暗闇パニック

「西連寺、大丈夫か?」

「うっ…うん。神谷くんが傍にいてくれてるから」

「なんつーか悪かった」

「いいの!それにあれは事故だったから…」


神谷拓人。

ただいま真っ暗な空間で幼馴染みの西連寺春菜と背中合わせで座り込んでいた。

しかも二人は服を着ておらず何も身に付けていない状態。


(にしても――)


拓人の脳裏に浮かぶ先程の自分と西連寺のとある事故。

真っ暗な世界にやって来た拓人は、慣れない手付きで辺りを調べていたのだがその時やってしまったのだ。


「……んっ?(何だこりゃ?)」


自分の鼻先に何かが当たり不審に思っていた時に、それが自分の口に侵入し拓人はそれを無意識に口の中でそっと噛んでしまう。


「……ッ!」


その瞬間、拓人は気付くべきだった。

今自分は何を口にしている?

そして自分の近くで目に涙を溜め指を噛んでいるのは誰であるのか?


「…あっ」


そこで拓人は全て気付いてまるで火が出る勢いで顔を赤くするのだが、それは春菜も同じようで春菜は左手に力を込めたままそれを拓人の頬に喰らわせるのであった。


「イヤァァァァーー!!」

「……(やっちまった)」


春菜の左手を受けながら拓人はただ思う。

幼馴染み相手に何をしているんだろうか。

あと若干だが指を噛み何かを耐えていた春菜の姿を目にして胸がドキドキしてしまったなと。


(そもそも何でこうなっちまったんだよ…)


