体育祭(後編)

~グラウンド~

クルスの策略により大告白大会に出場する事になった稟は、いまだに状況が理解出来ずにグラウンドに立ち尽くす。

確か自分はフリーダム走で必死に理性と戦いながらもゴールして、一息つくためにお茶を飲んでいたはずだが何故この競技に出場する事になったんだ?


「稟…現実…逃避?」

「いやっ、何か自分の不幸に嘆いていた」

「…そう」


隣にいる湊は相変わらずボーッとしているが、この競技に出場するという事は何か意味があるんだよな?

何だろうか?


『はいは~い!お二人さん準備はいいかな~?』


マイクを手にしたさくらの声に二人は小さく頷いてスタートラインに並ぶ。

実際この競技は稟と湊の二人しか参加しないため、二人してスタートラインに並ぶ必要があるのかと思うのだがルールなので仕方なく並ぶしかない。


「二人とも準備はいいかい?」


二人が並ぶと競技用のピストルを手にしたクロードが現れてニコッと笑いながら台に登った。


「準備はいつでも大丈夫」

「何か虚しいがな」

「……あはは。じゃあ二人とも位置について…」

「「……」」

「ヨーイ、ドンッ!!」


発砲音と同時に一気に駆け出す二人。

最初はグラウンドを一周して次にテーブルに置いてある封筒を取るのだが、参加者が稟と湊の二人しかいないため実際は地味である。

ハッキリ言って地味でもあり走っている二人は、特に土見稟は大変なハプニングに襲われていた。


『土見ーーーーーー!!』

『今こそ天誅ぅぅぅぅぅぅ!!』

『ガンホー!ガンホー!』

「何でだぁぁぁぁぁ!?」

何故か走っている稟にだけ魔法攻撃の嵐が襲い掛かっていた。


「こんな時でも襲われてるけど大丈夫なのか?」

「どっちみち告白大会だから稟の場合は襲われるんじゃないかな」


稟が親衛隊に襲われている光景をのんびり眺めているショウとクルスの二人。

これが自分達だったら今の稟同様襲われていたんだなと稟に同情している。

クルスに至っては稟を犠牲にしているのでより同情していた。


「稟は犠牲になったんだな…」

「僕の代わりに犠牲に…」

「お前ら覚えてろよ!」


二人の呟きをしっかり耳にしていた稟は二人に復讐する事を誓うのである。


稟は親衛隊の魔法攻撃の嵐から逃げるためにすでにグルグルと何周も走っていた。


『美春!ヒナギクさん!』

『ラジャーなのです音夢先輩!』

『こっちは任せて』


風紀委員と生徒会が力を合わせて親衛隊を片っ端しに掃除を始める。


『何故俺達がぁぁぁぁ!?』

『私達は死なない!土見稟を倒すまではぁぁぁぁ!!』

「はいはい。親衛隊はこっちよ」

「抵抗したらバナナカッターの餌食ですよ~」


ヒナギクと美春が親衛隊を掃除していくと屍が次々と増えていく。


「こうなったら!緑葉!」

「OK!俺様に「任せるわけないわよ」ぐぁぁぁ!!」


東宮と樹が稟に襲い掛かろうとコンビネーションアタックをしたが、木刀を手にしたヒナギクが二人を捕まえてどこかに連れていくのだった。

哀れ東宮に樹よ――

しかし自業自得のため誰も同情せず競技に集中するのだった。

そんな惨劇の間に湊は稟より先に封筒の置かれたテーブルに着いて封筒を眺めていた。


(…これは全部杉並が用意した封筒。…仕掛けがあるはず…)


右に置いてある封筒を手にして紙を取り出すと紙にはデカデカと【自分の好きな人】と書かれていた。

(よく書けたな…)と思いながら湊は真ん中の封筒に手を伸ばして中を確認すると、二枚目の封筒には【愛を叫んでくれたまえ】と書かれている。


(さっきと同じじゃないのか?)


