残酷な日
「変若水…」
総也が目の前に置いた赤い液体が入った小瓶の名を円は目を細めて口にする。
自分も川神で新選組について調べたが、変若水などの資料はなかったし聞いた事もなかった。
それなのに何故自分はこれが普通の物じゃないと分かるんだ。
武士としての勘か?
それとも本能的に拒絶しているのか?
「総也、これは今一つしかないのか?」
「そうですね。僕も風間千景からはこれしか渡されなかったですし。まぁ、これを葵君と調べて新たに作るって方法がありますけどね。…ただどんな物か分からない以上オススメはしませんが」
「そんな事、言われなくても分かってる」
葵冬馬――
川神市で一番規模の大きい病院・葵紋病院の跡取り息子で新選組の総長という地位にいる少年。
かつて尊敬していた父親が多くの悪事を働いていて、自分もいずれはその父親の跡を継がなければならないという現実に絶望していた。
しかし当時仲が良かった円にこの事を相談して円がそれを近藤に伝え、近藤はすぐに動き出して近藤と円と総也の活躍によって葵冬馬の父親は社会的に粛清された。
それからも病院の事で力になってくれた近藤を慕い、今では新選組に所属して近藤の為に動いている少年。
ちなみに彼の付き人である井上準と友である榊原小雪も新選組に所属している。
「しかし風間千景か…。何故その男は過去の新選組を知っているんだ?円、お前はどう思う?」
「俺達のように調べたか。もしくは――そいつが新選組と何かしら関係しているとしか思えねぇ」
近藤の問い掛けに円は腕を組んで眉間に、シワを寄せながらどこか腑に落ちない様子で答えていた。
その男が何の為に総也にこれを渡しのか。
過去の新選組の負の遺産という意味がなんなのか。
円は全く分からなかったのだ。
「とりあえずこれは僕が持ってますよ」
「……わかった。ただしそれの正体が分からないまま使うなよ総也」
「分かってますよ土方さん。じゃあ、僕はこれで…」
このままいい流れでこの部屋から去れば近藤さんに説教されなくてすむ。
近藤さんは土方さんと一緒に変若水について考えているようだし、僕が学校をサボった事を今ここで言ったりしないだろう。
「ところで総也…」
「はっ、はい?」
「円から聞いたが、今日学校をサボったんだってな。どうしてだ?」
総也の肩がギクッと微かに揺れる。
土方さん、やっぱりあなたは余計な事をするよね。
近藤さんにこう言われたら逃げられなくなるじゃないか。
「久しぶりに川神に帰ってきて懐かしくなっちゃいまして」
「そうか。確かに総也の気持ちは分からない訳じゃない。だが鉄心殿に迷惑をかけたのは事実だ。だから反省はしてもらうぞ」
「……反省?」
「今日の夕飯は総也だけ抜きだ。それと明日俺と一緒に鉄心殿に謝りに行くこと。いいな?」
「…近藤さんに言われたら逆らえませんよ」
もしこれが土方さんなら思いっきり逆らうけど。
でも近藤さんには逆らえないし迷惑もかけたくない。
夕飯抜きの罰ぐらいちゃんと受けようかな。
「それから総也」
「はい?」
「天神館での事はちゃんと松永ちゃんから聞いたぞ。誰よりも強くて負けなしだったそうじゃないか」
「僕は近藤さんとの約束を守っただけですよ。僕は新選組にとっての敵を斬るために強くなったんですから」
「…そうか。頼りにしているぞ総也」
近藤さんのその言葉だけで僕は戦える。
僕は新選組一番組組長だから誰よりも先に敵を斬る。
それだけだ。
「それじゃ、総也君は今からお姉さんとお話だよ」
「へっ?ちょっと燕ちゃ……」
総也がここから離れる瞬間、燕が総也の腕に抱きついて真っ黒な笑みを浮かべて総也を連れていった。
その一連の光景に円はため息を吐き近藤は楽しそうに笑うのみ。
「そういえば近藤さん」
「どうした円?」
「百代についてちょっとな…」
今日総也が川神百代に目をつけられた事を円は近藤に伝え、近藤はその事に腕を組んでこれからどうするかを考えていく。
「まぁ、鉄心殿に伝えてはおくが」
「今の百代相手に鉄心さんがどうするか。なんにせよ総理からもそこら辺は気を付けろって言われてるし問題は山積みだな」
