体育祭(中編)

~クルスSide~

「迷ったね…」

「うまうま~」

「将輝は何を食べてるんだい?」

「非常食だよ」


ただいまクルスと樹と将輝の三人はショウとはぐれて森の中でさ迷っていた。

スタートの時は確かに四人でいたのだが途中のポイントで樹が落とし穴に落ちて将輝が底無し沼に沈んでしまい、落とし穴から這い上がってきた樹と食べ物を調達してきたクルスが助けている間にショウがいつの間にか姿を消したのだ。

離れてからそこまで時間がたっている訳ではないのに、ショウの気配は全く感じられず名前を呼んでもショウからの返事はなかった。

つまり――


「ショウを探さなくちゃ。二人ともい………」


二人の方を振り返りクルスは固まる。

何故なら、


「将輝!俺様にも非常食を!」

「ど阿呆!これは俺が手に入れた非常食だ!欲しいなら自分で取ってきなさい」

「少しぐらいお恵みを!」


二人が何やら非常食で戦っておりクルスの話しなど全く聞いていない。

やれやれ――と思いながらも二人を止めようと一歩踏み出した瞬間、


「………!?」


背後から数本の針が飛んできて背中に刺さる前に急いで横にずれると針は木に刺さるのだった。

この気配を消して正確に狙ってくる相手と言えば―――

三人は飛んできた針の方向に視線を向けると、そこにいたのは三年生のデニスである。

デニスは片方の指に針を挟んでもう片方の手にはミノタウロスの死体を掴んでいた。


「デニス先輩!」


驚く樹に対してデニスはニカッと笑いながら手を上げるのだった。


「腹減ってないか?ちょうどいい獲物持ってきたぜ」

「「食べます!」」

「……全く」


今からミノタウロス焼きだーと将輝と樹が興奮したように盛り上りクルスは苦笑しながら焼きの準備を始めていく。






~純一Side~

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「純一、もっと静かにして」

「じゃああれをどうにかしろ!!」

「………グウ~」

「寝るなよ!!」


ただいま純一と湊の二人はある生き物から逃げていた。

純一の顔は本気で焦っているようで物凄い形相をしているのに対して湊はアクビをして今にも寝そうな雰囲気だ。

真逆すぎる二人だが何故二人がこうまでして逃げているのだろう?

相手を確認してみると、


『ウギャ!ウギャ!』

『ウギャギャ!!ウギャギャ!!』


言わなくても分かるだろう。

入り口付近で純一と湊の二人をヨダレを滴ながら見ていた筋肉猿である。

二人が森に入った途端に集まり出してそれから鬼ごっこが始まったのだ。

捕まったら何をされるのか?

想像しただけでも恐怖な結末になる事しか浮かばなかった純一は湊を引っ張り続けている。


「純一」

「何だよ湊!?」

「止まって…」

「えっ……?」

「川だよ…」

「……はっ?」


ゆっくり視線を下に向けて足元を確認する純一。

妙に足元がスカスカだと思っていたが一心不乱に走って前だけを見ていたため気付かなかった。



「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」

「わぁ~」


二人は激しい川に勢いよくダイブして何処かに流されるのだった。

筋肉猿は雄叫びを上げてそれを見ているだけで、二人を追うことはなかったが二人にとったらそれが幸福だったかもしれない。


「ピラニア!?ワニ!?」

「逃げ場なし…」


いや――

このフィールドに幸福はなかったようだ。


「後ろを振り向くなよ湊!見たら終わりだ!」

「見てよ純一。真っ赤なカバがワニとピラニアを飲み込みながら追いかけてくる」

「………嘘だろ!本気で逃げるぞ」

「待て待て~」


本気で命の危機を感じている純一はもはや形相が放送できないレベルになっており、湊はそんな純一とは真逆でこの状況を楽しんでいるのか真っ赤なカバに飛び乗り遊ぶのであった。


