川神院へ挨拶の日

「総也、ここが川神鉄心さんがいる川神院だ。ちゃんと挨拶と謝罪はするんだぞ」

「分かってますよ土方さん。……でも何で土方さんが付き添いなんですかね?僕は近藤さんと一緒だと思ったのに」

「ぐちぐち言うな。近藤さんは総理や九鬼のトップとの急な会談が入っちまったんだ」


昨日学園をサボった総也を本来なら局長である近藤と一緒に川神鉄心と会うはずだったのだが、急遽予定が入ってしまい副長である土方円が来たのである。

それによって総也のテンションはかなり下がりやる気がゼロに近かった。

もう帰りたいとしか思っていないようで総也は円に引きずられている。


「入る前に言っておく事がある」

「何です?」

「百代と戦う事になったら俺や鉄心さんが必ず止める。その代わり百代以外の誰かに挑まれたら戦うんだぞ総也」

「適当でいいですか?」

「ダメに決まってるだろ」


ちぇ~とつまらなそうに唇を尖らせる総也に円は溜め息を吐きつつも川神院の中に入っていく。

二人が院の中に入ると学園の先生でもあり川神院で拳法師範代をやっているルーが二人を出迎えてくれた。

円はルーの姿に軽く頭を下げるのに対し総也は呑気に手を振り挨拶をしている。

本当に我が道を行く男でありそんな総也にルーは苦笑していた。


「円、彼が総也君かネ?」

「はい。本当なら昨日出席するはずでしたが…」

「事情は大体分かってるヨ。総代が奥で待ってル」

「分かりました。行くぞ総也……って!何団子なんか食ってやがる!」

「土方さんも食べます?みたらし団子ですよ」

「いらねぇよ!」


ゴンッ!と総也の頭にゲンコツを落としその痛みに総也は頭を抑える。


土方さんは気を張りすぎなんだよね。

もっと気楽にしないと体に悪いですよ。

「……それにしても」


僕と土方さんがここに来てから僕らを見ている人達は誰だろう?

その中に京ちゃんがいるから京ちゃんの友達かな?


「やれやれ…」


愛しの女性の気配に笑みを浮かべ総也は円とルーの後ろをついていく。

この時総也は知らなかったが、今にも飛び出しそうな京を一子とクリスが必死に止めていたらしい。





「総代、二人を連れて来ましタ」


円と総也がルーに連れて来られた場所には、一人の老人が目を閉じて精神統一をしていた。

その迫力に円とルーは息をのむ。

いつになく真剣な川神鉄心。

その心に何を思っているのか?

川神鉄心は精神統一をしながら総也の方に顔を向けていた。

新選組一番組組長―――

沖田総也―――

局長である近藤圭介のお気に入りでありその実力は未知数。

果たしてこの者はどれだけの力を――


「土方さん、何を緊張しているんです?いつもより真剣な顔してますけど。……あっ!そのままでいてくださいね。記念に写真を撮りますから。チー「うるせぇ!」……ったいですよ」


