生じる亀裂

~アースラ~

あの星の戦いで傷を負ったなのは達はすぐに医務室に運ばれてショウやユーノ達はクロノとリンディと共に会議室に集まり話し合いをしていた。

先程医師から聞かされたなのは達の状態は本当にギリギリでなのはとヴィータとザフィーラは命に別状はなかったが、三人とも暫く休養しないと動けない状態と診断され、シグナムは軽傷だったとはいえ今はヴィータと共に医務室にいる。


「フェイト…」


そして最も危険な状態なのがボルキアとの戦いで気絶してしまったフェイト。

精神的なダメージはさすがに治療など出来ず目が覚めるのを待つしかない。

何があったかはバルデッシュのデータを見れば分かるかもしれないが、フェイトの弱点を的確に狙ってくるあの戦い方に恐怖を感じる。


「ロストロギアは奪われてなのは達は重傷か…」


重苦しい雰囲気の会議室で頭を抱えるクロノが小さく呟く。

自分も出ればよかったのかもしれない――と後悔しても遅いがやり場のない怒りをただ胸にしまうしかない。


「クロノ君、話してもいいかな?」

「あっ、あぁ。頼むよロッサ」


ハッと我に返り慌てた様子で頷くクロノにロッサは何も言わずモニターを操作する。

今日の戦いはクロノのせいじゃないとは、こちらはロストロギアを奪われてしまったのだ。

ならば今は少しでも敵の動きを予測してこちらが先に動かなければならない。

あのロストロギアが一つだとはどうしても思えないから。


「じゃあ話すよ。まずこの星に封印されていたロストロギアだけど、これはユーノ君に大急ぎで調べてもらってるからまだ待っててほしい。何せ星一つを支えるほどの力だったからね、僕自身軽はずみな発言は出来ない」


あの戦いで自分達が脱出した数分後に星は跡形もなく消滅した。

エネルギーとされていただけに詳しく調べないと今後あのロストロギアをこちらが回収出来なくなる。

だからといってジョーカーズに回収されたら本末転倒だが。


「なぁロッサ…」

「どうしたんだいはやて?」

「いやな、ちょい気になるんよ。そんなロストロギアを集めてジョーカーズは何をするつもりなのか…」


はやての疑問はこの場にいる皆が内心思っていたものである。

しかしその問いに答えられる者がいるだろうか?


「………んっ?」

今この場にいる中で最も情報を握っているであろうクルスに皆の視線が向けられた。

壁に寄りかかり目を閉じていたクルスもその視線に気付いたのか目を開けて冷たい目付きで皆の方へ顔を向ける。

フェイトの一件が落ち着いたとはいえまだ冷静になった訳じゃない。

本当なら医務室にいたかったがクロノに呼ばれたためこの会議室に参加していた。


「僕は何も知らないが…」

「クルス、一つ聞きたいがお前はジョーカーズについて僕達に話していない事はまだあるか?」

「どういう意味かなクロノ?まさか僕が何か隠しているとでも思ってるの?」

「前例があるから少しは疑っている。だからこうして聞いているんだ。何か知らないか?」

「……………」


互いに鋭い目付きで探り合うように睨むクルスとクロノ。

ただでさえ重苦しい会議室がこの睨み合いでさらに重苦しい雰囲気に包まれ、このような雰囲気で平気なのはおそらくリンディ茶を飲んでいるリンディだけであろう。

ロッサやショウは息を飲んでそのやり取りを見つめているなか、はやては真剣な表情で自分の中にある引っ掛かりを考えていた。


「…………」

「僕達には言えないか?」

「…………」

「お前の過去に何があったかはこの際聞かない。しかし今はお前が持っている情報が一番頼りなのは分かってくれ。元執務官の僕が考えている通りならこの事件の闇はPT事件や闇の書と同じかあるいはそれ以上の闇が隠されていると思うんだ。最悪な道にならない為にも僕は「クロノ…」……?」

「僕がこの場で話せる情報なんて持っていないよ。期待させたなら謝るけど、ジョーカーズの目的もロストロギアの力も僕は知らない」

「クルス…」

「ごめん……。こんな言い方しか出来なくて」


申し訳なさそうに頭を下げてクルスはゆっくり扉に向かって歩き出した。

話せば楽になるかもしれないが自分で決めたんじゃないか、あの日の出来事は自分とレンだけが覚えておけばいいと。

これ以上心を壊す訳にはいかない。

自分に課した十字架を誰にも見せる訳にはいかない。


「ちょっと外の空気を吸ってくる…」

「あっ…あぁ…」


誰が見ても分かるような作り笑いで会議室から去っていくクルスにクロノはただ返事をする事しか出来なかった。







~廊下~

「僕は…」


クロノやショウ達を信用していない訳じゃない。

この世界に帰ってきた時に全てを話そうと考えたが、迷いと同時にそれは不可能だと思ってしまった。

ジョーカーズの出生でショウ達は少なからずショックを受けていたのにあれを話したらどうなる?

僕同様になるか?

いや…ショウ達は強いから僕の様にならないかな?でも話す訳にはいかない。


「僕は本当に最低だ…」


渇いた笑みを浮かべどこかに向かおうとしたクルスだったがピタリと足が止まった。

目の前にはやての安否を確認しに来たであろうアインスがいてただジッとクルスを見ていたからだ。


「はやてなら会議室だよリインフォース。シグナム達が気になるなら医務室に…「お前に用があると言ったらどうする?」……えっ?」


いつもと同じような穏やかな口調だが表情だけは違った。

思い詰めたように顔が歪み話すことに何故か躊躇しているように見えたのは気のせいではないだろう。

しかしリインフォースが躊躇する話しとは?


