因縁襲来

それは何の前触れもなく訪れた一日だった。

クリスマスが過ぎて、新たな一年が始まりもうすぐバレンタインデーを迎えようとしたとある日のことだった。

リトと美柑の二人が買い物で彩南町の商店街を歩いていた時の話である。


「美柑、あとは何を買えばいいんだ?」

「あとはララさんのリクエストの溶岩風呂の入浴剤だけだね」

「うげっ!?またあれを買うのか!?」


お風呂の入浴剤なのにやけにリアルで身の危険を感じさせるララリクエストの入浴剤シリーズ。

溶岩風呂だけでなく地獄の片足や鮮血の日など恐ろしいシリーズがまだまだあったりする。

リトはそれを全て体験しているせいか、顔が真っ青になり美柑は苦笑していた。


「仕方ないよ。ララさんってばあのシリーズが好きだから」

「だよな~」


軽く溜め息を吐きながら肩をガックリ落とすリト。

今日は燃える日なのか~と遠い目をしていると、リトと美柑の前方でいかにもな格好をしたヤンキーが睨み合いをしているのに気付いて足を止めた。


「テメェが先にぶつかったんだろうか!」

「んだとゴラァ!!」


ヤンキーの二人が睨み合いをしリトは道を変えようかと美柑に伝えようとしたが、そのヤンキーに近付く人影を目にし身体がゾクリと震え上がり固まってしまう。


(な、何でアイツが…)


リトの目に映る人影。

忘れるはずがない容姿。

金髪のリーゼントに肉食獣のような目付き。

屈強な身体とその圧倒的な威圧感。

そいつは間違いなく、


「獅子王カイ」


中学の時に拓人と殴り合いをしこの町から消えたはずの人間が二人のヤンキーの前から現れたのだ。

しかも――


「あっ?誰だテメェは?」

「ここは今通行止めだ筋肉野郎!通りたければ‥」

「……邪魔だ」


睨み合いをしていたヤンキー二人が獅子王に矛先を向けたはずが、二人はいつの間にか獅子王に殴り飛ばされ地面に転がり白目を向いて気絶していた。

まるでゴリラが虫を叩くような威力。

獅子王は倒れた二人を踏みつけゆっくりだが口を開いていた。


「ようやくテメェに会えるぜ拓人。テメェから受けた傷はテメェの命で返してやるよ」


獅子王の目に宿る殺気と狂気。

リトは美柑の手を取り物凄い速さでその場をあとにし拓人に連絡をしようとするのである。






「撮影頑張れよっと…」


リトが獅子王を目にしている同時刻、拓人は冬の海の砂浜で寝そべりながらメールをしていた。

送信者は悪友の一人でもある有名人の女性。

久しぶりに話がしたいと送られてきたメールに拓人は、適当に返事をして携帯をポケットにしまい空を眺める。

あのクリスマスから何事もなく過ごしつつ時々学校に顔を出していた。

しかしその時ばかりララのアイテムによる被害や、セリーヌの酔っ払いよる恐怖の鬼ごっこを味わい拓人はやっぱり学校は行くもんじゃねぇなと考えていた。


「これから何をすっかな…」


ジェノスはリンスとデートだし、シャオリーは舞台を見に行くとか言ってたし、アイツはミルクがほしいからと北海道に行ったしな。


「マンションはなぁ…」


マンションに帰れば確実にモモがいる。

あのクリスマスからやたら積極的に引っ付いてくるモモ。

ボディタッチが多くなって、こっちはいっつもハラハラしてしまう。


「そういえばリトと会ってなかったな」


結城家に行けば確実に面倒事に巻き込まれるが、あそこには常識人の美柑がいるから大丈夫のはず。


「…んっ?」


ふと拓人はポケットにしまったはずの携帯が震えている事に気付いて相手を確認すると目を細めた。


「ジェノス?」


デートはどうしたんだよ。

まさか自慢話でもするつもりか?