現代に舞い戻った新撰組。
彼らが本格的に動くまであとすこしである。
ずるずると引っ張られて総也が連れてこられたのは、今日から総也が住む屋敷の部屋の前だった。
燕は総也の部屋の前までやって来ると、動かしていた足をピタリと止めて顔を俯かせてしまう。
しかも先程まで真っ黒だった燕の雰囲気が一変して今の燕はどこか寂しそうな雰囲気に包まれていた。
「……総也くん」
「どうしたの燕ちゃん?」
総也に背を向けているせいで燕の顔は見えないが、総也は燕とは付き合いが長いせいか今の燕がどんな顔をしているか予想はできるようだ。
「京ちゃんて前に総也君が言ってた女の子だよね…」
「そうだよ。僕が小学生ぐらいの時に出会った女の子。学校にも行かず、いつも近藤さんに迷惑ばかりかけてた僕なんかと仲良くしてくれた優しい女の子だよ」
今でこそ大人しい総也だが昔は全く逆のタイプだった。
毎日のように近藤や円に迷惑をかけて、怒られても怒られても反省しないまま剣の鍛練をしてはと無茶苦茶だったのだ。
そんな時総也は当時小学校でいじめられ泣いていた京に出会い、総也は最初こそ警戒されていたが次第に京と仲良くなりお互い大切な存在となっていた。
「総也くんはその子が大切?」
「大切だよ」
燕の言葉に総也は迷いなく真っ直ぐに答えていた。
総也にとってそれは変わる事のないもの。
今の総也があるのは京との出会いがあったからだ。
仲良くなってその笑顔を見ていくうちに守りたくなった存在。
あの笑顔の為なら自分は戦える。
「……ッ!」
そして燕はそんな総也の言葉に拳を握り締めてしまう。
あの川原で燕が見たのは総也が今まで自分には、一度も見せた事がないほど笑っていた顔だった。
燕はそれが堪らなく悔しくて悲しくて胸が痛くなっていた。
自分だって総也とは長い付き合いなのにだ。
「…そうなんだ。じゃあ、総也君にとって私は……」
「大切だよ。僕にとってそれは変わる事はない。僕はあの中学の時から燕ちゃんを想ってきたんだから」
背を向けていたはずの燕は気付けば総也に抱き締められ自分はいつの間にか総也の顔を見上げていた。
「僕は僕にとって大切な人は離さない主義でね」
燕の耳元に悪魔のように総也は囁く。
甘く蕩けそうな総也の声に燕の体がびくりと震える。
この声に惑わされちゃいけない。
絶対に堕ちるものかと燕は潤んだ瞳で総也をキッと睨む。
燕だって一人の女の子だ。
いくら武道が強いと言っても総也の前では恋する女の子。
好きな人を誰にもとられたくないし自分以外の女の子を好きになってほしくないという気持ちがあるのだ。
「京ちゃんも燕ちゃんも僕の大切な人だから。だから僕は絶対に二人を離さないし誰にも渡さないよ」
燕の潤んだ瞳と総也の優しげな瞳が見つめ合う。
総也の黄緑色の瞳は本当に愛しい人を見つめるような瞳をしてその瞳は燕が大好きな瞳だった。
だからこそ燕はその瞳にその言葉に体が震えて、頬が赤くなっていき自分が堕ちていくのを感じる。
「総也君って酷いよね…」
「知ってるよ」
「鬼畜で残酷で私を苦しめてるくせに、私を離してくれない人」
「ごめんね。でも僕は川神に戻ったらこうするって決めてたから。誰に何を言われても僕はこのまま進むよ」
「知ってるよ。だって私は総也君とずっと一緒にいたから」
燕の脳裏に浮かぶ大切なおとんとおかんの姿。
おとんの為に自分は動いているのにそれを忘れてはいけないのに。
それなのに私は―――
「燕ちゃんが願うなら僕は燕ちゃんの為に戦うよ。僕の刀は大切な人の為に斬るんだから」
「近藤さんや円君に怒られちゃうよ」
「僕の優先順位は京ちゃんと燕ちゃんだから。信用できない?」
「バカ…!本当に総也君は…」
ごめん。
ごめんねおとん。
私――私――
「僕がいるよ燕ちゃん」
総也の手と燕の手が重なり総也はゆっくりと燕の柔らかな黒髪に唇を落とし、そっと燕の耳元に唇を寄せて小さく何かを囁く。
「ずるいよ…」
「それが僕だから」
瞳から涙を流し目を閉じる燕に総也は優しく笑う。
そしてそれが合図かのように二人の影はゆっくりと重なりあっていく。
真剣で武士に恋しなさい!
