登場!村雨静
「…ったくリトの野郎」
神谷拓人―――
普段は学校に通うことなく一日遊んでいるこの男。
今日は悪友と一緒にドライブをする予定だったのだが、今現在拓人は学校の正門前にいて愛用のバイクに寄り掛かり悪態をついていた。
そもそも何故拓人が学校に来ているのかと言うと、
――――
『あっ?幽霊が生き返っただ?』
『いやっ、生き返ったとかじゃなくてなんと言うか。憑依したって感じで…』
『わけがわからん。それでその幽霊が何だよ?』
『拓人と話したいって言っててさ。拓人、来てくれないか?』
『学校にか?』
『学校にだ』
『……』
―――――
昼休みに電話を掛けてきたリトに拓人は答える前に電話を切りかなり悩んだ末に学校に来たのだが、拓人は時間帯を失敗したとため息を吐いていた。
何故なら――
「神谷拓人!聞いているの!?その制服やバイクは何なの!?だらしがないわ!」
「あ~」
拓人の目の前で指を差し声を上げる女子生徒に目を向け拓人は頭を掻きながら誰だったかと思い返す。
旧校舎で話したが名前まで聞いていなかった。
リトやララや春菜と一緒にいたとなると同じクラスなのは間違いないが、自分は全く関わりがなかったため誰なのかわからない。
(待てよ。確か金色が――)
かつて一度だけヤミがこの女子生徒の名前を言ってたような気がした。
確か――
「ちょっと聞いてるの!?」
「聞いてる。聞いてる。えっと、こけがわ?」
「古手川よ!」
拓人が学校に来たときには、すでに放課後で他の生徒が下校している訳であり拓人がバイクに乗って現れた時にちょっとした騒ぎが起こり、近くを通っていた唯がやって来て拓人は唯から怒鳴り声に近い状態で注意をされていた。
しかし拓人は唯の話をこれっぽっちも聞いておらず、このままバイクに乗って帰ろうかと考えている。
すると―――
「拓人―――!!」
自分をここに呼んだ張本人のリトの声が聞こえ拓人は視線をそちらに向けると、何故かリトは物凄い勢いで空中から飛んできてその声と共に拓人に突っ込んできた。
「はぐっ…!」
リトと衝突し拓人はバイクに頭をぶつけ悶絶する。
「ちょっと結城くん!?」
「「おぉ…」」
お互い頭を強打し悶絶する二人に慌てる唯。
ちなみにリトの名前しか言わなかったのは仕方ないことである。
拓人は頭を擦りゆっくり立ち上がりながら、衝突してきたリトに対し目を吊り上げ拳を握り締めながら口を開く。
「リト、遺言を言え。今なら痛みもなく楽にしてやるぞ」
「俺が悪かったから落ち着いてくれ!!……ってそれどころじゃないんだ!ポルターガイストが起きて大変なんだよ!」
「はっ?ポルターガイストだ?何言ってんだお前」
呆れたようにリトに視線を向ける拓人に対し、リトは慌てた様子で拓人に詰め寄り、拓人の視線を学校の方に向けさせる。
全く信じていない拓人はやれやれと視線を向けて、目をパチパチさせて固まってしまう。
「いつからこの学校はこんなに愉快になったんだ?」
拓人の視線の先には、空中にゴミ箱やサッカーゴールが浮かび飛び回っていた。
他にも目を向けると、ガラスにヒビが入り木々がクルクルと回転までしていた。
どうやらリトの言った事は本当だったようで、拓人はめんどくさそうに頭を掻きながら口を開く。
「これを起こしてんのって、お前が昼休みに言ってた幽霊か?」
「あぁ。ちなみにその幽霊は前に旧校舎で見た幽霊なんだよ。御門先生の力で生身に近い身体をもらって憑依してるんだけど…」
リトの話を簡単にまとめると――
『ふとした事で魂が抜ける』
『犬を見ると身体が震える』
『恐怖のあまり霊能力が発動した』
『ポルターガイスト発生!』
つまりはこういう事らしい。
