風の止まる日

四柱の一つスパーダが守護するフィールドでアインスンとユニゾンしたはやてと傍にいたシャマルは自分達の目の前に映るシグナム達守護騎士とスパーダの戦いに唖然としていた。


「…スパーダがこんなに強いなんて」

『主はやて、どうします?』

「ツヴァイちゃんとユニゾンしているヴィータちゃんですら傷一つつけられないなんて」

「…皆」


笛を口にくわえニヤリと笑うスパーダの前に膝をつくシグナムとヴィータの二人。

額から血を流し息を荒げている二人の傍で、ザフィーラは拳を握りスパーダに接近し拳を振るうがザフィーラの拳はスパーダの身体をすり抜けてザフィーラは顔を歪めたまま至近距離から風の弾丸を受けてしまう。


「クッ!レヴァンティン!」


カートリッジを使用しレヴァンティンが炎に包まれシグナムは紫電一閃でスパーダを叩ききろうとするが、スパーダが笛を吹くとレヴァンティンは先程のザフィーラ同様に身体をすり抜けてスパーダはニヤリと笑ったままシグナムに対し回し蹴りを喰らわせ地面に転がす。


「シグナム!」


はやての声を耳にしながらスパーダはニヤリと笑う。


「おいおい!ヴォルケンリッターってのはこの程度なのかよ?」


この人数で傷一つつけられないのかとスパーダは高笑いしながら笛を吹こうとしたのだが、


「ラケーテンハンマー!!」

「おっ?」


スパーダの眼前にはヴィータが接近しており、スパーダの目の前にはアイゼンが迫っていた。

しかしスパーダは風の障壁でそれを受け止めて、その間に魔方陣を展開し至近距離から風の衝撃波でヴィータを吹き飛ばすとスパーダは距離を置くように離れていく。


「駄目だこりゃ~。もう呆れて溜め息しかでねぇや。」


やれやれと肩をすくめ呆れた表情を浮かべるスパーダ。

それに対しはやてはスパーダの目を見て顔を歪める。


(スパーダのあの目、まるで私達を雑草を見るような目で見とった)


