聖夜の奇跡

~海上~

巨大な魔法陣の中心にいる一人の女性。

女性の傍には街にいる魔獣よりも大きい魔獣が待機しており女性の前方には二人の男が佇んでいた。

女性は生気のない顔で魔法陣の中心に何かをうわ言のように呟き、二人の男はその女性を呆れたように見つめながら肩を竦めている。


「見てみろよ恭介。雅のやつまた何か言ってるぜ」

「しゃあないやろ。愛しの悠太が神魔杯で紅牙に殺されて雅の心は壊れてしまったんやから」

「まぁ、オレとしては利用価値があるなら心が壊れてようが関係ないけどな」


魔法陣で魔獣を召喚している雅に男はニヤリと笑みを浮かべ、もう一人の男でジョーカーズの毒帝である恭介をチラリと見ていた。


「それでどうすんだよ恭介。そろそろヤツラがここに来るぜ」

「そやなぁ。あの方はあくまで時間稼ぎをしろって言うてただけやし、俺らは俺らで派手に暴れようや」

「そんなに凄いのかよベルエスって?」


ベルエスの威力をいまだに信じきれていない男は半信半疑であの兵器の事を頭に浮かべていた。

確かにあの一撃を目にして変わり果てた星に驚きはしたが次の発射まで時間がかかりすぎる。

昔はバンバン使っていたらしいが今はそれが出来ないなら必要ないのではと男は考えていた。


「それによ…」

「どないしたん?」

「お前も何か様子が違うしな。何かあったか?」

「何にもないで。考えすぎやろ剣」

「ふ~ん」


呆れたように笑う恭介に剣は納得できないのか面白くなさそうに目を細める。


(ホンマに何してんのやろ俺は…)


剣の言葉を否定したものの恭介は内心自分は何故ここにいるのかと考えていた。

あの時恭介はラファスと対峙するアリシア達を隠れて見ていたのだ。

ラファスの圧倒的な力の前にアリシア達は血だらけのまま消されてしもうた。

何でアリシア達はラファスを裏切ったんや?

アイツの力を知っとるならそんな事できひんはずやろ。

なのにアリシア達は、いやアリシア達だけじゃない。


(お前も裏切らんかったら……あんな姿には)