もしそうなら殴ってやる。


「何だよジェノス?リンスにまたセクハラでもしたか?」

『違うわ!ってか何で俺がいつもセクハラしているような言い方なんだよ!?』

「んっ?してるだろ?」

『してねぇよ!どちらかと言えばスキンシップだ!リンスちゃんは甘えん坊だから……って、待ってリンスちゃん!…違う!何も言ってないよ!待つんだリンスちゃん!それは殴るもんじゃ……ッ!?』


電話越しからでも聞こえてきた打撃音。

まるでハンマーで殴ったような音と共に電話が切れて拓人は何事もなく電話をポケットにしまおうとしたが、


「シャオ?」


次は舞台を見に行った筈のシャオリーから電話がきて拓人は目を細め電話に出る。


『拓人くん、今どちらにいますか?』

「いつもの海だけど何かあったか?」

『拓人くん、この音聴いてみてください』

「あっ?何だよ音って…」


そうシャオリーに聞き返そうとした拓人だが、シャオリーの方から聞こえてきたいくつものバイク音に怪訝な表情を浮かべる。

シャオリーが今いる場所は彩南町の隣町のはずだ。

しかし音だけ聞くと、かなりのバイクが走っているだろうが一体どこに向かっている?


『ジェノスさんもこの光景をリンスさんと見ていたらしく、僕とジェノスさんはあの時と似ている事を思い出したんです』

「…カイの野郎の時だな」

『…はい』


拓人はギュッと携帯を握り殺気を込めたような表情で彩南町の方角を見つめていた。

もしこれが獅子王の仕業なら狙いは間違いなく春菜だ。

だとしたら向かう場所はどこになる?


「……彩南高校か」

『拓人くん、どうしますか?』

「今すぐ彩南に戻る。シャオリーはジェノスに連絡して動いてくれ」

『分かりました』


拓人はシャオリーの言葉を聞くと、すぐに電話を切り自分のバイクに乗り込むとフルスピードで彩南高校を目指すのであった。


「拓人くん…」


電話を切った拓人が彩南に戻ってくるまで少し時間がかかる。

ジェノスに連絡して動くとしてもおそらく間に合わない可能性がある。


「獅子王カイ……か」


拓人ととある女性経由でカイがどんな人間か知っているシャオリーは顔を微かに歪める。

もし拓人とカイが殺し合いをすればどちらかが死ぬかもしれない。

何せ中学時代で拓人はカイに勝ったものの、ドクター御門がいなければ助からなかったかもしれないほどの怪我を負っていた。


「とりあえずジェノスさんに連絡をしましょうか」


少しでも彩南町に被害がないようにしなければならない。

チーム【ケルベロス】の一人として――


「もしもしジェノスさんですか?……えっ?今海水浴をしている?冬なのに?…それはジェノスさんが悪いですね。いやっ……拓人くんが大変な事に。…えっ?ミナツキさんが戻ってくる?でも間に合わないんじゃ…。あぁ……納得しました。ではそちらはお任せします」


真冬に海水浴なんて貴方はいつからチャレンジャーになったんですかジェノスさん。

それにミナツキさんが戻ってくるなら獅子王カイは拓人くんに任せられる。





時を同じくして彩南高校では部活や委員会で生徒達が放課後まで残っており、クラス委員の春菜は風紀委員の古手川唯と一緒に校内を歩いていた。


「ごめんなさい古手川さん。風紀委員のお仕事があったのに手伝ってもらって」

「気にしなくていいわよ。それより西連寺さん、そのヘアピンはどうしたの?最近よくつけてるみたいだけど」

「へっ?」


唯の言葉に春菜はドキッと胸を鳴らす。

何故ならそのヘアピンは拓人がクリスマスにプレゼントした物であり、今の春菜にとって一番の宝物なんだから。

最近ではヘアピンを見てニヤニヤしている場面を秋穂に見られて恥ずかしい思いをしていたりする。


「これはその…」


頬を赤く染めどこか嬉しそうに笑う春菜に唯がキョトンとした表情で首を傾げていると、正門からいくつものバイクが彩南高校の敷地に侵入してがらの悪そうな人間が一気にやって来た。