ちなみにリトが飛んできたのは、そのポルターガイストの力のようでかなり勢いよく吹き飛ばされたらしい。
「ふーん」
リトの話を聞きながらも拓人の視線の先にはいまだに混沌としており、木の枝が女子生徒のスカートを捲り、本が鳥のように飛び、校長が高速回転をしていた。
「…ったく仕方ねぇな」
「拓人?」
「ちょっと何してるのよ?」
拓人はため息を吐いてバイクに乗りエンジンをかけ視線を学校の方に固定する。
おそらく予想だが、ポルターガイストの中心はさらに混沌としているはず。
しかもそこには春菜がいる可能性がある。
「せっかくだし顔でも見てくか」
あの看病以来まともに顔を見ていなかったな、と拓人は苦笑しリトにアイコンタクトを送り、リトが頷くのを目にしそのままバイクごと乗り込んでいった。
後方で唯が何か叫んでいたようだが、拓人はリトに丸投げして知らぬ顔をしながら消えていく。
――――――
「はぅぅ…」
幽霊少女ことお静はただいま絶賛パニック中であり完全に我を忘れていた。
なおもポルターガイストが被害は拡大して、近くにいた春菜のスカートを捲りあげその純白の下着を引っ張っている。
「お静ちゃん!大丈夫だよ。もうワンちゃんはいないから…」
ララのおかげでポルターガイストの原因となった犬はすでに外にワープしており、あとはお静が落ち着けばいいのだが彼女は座り込んだまま怯えていた。
春菜の声も届いておらず、
「うぅ~」
ポルターガイストは止まることなく、正門前にいた高速回転する校長が回転しながら飛んでくるレベルまで達してしまう。
さすがにヤバいと感じ春菜がお静にゆっくり近付いていく。
「今は近づかない方がいいよ!春菜!!」
未央が春菜を止めようとするが、春菜は止まらずお静の元へ走る。
春菜の前方から教科書が飛んできて春菜の髪留めが弾かれた。
それは以前拓人からもらったものであり、春菜が大切にしている髪留めでもある。
「お静ちゃん…」
春菜は足を止める事なく走りお静の元まで辿り着くと、震える身体をギュッと抱き締め優しく微笑む。
春菜のその優しさと温もりにお静の震えは完全に止まり、先ほどまで起きていたポルターガイストがピタリと止まっていく。
「春菜さん…」
「もう大丈夫だよ。お静ちゃん」
春菜の温もりにお静は気持ち良さそうに目を閉じる。
これで一件落着かと、ララとリサとミオがほっと息を吐くが彼女達はもちろん春菜もお静も忘れていた。
先ほどお静の力で浮き上がっていたゴミ箱や本や校長の動きが止まったのだ。
つまりそれはそのまま重力に従って真下に落下していく訳で、
「春菜!」
「危ない!」
「二人とも上!上!」
「「へっ?」」
ララとリサとミオの声に二人は首を傾げ、視線を真上に向けて固まってしまう。
二人の真上にはゴミ箱や本や校長が二人目掛けて落下していたのだ。
「春菜さん…っ!」
「お静ちゃん!」
二人は目を閉じ身体をお互い抱き締め合い衝撃を待っていたのだが、
「あぶねぇな」
その場にいた全員が耳にしたのはどこか気の抜けた声とバイクのエンジン音。
そして現れたバイクは地を飛び上がり春菜とお静の上空に現れると、
「そーらよ」
バイクの前輪でゴミ箱を弾き飛ばし己の脚で校長を蹴り飛ばし、バイクはそのまま二人の真上を通過して少し離れた場所に着地した。
「…あれ?」
目を閉じて衝撃を待っていた春菜だが、いつまでたっても来ない衝撃を疑問に思いゆっくり目を開けて、己の目に入った光景に目を丸くする。
春菜の目に映った光景は、バイクに跨がって身体を伸ばしている幼馴染みの背中であり傍にはゴミ箱と校長が転がっていた。
「神谷くん?」
「ギリギリ間に合ったな。大丈夫だったか西連寺?」