今この場でふざけているのは間違いなく総也だけである。

本日二回目のゲンコツに涙目になりつつも総也はちゃっかり写真を撮っていた。

後でネタにしてやろうと笑う総也に円は溜め息を吐きつつも、総也を引きずり鉄心の近くで正座をさせ自分も正座をした。

学園でも新選組でも苦労人な土方にルーは同情しつつ同じように正座をする。


「昨日ぶりじゃな円」

「はい。昨日は本当に申し訳ありませんでした鉄心さん」

「よい。昨日の事なら圭介からも聞いておる。それで隣におるのが…」


鉄心の視線に気づいて総也はニッコリ笑い口を開く。


「初めまして川神鉄心さん。僕は新選組一番組組長の沖田総也です。昨日はすみませんでした。僕の中で学園より大切な事ができてしまったので」

「幼馴染みと再会して、そのままデートをしたようじゃが本当かの?」

「ちょっと違いますね。幼馴染みじゃなく将来妻にする女の子ですよ。そこは間違えないでほしいですね」

何やら奥からガタッ!と音がしたが四人は気にしないようにした。

例え奥から――

『これはプロポーズ!?もう何も、怖くない!』

『落ち着け京!?いろいろヤバイ事になって…』

『うわぁぁぁ!?京が嬉しさのあまり安らかな笑みを浮かべたまま倒れたー!?』

『おおお、落ち着くのよ一子!こういう時は、こういう時は……大和ぉぉぉぉ!!』


何やら騒がしい事になっているが四人は気にしていない。

いや総也だけはそのまま立ち上がろうとしたが、ガシッと円に肩を掴まれ再び正座をする体勢に逆戻りである。

「ふむ、学園よりも将来を誓った相手を優先……」


髭を触り真剣な顔をする鉄心にルーと円は額に汗を浮かべていたが、


「そこまで言うならお主の欠席は見逃そう!大切な者の為なら仕方あるまい!」

「ちょっ!?鉄心さん!」

「…ッ!?総代さすがにそれはどうかト……」


まさかの言葉に円とルーは絶句する。

鉄心の事だから何かしら説教するのかと思っていたのにこれは予想外。

まさかの展開に二人は胃に痛みが走る。

これでは総也が反省しない。

ますます我が道を進んでしまう。

それだけはなんとしても防がないと。

近藤さんの為にも。

あと俺の胃の為にもな。


「鉄心さん、少しは強めに言ってくれないと…」

「それでお主はどれほどの実力があるのじゃ?」

「そうですね」


完全にスルーされた円は肩をガックリと落としそんな円にルーは悲し気に首を横に振る。

その手には胃薬が握られて二人はそれを思いきり流し込むのであった。


「一応西の方では一度も負けてませんよ。天神館でも誰にも負けてませんね。あと…」

「剣聖黛を倒した事もあるようじゃな」

「よくご存知で」


そういえばこの川神院にあの娘の気配もあったね。

剣聖黛の血を色濃く受け継ぐ女の子。

彼女とは一度戦ったけど強かったなぁ。


「そうなるとかなりの実力者のようじゃな。お主も勝てないか?」


鉄心の問いかけに円はチラリと総也に視線を向け、さらに奥の扉で聞いているであろうとある人物にも聞こえるように答えた。


「総也は俺よりも強いですよ鉄心さん。もしコイツに勝てるとすれば………九鬼にいるヒュームさんぐらいしか」


その円の言葉と同時に奥の扉が勢いよく開いてそこから一人の女性が興奮しながら飛び出してきた。

言わなくてもわかるだろう。

このタイミングでここに誰よりも早く現れる存在と言えば彼女しかいない。


「なら私と勝負だ!」


武神川神百代の参上である。

百代は興奮しながら現れその百代の姿に鉄心とルーと円は溜め息を吐く。

気配は感じていたがやっぱり我慢できずに現れたな百代。

確かにあの言い方だと出てくるか。

これは俺の失態だ。


「百代…」

「いいだろ円!副長であるお前とジジイが許可してくれたら戦えるんだ。許可してくれないか?」

「ダメに決まってるだろ。お前と総也が戦えばどれだけの被害になるか。それに俺じゃ許可できねぇよ。近藤さんと鉄心さんと総理の許可がなければ無理だ」


円の言葉に納得できないのか不満気に睨む百代は、こうなれば総也本人に聞いてみようとしたが、総也はすでに様子見していた京の腰に手を回して自分の方に引き寄せ愛しそうに京を見つめていた。

今にもキスをしそうなほど距離が近い二人に数人が頬を赤くしているが、総也はそんな事を全く気にせず京と話をしていく。


「おはよう京ちゃん。昨日ぶりだね。今日は可愛いスカートをはいてるけど僕以外の人達の前でそんな格好はしてほしくないかな」

「ごめんね総也。でも安心してほしい。今日は総也と出会えると思ったからこの格好なんだよ」

「じゃあこれからデートでも行かない?昨日よりは一緒にいられると思うから」

「なら総也には私のオススメスポットを教えてあげる。もちろんその後は…フフフ」


沖田総也―――

もはや何の為にここに来たのか忘れたかのようにデートに行こうとする。

この男に反省という文字はあるのかと円が拳を握り締めていると、


「なら自分と戦ってもらえないだろうか?」

「フリードリヒ…」


風間ファミリーの一人。

クリスティアーネ・フリードリヒがレイピアを手に持ち円の前に現れた。

何故お前までいるんだフリードリヒ。

もしお前と総也が戦えば確実にめんどくさい事になる。

マルギッテだけじゃなくあの父親までやって来たら、俺や近藤さんの胃を確実にボロボロにするじゃねぇか。


「土方先輩。自分はどうしてもあの男と戦いたいのですが」


いつになく真剣なクリスに円は目を細める。

こいつがこんな顔をするって事は何かあるのか?

フリードリヒは武士道精神の鮮烈な美しさを好み、義に厚く己の正義を信じていたな。

………んっ?待てよ。

確か直江の話じゃフリードリヒは最近とある時代劇にはまっていたな。

それで今やってる時代劇って言えば……

まさかフリードリヒのやつ!