「逃げろ逃げろ純一~」

「おまっ!?」


こうして純一と湊による仲間同士の鬼ごっこが開始される。

主にピンチは純一だけだが。





~ショウSide~


「…あれ?」


一人森を歩いていたショウの足が止まりようやく何かに気付いたショウが周りを見渡す。

森のあらゆる所から何かの鳴き声や爆音が聞こえるのに、自分の近くからは何も聞こえないし気配も感じられない。

それどころかまるでこの場所だけ隔離されたようにも感じられる。


「…何が起こってるんだ?」


頭をボリボリと掻きながらジッと考える。

森で囲まれたフィールドの為、光があまり入ってこなくショウの周りは暗くなっている。

本当なら晴れているのに光が差し込まないだけでこんなにも暗くなるだろうか?


「フローラがいれば明るくなるんだが…」


自分のパートナーであるフローラがいればこのフィールドを明るくする事も出来るし何が起こっているか分かるのだが、フローラは観客席でレンと一緒に食事中のためショウの傍にはいない。


「それにしても…」


森に入ってから――

いや一人になってから感じる嫌な感じ。

まるで何かに見られているような感覚に襲われている。


「………」

風が吹き木々が揺れる。

激しい風に視界を奪われて次にショウが目にしたのは、


「お前は…」


あの日――

体育祭の準備期間中に出会った女性――


「フフフ…」


ディアゴと同じ感覚を放った謎の女性――

目的も分からない謎の女性――


「お久しぶりですね」


現れた女性はニコッと笑ってショウを見つめていた。






~クルスSide~

「途中で森に入れなかった?」

「そうだ。ちょうど中間地点でな。まるでそこだけ隔離しているかのように」


ミノタウロスを美味しく調理しながら口にしていくクルス以外のメンバー。

クルスは一人自分で調達した果物を口にしながらデニスと話している。


「他のチームは俺以外の三年が全員リタイアして、朝倉チームも朝倉と有里以外はリタイアしているようだ」

「あの執事二人がリタイアってこの森何かがおかしくないですか?」


肉を頬張りながら話す樹にデニスは小さく頷いている。

バラ男の氷室とスパルタ男の野々原がリタイアとなると、森には神獣以外にも何かがいるかもしれないと可能性がある。

只でさえおかしな森なのに余計に警戒しなければならなくなった訳だ。


「それでお前達はこれからどうする?」

「僕はショウを探します。もしデニス先輩が言った中間地点の隔離にショウが関係しているなら嫌な予感しかしません。体育祭の競技で教師が唯一介入しない競技はこれだけしかないですし…」


