ぶつかる二人

獅子王カイが彩南高校に乗り込み春菜を連れ去ってから数時間が過ぎ、拓人を待つカイは春菜を縄で縛りただ入り口を見つめ佇んでいた。


春菜に怪我は一切なく本当にこの人は獅子王なのかと春菜はチラリと獅子王の背中を見つめていた。

中学のあの時、獅子王はまるで獣のように暴れ教師はもちろん中学校にいた生徒達を半殺しにした男である。

今ここで自分に手を出さないのは何故だろう?


「春菜、俺はお前に手を出すつもりはない」

「……えっ」

「お前はあくまでアイツを拓人を誘い出す為に連れてきただけだ」


その言葉に春菜は信じられないものを見るような目で獅子王を見つめた。

あの中学の事件の時に、獅子王くんは神谷くんを挑発する為に自分を西連寺春菜を襲おうとしたのだ。

そんな彼が手を出さないと口にした。

本当に信じていいのだろうか?


「信じてくれなんて言わねぇよ。だが俺は本当にお前に興味はないでな。拓人が来たらさっさとここから出ていけばいい。ただ――もう拓人とは会えなくなるかもしれないがな」

「…ッ!?それってどういう……」


獅子王の言葉に春菜はハッとした表情で顔を上げた瞬間、工場の入り口から彩南高校の制服を身に纏い完全にぶちギれている拓人が殺気だった雰囲気で二人の前に現れた。


「会いたかったぜ拓人。お前に折られた鼻が痛むし傷つけられた身体が疼いて仕方なかったぜ」

「テメェとの因縁はここで終わらせてやるよカイ」


拓人の声に姿に春菜は安心したのか、涙を浮かべ立ち上がり拓人の傍までやって来た。


「神谷くん…!」

「待たせたな西連寺。カイの野郎は俺がなんとかするからお前はここから逃げろ」


春菜を縛っている縄を外して拓人は春菜の頭をポンッと優しく叩きいつになく優しげに笑い口を開いた。


「でも神谷くん!」

「大丈夫だから心配すんなって」


かつて中学の時と今の拓人の姿が春菜の中で重なり、嫌な予感がひしひしと春菜を襲う。

まるであの時みたいに拓人が遠くに行ってしまうようなそんな予感を――






拓人と獅子王が廃工場で対峙している頃、唯から一連の出来事を聞いたリトやララ達はいつになく真剣な表情で話をしていた。


「やっぱりアイツは獅子王で間違いなかったんだ」

「ねぇリト、その獅子王って誰なの?」


この中で獅子王カイの事を知っているのはリトと美柑の二人だけ。

リトは一度だけ目を閉じてどこか暗い表情でララの問い掛けに答えた。


「獅子王は中学の時に春菜ちゃんに一目惚れして強引に自分の女にしようとした男だったんだ。でも春菜ちゃんには片想いしている男がいたから獅子王の告白を断ったらしいんだけど…」


春菜が片想いしている相手など中学の時誰もが知っていた。

いつも春菜の傍にいて春菜と楽しそうに話していた幼馴染み神谷拓人の事である。


「獅子王はそれが納得出来なかったのか、自分の仲間と一緒に春菜ちゃんを襲う計画を立てていた。けど拓人がそれを知って拓人は動いた」


中学のあの事件で最初に獅子王の仲間が半殺しで病院送りにされ、拓人は春菜に殴り合いを見せない為にリトに春菜を任せて拓人と獅子王は廃工場で殴り合いをしていた。

血が流れようとも拳を痛めようとも二人は止まらず、最後は拓人が獅子王を殴り飛ばして殴り合いは終わった。


「結局その喧嘩は拓人が勝ったけど、それ以来拓人は中学の皆から化け物を見るような目で見られ始めた。そして…」


それから拓人は人が変わったように冷たくなり春菜ちゃんとも距離を置くようになり、幼馴染みという関係が最初からなかったような振る舞いをし彩南町でも有名な不良になってしまった。

今でこそたまに一緒に春菜といるが、中学の時の拓人は本当に誰も近づけないほど恐ろしかった。


「拓人はもう獅子王が彩南町に現れないって言ってたはずなのに…」

「リトさんはタクトさんが向かった場所に心当たりはないんですか?」


モモの問い掛けにリトは静かにだが首を横に振る。

彩南町にはいくつか廃工場があり拓人がどの廃工場に向かったのかリトには分からなかった。

せめて拓人が口にしていればよかったが、拓人は春菜の事でそこまで頭が回らなかったようだ。


「ナナ、アナタのペットにタクトさんを探せるペットはいないの?」

「せめてそいつの私物がありゃ探せるんだけど、今ここにあんのか?」


確かにナナのペットなら拓人を確実に探せるだろう。

しかし今現在拓人の私物などここにはない。

万事休すかと思われたが、モモが目を光らせどこから取り出したのか一枚のワイシャツを手にしていた。


(モモさん…。まさかそれは…)


