銀世界の戦い(後編)

「クロノ……!!」

「クロノ君!!」


腹部から血を流し地面に倒れたクロノに駆け寄る三人。

閉じられた目が開く様子もなく、このまま放っていたらクロノは間違いなく死んでしまう。

せめて血を止血し傷を塞がなくてはとなのはが手を伸ばした瞬間、


「アンタ達も死になさい!」

「しまっ…!?」


三人の真上からボルキアが薙刀を天に掲げて魔力を込めた一撃を三人に向かって振り下ろしていた。


「アイスバースト」


勢いよく放たれた氷結魔法が三人に直撃してボルキアの視界を光が埋めつくす。

今のは確実に手応えはあった。

あのタイミングではプロテクションすら張れなかったはずだ。


「けど…」


ボルキアは己の身体に目を向けて歯をギリッと鳴らす。

まさかクロノ・ハラオウンがあの男の魔法を使うなど考えもしなかった。

そのせいで油断し完璧な一撃を決められ倒れてしまった。


「たかが人形の兄の分際で!」


激情に任せて薙刀を投げてしまった事にボルキアは後悔する。

殺すのならもっと痛めつけてから殺せばよかった。

それこそお人形をどん底に叩き落としてからでも。


「あら?」


ボルキアの放った氷結魔法によって遮られた視界が徐々にクリアになり、ボルキアの視界に炎の結界が映し出された。

おそらくショウが咄嗟にプロテクションを張ったようで、三人とクロノにはダメージがなかったようだ。


「なのは、クロノは?」

「将輝君のおかげでなんとか…」

「…って言っても気休め程度だ。早くアースラに運ばないとマズイのには変わりねぇ」


クロノの身体から流れていた血と貫通していた傷を将輝が治療し、傷自体はなんとかなったが本格的に治療しないと確実にクロノの命はない。


「……ッ!!二人とも下がってろ。あの女は俺が倒す」


クロノをやられショウはギュッと拳を握り締め、怒りの表情を浮かべボルキアを見つめる。

これ以上仲間を傷つけさせてたまるかと、フューチャーを3rdに変化させ足を進めていく。


「ここまでされても倒すって言うのね。本当に面白くないわ」

「黙れ」


ボルキアと対峙しショウの身体が炎に包まれた瞬間、


「…んっ」

「フェイトちゃん!?」


眠っていたはずのフェイトの目がゆっくり開いてフェイトは虚ろな目で辺りを見回していた。


「……なのは?どうしてここに?…あれ?ここは一体?」

「フェイトちゃーーーん!!」


なのははフェイトの問い掛けに答える前にフェイトに抱きついて、その瞳から大粒の涙をポロポロと流していた。

フェイトが目を覚まして嬉しい気持ちや、クルスの事を思いだし悲しい気持ちなどの感情がなのはに混み上がりなのはは涙が止まらなくなっていた。

「なのは?どうしたの?どうして泣いてるの?」


そんななのはにフェイトは困惑しつつも身体をゆっくり動かし辺りを確認していく。


「あれ?ショウに将輝までどうしたの?えっ!?どうしてクロノが倒れてるの!?」


状況がいまだに理解できないフェイトに静かに冷たくボルキアの声が耳に届いた。


「お目覚めはどうかしら?弱虫のお人形さん」

「アナタはボルキア!?何故アナタがここに!?」


フェイトは自分の前にいる人物に驚き警戒するように構える。

一度だけ戦い自分のトラウマを抉った相手であり倒すべき存在。

警戒するフェイトに対しボルキアはニヤリと笑みを浮かべ口を開いた。


「私が何故ここにいるかなんてどうでもいいじゃない。それよりお人形さん、何故自分がこんな場所にいたのか気にならない?」

「えっ?」


ボルキアの言葉にフェイトは不思議そうな顔をして首を傾げる。

確かに自分は今まで眠っていたようだが何故それをボルキアが知っているのだろう?

それに先程から泣いているなのはが気になって仕方ない。

一体自分が眠っている間に何があったんだろう?