光帝の明日香もラファスを裏切ってあんな姿になってしまった。

やったのは闇帝のアンリやろうけど俺はそれをアンリに問い詰める事はできひんかった。

そして俺はラファスの命令に従ってここにいる。


「……俺は何がしたかったんや?」






「ショウ!」

「俺も見えてるよ。それにしても何て数だ。しかもあそこにいるのはジョーカーズか?」


恭介達がいる海上にクロノとショウはやって来て、自分達の目の前に広がる光景に驚愕の表情を浮かべていた。

大量の魔獣だけでも厄介なのに魔法陣を守るように二人の男がいる。

一人は灰色の髪をポニーテールにして目を閉じている男。

もう一人はオレンジ色のツンツン髪にまるで獣のような雰囲気で笑っている男。

この二人もまたラファスの味方でジョーカーズなのだろう。

クロノとショウは互いに頷き合うと二人と対峙するようにその場に佇む。


「ようこそ時空管理局の犬ども」


オレンジ色の髪をした男、剣は手を広げて嬉しそうに笑っていた。


「お前達はジョーカーズの人間か?」


ショウはそう問い掛けながら鋭い目付きになると、その問い掛けに剣ではなく恭介が笑みを浮かべて答えていく。


「ご名答。俺はジョーカーズの毒帝高階恭介や。そんで横にいるのは協力者の剣やで」


親切に答えながらも恭介のその雰囲気にクロノもショウも気を緩める事はなく警戒していた。

そして剣はまだかまだかと恭介に目を向け早く戦わせろと言わんばかりにウズウズしている。

お前はどんだけ戦いたいねんと恭介はため息を吐き、ゆっくりと閉じていた目を開けてその目に二人の姿を捉えていた。


「お前達はこの魔法陣をどうにかしたいみたいやけどここから先は行かさへんで」


恭介はデバイスを起動させその手に真っ黒な剣を握り、剣もまた恭介と同じようにデバイスを起動させて銀色の槍を握る。

どうやら殺る気満々のようで恭介も剣もデバイスを構えていた。


「ショウ!」

「あぁ!」


クロノはデュランダルを構えショウはフローラとユニゾンしその手に真っ赤な剣を握る。

海上に静かな空気が漂うなかまるで戦いの合図のように剣が動き出すと、それに続くように魔獣達も一斉にクロノとショウ達に襲いかかってきた。


「フローラ!」

「デュランダル!」


ショウとクロノの前に圧倒的な数が広がるが、二人は己の全力を使い魔獣やジョーカーズと戦っていく。

そして――


「お前はホンマに死んだんやな」


空から降る雪を見つめながら恭介はどこか残念そうに息を吐いていた。






~鳳凰学園~

今この学園に集まっているのは結界内に取り残された者達と、それを助けるためにやって来たなのは達時空管理局組と将輝達民間協力者とシュテル達マテリアルズのメンバー。


「本当になのはちゃんだけじゃなく、フェイトちゃんやはやてちゃんのそっくりさんまでいるなんて」

「本当にそっくりっす」


亜沙とシアはなのはの横にいるシュテルやフェイトの傍でお菓子を食べているレヴィやはやてを睨んでいるディアーチェを見て驚いていた。

本当に双子とも言えるマテリアルズを目にし、泉や理沙や美希達動画研究部が必死にカメラを構えていたらしい。


「私達もびっくりだよ。まさかまたシュテル達と会えるなんて」


あの海鳴崩壊寸前事件の事を思い返し、なのはは自分達と同じぐらい成長したシュテル達の姿に目を丸くしていた。

三人とも私達と同じように成長しているのに何故か納得できない。

何故とある部分だけ私はシュテルに負けているの?

シュテルと私で何故こうも違うの?