バイクから降りて拓人は春菜の元に足を進め、ふと地面に落ちていた春菜の髪留めに気付いてそれを拾い春菜に髪留めを渡した。
「すげぇな西連寺。まさかポルターガイストを止めるなんてよ」
苦笑して髪留めを渡す拓人に春菜は顔を赤くしてポーッとしていた。
春菜は先ほどの光景だけで理解したのだ。
今この場に拓人がいて、拓人のバイクの傍にはゴミ箱や校長が転がっている。
それは拓人が自分達を助けてくれたのだと。
それだけで春菜は嬉しさが混み上がり胸がドキドキと高鳴っていた。
―――――
「ナイスタイミングだったじゃない神谷」
「ってかバイクで登場ってどうなのよ?」
ようやくその場が落ち着いてバイクで現れた拓人に笑いながら話し掛けてくるリサと呆れたように口を開くミオの二人。
ララは拓人が乗ってきたバイクに興味があるようで、目をキラキラ輝かせてバイクを見ている。
「そんでこの子がリトの言ってた幽霊少女か?」
拓人は自分の前に立ち、春菜の横に並ぶ少女に目を向ける。
その少女は確かに前に旧校舎で見た幽霊に似ており、生き返ったと言われたら納得してしまうレベルである。
「初めまして!村雨静と申します!お静って呼んでください!」
「あぁ。俺は「拓人さんですよね?」…んっ?何で知ってるんだ?」
あの旧校舎で自己紹介はしていないし、今現在も名前は口にしていないはずだ。
「へっ?そそそ、それは春菜さんに憑依した時に…」
「おっ!お静ちゃん!」
何故か動揺して春菜にとってマズイ事を口走ろうとしたお静を春菜がハッした表情で止める。
お静が何を口走ろうとしたのか春菜は完全にわかっていたようで、必死にお静を止めている。
「さてとポルターガイストも止まったようだし、幽霊少女も見たことだし帰るか」
「え~!!もう帰っちゃうのタクト~!!」
「帰っちゃうの~」
「の~」
「うぜぇ…」
バイクに跨がり帰ろうとする拓人にララが不満そうに口を開くと、それを真似するようにリサとミオが口を開く。
それに対し拓人はこれ以上ないくらい嫌な顔をする。
「あの拓人さん」
「なに?」
そんな拓人に話し掛けるお静。
どうやら春菜とのやり取りは終わったようで、お静はどこか真剣な表情で拓人を見つめていた。
「拓人さん!」
「……」
「春菜さんの為にも学校に来てくれませんか!!」
「お静ちゃん!?」
「私、春菜さんが拓人の席を寂しそうに見ているのを知っています。ですから――」
お静の言葉に拓人はチラリと春菜の方に視線を向ける。
春菜からも少し前に言われていたが、拓人はそれでも学校に通う頻度を変えなかった。
この男はリトにも言ったが、今さら学校にまともに行けるものかと思っておりなかなか学校に来ないのだ。
「お静ちゃん」
「はっ、はい!」
「それに対して俺はちゃんと答えらんねぇよ。こればっかりは俺の気持ち次第だからな」
「拓人さん」
フッと笑って言ったものの、拓人は内心でこう思っていたりする。
(言えねぇよな。学校より遊んでる方が楽しいだなんて。ってか今日の事考えるとやっぱり来るもんじゃねぇしな)
学校に来たら来たで風紀委員に何を言われるかわかったもんじゃないしなと拓人は小さく息を吐く。
この男やはりサボり癖は捨てきれないようだ。
「さてと西連寺」
「へっ?」
拓人はヘルメットを春菜に渡しポンポンと自分の後ろを叩く。
春菜はキョトンと不思議な顔をしたまま固まり、拓人はどこか楽しそうに口を開いた。
「家まで送ってってやるよ」
「えっ……」
この男は爆弾投下が好きなようで、拓人の言葉でその場はフリーズしてしまう。
ララはこれはチャンスだよ!と言わんばかりに春菜にエールを送り、リサとミオはニヤニヤしながら春菜を見つめ、お静は目をキラキラさせながら春菜を見つめていた。