「やめろボルキア!!それ以上言うな!!」


ボルキアの狙いがわかりショウは剣に炎を纏いボルキアに突っ込む。

ショウの紅蓮一閃がボルキアの身体を切り裂くが、ボルキアはまるでダメージがないように笑いながらそのまま言葉を続けた。


「アナタは捕まっていたのよ。私達ジョーカーズにね。しかも――」


「やめろぉぉぉぉ!!」


ショウの剣から燃え上がるように炎が出現して、ショウはそのまま剣を振り抜くと剣から炎の渦が放たれてボルキアを呑み込んでいく。

普通に考えれば耐えられるものではない。

しかしボルキアはその身がぼろぼろになろうともその口を止める事はしなかった。


「アナタを守るために一人の男がムダ死にしたのよ。誰だかわかる?」

その言葉にフェイトは言い様のない不安と胸騒ぎを感じ始める。


「フェイトちゃん!聞いちゃだめ!」


涙でぼろぼろななのはが咄嗟にフェイトの耳を塞ごうとしたが、なのはよりも早くボルキアの声がフェイトの耳に届いていた。


「その男の名前はクルス・アサヅキ。アナタが愛した男よ」


ただ静かに確実にその名を口にしたボルキアは満足そうに笑う。

それに対しショウとなのはと将輝は顔を歪める。

まだフェイトに知られる訳にはいかなかったからだ。

この柱を破壊してフェイトには伝えようと思っていた。

それをボルキアがぶち壊した。

三人は顔を俯かせたフェイトにどう声を掛けたらいいかわからず沈黙したまま。

それに対してボルキアは狂気の笑みを浮かべフェイトを見つめていた。

これでフェイトの絶望した顔が見れる。

フェイトの心が壊れる瞬間をその目で見ることが出来る。

人形が本当の意味で人形になると確信してボルキアはフェイトを見つめたまま笑う。


(これでこのお人形は終わり。早くその絶望した顔を見せなさい!私を満足させてよ)


