一日彼氏

「じゃあね拓人くん」

「あぁ。またな」


彩南町にあるとあるゲームセンターで悪友と別れバイクに乗りコーヒーを口にする拓人。

学校をいつも通りサボって遊んでいた拓人はこれからどうするかと空を眺めながら考えている。

マンションに帰ればかなりの確率でモモがいるだろうから却下。

リトの家に行けば小さな植物であるセリーヌに捕まって、過去にやられた嫌な事件が起きる可能性がある為に却下。


「とりあえず走るか」


コーヒーの缶を放り投げゴミ箱に入ったのを確認しながらバイクにエンジンをかける。

ここら辺を走ってれば誰かしらに会うだろう。


「んじゃ行くか……ってあれは?」


ふと拓人は自分の前方から見知った人物が、チャラそうな男と歩いているのを発見してエンジンを止めた。

男の方を見るとずっと声を掛けているようだが、女の方は全く相手にしていないのか軽くあしらいながらうんざりしているようだった。


「どうすっかね~」


自分の認識が正しいなら、あれは籾岡で間違いないはずだ。

いつもなら沢田の姿もあるはずだが、今は一緒にいないのか籾岡はため息を吐きながら歩き続けている。


「……仕方ねぇか」


やれやれと思いつつも拓人はバイクに寄り掛かりポケットからガムを取り出す。

自分の所まで来たら声でも掛けてやるかと拓人は考えていたが、後々拓人はやっぱりやめときゃよかったと後悔する事になるなど思いもしなかっただろう。







「いいだろー。ちょっと付き合ってよー」

「うるさいなァ。あんたみたいなチャラい男に興味ないんだってば」

「いいじゃん!いいじゃん!」


籾岡リサは先程からしつこく自分をナンパしてくる男にうんざりしていた。

まるで自分を軽い女と見ているこの男に対しムカついており、さっさといなくなれよと内心思っていたりする。

本当なら今日は一人でぶらぶらするつもりだったのに、何故こんな目に合うのだろうかと神を恨んでいた。


「なぁ、ちょっとそこでお茶でもしない?」

「嫌だって言ってるじゃない」

「そんな事言わないでさァ~」


もうこのまま走って逃げようかと籾岡は逃走経路を探そうとしてとある一点を目にしてキョトンとする。

何故なら自分の前方にはガムを噛みながらバイクに寄り掛かっている拓人がいて、拓人は籾岡に気付いているのかチラリと籾岡に目を向けたのだ。


(もしかして私を助けてくれるつもり?)


確信はないが今はあのサボり魔を頼ろうと籾岡は足早にそちらに向かう。


「あぁんダーリン!!もう遅いよぉーーっ!」

「……なっ!?」


この籾岡の言葉に拓人は目を丸くする。

籾岡の事だから『あら、神谷じゃない』と声を掛けると予想していたのに、籾岡は予想を遥かに裏切りダーリンなど言ってきたのだ。

さらに籾岡は拓人の腕に自分の腕を絡めて、甘えるように抱き着いてくる。


「ダーリン!早く私をドライブに連れてってよ!」

「テメェ、誰がダー「もうダーリンったら照れ屋なんだから」こいつ…っ!」


籾岡はちょんと拓人の鼻を突っつきながら、さらに抱き着く力を強め自分の胸に拓人の腕を挟むようにすると拓人は顔を赤くしてしまう。


(神谷がこんな反応するなんてね~。成程これがギャップ萌えね)


拓人の反応にニヤニヤしている籾岡を尻目に、籾岡をナンパしていたチャラ男が不機嫌そうな顔で声を掛けてきた。


「もしかして彼氏~?」

「そうよ。だからさっさと諦めてくれない?」

「本当に彼氏かよ~?」


チャラ男はまだ諦めきれないのか籾岡に声を掛けてくるが視線を拓人に向けた瞬間、チャラ男の顔色が真っ青に変わり腰を抜かしていた。


「ままま!?まさかアンタは神谷拓人!?」

「あっ?誰だテメェは?」

「ひっ!すいません!俺この人がアンタの彼女なんて知らなくて!」

「うるせぇな。分かったんなら用はねぇだろ?とっとと消えろ」


軽く睨むとチャラ男はまるで陸上選手のようなスピードで走り去り、拓人はその姿に軽くため息を吐きながらも未だに抱き着いている籾岡に目を向けると、籾岡は安心したように息を吐いて拓人から離れていくと、まるでそれが当たり前のように拓人のバイクに乗り込んできた。


「何してんだよ?もうナンパ野郎はいねぇぞ」

「いいじゃない。それに久し振りに会ったんだし少しだけ私に付き合いなさいよ。助けてくれたお礼もしたいし」


ねっ!とウインクする籾岡に拓人は内心めんどくさいと思いつつも、結局付き合う辺り甘いなとバイクに乗りながらため息を吐く。

バイクのエンジンをかけてヘルメットを籾岡に渡すと、籾岡はそれを被り拓人の腰に手を回してギュッと抱き着いてくる。


「おい!そこまで強く抱き着くんじゃ…」

「あら?強く抱き着かないと危ないでしょ?そ・れ・に・」


ニヤニヤしながら拓人の耳元で『役得でしょ?』と呟く籾岡に拓人は、やっぱり助けるんじゃなかったと顔を赤くしたまま舌打ちをする。

その反応だけでも籾岡は面白いようで、ニヤニヤした顔を維持したまま抱き着いていた。


「そんでどこに行けばいいんだよ?」

「私がよく行く喫茶店があるの。そこに行きましょ」

「へいへい」


そう返すと拓人はハンドルを握りバイクを走らせるのであった。


(神谷って本当に昔と比べて……)