そして春菜はと言うと、
「へっ…?えっ?えぇ!?」
思考がショートしているようで、顔を赤くしてあたふた慌て始める。
嬉しいが恥ずかしい気持ちで一杯なようで春菜は答えられず、顔を赤くしたまま俯かせる。
「どうする?やめとくか?」
「うぅ……」
春菜としては素直にバイクに乗りたいが、それを口にするのが難しいようで顔を俯かせている。
そんな春菜を拓人は強引に乗せようかと考えていたが、
「タクトさ――ん!!」
「んあ?」
背後から聞き覚えのある声が聞こえ拓人は視線をそちらに向けて固まる。
背後から何故か焦ったようにザスティンが走っており、拓人の元まで来ると息を荒くしたまま口を開いた。
「大変ですタクトさん!」
「何だよザスティン?チビ王が呼んでんのか?」
「実は――」
ザスティンは拓人に耳打ちをし内容を伝える。
その内容を聞いて拓人の顔が次第にひくひくしだすと、
「あの野郎」
最後には額に青筋を浮かべこれ以上ないくらいドスの低い声で呟いていた。
拓人としてはこのまま春菜と一緒に帰るつもりだったが、さすがに無視できないと思い軽く舌打ちをしてザスティンにアイコンタクトを送る。
そのアイコンタクトにザスティンは小さく頷くと、ララに軽く挨拶だけしてその場から走り去っていく。
嵐のようにやって来て嵐のように消えていくザスティンにララは首を傾げている。
「残念だけどまた今度だな」
拓人はそう口にし、春菜からヘルメットを受け取り春菜に申し訳なさそうに謝るとそのままバイクで走り去っていく。
「神谷くん」
残されたメンバーは何事かと首を傾げていたが、ララが残念そうに口を開いた。
「おしかったね春菜」
「…うん」
もう少し自分に勇気があればと春菜はこの時後悔していた。
そして、この日を境に拓人の生活が変わってしまうなど誰にも予想出来なかっただろう。
ToLOVEる 九話END
神谷拓人―――
普段は学校に通うことなく一日遊んでいるこの男。
今日は悪友と一緒にドライブをする予定だったのだが、今現在拓人は学校の正門前にいて愛用のバイクに寄り掛かり悪態をついていた。
そもそも何故拓人が学校に来ているのかと言うと、
――――
『あっ?幽霊が生き返っただ?』
『いやっ、生き返ったとかじゃなくてなんと言うか。憑依したって感じで…』
『わけがわからん。それでその幽霊が何だよ?』
『拓人と話したいって言っててさ。拓人、来てくれないか?』
『学校にか?』
『学校にだ』
『……』
―――――
昼休みに電話を掛けてきたリトに拓人は答える前に電話を切りかなり悩んだ末に学校に来たのだが、拓人は時間帯を失敗したとため息を吐いていた。
何故なら――
「神谷拓人!聞いているの!?その制服やバイクは何なの!?だらしがないわ!」
「あ~」
拓人の目の前で指を差し声を上げる女子生徒に目を向け拓人は頭を掻きながら誰だったかと思い返す。
旧校舎で話したが名前まで聞いていなかった。
リトやララや春菜と一緒にいたとなると同じクラスなのは間違いないが、自分は全く関わりがなかったため誰なのかわからない。
(待てよ。確か金色が――)
かつて一度だけヤミがこの女子生徒の名前を言ってたような気がした。
確か――
「ちょっと聞いてるの!?」
「聞いてる。聞いてる。えっと、こけがわ?」
「古手川よ!」
拓人が学校に来たときには、すでに放課後で他の生徒が下校している訳であり拓人がバイクに乗って現れた時にちょっとした騒ぎが起こり、近くを通っていた唯がやって来て拓人は唯から怒鳴り声に近い状態で注意をされていた。
しかし拓人は唯の話をこれっぽっちも聞いておらず、このままバイクに乗って帰ろうかと考えている。
すると―――
「拓人―――!!」