じゃあ三枚目はきっと【惚れた女ぐらいいるだろ?】


「全部一緒じゃねぇかぁ!!」

「あっ、稟…」


三枚目を湊が確認したと同時に隣にいた稟が封筒をテーブルに叩き付けて叫ぶ。

さっきまでのデスレースはどうしたのだろうか?


チラリと周りを見ると親衛隊は勇人先生の近くで屍に変えられて、中には血の涙を流す者や口から白い何かが出ている者達までいた。


「怪我はない?」

「なんとかな。とりあえずこれが終わったら二人ほど拳での話し合いをしなくちゃいけなくなった」


その二人とはもちろんショウとクルスの二人である。


「杉並の奴わざとこの内容にしたな」


稟は杉並の用意した封筒を見つめ杉並に対して呪詛を込めるかのようにブツブツ何かを言いながら立っていた。


「……って湊?」


呪詛を呟いていた稟を無視して湊は【自分の好きな人】と書かれた紙が入っている封筒を手にすると稟は呪詛をやめて首を傾げていた。


「…今回は杉並に感謝するちょうどいい機会だったから…」

「えっ?」


首を傾げる稟を尻目に湊はトコトコと指定された場所に向かっていく。

稟は一人取り残されどの封筒を手にするか迷っていたのだが、


『稟君も早く封筒を選ばないと罰がありますよ~』


さくらの声にハッとして稟は勢いよく封筒に手を伸ばして手にしたのは【愛を叫んでくれたまえ】の封筒である。

まさに逃げ場なしと言える封筒を握りながら稟は杉並を呪っていた。


果たして湊と稟の二人が口にする事は何なのか?

それは――


「こうご期待だよ!」

「何を言ってるんだ春原?ついに人間をやめたのか?」

「久々に参加した僕に対して酷くないですか!?」

「いやっ、これが普通じゃないか?」

「きしゃぁぁぁぁ!!」


飛び掛かる金髪男を杏が辞書で沈めて眞子が頭を掴みアイアンクローを喰らわせて、直樹と勇がX印に切り裂いて最後に早苗さん特製パンで金髪男は真っ白に変わり果てるのだった。


「……………」

「お前アホだろ」





~観客席~

皆さんお久しぶりです。

ただいま観客席でのんびり競技を眺めているルリです。

あの日から暫くしてこの世界に滞在中なのですがこの世界は平和で少し退屈していました。


「艦長!体育祭ってこんなに凄いものなんですね!」


ハーリー君が興奮して眺めていますが正直私には分かりません。

ただ私の隣で先程から笑っている少年と少女の視線が気になって仕方ありません。

一体どこのお子さんでしょうか?

首を傾げるルリにリンディが柔らかな笑みを浮かべて口を開く。


「ルリさん、この子達はエリオ君とキャロさん。フェイトの子供よ」


最近の女性は早いんですね……色々と。

逞しいとも言えますか?