この時誰よりも真っ先にそのワイシャツが誰のか気付いた美柑は頬をひくつかせる。

何せこのタイミングで出すとすればあの人のワイシャツしかあり得ないのだから。


「モモ、そのワイシャツ誰のだよ?」

「誰ってタクトさんのに決まってるじゃない。このワイシャツ実はタクトさんが睡眠の時に使っていたんだけど私がこっそり持ってきちゃって…」

「………」


恋する乙女のようにうっとりしながら話すモモにナナはドン引きである。

それはナナだけでなく美柑も同じらしく、リトは苦笑して頭を掻きララはよく分かってないのか首を傾げていた。


「……とりあえずそいつで探すか」


ワイシャツをモモから受け取り自分のペットを呼び出そうとした瞬間、リトの携帯が鳴りリトは相手を確認して目を丸くした。


「春菜ちゃん!?」


その言葉に皆がハッとなりリトはその電話を出ると、皆が聞こえるようにスピーカーにすると皆の耳に聞こえてきたのは春菜の悲鳴に近い声だった。


『結城くん!ララさん!』

「春菜ちゃん!今どこにいるんだ!?」

「春菜!大丈夫なの!?タクトは!?」

『私は大丈夫。でも早く来て!このままじゃ、神谷くんと獅子王くんが死んじゃう!』


春菜の言葉にリトだけでなくこの場にいた全員が目を丸くする。

春菜が電話をしているという事は春菜は大丈夫なのだろうが、助けに行った拓人と連れ去った獅子王が死ぬとはどういう事だ?


「西連寺春菜、一つだけいいですか?」


皆が困惑している状況で今の今まで口を開かなかったヤミが比較的冷静な口調で口を開いた。


『その声はヤミちゃん?』

「はい。それでお聞きしますが、今アナタがいる場所はどこですか?」

『多分彩南高校の近くの廃工場だと思うけど…』

「ありがとうございます」


ヤミはそれだけ口にするとチラリと視線をリトに向け、リトは勢いよく立ち上がると美柑に留守番を任せて家を飛び出した。

ララやナナやモモもそれに続くように飛び出し、ヤミも家を出ようとして美柑に呼び止められた。


「ヤミさん」

「どうしました美柑?」

「拓人さんと春菜さんの事お願い」

「任せてください美柑」


微かに笑みを浮かべ背中から翼を出してヤミは空から廃工場を目指す。

一人家に残った美柑は小さくだがポツリと呟く。


「……拓人さん」









――――


「おらっ!!」


拓人の拳がカイの顔を殴り飛ばし、カイの身体が吹き飛ぶかと思いきやカイは踏み止まりニヤリと笑ったまま拳を振るいそれは拓人の腹部に突き刺さり拓人は口から血を吐き出しながらカイから離れる。


「いいぜ拓人。最高だぜお前との喧嘩は」

「この化け物野郎が」


血を流し顔を歪める拓人に対しカイは狂ったように笑い拓人に近づく。

拓人は拳を握りカイに殴りかかろうとしたが、カイは拓人の拳を避けて拓人の頭を掴み思い切り自分の膝に叩きつけると拓人の身体が仰け反る。


「神谷くん!!」


その光景を見ていた春菜は泣きそうなほど声を出すと、その声に拓人が反応して拓人は仰け反った身体をそのままクルリと回すとカイの手首がグキリと音を鳴らしカイはその痛みで顔を歪めるが拓人はそのまま頭突きを喰らわせる。


「ぐおっ!」


カイは鼻を抑えて拓人を睨み付けるが、拓人はすでにカイの眼前に接近して拳を振るっていた。


「調子に乗んなよ!」


拓人は反撃と言わんばかりにカイを殴りまくる。

一発二発など単純なものではなく数十発にもおよぶ打撃だった。


「こいつで終わりだ!」


かなりの威力を込めた一撃をカイに喰らわせると、カイの身体が倒れ地面に沈む。

拓人はカイに背を向けて小さくだがため息を吐いて春菜の元に向かう。

これで終わったなと、拓人は歩くが背後から殺気を感じて振り返った瞬間に拓人の身体が吹き飛んで地面を転がる。


「テメェ……」

「……」


拓人の視線の先には先程倒れたはずのカイが何も喋らないまま立ち、拓人がゆっくり立ち上がるとカイは拓人に近づいて再び殴り飛ばす。

その拳の威力は今までよりも重く拓人は膝をついてカイを睨み付けた。


「完全にイカれやがったな」


白目で笑うカイに拓人は顔を歪める。

これが中学の時に自分を苦しめた獅子王カイの本気。

ここからがこの男の恐ろしいところかと拓人は自分の拳を握り締める。


To Loveる
第十六話
END
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