『主、はやて』

「アインス、いくで!」

『はい!』


はやての足元に魔方陣が展開されその背後には白き刃が複数出現した。

その刃は炎や雷や氷を纏っており、全ての矛先がスパーダに向けられる。


「そいつは確か…」


かつて一度見たことがあるその魔法にスパーダは目を細める。

あの時は初見でもあり、油断していたが一度目にすれば問題はない。

「いくでスパーダ!白夜の刃【インフィニティレイン】!」


スパーダに向けてはやては全力で放つ。

かつてスパーダ相手に一度だけ放ったはやてオリジナルの魔法。

スパーダはその魔法を風の障壁で受け止めて、さらに刃はスパーダの身体をすり抜けていく。

しかし―――


「……チッ!」


最後に放たれた二本の刃がスパーダの両腕を掠めて、スパーダの腕から血が流れていく。


「…ったくよ。やっぱりお前が一番厄介だな八神はやて」

「私らには時間がない。アンタとお喋りしとる暇はないんや。(今腕を掠めた?何ですり抜けをしなかったんや?)」

「そう言うなよ。もう少し俺と遊ぼうぜ……ちっぱい」

「…あぁ?(まさか…)」


スパーダの言葉に眉がつり上がるはやて。

この男は自分達を相手に軽口をたたく余裕がまだあるようだ。

戦い方もまだ本気ではないのは分かるが、それでも先程の腕を掠めた光景が気になってしまう。


「それにしてもお前らさ、俺相手に手も足も出ないのかよ?そんなんじゃ四柱破壊なんて夢のまた夢だな」


アハハハハと腹を抱えて笑うスパーダに対しシグナムとヴィータとザフィーラは唇を噛み悔しげに拳を握り締める。

確かにスパーダの言う通り、三人で向かっていったのに傷一つつける事が出来なかったのだから。

ようやくつけた傷もはやての魔法でやっとであり、スパーダの言葉を否定する事が出来なかった。


「言いたいことはそれだけかスパーダ?」

「んっ?」


スパーダの言葉に誰よりも早く返したのは、スパーダに先程傷を与えたはやてだった。

はやてはシュベルトクロイツをスパーダに向けながら真剣な表情で言葉を続ける。


「アンタは勘違いしとる」

「何だって?」

「私ら家族の力はこんなもんやない!」


その言葉と同時にはやての足元に魔方陣が浮かび、はやての周りを血の刃が囲むように出現しはやてはそれを一気にスパーダに放つ。


「喰らい!ブラッディダガー!」

「はっ?その技が何だって?」


ブラッディダガーをスパーダは烈風障壁で受け止め、それをそのまま弾き飛ばすと障壁が消滅する。

するとスパーダの目の前にザフィーラが現れ笛を吹く前にスパーダの顔面にザフィーラの拳が直撃してスパーダは勢いよく殴り飛ばされる。


「ナイスやザフィーラ!」

「やはり主はやての考えていた通りです。スパーダは……」


スパーダが殴られた姿を目にしてはやては確信したように真剣な表情になる。

先程ザフィーラの拳やシグナムの紫電一閃に対しスパーダはすり抜けを使った。

しかしヴィータに対しては障壁で受け止めて風の衝撃波を喰らわせていた。

さらにインフィニティレインは障壁やすり抜けを使ったのに両腕を掠めていた。

そこから考えられる答えは一つしかない。


「スパーダ、アンタのそのすり抜けの正体やけどなんとなく分かってきたで。そのすり抜けは一回目の攻撃には対応出来てもすぐには二回目が応出来ひんようやな。違うか?」

「……さてな?」


ザフィーラに殴り飛ばされていたスパーダはゆっくり起き上がり口元の血を手で拭うと口からペッと血を吐き出した。


「ザフィーラの拳やシグナムの剣はすり抜けで対応出来る。せやけどヴィータのラケーテンハンマーや私のインフィニティレインでは対応出来ひんかった。何故なら一度対応してもすぐに第二段が迫っとったから。違うか?」

「……ふ~ん」


スパーダははやての言葉に口笛を吹きつつも内心では驚いていた。


(あの一瞬のタイミングを見逃さなかったとはな。鉄槌の騎士の時に無理にでも使っておけばよかったか)


「まぁ、カラクリが分かったとしてどうすんだ?忘れたのかよ、俺にはまだこいつがあるんだぜ」


スパーダは笛を吹いて魔方陣を展開させると、スパーダの横に並ぶようにスパーダの分身が何十も出現してはやて達を囲うようにニヤリと笑ったまま笛を手にしていた。

ハッキリ言って気持ちが悪い光景であり、シグナムとヴィータとシャマルの顔が真っ青になっていた。


『きっ、気持ち悪いです』

「ツヴァイ、私も同じ事を思ったけどわざわざ口に出すなって」


分身したスパーダを見てヴィータとユニゾンしていたツヴァイが涙目で口を開き、それに同意するようにヴィータも頷きながら口を開く。


『いくらトリックが分かってもよ…』

『この数相手に同じことがでっきるかな~?』

『まぁ、ちっぱいのお前じゃ無理だろうけどな』


分身スパーダの挑発にはやては額に青筋を浮かべながら、シュベルトクロイツをミシミシと音が鳴るほど握り締める。


「二度ならず三度も……。どうやら本気でボコボコにされたいようやな……スパーダ!」

「はっ、はやてちゃん?」


まるでヤクザのようにドスの効いた声で発言したはやてに、傍にいたシャマルはカタカタと震えユニゾンしていたアインスは冷や汗を流す。

この時シャマルだけが見てしまったはやての表情。

目から光が消えて小さな子供が見たら泣いてしまうほどの形相を浮かべており、自分が狙われている訳でもないのに身の危険を感じてしまうレベルだった。


「スパーダ…」

『何だよ八神はやて?』

「これで終わりにしたる。アンタの風を止める!」


はやての言葉にスパーダ達はキョトンとしたが、全員が腹を抱えて笑い始める。

この数相手に何を言っているのやらと。

そんな少人数で出来るものかと。


『やれるもんならやって…』


そう口にして笑っていたスパーダだったが、次の瞬間にはその顔が硬直してしまう。

何故なら―――


「ザフィーラ!!」

「はっ!主はやて!いくぞスパーダ!」


ザフィーラは魔方陣を展開して己の拳に魔力を込めてそれを勢いよく地面に叩きつける。


「鋼の一撃!爆裂拳!!」


ザフィーラの拳で地面に亀裂が走りその亀裂から巨大なエネルギーを持った閃光が出現して、それは分身体のスパーダ目掛けて振り注ぎ巨大な爆発音と共にかなりの分身体を消滅させるのだった。