「落ち着けフリードリヒ。お前の言いたい事はわかるが、総也はあれでも新選組の一人なんだ。受け入れてくれ」

「無理です。近藤さんや土方先輩のような男ならまだしもあのようなだらしない男が新選組の一人など…」


やっぱり特番の新撰組に影響されてやがる。

確かにあれはかなり新選組についてやっていた。

大の時代劇好きのフリードリヒが影響されない訳がない。

だが特番は特番であり、現実は今目の前いる総也。

なんとしてもフリードリヒには納得してもらわねぇと


「土方さん、今から京ちゃんとデートしてきますので後は頼みます」

「………やれフリードリヒ」

「はい!ありがとうございます!」


やっぱり戦ってもらうしかないか。

フリードリヒの一撃でも喰らって反省するんだぞ総也。

あと椎名――

そのハイライトのない瞳で俺を見るのはやめてくれないか。

それは昨日松永で見たから連続で見たくねぇんだよ。


「なんだ!?なんだ!?クリが戦うのか?ずるいぞ円!私も戦わせろーー!」

「大人しくしろ百代」


近藤さん。

やっぱりアンタがいないとダメな気がする。

この無法地帯は俺じゃどうしようもねぇよ。


「そういう訳だ。戦ってもらうぞ沖田の総也」

「……やれやれ」


総也は仕方ないかと京から離れてクリスと対峙するように立つ。

そして――

そんなやり取りを見ていた風間ファミリーは――


「面白くなってきたな大和」

「大変そうだなぁ。お疲れ様です土方先輩」

「イケメンなんざ倒しちまえクリスーー!!」


リーダーのキャップは楽しそうに、モロは苦笑しながら、ガクトはギャアギャア吠えている。

それに対して大和はただ冷静に総也を見つめていた。


沖田総也の実力。

悪いがじっくり見させてもらうぞ。

お前は風間ファミリーにとって吉になるのか凶になるのか。


「クリー!がんばれー!」

「クリスさん!ファイトです!」

『でも相手は沖田だからなぁ』

「こっ、こら松風!」


クリスの応援をする一子に由紀江に対し松風はすでに諦めていた。

もう悟っている松風に由紀江は慌てるしかない。


「それじゃあ総也とフリードリヒの試合を始める。いいですね、鉄心さん」

「よいよい。ワシも圭介や鍋島のお気に入りの者の力を見たいからのう」


穏やかに笑う鉄心だが、その瞳の奥には総也を観察するように研ぎ澄まされていた。

その鉄心の観察に総也は気付きつつもクリスと対峙している。


「じゃあ始めよっか。えっと……」

「自分はクリスティアーネ・フリードリヒだ。覚えておけ沖田総也」


クリスティアーネ・フリードリヒ。

何故か彼女は僕に敵意を向けているけど身に覚えが全くない。

今日が初対面なのに何でそんなに怒ってるんだろう?


「クリスちゃん、ちょっと聞きたいんだけどいいかな?」

「なんだ?」

「何でそんなに僕を睨むのかな?全く身に覚えがないんだけど…」

「……お前は近藤さんや土方先輩と同じ新選組と聞いたが本当か?」

「本当だよ。それがどうかしたの?」

「お前のような奴が……」


クリスはレプリカのレイピア先を今にも総也に突きささんばかりに向ける。

何故彼女がここまで怒っているのかわからないなぁ。

土方さんは土方さんで頭を抱えているし。

全く事態が読み込めないけど僕がやることは一つしかない。


「僕が新選組にいるのがおきに召さないようだね」

「そうだと言ったらどうする?」

「……仕方ないか。キミに見せてあげるよ。新選組の一番組組長の力を」


刀を抜き総也はゆっくり構える。

そして次の瞬間――


「………ッ!?」


先ほどまで飄々としふざけていた総也の雰囲気が一気に変わった事で、クリスは背筋がゾクリと震える。

鋭く研ぎ澄まされた刀のような雰囲気と総也の真剣な瞳に無意識にクリスは息をのむ。

これが沖田総也の力。

新選組一番組組長の。

面白い!面白いぞ総也!


「教えてあげるよクリスちゃん。これが――」


天神館の十勇士を倒した男の力だよ。

せめて僕の速さについてきてね。













「……どうしようワン子」

「どうしたの京?」

「総也がかっこよすぎて濡れ「言わせねぇぞ椎名!」……」


外野で台無しである。

この時ばかりは京の近くにいた一子と円に同情していた大和であった。


マジ恋第六話
END
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