そして拓人はこうなった原因を思い返す。






「あー!!タクトだー!!」

「よっ、暇潰しに来たぞ~」

「暇潰しでお前は学校に来るのか!?」


かなり久しぶりに学校にやって来た拓人はガムを噛みながら廊下を歩き、ララやリト達がいる場所までやって来るとララが拓人に気付いて嬉しそうに笑いながら声を掛けてきた。

それに対しリトは呆れたようにため息を吐いている。


「…ってかこれってリトの嫁さんのアイテムじゃねぇか」

「嫁じゃねぇって!!」


廊下に転がっているララのオモチャに目を向け拓人は顔を引きつる。

うげぇ~と声を出す拓人にリトは嫁さん発言だけは律儀に返していた。

流石である。


「ララ、お前何でこんな危険物ばらまいたんだよ?リトにイタズラすんなら家でしろ」

「いやいや!家でもするなよ!あと何で俺が被害受けるの前提で話をしてんだ!?」

「だってララのこれでいつも裸になってんだろ?籾岡が言ってたぞ」

「ちょっ!?」


実はこの話だが、前に籾岡との喫茶店で話題に出たことがあり拓人はそれを聞きながらやはり学校は危ねぇなと思っていた。


「実はねタクト、デダイヤルの調子が悪くて勝手に出てきちゃったみたいなの」

「下手なホラー映画より怖いぞ」


過去このアイテムのせいで何回ろくでもない事に巻き込まれたものかと、拓人は苦い表情をしたままアイテムを見つめる。

そんな拓人の姿をとある人物が見つけると、かなり興奮した様子で声を掛けてきた。


「あー!!拓人さんだ!!」

「んっ?あぁ、幽霊女か。相変わらず元気そうだな」


声を掛けてきたのは春菜の友達であり、かつてポルターガイストを引き起こしたお静ちゃんだったのだ。

お静ちゃんは嬉しそうに拓人の傍に来るとニコニコ笑う。


「今日は学校に来てくれたんですね!もしかして春菜さんに会いに!?」

「いやただの暇潰しだ。もう帰るけどな」

「もうですか!?あの~せめて春菜さんに会うぐらいは……」

「どうすっかな~」


頭を掻いて少しだけお静から離れた拓人は、不意に自分の足に何かが当たった事に気付いてそちらに顔を向けると顔を真っ青にさせる。


「嘘…だろ…」


足に当たったのはララのアイテムであり、それがいつ発動するか分からないが拓人は素早く動く。


「リト!喰らえーー!!」

「何を投げようとしてんだ!?」


拓人はアイテムを拾いリトに全速力で投げようとした瞬間、自分の身体に誰かが当たりそれを確認して動きを止めてしまう。


「誰だ!?…って西連寺?」

「神谷くん?」

「……あっ!」


このタイムラグのせいで拓人は全てを悟ったように目を閉じると、今回は俺が巻き込まれたかと諦めたように息を吐く。

しかも今回は春菜も巻き添えであり二人は光に包まれる。


「「「あっ…」」」


そしてそれはリト達も把握したのか、三人は光に包まれる二人を目にして次に視界に捉えたのは拓人と春菜の制服だけだった。








――――――


(完全に俺のせいだな)



