再会する日

ここ川神には住民から変態橋と名付けられている場所がある。

そこは変人や変態が通る事から、名付けられて毎日のようにお祭り騒ぎを起こす事で有名だった。

しかし変態橋にはもう一つの名前がある。

別名――
『川神百代コロシアム』


武神と謳われる川神百代と戦える場所であり、ここは毎日毎日百代に挑戦する世界中の猛者達がいるのだ。

そんな場所で一人の青年がスヤスヤと気持ち良さそうに眠っていて、時々吹く風を肌に感じていた。


「どうしますボス?」

「聞くまでもない。邪魔だからドカセ」

「「はっ!」」


川神百代に挑戦する為に遠くからやって来た、胸に七星を刻みヘルメットをしている男と頭が明太子ヘッドの仲間達。

ここで自分達が武神と戦うのに邪魔者がいては気が散るのか、ボスの言葉に仲間達が青年に近付いて退かそうとした瞬間、


「…おはよう。そして………おやすみ」


青年の目が開いて綺麗な黄緑色の瞳が、不良達を捉えて青年の表情はどこか楽し気に綻んでいた。








―――――


「なぁ、大和。何かおもしれぇ事ないか?」

「…キャップ、つい先日東西交流戦が終わったばっかじゃん」


風間ファミリーのリーダーこと風間翔一は、退屈そうにファミリーの軍師こと直江大和に話し掛ける。

楽しい事や面白い事が大好き翔一にとって今という時間が暇なのである。

このまま学校を休んで財宝探しに行きそうな翔一に、大和は呆れたようにため息を吐く。

つい先日川神学園は京都にある天神館と交流戦で戦って、二対一で天神館に勝利していたのだ。


「いや~それもそうだけどよ。なんつーか、こう胸がワクワクする事がなくってよ」


どこかに面白い事ないかなーと翔一は空を眺める。

隣に歩く大和はどうしたものか、と頭を悩ませる中で自分の後ろを歩く二人の男子の声を耳にする。


「分かってねぇなキャップ!学園には可愛い女の子達がいるんだぜ!俺はそれだけで毎日が楽しいのによ」

「ガクトは女の子なら誰でもいいもんね…」


鼻息を荒くして興奮しながら力説するのはファミリーの筋肉で脳筋代表、島津岳人。

そんなガクトに苦笑しながら返すのは、ファミリーの常識人でツッコミ役の師岡卓也である。


「俺はガクトと違って興味ねぇんだよ。それより、冒険とかイベントの方が好きだし」

「キャップらしいと言えばキャップらしいや」


またあんな楽しいイベントがないものか、と翔一はただ空を眺めたまま歩きモロは苦笑して翔一の背中を見つめていた。

そんな男性陣の後ろでは同じファミリーの、武士っ娘達が笑いながら話をしている。


「私としては、毎日楽しいけどな~」

「確かに、自分も犬に同意だ。こんな日も大事なんだからな」

「でも風間さん、本当に退屈そうです」

『頑張れキャップ!』


風間ファミリーの武士っ娘で人一倍元気な女の子、川神一子。

いつものタイヤ引きを終えてファミリーと登校しており、そんな一子の言葉に同意しているのは騎士道精神を持つクリスティアーネ・フリードリヒ。

チート級の親のもと大事に育てられ、クリスを口説こうものなら最強の軍隊が動いたりする。

そしてそんな二人の言葉を耳にしつつ翔一を心配そうに見つめているのは、風間ファミリーの武士っ娘で剣聖の黛由紀江と九十九神が宿った黒馬のストラップ松風。

普段はコミュニケーション不足でいまだに友達百人計画を頑張っている由紀江だが、戦闘になると百代と渡り合える程の実力を持っている女の子である。


(東西交流戦……か)