「なっ、何よあれ?」

「……」


自分達二人とは距離があるもののまるで殴り込みのような展開に二人は唖然とする。

しかしこの時春菜は嫌な予感を感じて冷や汗を流していた。

昔中学生の時にこれと似た光景を自分は見たこともあるし体験していたのだ。

まさかこれは――


「先生達が来たけど大丈夫なのかしら?」


唯の言葉に春菜はハッとした表情で目を向けると、彩南高校の教師達が数人現れ大量のバイクの前に足を止めていた。


「きっ、君たち!!なっ、何が目的だい!?」

「お前ら!ここをどこだと思ってる!!ここはお前らのような人間が来る場所ではないぞ」


声を出しているのは担当科目が体育でテニス部の顧問である佐清先生と、指導部教諭の鳴岩の二人である。

佐清は若干震えているもののなんとか気丈に振る舞っているが、内心では何故自分がこんな目にと隣にいる鳴岩に目を向ける。

鳴岩は鳴岩で怒鳴り声を上げているが、目の前のヤンキー達がいつ襲いかかってくるのかとかなり警戒していた。

しかしその時――


「貴様らに用はない」


一人の男がゆっくりと足を進め教師達の前に姿を現した。

圧倒的な威圧感を放ちまるで心臓を鷲掴みしているような感覚を味合わせている男。

獅子王カイが姿を現し教師達は冷や汗を流す。


「何よあの男は…。ひっ、非常識よ!西連寺さん!逃げましょう」


唯は教師達が対峙している間に逃げようと春菜の手を取ろうとしたが、春菜はピクリとも足を動かさず顔色を真っ青にさせて震えていた。

まるで恐ろしいものを見て怯えている春菜に唯は目を丸くする。

この怯え方はハッキリ言って異常である。

ここまで怯えるなんてまさか先生達と対峙しているあの男が原因なのか?


「西連寺さん、早く逃げないと…」

「どうしてあの人が…」


ポツリと呟いて座り込んでしまう春菜に唯が唖然としていると、先程まで教師達と対峙した男がいつの間にか二人の傍までやって来てまるで獲物を見つけたような笑みを浮かべ口を開いた。


「久しぶりだな春菜。会いたかったぜ」

「し、獅子王……くん……」


その男の顔を声を春菜は忘れる事はなかった。

中学の時に拓人と殴り合いをしそのあと行方不明になったはずなのに、今自分の前に立つ男に春菜は目に涙を浮かべただ震えるしか出来なかった。









―――――

「アイツがこの町に戻ってきやがっただと…」


シャオリーから連絡のあとにリトからも獅子王を見たと連絡がきて拓人は、いつになく真剣な表情で彩南高校にバイクを走らせていた。

シャオリーと自分の考え通りなら獅子王は彩南高校に向かっているはずだ。

おそらく狙いは――


「春菜!!」


あの男がまた春菜を狙っている。

もしあの男が春菜の前に現れたら春菜は間違いなく恐怖で動けなくなるはすだ。

下手したらトラウマまで思い出してしまう。


「…あれは!」


拓人の視界に彩南高校が入り拓人はさらにバイクのスピードを上げると、自分の前に立ち塞がってくる不良達を弾き飛ばし彩南高校に到着した。


「春菜!!」


拓人はバイクから降りて辺りを見回していると、拓人の背後から誰かが木刀を振り下ろし拓人はその木刀を回し蹴りで蹴り飛ばすとそれを振り下ろした人物を見て鋭い目付きになる。


「久米島に有志」

「久しぶりだな拓人」

「今日がテメェの終わりの日だ」


拓人と対峙する二人の男。

久米島と呼ばれた男は鼻にピアスをして血走った目で拓人を睨み、有志と呼ばれた男は両手にメリケンを装着して笑っていた。
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