「……フッ」

「!?」


なのはの視線に気付いてシュテルはその視線の意味が分かるとシュテルは勝ち誇ったように小さく笑い、なのははその笑みにギクリと体を震わせて視線をそらすのであった。


「それで王様達はどうしてこの世界に?」


いまだに機嫌が悪いディアーチェにはやては首を傾げて尋ねると、ディアーチェは一度溜め息を吐いてゆっくりと答えていく。


「貴様らが戦っているジョーカーズとあやつが戦っていると聞いてな。本当は我らは協力するつもりはなかったのだが…」

「ダーリンの為なんです。ダーリンの愛の為に私達はやってきました。あぁ、ダーリン!私は頑張っていますよ。ダーリンのご褒美の…」

「……シュテルの事は気にするな。あれは無視してかまわん」


シュテルが頬を赤らめてイヤンイヤンと体をくねくねさせているが、ディアーチェは目頭を抑えて何かを耐えるように顔を歪めるとはやては苦笑して頬を掻き始める。

シュテルの変わりようを見ればもう疑う事はあらへん。

王様が言うてるあやつは間違いなく彼だ。


「王様」

「何じゃ?」

「ありがとうな」

「勘違いするでない。我はあやつに頼まれたから来たまでだ」


それでも助けてくれた王様達には感謝や。

だからこそ私は今ここから動ける。


「なのはちゃん、フェイトちゃん。二人ともここは王様達に任せて私らはショウ君達の所へ行くで」

「へっ?」

「はやて、どういうこと?」


はやての言葉に二人は首を傾げ勝手に任せられたディアーチェは『ぬあっ!?』と目を見開く。

子鴉が何を言っておるのだ!とディアーチェが暴れてユーリとレヴィが宥める状況でもはやては続ける。


「おそらくショウ君達の所にジョーカーズがおるはずや。きっと二人だけじゃ苦戦する。せやから私らも援護しに行かな」


それにショウ君達の所に行けば何かが起こるはずや。

ここは王様達やシグナム達や将輝君達がおる。

私らは私らのできる事をやらなあかん。


「でも…」

「いいのかな?」


なのはとフェイトは大丈夫なのかと、シュテルやレヴィに目を向けると二人は小さく頷いていた。


「ナノハのご友人はお任せを(ご褒美の為です)」

「へいと!ボクに任せてよ。ボクは強くて凄いんだもん!」


レヴィと違い欲望一直線のシュテルにディアーチェはドン引きしており、今すぐユーリを連れてこの場から離れようかと遠い目をしている。

あの理のマテリアルであるシュテルがここまで変わってしまうなんて。

許さん!あやつ絶対に許さぬぞ。


「シグナム達もここに残って皆をお願いな」

「はい。お気をつけて主はやて」

「将輝君や稟君達も何人かは街へ行って魔獣をお願い。残りはシグナム達と一緒に学園を」

「へいへい」

「わかった」


はやては最後にディアーチェに小さく頭を下げて空に飛び上がると、なのはとフェイトははやてに続くように飛び上がっていく。

三人が向かう場所はショウ達がいる海上。

自分達に襲い掛かる魔獣を消滅させながら三人は駆け抜けていく。


「……全く」


ディアーチェはここから離れていくはやてに呆れながらも視線は学園に迫る魔獣に向いていた。

大量に現れる魔獣に対しディアーチェが口にしたのはたったの一言。


「油断するではないぞ!」


ディアーチェの声と同時に魔獣殲滅作戦は開始していく。






~海上~

「おらおら!」

「くっ…!」


剣の高速に近い槍の突きをクロノはデュランダルで受け止めると剣との距離を離していく。

しかし距離を離そうとすれば魔獣がクロノに襲いかかってくる。

クロノが魔獣を消滅させれば剣が槍を突いてくるため、クロノは剣に対しまだ一撃もダメージを与える事ができないでいた。


「クロノ!」

「よそ見なんかしとったらあかんで」


苦戦しているクロノの元に向かおうとショウが動くが、それを恭介が行かせる訳もなく恭介は笑ったまま立ち塞がる。


「ちゃんと俺の相手せな」


恭介の手に握られている剣がショウに振り下ろされると、その剣はまるで鞭のように伸びてショウに触れた瞬間小さな爆発を起こしショウは顔を歪めた。

剣と思っていたがもしかしてあれは鞭のデバイスで爆発を起こすのか?

それとも剣と鞭の両方なのか?


「……厄介なデバイスを」

「そうやろか?俺からすればフューチャーの方が厄介やと思うけどな」


不気味に笑う恭介に対しショウはチラリと魔法陣に目を向けた。

いまだに魔法陣から魔獣が召喚されている。

街への被害や取り残された人達はなのは達がなんとかしてくれているはずだがこのまま放置する訳にもいかない。


「フローラ!」

『いきますよマスター!』


ショウのフューチャーが3rdへと変わり背中にオレンジ色の翼が生え、腰には剣が装備されて腕にはアーマーが装着されていく。

そのショウの姿に恭介はニヤリと笑い小さく手を叩いていた。

これがフューチャーの3rdかいな。

確かに強い力を感じるがこいつがこの力に目覚めたのはあの戦いがあったからや。


「それがアイツの死を代償に手に入れた力か」

「クルスは死んでねぇよ。アイツは必ずフェイトの所に帰ってくる!」

「アホくさ。あんな人形の言う事を信じてどうすんねん」


クルス・アサヅキは死んだ。

あの洞窟で生きているなんてありえない。

こんなお人好し共がいくら信じようが勝手だ。

アイツが俺の前に現れるなんてありえへん。


「どうでもえぇ。誰が死のうが生きようがな」

「なんだと…っ!」

「誰もラファスには勝たれへん。アイツは正真正銘の化け物やからな」


ラファスの圧倒的な力を目にしているからわかる。

アイツに逆らえば待っているのは死だけや。
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