夏祭り

それは一通のメールから始まった日である。

いつものように学校をサボり悪友と遊んで有意義な時間を過ごして拓人だが、


「…祭りか」


自分の携帯に届いた一通のメールを見ながら拓人はコーヒーを一口口にしてポツリと呟いた。

メールの送信者は予想通りリトであり、メールにはララや蜜柑やヤミが祭りに参加すると書かれており他にも数人声を掛けたらしい。


「どうすっかね~」


ソファーに横になり天井をぼんやりと眺めていた拓人は、ふとつい最近マンションに侵入してくる一人の少女の事を頭に浮かべる。


『タクトさん、おはようございます』

『タクトさん、学校には行かないんですか?』

『タクトさん、セリーヌに会いに行きませんか?』


ハッキリ言ってしまえば、モモがゲシュタルト崩壊である。

リトの家とこのマンションをゲートのようなもので繋げたらしく、モモはなにかとそのゲートを使ってマンションに現れていた。


「そういえばアイツが顔を出せって言ってたっけ」


悪友が出店を出すから顔を出せと言ってた事を思い出しながら、拓人はリトに『後で行く』とメールを返してソファーから立ち上がり、着替えようとしたのだがついに耐えきれなくなって口を開いた。


「ところでいつの間にここにいたんだモモ?」

「こんばんは拓人さん。ちなみに拓人さんがコーヒーを飲んでいた時からですよ」


向日葵のように明るく笑うモモだが、拓人は背筋が凍るような感覚を味わうのであった。








――――――

空が暗く夜空に星々が輝き、辺りは出店で賑わいたくさんの人がそこにはいた。

神社からスタートするのか、神社の前には赤や黒や青やピンクといった浴衣に身を包んだ女性達が立っており、その中で男一人のリトはチラチラととある少女に目を向けながら頭を掻いていた。


(拓人~!早く来てくれ~!)

「それにしても遅いね拓人さん」

「相変わらずルーズな人ですね」

「まぁまぁヤミちゃん」


拓人が祭りに来ると聞いて、久しぶりに会えると知り春菜は身嗜みを時々チェックしているのに対しヤミは不機嫌そうに美柑と話をしていた。

もうそろそろ限界かとリトが溜め息を吐いていると、


「リトーー!!」


前方から聞こえてきた声にリトは顔を上げると、前方から拓人がこちらに向かって走ってきて傍には何故かモモがおり、拓人は皆の所に来ると悪びれた様子で頭を掻いていた。


「わりぃわりぃ。モモがマンションで浴衣を着るなんざ言ったせいで時間かかっちまった」

「えっ?モモ、タクトと一緒にいたの?」

「はい」


拓人の言葉にララが首を傾げて尋ねると、モモはにこやかに笑いながら答えて拓人の横に並ぶ。

そのモモの顔に春菜は不安気な気持ちになる。

モモがよく拓人のマンションに遊びに行くのを春菜はララから聞いて知っており、自分以上に拓人に近いのではないかと春菜は考えてしまう。


「にしても浴衣だとまた印象が変わるんだな」

「えっ、なにがだよ拓人?」


拓人は今ここにいる女性陣の浴衣を目にし心底感心したように口を開くと、リトはどうしたんだと怪訝な表情を浮かべる。


「だってよ普段はあのバトルドレスを着てる金色が浴衣だとけっこう可愛らしいじゃねぇか」

「バカにしてるんですか?」


今にも飛び掛からんとするヤミに拓人はポンッと頭に手を置いて苦笑しながら口を開いた。


「褒めてんだよ。本当に似合ってんぜその浴衣」

「…ッ!!そっ!そんなことを言っても誤魔化せません。はっ、早く行きましょう」


拓人の言葉に頬を赤く染め足早で歩いていくヤミを見て、拓人は苦笑したまま視線をリトに向けると、リトはあっとした表情になりララ達を連れてヤミのあとを追うように歩き出した。

その場に残った拓人と春菜とモモだが、拓人は春菜の浴衣を目にし不覚にも見とれてしまい頬を赤くしポリポリと掻き視線をそらしながら口にした。


「似合ってんなその浴衣」

「あっ、ありがとう」


どこのカップルだと言わんばかりの初々しい空間を作り出す二人だが、ただ一人その空間を見つめていたモモは不満気に髪を弄っていた。

拓人はモモの浴衣を見たとき、これといった反応をしなかったのにヤミや春菜を見た時はちゃんと言葉にしていた。


「絶対に負けません」


ポツリとだが小さく口にしてモモは拓人の手を取りニッコリ笑うのであった。






「……ってかよ」

「むぅ…」


出店を回りつつ金魚すくいや輪投げや射的といった祭りでは定番と言えるものを皆でやっていたのだが、あの金色が何一つうまくいかず失敗していたのだ。


「まさかお前に苦手なもんとかあったんだな」

「難しいものですね」

「もっと気楽にやりゃいいんだよ」


そう口にし拓人は輪投げのワッカを一つ手に持ちひょいと投げると、それは綺麗な放物線を描きまるで吸い寄せられるように商品の所に落ちていき、それを目にしていた出店のお兄さん(リーゼント)が勘弁してくれと呟きながら商品を拓人に渡してきた。


「ったくよ勘弁しろよ拓人。また全部持っていく気か?」

「今回は俺が楽しむ訳じゃねぇから安心しろって。…ってな感じでもう一回やってみろよ金色」


拓人は手に入れた商品を近くにいたモモにプレゼントと言いながら渡し、モモはそれだけでも嬉しかったようで満面の笑みを浮かべ、ヤミはもう一度輪投げを手にしトライするのである。