「僕にしか言えない話ってまさかあの人の事と関係している?」

「その通りだ。前闇の書の主だったディアゴについてお前にしか言えない事がある。おそらくお前が一番知りたい情報かもしれない」

「…場所を変えようか…」


一切感情を出すことはなく全くの無表情で寒気のする声を出したクルスにリインフォースは一瞬驚いていたが小さく頷いて二人ともその場から姿を消した。

謎だらけの事件でリインフォースの話を聞く事になるクルスは自分の中で作っていたジグソーパズルを完成させる事になるのだった。

全てが一つとなり真相を知る一人になった時クルスの心がどうなるかわからない。

ただ今言える事は――


「……………」


二人の行動を離れた場所で偶然にもユリナに見られてしまった事だけである。


「……本当に厄介な事ばかり」


誰もいない廊下でポツリと呟くユリナ。

その表情はただただ無表情でユリナを知る者がいれば驚くほどの表情だった。

彼女もまた誰にも言えない事があるようだ。







~会議室~

クルスが退出してからしばらく誰も口を開く事はなかった。

クロノとのやり取りも関係するが実際は何を話すべきなのか皆が悩んでいたからだ。

ロストロギアはまだ詳細不明でエグザやボルキア達に関しても明確なデータが取れていないためハッキリ言って手詰まり状態なのだ。

そんな状態で真剣に何かを考えていたはやてが顔を上げて口を開いた。


「なぁクロノ君…」

「どうしたはやて?何か気になる事でもあったか?」


静まり返る会議室に小さく響くはやてとクロノの声。
二人の声に会議室にいたメンバーが耳を傾けていた。


「安藤誠ってどないな死に方しとったか分かる?」

「いきなりだな……。まぁ僕もこの男を追っていたから知らない訳じゃないが…」


安藤誠――

ジョーカーズの生みの親でもあり事件に関係していた男だったがすでに死んでいるため話など出来る訳がない。


「安藤誠か…」


どことなく言いたくないクロノは頭をガリガリと掻き始める。

夏休みにクルスが安藤誠の話をしたが実際は死んだと言っただけでどのように死んでいたかは聞いていない。

はやてはそれが腑に落ちなかったのか、独自に調べていたのだが途中で閲覧禁止の文字が出てきてモヤモヤが残った状態だったのだ。

本当ならクルスに聞くという選択肢もあったが、はやては何故かそれをしなかった。

自分の中で何かがストップしていたからである。


「言えへんの?」

「そういう訳じゃないさ。ただその死体を実際に見たが正直自分が情けなく感じてな、安藤誠の死体を見た途端僕はその場で―――――吐いてしまったから」

「それって…」

「言葉通り最悪だった。エイミィや母さんも涙目になったぐらいだから」

「そうだったわね…」


思い出したのかリンディは自分のお茶を飲んで気持ちを落ち着かせようとする。

本当に最悪としか言えなかった。

自分達が体験した事件の中でもあれは絶対に忘れられないほど衝撃的だったから。


「けどそれがどうしたんだ?」

「これはウチの考えなんやけど、クルス君は安藤誠の死に何か関係しとるような気がするんよ。あとこの事件の裏とかにも…」


はやての言葉にクロノの顔つきが真剣な表情に変わり提督としての雰囲気にまで変わっていた。


「そう思う何かがあったのか?」

「ちゃんとした証拠とかはない。せやけど何か引っ掛かって…」

「引っ掛かる?」


コクンと頷きはやては自分の中にある引っ掛かりを口にした。

ずっと戦いながら思っていた事なのだが、


「クルス君がジョーカーズの話しとか戦う時とかにほんの一瞬やけどめっちゃ悲しい顔になってんのに気付いてな。それがどうしても頭から離れなくて…」


本当に一瞬の事だったから最初は自分の気のせいだろうと忘れようとしていたのに、ジョーカーズの話しになるとクルスは悲しい顔を何回もしていた。

きっと何か関係しているとはやては気付いて、今こうしてクロノ達に言ったのだ。


「まさかクルスのDNAでジョーカーズが?」

「ショウ、それは僕も考えたがありえないと思う。確証はないがジョーカーズは時空管理局の誰かのDNAが使われていたと思うんだ。クルスは局員じゃないし何より時期を考えるとアイツの血液を手に入れる事なんて出来ないだろう」

「そっか……。じゃあ何でアイツはジョーカーズに悲しい顔なんか…」


再び沈黙する会議室。

どうしても結び付かないクルスとジョーカーズの関係。

自分達が知らないだけでもしかしたらとんでもない答えにたどり着くのかもしれないが、現段階では何も分からないので答えなんか出るわけない。

すると――


「そう悩んでばかりだと禿げるわよ貴方達」

『ユッ、ユリナ元帥!?』


頭を抱えていたメンバーの背後から扉を開けてやって来たのは時空管理局の元帥ことユリナである。

ニコッと笑みを浮かべユリナはリンディの横に座ると手をパンパンと叩いて場をひとまず落ち着かせた。


「ごめんなさいね。元帥の仕事が立て込んでてなかなか来れなかったの。本当ならこっちを優先しなきゃいけないのに…」

「いえっ、ユリナさんだって忙しい立場の人ですからあまり無理をしない方が…」

「私への気遣いはいらないわよクロノ・ハラオウン。それよりもクルスの話をしていたようだけど…」

「まぁ……その通りなんですが……」


どこか歯切れが悪いクロノに溜め息を吐きユリナはいつになく凛とした表情で口を開いた。
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