第五話
END
総也が目の前に置いた赤い液体が入った小瓶の名を円は目を細めて口にする。
自分も川神で新選組について調べたが、変若水などの資料はなかったし聞いた事もなかった。
それなのに何故自分はこれが普通の物じゃないと分かるんだ。
武士としての勘か?
それとも本能的に拒絶しているのか?
「総也、これは今一つしかないのか?」
「そうですね。僕も風間千景からはこれしか渡されなかったですし。まぁ、これを葵君と調べて新たに作るって方法がありますけどね。…ただどんな物か分からない以上オススメはしませんが」
「そんな事、言われなくても分かってる」
葵冬馬――
川神市で一番規模の大きい病院・葵紋病院の跡取り息子で新選組の総長という地位にいる少年。
かつて尊敬していた父親が多くの悪事を働いていて、自分もいずれはその父親の跡を継がなければならないという現実に絶望していた。
しかし当時仲が良かった円にこの事を相談して円がそれを近藤に伝え、近藤はすぐに動き出して近藤と円と総也の活躍によって葵冬馬の父親は社会的に粛清された。
それからも病院の事で力になってくれた近藤を慕い、今では新選組に所属して近藤の為に動いている少年。
ちなみに彼の付き人である井上準と友である榊原小雪も新選組に所属している。
「しかし風間千景か…。何故その男は過去の新選組を知っているんだ?円、お前はどう思う?」
「俺達のように調べたか。もしくは――そいつが新選組と何かしら関係しているとしか思えねぇ」
近藤の問い掛けに円は腕を組んで眉間に、シワを寄せながらどこか腑に落ちない様子で答えていた。
その男が何の為に総也にこれを渡しのか。
過去の新選組の負の遺産という意味がなんなのか。
円は全く分からなかったのだ。
「とりあえずこれは僕が持ってますよ」
「……わかった。ただしそれの正体が分からないまま使うなよ総也」
「分かってますよ土方さん。じゃあ、僕はこれで…」
このままいい流れでこの部屋から去れば近藤さんに説教されなくてすむ。
近藤さんは土方さんと一緒に変若水について考えているようだし、僕が学校をサボった事を今ここで言ったりしないだろう。
「ところで総也…」
「はっ、はい?」
「円から聞いたが、今日学校をサボったんだってな。どうしてだ?」
総也の肩がギクッと微かに揺れる。
土方さん、やっぱりあなたは余計な事をするよね。
近藤さんにこう言われたら逃げられなくなるじゃないか。
「久しぶりに川神に帰ってきて懐かしくなっちゃいまして」
「そうか。確かに総也の気持ちは分からない訳じゃない。だが鉄心殿に迷惑をかけたのは事実だ。だから反省はしてもらうぞ」
「……反省?」
「今日の夕飯は総也だけ抜きだ。それと明日俺と一緒に鉄心殿に謝りに行くこと。いいな?」
「…近藤さんに言われたら逆らえませんよ」
もしこれが土方さんなら思いっきり逆らうけど。
でも近藤さんには逆らえないし迷惑もかけたくない。
夕飯抜きの罰ぐらいちゃんと受けようかな。
「それから総也」
「はい?」
「天神館での事はちゃんと松永ちゃんから聞いたぞ。誰よりも強くて負けなしだったそうじゃないか」
「僕は近藤さんとの約束を守っただけですよ。僕は新選組にとっての敵を斬るために強くなったんですから」
「…そうか。頼りにしているぞ総也」
近藤さんのその言葉だけで僕は戦える。
僕は新選組一番組組長だから誰よりも先に敵を斬る。
それだけだ。
「それじゃ、総也君は今からお姉さんとお話だよ」
「へっ?ちょっと燕ちゃ……」
総也がここから離れる瞬間、燕が総也の腕に抱きついて真っ黒な笑みを浮かべて総也を連れていった。
その一連の光景に円はため息を吐き近藤は楽しそうに笑うのみ。
「そういえば近藤さん」
「どうした円?」
「百代についてちょっとな…」
今日総也が川神百代に目をつけられた事を円は近藤に伝え、近藤はその事に腕を組んでこれからどうするかを考えていく。
「まぁ、鉄心殿に伝えてはおくが」
「今の百代相手に鉄心さんがどうするか。なんにせよ総理からもそこら辺は気を付けろって言われてるし問題は山積みだな」
現代に舞い戻った新撰組。