昔は話し掛けるのすら怖くて出来なかった。

たまに学校で見掛けても神谷は屋上や保健室の二ヶ所にしか足を運ばなかった。

それが今では――


「今のアンタの方が私はいいと思うわよ神谷。……助けてくれてありがとう」

「あぁ?何か言ったか?」

「なーんにも。気のせいじゃないの?」


小さくだが確かに口にした言葉を聞かれずホッと安心する籾岡リサであった。






~妹CAFE【hasumi】~

「……おい」

「いいから入って!入って!」

「嫌に決まってんだろうが!」


籾岡に案内されてやって来た喫茶店。

その店の名前を目にして、拓人は眉をピクピクさせ口元をひくつかせ頑なに入ろうとはしなかった。

ハッキリ言って場違いにもほどがある。

こんな場所はリトならまだしも俺には似合わない。

本当に違和感しかない。


「ねぇ神谷」

「何だよ?」

「私はアンタと話がしたいのよ。今日は春菜もいないし二人で話すなんてめったにないんだからさ」

「……ったくよ」


そう思うならもう少し違う喫茶店にしてくれないかと、拓人は内心で悪態をつきながらも喫茶店に入る事にした。


すると――


「お帰りなさい!」


出迎えてくれたのはこれまた春菜の友達である沢田ミオであり、沢田は拓人と籾岡の姿に心底驚いたように目を丸くしていた。


「えぇ!?リサ、どうして神谷と一緒なの!?」

「さっき見掛けたからここに連れてきたのよ」


ナンパ男から助けてもらったなんて、神谷がいる前では言えないからね。


「へぇ~。珍しい事もあるもんだ。あっ!神谷!」

「あっ?」

「ゆっくりしていってね!お・に・い・ちゃ・ん!」

「……」


沢田の言葉に拓人は目頭を抑えこう思う。

やっぱり間違いだったと。

無理矢理でも場所を変えればよかった。

今からでも逃げてやろうか。


「ダメよ神谷」


拓人の動きを察知してすかさず腕に抱き着く籾岡に拓人は、もう逃げられないと思い大人しく引っ張られるのである。


(どうしてこうなった…)


「さて食べて。食べて。私の奢りよ」

「……あぁ」


もう疲れたと言わんばかりに拓人は先程注文したコーヒーを口にしてため息を吐く。

どうやら拓人にこの雰囲気は合わないのか居心地が悪そうにしている。


「アンタにも苦手なもんがあったのね」

「お前が俺をどう思っているのか分かった」


コーヒーをテーブルに置いてサンドイッチを食べる拓人を籾岡はジーッと見つめる。


「ねぇ神谷」

「あん?」

「ぶっちゃけアンタってさ、春菜の事どう思ってるのよ?」

「……本当にぶっちゃけたな」


自分を見つめる籾岡に呆れつつサンドイッチを皿に置いてコーヒーを一口飲んでその問いに答えた。


「俺にとってアイツは大切な幼馴染みだよ。それ以上でも以下でもない。それだけだな」


ぶっきらぼうだがどこか優しく大切に想っているような口調で答えた拓人に、籾岡は一瞬だが胸がドキッと高鳴ってしまう。

いつもはめんどくさそうにしている拓人が、今だけはこの瞬間だけは大人びた雰囲気と凛とした態度に変わっていたからだ。

そしてその雰囲気が分かるぐらい、神谷拓人は西連寺春菜をどう思っているか気付いてしまう。


「ふ~ん。そんなに春菜が大切なんてね~」

「はっ?何言ってんだお前?」


籾岡の言葉に間抜けな声を出してしまう拓人。


「でもさ神谷」


籾岡はさくらんぼを唇に当てて男の劣情を煽るような仕草で拓人を見つめながら再び口を開く。


「春菜ってしっかりしてるようで本当は寂しがり屋なのよ。特にアンタの事になると、感情の浮き沈みだって激しいんだから。アンタが傍にいてあげなさいよ。もちろん心も身体もって意味だけど」


ねっ!とさくらんぼを拓人の唇に当てて笑う籾岡に対し拓人は、さくらんぼを持った籾岡の手を掴んでそのままさくらんぼを自分の口に入れる。


「…ったくよ」


頭を掻きどこか恥ずかしそうに拓人は頬を赤く染める。

実はこの男――

先程自分がやった行為が大胆過ぎたかと後悔していたりする。


「春菜の事も自分の事もやりたいようにやる。だから――」


あんま気にすんなと、拓人は呟いてコーヒーを口にするのだった。
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