自分をここに呼んだ張本人のリトの声が聞こえ拓人は視線をそちらに向けると、何故かリトは物凄い勢いで空中から飛んできてその声と共に拓人に突っ込んできた。
「はぐっ…!」
リトと衝突し拓人はバイクに頭をぶつけ悶絶する。
「ちょっと結城くん!?」
「「おぉ…」」
お互い頭を強打し悶絶する二人に慌てる唯。
ちなみにリトの名前しか言わなかったのは仕方ないことである。
拓人は頭を擦りゆっくり立ち上がりながら、衝突してきたリトに対し目を吊り上げ拳を握り締めながら口を開く。
「リト、遺言を言え。今なら痛みもなく楽にしてやるぞ」
「俺が悪かったから落ち着いてくれ!!……ってそれどころじゃないんだ!ポルターガイストが起きて大変なんだよ!」
「はっ?ポルターガイストだ?何言ってんだお前」
呆れたようにリトに視線を向ける拓人に対し、リトは慌てた様子で拓人に詰め寄り、拓人の視線を学校の方に向けさせる。
全く信じていない拓人はやれやれと視線を向けて、目をパチパチさせて固まってしまう。
「いつからこの学校はこんなに愉快になったんだ?」
拓人の視線の先には、空中にゴミ箱やサッカーゴールが浮かび飛び回っていた。
他にも目を向けると、ガラスにヒビが入り木々がクルクルと回転までしていた。
どうやらリトの言った事は本当だったようで、拓人はめんどくさそうに頭を掻きながら口を開く。
「これを起こしてんのって、お前が昼休みに言ってた幽霊か?」
「あぁ。ちなみにその幽霊は前に旧校舎で見た幽霊なんだよ。御門先生の力で生身に近い身体をもらって憑依してるんだけど…」
リトの話を簡単にまとめると――
『ふとした事で魂が抜ける』
『犬を見ると身体が震える』
『恐怖のあまり霊能力が発動した』
『ポルターガイスト発生!』
つまりはこういう事らしい。
ちなみにリトが飛んできたのは、そのポルターガイストの力のようでかなり勢いよく吹き飛ばされたらしい。
「ふーん」
リトの話を聞きながらも拓人の視線の先にはいまだに混沌としており、木の枝が女子生徒のスカートを捲り、本が鳥のように飛び、校長が高速回転をしていた。
「…ったく仕方ねぇな」
「拓人?」
「ちょっと何してるのよ?」
拓人はため息を吐いてバイクに乗りエンジンをかけ視線を学校の方に固定する。
おそらく予想だが、ポルターガイストの中心はさらに混沌としているはず。
しかもそこには春菜がいる可能性がある。
「せっかくだし顔でも見てくか」
あの看病以来まともに顔を見ていなかったな、と拓人は苦笑しリトにアイコンタクトを送り、リトが頷くのを目にしそのままバイクごと乗り込んでいった。
後方で唯が何か叫んでいたようだが、拓人はリトに丸投げして知らぬ顔をしながら消えていく。
――――――
「はぅぅ…」
幽霊少女ことお静はただいま絶賛パニック中であり完全に我を忘れていた。
なおもポルターガイストが被害は拡大して、近くにいた春菜のスカートを捲りあげその純白の下着を引っ張っている。
「お静ちゃん!大丈夫だよ。もうワンちゃんはいないから…」
ララのおかげでポルターガイストの原因となった犬はすでに外にワープしており、あとはお静が落ち着けばいいのだが彼女は座り込んだまま怯えていた。
春菜の声も届いておらず、
「うぅ~」
ポルターガイストは止まることなく、正門前にいた高速回転する校長が回転しながら飛んでくるレベルまで達してしまう。
さすがにヤバいと感じ春菜がお静にゆっくり近付いていく。
「今は近づかない方がいいよ!春菜!!」
未央が春菜を止めようとするが、春菜は止まらずお静の元へ走る。
春菜の前方から教科書が飛んできて春菜の髪留めが弾かれた。
それは以前拓人からもらったものであり、春菜が大切にしている髪留めでもある。