ゆっくりと顔を上げていくフェイトにボルキアは笑みを深くしたのだが、フェイトの顔を目にした瞬間ボルキアはその目を丸くする。

何故なら――


「何でそんな顔ができるのよ!?何で絶望していないの!?アンタが愛した男が死んだのよ…」


ボルキアの言葉にフェイトは一瞬だけ悲し気な顔をしたが、その顔には絶望など現れていなかった。


「アナタはクルスの事を何も知らない。クルスは死んでなんかいない」

「はっ?頭でも狂ったのかしら?それとも現実が受け止められないの?あの男は死んだわ!」


フェイトはボルキアの言葉に凛とした表情でボルキアを見つめていた。

誰よりもクルスの事を知っているのは自分だ。

誰よりもクルスの事を想っているからこそクルスが死んだなんて思えない。


フェイトは自分の胸に手を当て一度目を閉じて、その脳裏にクルスの姿を思い浮かべ再び目を開き口を開いた。


「皆がクルスの事を死んだと思っていても、私は私だけは信じている。クルスは生きてるって。だって――」


クルスはいつも自分を守ってくれていた。

隠し事もしていたし一人で戦っていたのも知っていた。

それでも約束だけは守ってくれてた。

「私はクルスの事が大好きだから。だから私は信じる。クルスとまた会えるって」

「フェイトちゃん…」


心が折れるどころか決意を込め立ち上がったフェイトになのはは涙を拭う。

誰よりも悲しいはずなのに誰よりも苦しいはずなのに、泣き言を言わず戦おうとしている親友がいるのに泣いてなんかいられない。

そしてショウと将輝もまたフェイトの言葉に小さく笑っていた。

フェイトの言う通りだ。

アイツがフェイトを置いて死ぬはずはない。

フェイトを守るために戦っていた男がフェイトを悲しませる訳ないのだ。


「強いなフェイトは…」

「全くだ。それに比べて俺達は情けねぇな」


ショウと将輝はフッと笑いフェイトとボルキアの方に視線を向ける。


「何が信じるよ。何が大好きよ。本当に救いようのない人形ね。本当に呆れるくらい」


自分の前に立つフェイトを見つめボルキアは無表情のまま口を開く。

自分の予想と違い人形は立ち上がり生きていると口にした。

気にくわない。

人形ごときが調子に乗るなと、ボルキアはゆっくり薙刀を構え殺意を込めた目でフェイトを見つめる。

この場でフェイトを始末するつもりだ。


「なのは、バルディッシュを」

「フェイトちゃん」

「この人とは私が戦う。私が戦わなくちゃダメなんだ。だからクロノをお願い」

「うん。ねぇフェイトちゃん…」

「どうしたのなのは?」

「絶対に負けちゃダメだよ」

「うん!」


なのはからバルディッシュを受け取りフェイトはバルディッシュを見つめ、その身にBJを纏いバルディッシュのモードをザンバーフォームにしボルキアと対峙する。


「私が戦う……ね。私に勝つつもりかしらお人形さん?たった一人で」

「私は一人じゃない。バルディッシュがいます。それに――」

「それに?」

「私は強くならなくちゃダメだから。クルスが安心して戦えるように。クルスの隣でずっと戦えるように。だからアナタを倒してそれを証明するんだ!」

「気にくわない人形ね。本当にアンタを見てる虫酸が走るわ。本気で殺してあげる。その自信を粉々にしてあげるわよ」


薙刀を構えるボルキアにフェイトは胸に手を当て小さく呟く。

微かにだがそれはバルディッシュにだけ届いていた。


「私は一人じゃない…」


いつだって傍にいてくれてる。

だから感じるんだ。

クルスの力を。


「なっ!?」


フェイトの身体から微かに溢れる魔力にボルキアは驚愕の表情を浮かべる。

フェイトの身体から溢れる魔力はあの男の魔力だからだ。


「どうしてアンタの身体からその魔力が…」


この時ボルキアはある事に気づいた。

ルビーのように赤いフェイトの瞳がサファイアのように青く輝き、背中から白い翼が生えてきたのだ。

バルディッシュの形状もザンバーフォームから双銃へと変化していた。


「私は一人じゃない。クルスが傍にいてくれてる。だから私は戦えるんだ。クルスが戻ってくる日までずっと…。だからやろう!これが私の全力全開だ!!」


フェイトの新たなる力。

バルディッシュ・ブレイヴモードにボルキアは唇を噛み、これ以上ないくらい殺気を放ち薙刀を握っていた。


「この人形風情がぁぁぁぁ!!」


先に動いたのはボルキアだった。

薙刀からカートリッジが何発も消費されクロノを切り裂いた十二斬に更にスピードとパワーを込めてフェイトに斬りかかる。

それに対しフェイトはボルキアの動きをしっかりと目で捉えバルディッシュ・ブレイヴで受け止めていた。


「なっ…!?」

「バルディッシュ!!」

『イエッサー』


フェイトは片方の銃で薙刀を受け止めたままもう片方の銃に魔力を込めてボルキアに収束魔法を放出した。


「そんなもの!」


ボルキアは瞬時にフリーズリフレクションを展開してその砲撃をフェイトに跳ね返したが、フェイトはすでにその場から消えてボルキアの背後に現れ再び収束魔法を放っていた。


「ムダよ!」


その収束魔法もフリーズリフレクションによって跳ね返されたが、やはりフェイトの姿はそこにはなかった。


「いくら収束魔法を使ってもムダよ。私には通用しない」

「わかってる。だけどアナタは忘れてる」


バルディッシュの形状が双銃から双剣に変化して、フェイトはボルキアの前に現れて双剣を構えていた。


「クルスのフューチャーは双剣にだってなるんだ!」

「このっ…!」


ボルキアが薙刀を下から振り上げようとする前に、フェイトが双剣を振り上げてボルキアの身体を双剣で切り裂いた。
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