤミはおそらく今まで出した事がないくらい間抜けな声を出してしまう。

何故なら振り下ろされた鉄パイプが自分のトランスに当たる前に止まっていたからだ。

それは先程まで項垂れて動かなくなっていた人物であり、ヤミの目に入ったのはボロボロなのにどこか頼りがいのある背中だった。


「迷惑かけたな……金色」

「神谷拓人…」


意識が朦朧として血を流しすぎたせいで拓人の身体はゆらりと揺れている。

もう立っているのもやっとだが拓人は鉄パイプを素手で受け止めたまま、もう片方の手でカイの顔面を殴り怯んで少しだけ離れたカイを蹴り飛ばし息をゆっくり吐く。


「西連寺のこと…守ってくれて……ありがとな」

「礼には及びません。それよりも身体は大丈夫なんですか?」

「このぐらいで…弱音吐くほど…やわじゃねぇよ…。でもまぁ…心配してくれて…サンキュー」


微かに笑い軽口を叩く拓人にヤミはそっぽを向いて口を開く。


「勘違いしないでください。アナタに何かあれば美柑が悲しみますから。私は別に心配など…」

「はいはい…」


ヤミの言葉に拓人は苦笑すると、自分の目の前で倒れているカイに目を向ける。

先程の蹴りで倒れたままだがいつ起き上がるかはわからない。

それにカイがこれでくたばるなんてありえねぇしな。


「この男が獅子王カイですか?」

「あぁ…。…ってリトにでも聞いたか?」

「はい。結城リトが知っている事だけですが…」


それは全部ってことだろ。

中学の時の事件はリトも見ていたし、俺自身がリトに頼んでいた事もあったからな。


「アナタがここまでボロボロになるほど強いのです?」

「まぁな。それよか…お前一人で…来たのか?」

「はい。トランスを使って全速力で来ましたから。まぁ、結城リト達もすぐにここに来ると思いますが」


拓人はその言葉にチラリと春菜に目を向ける。

ララ達が来れば春菜の身は大丈夫のはず。

ならば自分がやる事は一つしかない。

獅子王カイを倒すだけだ。


「立てよカイ」

「………」


拓人の言葉でカイはゆっくり立ち上がり、首を鳴らしながらニヤリと笑みを浮かべる。

まだイカれたままだがそれでも負けるわけにはいかない……絶対に。


「テメェとの因縁は今日で終わりにしてやる」

「……拓人」


二人はゆっくり足を進めお互い拳の範囲内に入った瞬間に殴り合いを始めた。

拓人の拳がカイの顔面を殴ると、お返しと言わんばかりにカイの拳が拓人の顔面を捉える。


「らあっ!」

「ひゃあ!!」


もうどちらが倒れてもおかしくはない状況。

春菜はヤミに二人を止めるように頼むが、ヤミは目を二人に向けたまま首を小さく横に振った。


「私にはこの戦いを止める事は出来ません。これは神谷拓人の戦いですから。私やアナタに出来る事は一つだけ……」


信じましょう。

神谷拓人が獅子王カイを倒すことを。


「ヤミちゃん」


春菜は今も殴り合いをしている幼馴染みの姿を目に映す。

いつも自分を守る為に傷つく幼馴染み。

どんなに距離が離れても彼は神谷拓人はずっと守ってくれていた。

あの時中学の事件の時だって、


『春菜は俺が守るから。そう約束しただろ?』


「……拓人くん!!」


春菜の目から流れる大粒の涙。

それは止まる事なく流れ続けて春菜の視界を揺らしていく。


「あぁぁぁぁ!!」

「……カハッ!」


拓人の拳がカイの腹部を殴るとカイは膝をつく。

そのままカイは震えながら立ち上がるが、拓人は再びカイの腹部を数発殴るとカイは膝をついて顔だけを拓人に向けると、拓人は力を振り絞り拳をカイに叩き込みカイはそのままゆっくり倒れて気絶するように目を閉じるのであった。


「……ッ!!ハァ……ハァ!!」


拓人は膝をつき息を吐くとゆっくり振り返り涙を流している春菜に笑みを浮かべ口を開いた。


「終わったぜ………春菜」

「……拓人くん!!」


拓人の身体がゆっくり倒れて拓人はカイと同じように気を失う。


そして――――


「「春菜!!」」

「春菜ちゃん!拓人!」

「タクトさん!!春菜さん!」


ララ・ナナ・リト・モモが廃工場に着いた時四人が目にしたのは、血だらけで倒れる拓人を必死に呼ぶ春菜と倒れている拓人の手を握り締めているヤミの姿だった。

To Loveる
第十七話
END
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