「お静ちゃん…」
春菜は足を止める事なく走りお静の元まで辿り着くと、震える身体をギュッと抱き締め優しく微笑む。
春菜のその優しさと温もりにお静の震えは完全に止まり、先ほどまで起きていたポルターガイストがピタリと止まっていく。
「春菜さん…」
「もう大丈夫だよ。お静ちゃん」
春菜の温もりにお静は気持ち良さそうに目を閉じる。
これで一件落着かと、ララとリサとミオがほっと息を吐くが彼女達はもちろん春菜もお静も忘れていた。
先ほどお静の力で浮き上がっていたゴミ箱や本や校長の動きが止まったのだ。
つまりそれはそのまま重力に従って真下に落下していく訳で、
「春菜!」
「危ない!」
「二人とも上!上!」
「「へっ?」」
ララとリサとミオの声に二人は首を傾げ、視線を真上に向けて固まってしまう。
二人の真上にはゴミ箱や本や校長が二人目掛けて落下していたのだ。
「春菜さん…っ!」
「お静ちゃん!」
二人は目を閉じ身体をお互い抱き締め合い衝撃を待っていたのだが、
「あぶねぇな」
その場にいた全員が耳にしたのはどこか気の抜けた声とバイクのエンジン音。
そして現れたバイクは地を飛び上がり春菜とお静の上空に現れると、
「そーらよ」
バイクの前輪でゴミ箱を弾き飛ばし己の脚で校長を蹴り飛ばし、バイクはそのまま二人の真上を通過して少し離れた場所に着地した。
「…あれ?」
目を閉じて衝撃を待っていた春菜だが、いつまでたっても来ない衝撃を疑問に思いゆっくり目を開けて、己の目に入った光景に目を丸くする。
春菜の目に映った光景は、バイクに跨がって身体を伸ばしている幼馴染みの背中であり傍にはゴミ箱と校長が転がっていた。
「神谷くん?」
「ギリギリ間に合ったな。大丈夫だったか西連寺?」
バイクから降りて拓人は春菜の元に足を進め、ふと地面に落ちていた春菜の髪留めに気付いてそれを拾い春菜に髪留めを渡した。
「すげぇな西連寺。まさかポルターガイストを止めるなんてよ」
苦笑して髪留めを渡す拓人に春菜は顔を赤くしてポーッとしていた。
春菜は先ほどの光景だけで理解したのだ。
今この場に拓人がいて、拓人のバイクの傍にはゴミ箱や校長が転がっている。
それは拓人が自分達を助けてくれたのだと。
それだけで春菜は嬉しさが混み上がり胸がドキドキと高鳴っていた。
―――――
「ナイスタイミングだったじゃない神谷」
「ってかバイクで登場ってどうなのよ?」
ようやくその場が落ち着いてバイクで現れた拓人に笑いながら話し掛けてくるリサと呆れたように口を開くミオの二人。
ララは拓人が乗ってきたバイクに興味があるようで、目をキラキラ輝かせてバイクを見ている。
「そんでこの子がリトの言ってた幽霊少女か?」
拓人は自分の前に立ち、春菜の横に並ぶ少女に目を向ける。
その少女は確かに前に旧校舎で見た幽霊に似ており、生き返ったと言われたら納得してしまうレベルである。
「初めまして!村雨静と申します!お静って呼んでください!」
「あぁ。俺は「拓人さんですよね?」…んっ?何で知ってるんだ?」
あの旧校舎で自己紹介はしていないし、今現在も名前は口にしていないはずだ。
「へっ?そそそ、それは春菜さんに憑依した時に…」
「おっ!お静ちゃん!」
何故か動揺して春菜にとってマズイ事を口走ろうとしたお静を春菜がハッした表情で止める。
お静が何を口走ろうとしたのか春菜は完全にわかっていたようで、必死にお静を止めている。
「さてとポルターガイストも止まったようだし、幽霊少女も見たことだし帰るか」
「え~!!もう帰っちゃうのタクト~!!」
「帰っちゃうの~」
「の~」
「うぜぇ…」