何故自分はあれほど警戒していたアイテムを手にしてしまったのか。

リトに渡すつもりが、春菜に意識を向けてしまいアイテムの事を一瞬でも忘れてしまった。

完全に自業自得だと気付き拓人はため息を吐く。

しかも春菜まで巻き込んじまったと罪悪感がハンパない。


「ねぇ神谷くん」

「んっ?どうかしたか?」


拓人にもたれ掛かるように背中を合わせる春菜に、拓人は無意識にどこか優しく返す。


拓人の記憶では春菜は極度の怖がりだったはず。

それを思い出したのか、拓人は怖がらせないように口調を柔らかくしていた。


「私ね最初はこの状況が怖かったの。でも今は少しだけホッとしてる」

「…どうしてだよ?」

「暗闇は怖いけど今は神谷くんが傍にいるから。今はすっごく安心してるの」

「西連寺……」


春菜の言葉に拓人は頬が赤く染まる。

頼られて嬉しい気持ちと恥ずかしい気持ちに襲われ拓人は、それを絶対に春菜に気付かれないように息を吐いて誤魔化す。


「神谷くん、聞いてもいいかな?」

「あぁ…」

「お姉ちゃんから教えてもらった事だけど、また喧嘩したんだよね?」

「……ったく秋穂さんにはあれだけ言うなって頼んだのにな」


春菜の言葉に拓人はやれやれと呟く。

数日前の話だが春菜の姉である秋穂がナンパされていたのを拓人は助けたのだ。

ナンパしていた男達を拳で撃退し、秋穂さんをアパートまで送る際にも不良に絡まれてこれもまた撃退していた。


「お姉ちゃんの事助けてくれてありがとう」


秋穂が春菜にどう説明したのかは分からないが、絶対にあの人は話を正しく伝えていないだろうと確信出来る。


「だけど私ね…」


春菜は寄り掛かっていた体勢を変えて、拓人の背中に抱き着くように引っ付いて春菜の身体が直接拓人に触れて拓人は思考がショート寸前まで追い込まれる。


「神谷くんにこれ以上喧嘩なんかしてほしくないの」

「…売られた喧嘩は買うのが……礼儀なんだよ……あと離れてくれ…」

「怪我だってするんだよ」

「それが…どうした…。俺が怪我…したぐらいで…別に問題なんざ…。頼むから…離れてくれ…」

「私は嫌なの。あの時みたいに神谷くんが怪我したら私は耐えられないよ。傷ついてほしくないの…」

「……西連寺」


春菜の言うあの時とは中学のある事件の事である。

あれが原因で拓人の日々は喧嘩に変わっていった。

全ては春菜を守る為だったが、今はどうだろうか?と拓人は考えてしまう。

喧嘩をするのが当たり前になりすぎて深く考えなくなっていた。


「神谷くん…」


ギュッと強く抱き着く春菜に拓人はもう思考がぶっ飛びそうになろうとした瞬間、暗闇に光が入り込み扉が開く音と共にその扉の向こう側から一人の女性が現れた。


「あら?使っていない地下室で声がすると思ったら、アナタ達こんな所で何してるの?ここはホテルじゃないわよ」

「み、御門先生…」

「何でテメェがいるんだよ?あとその単語を当たり前のように口にするな」

「何でってここは私の診療所よ。あとそんな格好してる人に言われたくないわ」


クフフと笑う御門に春菜と拓人は顔を赤くするの。

どうやら拓人と春菜はララのアイテムにより、御門の診療所にワープしたようで御門は胸元の開いた服を来たまま扉を開けたようだ。

最初こそ御門は驚いていたが二人の体勢を目にしてニヤニヤと笑っていた。


「アナタ達って何だかんだ言っても大胆なのね~」


御門の視線の先には今も拓人に抱き着いている春菜とそれに顔を赤くしている拓人の姿。

もしここに春菜の友達がいれば春菜の大胆な行動に驚くだろう。


「ごっ!誤解です御門先生!!」

「とりあえず服を貸してくれ。話はそれからだ」


御門の言葉で慌てる春菜に対し拓人は冷静に返しつつ自分の制服を受け取り着替えようとしたのだが、一体誰がそもそも渡したのかと恐る恐る視線を横に向ける。


「いつからここにいたモモ?」

「残念な事に今です」

「残念なのはお前だ」


こうしてリトとララとお静が来るまで、三人は御門の屋敷で話をするのであった。

ちなみにだが――


(タクトさんの上半身が頭から離れません。どうしましょう。こんな筈ではなかったのに)


モモは話をしている間も一人悶々として頭をしきりに振っていたようだ。









――――


その日の帰り道。

バイクではなく徒歩で帰っている拓人だが、その左右には春菜とモモが並んで歩いていた。


「今日は本当に悪かったな西連寺」

「大丈夫だよ神谷くん。私は気にしてないから」


赤みがかった顔で答える春菜に拓人は先程の事を思い出したのか、春菜と同じように顔を赤くしたまま頭を掻いてしまう。


(なんという甘酸っぱい空間なんでしょう。だけど――)


二人の世界を前にモモは冷や汗を流すが、自分が置いていかれたように感じたのかモモは不意に拓人の腕に抱き着いて気持ち良さそうに拓人に寄り掛かった。


「モモちゃん?」

「何してんだよ?」


モモの行動に春菜は首を傾げ拓人は怪訝な表情を浮かべる。


「急にどうしたんだよ?」

「拓人さんが私を忘れているような気がしましたので。どうですか?少しはドキドキしますか?」


拓人の腕に当たる柔らかな感触。

春菜とはまた違う柔らかさとモモ身体から発する甘い香りに拓人は必死に耐えつつ口を開く。


「忘れてねぇから離れてくれ。歩きにくい」

「拓人さん」

「何だよ?」

「リトさんのお家までは離しませんから」

「……はぁ?」


この時拓人はもう諦めたように黄昏ていた。

あの祭りの日からこんなとらぶるが多くなった気がする。

リトのラッキースケベが感染したのか。

だとしたら心臓に悪いから御門に治療してもらわねぇとな。


「何だか兄妹みたい」

「そうか?」

「うん。私はそう見えるよ」


普通の兄妹は腕を組んで歩かないと思うんだけどな。

リトと美柑でもやらないだろうし。


「神谷くん」

「…んっ?」

「ちゃんと学校には来なきゃダメだからね」

「はいはい。気が向いたらなー」

「もう…」


こんな日がまた続けばいいなと春菜は歩きながら願っていた。

いつの日か神谷くんが学校に登校して、ララさんや結城くんや皆と笑い合う日常がくればと。


しかし――

この時春菜もだが拓人も知るよしもなかった。

二人にとって最悪な存在がこの町に現れようとしていただなんて。

中学の時の事件を起こしたあの男が。

この町に来るだなんて。


To Loveる
第十三話
END
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