ルリはエリオとキャロの頭を優しく撫でながらそんな事を考えていると、


「早くお昼休みになってクルスさんに会いたいねキャロ」

「うん。クルスさんてどんな人なのかなエリオ君」


二人を撫でていたルリの手がピクリと止まる。


エリオ&キャロ=フェイトさんの子供。

エリオ&キャロ=クルスさんと会いたいと口にした。

つまり――


「えぇ!?フェイトさんにはお子さんがいたんですか!?」


ハーリー君うるさいです。

しかしそうなると詳しくお話を聞く必要がありますね。


「なぁエイミィ。本当の事を言わなくていいのかい?」

「アルフは見たくないの修羅場?」

「修羅場になるのはクルスだけだよ…」


アルフの言葉にエイミィはニコッと笑ってそれ以上は何も言わなくなった。

アルフもまたそれ以上追求すると主に食事的な問題が自分に襲い掛かってきそうだったので何も言わなくなる。


「そうなのよハーリー君。しかもお父さんはなんと……」

「……うぇぇ!?そうなんですか!」


リンディさんがハーリー君にこっそり何か話しているようですけど凄いノリノリですね。

ハーリー君もハーリー君で予想通りのリアクションをするからリンディさんが楽しそうに笑っています。


「フェイトさんの大切な人らしいから早く会いたいねキャロ」

「どんな人なんだろう?優しい人だといいね!」


本来なら微笑ましい光景なのに何か釈然としません。

これは早くクルスさんに来てもらわないとダメですね。






~グラウンド~

『……』


大告白大会が始まってあれだけ騒いでいた者達やそれを止める為に動いていた者達や競技を見ていた者達全員が口を開かずグラウンドは静まり返っていた。

誰かが注意した訳でもなく自分達で判断して黙っているのだ。

奇跡だ――

奇跡に近い現象が起きている状況のため、空から砲撃や槍や剣が降ってきてもおかしくない。


『えっと…』


そんな状況でマイクを手に持っている湊はステージに立って困惑していた。

自分の中では騒いでいる状況で叫ぶつもりだったのに、まさかこんなに静まり返ると思わなかったからだ。


(こうなったらやるしかない…!)


湊は一息吐いてマイクを手に持つ力を強くする。

叶の事を言う機会でもある。

ここには理事長もいるし叶も今はクラスの場所にいてステージを見ている。


(迷いはない…!)


『俺はここにいる全員に聞いてほしい事がある…』

(湊君…)

『実は俺はずっと前から………気になる子がいました』

そう――

工藤叶と出会ったのは中学生の入学式の前だった。

彼女が着物を着て桜の木の下で佇んでいたのは今でも覚えている。


『その子はつい最近までずっと俺に自分の事を話さなかった……』


次に会った時は工藤叶が男装していた時だった。

理由は聞かなかった。

叶には叶なりの事情があったはずだから。

けどあの日自分から言ってくれた時は驚いたりもしたけど嬉しい気持ちで一杯だった。

だから――


『俺はその子を誰よりも守りたいと思いました…』


湊の言葉に立ち上がる親衛隊をショウとクルスがコンビネーションアタックで沈めた。


湊は視線を工藤に向けて何時もは無表情な顔をしているのに湊は微かに笑っていた。

それに気付いた叶も微かに笑って何故か杉並は親指を立てて笑っていた。


『俺は二年A組の工藤叶の事が……誰よりも大好きです!』

『………』

「なっ…」

『なぁにぃぃぃぃぃぃぃ!!』


事情を知らない者達ならこんな風に叫ぶだろう。

何せ工藤は学園では男子として通っているのだから。

つまり湊が男子生徒を好きだと皆が思っているのだ。

理事長や教師陣は勇人以外ポカーンと口を開けたまま、勇人は「アッハッハッハッハ!!最高じゃねぇか!!こりゃ一本取られたぜ」と手を叩きながら笑っている。

他にも、


「特大のネタなのですよ~!!」

「ハヤテよ、世界は広いな」

「こりゃ、なのはちゃんとフェイトちゃんの禁断の愛と同じぐらいの衝撃やわ」

「「はやて(ちゃん)!?」」


皆さん驚きのあまり興奮したり顔を赤くして妄想しているようです。


「ルリさん、どうして皆さん驚いているんですか?」

「さぁ?私にはさっぱり」


純粋な少年少女にはまだわからない話のようです。

そのまま知らない方が平和なんですが……


「湊!?」

「………」


ちなみに告白した本人は何事もなかったようにステージから降りて稟にマイクを渡していた。

多分湊は呼び出しされるだろう。


『二年A組の有里湊君と工藤叶君は至急理事長室に来てください』


理事長自らの放送で湊はすぐに理事長室に向かい、クラス席にいた工藤もすぐに理事長室に向かって走っていった。


ちなみに―――


「隠さんでええよ。皆分かっとるから」

「だから、私とフェイトちゃんは親友なの。それに私はショウ君が好きだもん!」

「そうだよはやて。なのはとは親友なの。それに私はクルスが好きだもの!」

「なっ!私かてショウ君が大好きや!抜け駆けは禁止や!」


なのはとフェイトとはやてが頬を赤くしてチラリと#ショウとクルスを見ると二人はいつの間にか駆け出して姿を消していた。

何故なら――


『ヤナギーー!』

『アサヅキーー!』


二人は予定調和のように親衛隊と鬼ごっこをしていたのだから。
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