しかも一度すり抜けを使った分身体の全てをだ。


「………はっ?」


一瞬で全ての分身体が消滅しスパーダは目を点にするが、次の瞬間上空から感じた巨大な魔力に目を向ける。


「いくぞツヴァイ!」

『はい!ヴィータちゃん!』


アイゼンが巨大化しさらに炎に包まれ、それを手にしたヴィータはスパーダ目掛けて振り下ろす。


「ギガント・シュラァァァァァク!!」


自分に振り下ろされるハンマーにスパーダは、烈風障壁で受け止めて眼前に迫るアイゼンを風の弾丸で弾き飛ばす。


「あっぶねぇな。けどまだまだ俺には……」


そう口にするスパーダだが、背筋にゾクリと寒気が走り勢いよく振り返った。

そこには上空で何かが自分をロックしてまるで逃がさないような威圧感を発していた。


「マジかよ…」


スパーダの目線の先にはレヴァンティンの形態を弓矢型のフォルムに変えたシグナムが佇み、シグナムはカートリッジを何発も使用してそれをスパーダ目掛けて放つ。


「駆けよ隼!」

『シュツルムフォルケン!!』


シグナムにとって全力であり最強の一撃が込められた矢は、かなりの速さでスパーダに迫りスパーダは舌打ちをしてすり抜けを使い回避する。

しかし放たれた矢は地面に突き刺さると、爆発を起こして至近距離にいたスパーダはそれに巻き込まれ身体が微かに焦げた状態ではやての前に現れてしまう。


「さすがにそこまでは予想出来なかった。おかげでBJがボロボロになったじゃねぇか」


ポンポンとBJを叩き悪態をつくスパーダにはやては小さく笑みを浮かべる。


「あっ?何を笑って…」


スパーダは怪訝な表情を浮かべていたが、自分の胸から手が飛び出しその手が自分のリンカーコアを握り締める光景を目にして目を丸くする。

それは今の今まで動かなかったシャマルの手であり、スパーダは苦しむように呻き声を上げる。


「テメェ……最初からこれが狙いで……」

「リンカーコアを摘出完了!あとは頼みましたよはやてちゃん!」

「……チクショウが!」


シャマルの声の先には正三角形のベルカ式魔方陣の各頂点上でエネルギーをチャージしているはやてがいた。


『主はやて!』

「教えたるスパーダ。これが私の家族の力や!」


八神はやての持つ魔法の中で最も強力な魔法。

巨大なエネルギーが溜まっていき、はやては一度目を閉じて何かを決意したように再び目を開き口を開く。


「響け終焉の笛……ラグナロク!!」


一気に放たれた純白の砲撃魔法。

それを目に映しながらスパーダはフッと笑みを浮かべる。


「これで終わりかよ…」


自分が本気にさせたとはいえこうまで圧倒的にやられてしまうのかと、スパーダは砲撃に呑み込まれながら思うのであった。


「……ッ!!」


身体に痛みが走りスパーダは苦痛の表情を浮かべて目を開けると、自分の視界に映ったのは自分を見つめるはやてやヴォルケンリッター達の姿だった。


「甘いやつらだ…。何で…トドメをささない…」

「私らはアンタを殺すつもりはない。あくまで四柱破壊が目的や」


全くどこまでも甘いなと、スパーダはカラカラと力なく笑う。

あれだけ怒らせたのに、自分は敵なのにとことんお気楽なやつらだと。


「……早く行けよ」

「えっ?」

「この先にお前達の目的のもんがある。だから行けよ」

「…スパーダ」


今も倒れながら笑うスパーダにはやては真剣な表情を浮かべる。


「一つだけ聞かせてもらってえぇか?」

「何だよ?」

「アンタは何の為に戦ってたん?」


その問い掛けにスパーダはケラケラ笑う。

まるでピエロのようにふざけた感じで笑うスパーダの脳裏にはボルキアと旧雷帝のマサトの姿が浮かび上がる。

自分が戦ってきた理由――

それは一つしかない。








「そんなもん忘れちまったよ」

「……そっか」


スパーダの言葉にはやて達はそれ以上は何も発する事なくその場から離れるのであった。


「……本当に」


心地よい風が吹きスパーダはゆっくり目を閉じる。

その手には決して離さなかった笛が握られて、スパーダは笛を口に運んで綺麗な音楽を奏でる。


(聴こえるか?……マサト……。…ボル…キア……)


穏やかな笑みを浮かべるスパーダの手から笛が落ちると同時にスパーダの身体を風が吹き抜けて、風が止んだ時その場に残っていたのはスパーダの笛だけだった。










次回予告


悠季
「圧倒的な力を持つ湊の兄との戦い」

奏也
「湊抜きで戦う俺達だったが……」


「次回S.H.D.C.―
第四十一話―
【兄の願い】に…」

悠季&奏也
「「ドライブイグニッション!!」」
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