しかし――


「だから力みすぎだって言ってんだろ」


目が本気になっているヤミに呆れて拓人は、ヤミの背後に回りヤミの手に自分の手を重ねて一緒に輪投げをしようとしたのだが、


「うわっ!!」

「きゃっ!!」


お静ちゃんが念力をリトに対して使ってしまいリトの身体がララに当たり、ララの身体が横にいたヤミにぶつかってしまい、ヤミの身体が拓人にもたれ掛かるように接触してしまい、


「…んっ」


拓人の手があろうことかヤミの浴衣の内側に入ってしまい、拓人の手には柔らかな感触が伝わる。

それの正体がすぐに分かったのか拓人はハッとした表情になり顔を赤くしてしまう。


「わっ、悪い金色!今手を…」

「んっ!」


恥ずかしさのあまり勢いよく浴衣から手を出した瞬間、拓人の指がヤミの何かに触れてしまいヤミはビクリと身体を震わせ口から甘い声を漏らす。


「神谷拓人」


頬を赤く染め拓人に向かって殺気を込めながらヤミはゆらりと動く。


「正直すまん」

「えっちいのはキライです!!」


振り降ろされる拳を目にしたまま拓人は思う。

それでも悪いのは俺じゃなくて幽霊女じゃないのかと。


「…ってて」

「大丈夫、神谷くん?」

「タクトさん、これで頭を冷やしてください」


ヤミのトランスから復活した拓人はただいま春菜とモモと一緒に休憩所で休んでいた。

先程までリト達もいたのだが、ララが祭りを楽しみたいようで春菜とモモだけを残して出店回りへと戻っていった。

久しぶりの祭りがよほど嬉しいのか、休憩所を出ていく時のララはかなりはしゃいでいたようだ。


「だいぶ痛みはなくなったよかな。…ったく金色のやつ本気で殴りやがって」


まぁ、幽霊女の念力のせいとはいえ触ったのは事実だから仕方ないけどな。


拓人はモモからもらった氷の入った袋を頭に当てたまま口を開く。


「二人とも俺の事は気にせず祭りを楽しんでこいよ」


自分はこのあと悪友の屋台に顔を出す予定だしなと、口にはしないもののこのまま一人で回るつもりの拓人に春菜が首を横に振り言葉を返す。


「せっかく神谷くんとお祭りに来たから私はもう少しだけ……」


一緒にいたいとは口にしないものの、春菜の寂しそうな表情に拓人は小さくため息を吐くと、氷の入った袋をポイッとゴミ箱に捨てて春菜の手を取り立ち上がった。


「仕方ねぇな。リト達と合流するまでだぞ」

「……うん」


顔を赤くして嬉しそうに頷く春菜に対してモモは、頬を膨らませ拓人のもう片方の手を握る。

まるで自分も傍にいると主張するモモに拓人は、んっ?と首を傾げる。


「拓人さん、私もお祭りは初めてなんですよ。私もお姉さま達と合流するまで一緒にいてもいいですよね?」

「…ったく」


二人のお姫さまと手を繋ぎながら休憩所を出ていく拓人だったが、拓人はこの時気付いていなかったようだ。

血の涙を流しながら膝をついていた者達の姿を。


『両手に…ハナ…だと…っ!?』

『見てみろよ。(俺の)命を刈り取る光景だったろ?』

『たいちょーーーう!!』


この時だけこの休憩所は謎の一体感に包まれていたらしい。






拓人に春菜にモモの三人は、それからと言うものいろんな出店を回っていた。

たこ焼きにクレープにパインアイスといった食べ物を口にしながら歩き、モモは地球の食べ物が珍しいのかどれを口にしても幸せそうな顔をしていた。


「モモちゃん。ソースが口についてるよ」

「あっ、ありがとうございます」


まるで姉と妹のような光景を尻目に拓人は出店の悪友と仲良く話をしていた。


「そーいや拓人」

「何だよ?」

「どっちが本命なんだ?」


ニヤニヤと拓人をからかうように話し掛ける悪友に拓人は、


「……あっ?」


目を細めて尋常じゃない殺気を纏う拓人に出店の悪友は、顔色を真っ青にしてカタカタ震えながら首を横に振る。


「んっ?あれは…」


ふと拓人の視界に入ったのは金色の闇の姿。

周りにリト達がいないのか一人で歩いているヤミに拓人は近付いて声を掛けた。


「何してんだ金色?」

「神谷拓人?アナタこそどうして」

「俺は西連寺とモモと一緒に出店を回ってんだよ」


ほらっと拓人が指差した場所では、二人がクレープを美味しそうに口にしていた。

ヤミはそちらに目を向けたが、すぐに拓人の方に目を口を開く。


「実はプリンセスが景品を全て手に入れると言ってどこかに走ってしまい、この人混みのなかバラバラになってしまいました」

「ララらしいな…」


そうなると今頃リトや美柑もバラバラになっている可能性があるか。

全く相変わらずララの行動力に呆れると言うか、ララらしいと言えばいいのか。

でも今ここでヤミを一人にする訳にもいかねぇしな。


「じゃあリト達と合流するまで俺達と回るか?」

「……」

「どうした?」

「いえ…」


拓人の言葉にヤミはふと自分の中にある疑問をぶつけた。


「……聞いてもいいですか?」

「何だよ?」

「私は……」


私はアナタの友である結城リトの命を狙っているのに、どうしてそんな風に親しく話し掛けてくれるんですか?


どこか影を出すヤミに拓人は視線をヤミに向け、どこかめんどくさそうに頭を掻きながら口を開く。
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