入り口には勇人先生が見張っているとはいえ第三者が介入出来ない訳でもない。

地中や上空から侵入しようと思えば容易く出来る。

もしこれが第三者の行為なら一人でいるショウが危ない。


「デニス先輩は樹と将輝と一緒にショウを探してください。僕は先に行ってきますから…」


それだけ言ってクルスは三人の前から姿を消してその場には静寂が包み込んでいた。

将輝は呆れたようにため息を吐いて立ち上がると、樹とデニスも同じように立ち上がりポンッ!ポンッ!と汚れをはらう。


「ショウを探す前に食後の運動をしなきゃな」

「数はざっと30ってところだね。俺様と将輝で充分だよ」


拳を軽く握り前を見つめる将輝と眼鏡をクイッ!と上げて余裕の笑みを浮かべる樹に対してデニスだけは苦笑いのまま固まっている。


どうやら自分の視界に映る何かに驚いてそれを将輝と樹に伝える為に肩を軽く叩く。

「どうしましたデニス先……」

「何かありまし……」


二人がデニスと同じように目にしたのは、


『ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!』

『わぁぁぁぁ~』


少し離れた所から純一と湊が物凄い勢いで此方に向かっていた。

しかしそこは問題ではない。

問題なのは二人の背後にいる生き物である。


『樹!そこから逃げろぉぉぉ!!』

『捕まったらご飯にされるね』

『不吉な事を言うなよ!』


二人の背後にいたのは、


『ブギョォォォォ!!』

『ウギャ!ウギャ!ウギャ!ウギャ!』

『ブルァァァァァァ!!』


決して可愛いとか言ってはならない生き物がそこには存在した。

転がる豚や筋肉猿や血走った目をしているヤギです。

近寄ったらこちらがご飯にされかねない生き物がそこにはいた。

いやそれよりも――


「逃げるか」

「同じく」


将輝が駆け出した瞬間、まるで悲劇が連鎖するかのようにダークボトルが地面に落下して中身が出てくる。

その効果により周りはさらにモンスター達の気配を感じる。


『バルァァァァァァ!!』

『バッ!バッ!バッ!』

「将輝ぃぃぃぃぃぃ!!」

「ちょっ!俺のせいじゃないからな!!」


ダークボトルを踏みつけながら樹に反論する状況でデニスは呆れながら、

「もう何かツッコミ切れないよ俺」


デニスの呟きと同時に将輝と樹は駆け出して、五人VSモンスター達のリアル鬼ごっこが始まった。


ちなみに――


「湊!そのバナナまだ持ってたのかよ!?」

「だってお腹減ったし…」

「捨てないからあの筋肉猿が狙ってんだろうが!?」

「……どうでもいい…」

「よくねぇよ!」


純一と湊は転ぶ事なく将輝達に追い付いたのだった。


「……ってか純一」

「なんだよ!?」

「何で身体中に噛み後があるんだ?」


将輝の問いに純一はただただ首を横に振る。

何も聞くな将輝。

お前は何も見ていない。

いいな!絶対に見間違いだ!

そんな気迫を感じさせる純一に将輝は頷くのみ。

それほどまでに真っ赤なカバとの鬼ごっこは壮絶だったようだ。






静まり返る森の中で対峙する二人――

ショウは微かに汗を流しているのに対して目の前にいる女性はニッコリ笑っている。

得体の知れない力を持っているとあの日出会って分かった。

自分も管理局に入ってからいろんな敵や犯罪者と戦ってきたが目の前にいる女性は今まで戦った敵と違う。

何かと言われたら答えられない。


「今日貴方の前に現れたのはちょっとしたお願いがありまして…」

「お願いだと?」


目を細めて女性を見つめるショウの身体が急に凍りついた。

ピクリとも動かず金縛りにあったような感覚に襲われる。

それだけ目の前にいる女性の笑みは恐ろしく感じるのだ。


「私の計画の為にここで…」


女性の周りにはいつの間にか女性を囲むように複数のカードが浮かんでいる。

一枚のカードから光の弓が出現して女性はそれを手に持ちショウに向けて構える。


「死んでもらえますか?」


魔力で出来た矢は勢いよくショウ目掛けて放たれ、プロテクションを張れないショウは腕でガードしようと構える。

すると次の瞬間、


「秘技!土流壁」


遥か上空から誰かの声が耳に入ってきてその声と同時に地面から巨大な壁が現れて女性の放った矢は土に刺さりすぐに消えると、女性が手にしていた弓も手から消えて女性はその光景に目を細めて腕でガードしていたショウは目をパチパチさせて驚いている。


一体誰が彼を守ったのか?

この場には二人しかいないのに一体誰が?


「全く困っちゃうぜ~。こんな時にイレギュラー起こされちゃな」

「えっ?」

「………」


聞こえてきた声に振り返って目を見開くショウに対して女性はただジッと目を細めている。


「どうも~。黒峰急便の黒峰永久で~す。お届け物は俺の愛という名のお手伝いで間違いないですか?」


そこにはいたのは片手に林檎を手にして黒髪を靡かせている青年。

青年はめんどくさそうに頭をボリボリと掻いてチラリと視界に女性を捉え一言こう口にした。


「厄介事を増やさないでくれるかなそこの女」


いや――


「ジョーカーズの一人でもある光帝の明日香よ」


永久の言葉にショウは目を見開いて明日香はただ無表情に永久を見つめていた。
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