バイクに跨がり帰ろうとする拓人にララが不満そうに口を開くと、それを真似するようにリサとミオが口を開く。
それに対し拓人はこれ以上ないくらい嫌な顔をする。
「あの拓人さん」
「なに?」
そんな拓人に話し掛けるお静。
どうやら春菜とのやり取りは終わったようで、お静はどこか真剣な表情で拓人を見つめていた。
「拓人さん!」
「……」
「春菜さんの為にも学校に来てくれませんか!!」
「お静ちゃん!?」
「私、春菜さんが拓人の席を寂しそうに見ているのを知っています。ですから――」
お静の言葉に拓人はチラリと春菜の方に視線を向ける。
春菜からも少し前に言われていたが、拓人はそれでも学校に通う頻度を変えなかった。
この男はリトにも言ったが、今さら学校にまともに行けるものかと思っておりなかなか学校に来ないのだ。
「お静ちゃん」
「はっ、はい!」
「それに対して俺はちゃんと答えらんねぇよ。こればっかりは俺の気持ち次第だからな」
「拓人さん」
フッと笑って言ったものの、拓人は内心でこう思っていたりする。
(言えねぇよな。学校より遊んでる方が楽しいだなんて。ってか今日の事考えるとやっぱり来るもんじゃねぇしな)
学校に来たら来たで風紀委員に何を言われるかわかったもんじゃないしなと拓人は小さく息を吐く。
この男やはりサボり癖は捨てきれないようだ。
「さてと西連寺」
「へっ?」
拓人はヘルメットを春菜に渡しポンポンと自分の後ろを叩く。
春菜はキョトンと不思議な顔をしたまま固まり、拓人はどこか楽しそうに口を開いた。
「家まで送ってってやるよ」
「えっ……」
この男は爆弾投下が好きなようで、拓人の言葉でその場はフリーズしてしまう。
ララはこれはチャンスだよ!と言わんばかりに春菜にエールを送り、リサとミオはニヤニヤしながら春菜を見つめ、お静は目をキラキラさせながら春菜を見つめていた。
そして春菜はと言うと、
「へっ…?えっ?えぇ!?」
思考がショートしているようで、顔を赤くしてあたふた慌て始める。
嬉しいが恥ずかしい気持ちで一杯なようで春菜は答えられず、顔を赤くしたまま俯かせる。
「どうする?やめとくか?」
「うぅ……」
春菜としては素直にバイクに乗りたいが、それを口にするのが難しいようで顔を俯かせている。
そんな春菜を拓人は強引に乗せようかと考えていたが、
「タクトさ――ん!!」
「んあ?」
背後から聞き覚えのある声が聞こえ拓人は視線をそちらに向けて固まる。
背後から何故か焦ったようにザスティンが走っており、拓人の元まで来ると息を荒くしたまま口を開いた。
「大変ですタクトさん!」
「何だよザスティン?チビ王が呼んでんのか?」
「実は――」
ザスティンは拓人に耳打ちをし内容を伝える。
その内容を聞いて拓人の顔が次第にひくひくしだすと、
「あの野郎」
最後には額に青筋を浮かべこれ以上ないくらいドスの低い声で呟いていた。
拓人としてはこのまま春菜と一緒に帰るつもりだったが、さすがに無視できないと思い軽く舌打ちをしてザスティンにアイコンタクトを送る。
そのアイコンタクトにザスティンは小さく頷くと、ララに軽く挨拶だけしてその場から走り去っていく。
嵐のようにやって来て嵐のように消えていくザスティンにララは首を傾げている。
「残念だけどまた今度だな」
拓人はそう口にし、春菜からヘルメットを受け取り春菜に申し訳なさそうに謝るとそのままバイクで走り去っていく。
「神谷くん」
残されたメンバーは何事かと首を傾げていたが、ララが残念そうに口を開いた。
「おしかったね春菜」
「…うん」
もう少し自分に勇気があればと春菜はこの時後悔していた。
そして、この日を境に拓人の生活が変わってしまうなど誰にも予想出来なかっただろう。
ToLOVEる 九話END