彼らが本格的に動くまであとすこしである。
ずるずると引っ張られて総也が連れてこられたのは、今日から総也が住む屋敷の部屋の前だった。
燕は総也の部屋の前までやって来ると、動かしていた足をピタリと止めて顔を俯かせてしまう。
しかも先程まで真っ黒だった燕の雰囲気が一変して今の燕はどこか寂しそうな雰囲気に包まれていた。
「……総也くん」
「どうしたの燕ちゃん?」
総也に背を向けているせいで燕の顔は見えないが、総也は燕とは付き合いが長いせいか今の燕がどんな顔をしているか予想はできるようだ。
「京ちゃんて前に総也君が言ってた女の子だよね…」
「そうだよ。僕が小学生ぐらいの時に出会った女の子。学校にも行かず、いつも近藤さんに迷惑ばかりかけてた僕なんかと仲良くしてくれた優しい女の子だよ」
今でこそ大人しい総也だが昔は全く逆のタイプだった。
毎日のように近藤や円に迷惑をかけて、怒られても怒られても反省しないまま剣の鍛練をしてはと無茶苦茶だったのだ。
そんな時総也は当時小学校でいじめられ泣いていた京に出会い、総也は最初こそ警戒されていたが次第に京と仲良くなりお互い大切な存在となっていた。
「総也くんはその子が大切?」
「大切だよ」
燕の言葉に総也は迷いなく真っ直ぐに答えていた。
総也にとってそれは変わる事のないもの。
今の総也があるのは京との出会いがあったからだ。
仲良くなってその笑顔を見ていくうちに守りたくなった存在。
あの笑顔の為なら自分は戦える。
「……ッ!」
そして燕はそんな総也の言葉に拳を握り締めてしまう。
あの川原で燕が見たのは総也が今まで自分には、一度も見せた事がないほど笑っていた顔だった。
燕はそれが堪らなく悔しくて悲しくて胸が痛くなっていた。
自分だって総也とは長い付き合いなのにだ。
「…そうなんだ。じゃあ、総也君にとって私は……」
「大切だよ。僕にとってそれは変わる事はない。僕はあの中学の時から燕ちゃんを想ってきたんだから」
背を向けていたはずの燕は気付けば総也に抱き締められ自分はいつの間にか総也の顔を見上げていた。
「僕は僕にとって大切な人は離さない主義でね」
燕の耳元に悪魔のように総也は囁く。
甘く蕩けそうな総也の声に燕の体がびくりと震える。
この声に惑わされちゃいけない。
絶対に堕ちるものかと燕は潤んだ瞳で総也をキッと睨む。
燕だって一人の女の子だ。
いくら武道が強いと言っても総也の前では恋する女の子。
好きな人を誰にもとられたくないし自分以外の女の子を好きになってほしくないという気持ちがあるのだ。
「京ちゃんも燕ちゃんも僕の大切な人だから。だから僕は絶対に二人を離さないし誰にも渡さないよ」
燕の潤んだ瞳と総也の優しげな瞳が見つめ合う。
総也の黄緑色の瞳は本当に愛しい人を見つめるような瞳をしてその瞳は燕が大好きな瞳だった。
だからこそ燕はその瞳にその言葉に体が震えて、頬が赤くなっていき自分が堕ちていくのを感じる。
「総也君って酷いよね…」
「知ってるよ」
「鬼畜で残酷で私を苦しめてるくせに、私を離してくれない人」
「ごめんね。でも僕は川神に戻ったらこうするって決めてたから。誰に何を言われても僕はこのまま進むよ」
「知ってるよ。だって私は総也君とずっと一緒にいたから」
燕の脳裏に浮かぶ大切なおとんとおかんの姿。
おとんの為に自分は動いているのにそれを忘れてはいけないのに。
それなのに私は―――
「燕ちゃんが願うなら僕は燕ちゃんの為に戦うよ。僕の刀は大切な人の為に斬るんだから」
「近藤さんや円君に怒られちゃうよ」
「僕の優先順位は京ちゃんと燕ちゃんだから。信用できない?」
「バカ…!本当に総也君は…」
ごめん。
ごめんねおとん。
私――私――
「僕がいるよ燕ちゃん」
総也の手と燕の手が重なり総也はゆっくりと燕の柔らかな黒髪に唇を落とし、そっと燕の耳元に唇を寄せて小さく何かを囁く。
「ずるいよ…」
「それが僕だから」
瞳から涙を流し目を閉じる燕に総也は優しく笑う。
そしてそれが合図かのように二人の影はゆっくりと重なりあっていく。
真剣で武士に恋しなさい!
第五話
END