風間ファミリーの中で唯一口を開かず物静かに歩く椎名京。

いつもは一言二言ツッコムのだが、今日の京はずっと考え事をして黙り込んでいた。

あの東西交流戦で会いたい人と会えると思っていたのに、その人とは会えないまま交流戦が終わってしまった。

会いたくて会いたくてたまらなかったのに、と京は意識を遠い場所に飛ばしている。


「おーい!京ー!おーい!」


黙り込む京に一子が声を掛けるものの、京は無反応で一子はガックリと落ち込む。


「ダメだ。京が全く反応してくれないわ!」


項垂れる一子にならば私が、とクリスが京に近づこうとした瞬間、


「空から美少女参上!!」


ファミリーの頭上から声が聞こえ、ファミリーの目の前に一人の女性が現れた。


「あっ!お姉さまだ!」

「姉さん、おはよう」

「おはよう皆」


風間ファミリー最強の武士っ娘。

武神川神百代。

武道四天王の中で圧倒的な強さを持つ存在。

そして――

直江大和が惚れている女性でもある。


「なぁ、可愛い弟よ。実はお姉ちゃんから相談があるんだ」

「……お金なら島津金融からお願いします」

「ちょっとまて大和!今月は俺も無理だぞ。いろいろ使っちまったからな」

「いろいろ?」

「朝から卑猥だぞガクト」

「何でだよ!?」


百代の相談内容を瞬時に理解した大和が、ガクトにキラーパスを送るもののガクトは無理だと断る。

その理由に一子は不思議そうに首を傾げ、百代はまるで汚物を見るような目でガクトに目を向けると、ガクトは理不尽だと言わんばかりにツッコム。


「…っておっ!何だ、何だ!!」


そんな姉弟のスキンシップを見ていた翔一だが変態橋に、人が集まっている事に気付き目を輝かせながらそこに突っ込んでいく。


「キャップ!!まっ……行っちまった」

「まるで風の弾丸だったねキャップ」

「全くだ」


子供のように駆け抜けて行くキャップを大和が止めようとしたが、キャップは神速でいなくなり大和とモロはため息を吐いてしまう。


「しかし今日は人が多いな。何かあったのではないか?私達も行くぞ大和!」

「はいはい」


正義感溢れるクリスは大和の手を掴み、大和を引きずりながら連れていく。

そんな二人をガクトは悔しそうに見つめ、モロは『大変だね大和』と呟き由紀江はあわあわしていた。


「お姉さま!私達も行きましょう!」

「大和め、私から逃げるとはいい度胸だ」


一子と百代の姉妹もまた変態橋を目指し意識を飛ばしていた京は、不意にピクッと何かに反応して陸上選手も真っ青なスピードで走るのである。








――――

~変態橋・河原~


「うん。やっぱり戦いのあとはよもぎ団子だよねぇ。キミ達もそう思わない?」

『……』


刀を鞘に戻しどこから取り出したのか、串団子を美味しそうに食べる青年の傍には数十人はいるであろう不良達が倒れており、全員が白目を向いて口から唾液を垂らして気絶していた。

ボスであるヘルメットを被った人物は、ヘルメットを破壊されて頭を地面に突き刺している。


「僕の睡眠を邪魔するからだよ。おかげで中途半端に寝ちゃったな…」


体を伸ばし思い切り息を吐く青年だったが、ふと前方から強大な気を感じ取り目を鋭くさせ相手を確認した。

そして青年の前に現れたのは―――


「おいおい、そいつらは私の客だぞ。何勝手に手を出してるんだ?」

「あぁ…。武神の川神百代…か」


武神と呼ばれ最強に近い存在が現れて青年は苦笑する。

もしこれが常人なら裸足で逃げ出すだろうが、青年は逃げる事もせずただ苦笑しているだけ。

何故なら――

青年は百代より強い存在を知っているからだ。


「私を前にして笑っているなんてお前何者だ?ただの人間じゃないだろ」


川神百代は自分の前に立つ青年を怪訝に見つめる。

何せ今まで戦ってきた相手と目の前の男は違いすぎるからだ。

確かに笑いながら挑んできた挑戦者は、今までいたが目の前の男は雰囲気そのものが違う。


「残念だけど、僕は名乗るつもりないよ。それにアナタとは戦うなって土方さんからも言われてたしね」

「土方だと。もしかして円の事か?」

「さてね」


百代の脳裏によぎる自分と同じ学年の男。

自分よりは弱いがそれでも、普通の武道家よりは実力がある男。

よく自分にお説教をするうるさい奴だが、自分が認める武士の一人でもある。

そんな男の事を何故コイツが知っている?


「アイツの知り合いか?しかし見たことないな」

「だろうね。僕とアナタはこれが初対面だもの」


青年はそう返しアクビをしながら百代をチラリと見る。

あの武神相手に余裕をかます青年に周りはただ唖然とする。

今まで武神川神百代にあんな態度をしたやつはいたか?

唯一土方円が対等に接しているが、あれは全く違う対応じゃねぇか。

今すぐ謝らないと星になるぞー!と変態橋にいる人達は心配そうに見つめていた。


「あの男もバカだよなー。モモ先輩にあんな態度だぜ」

「そうだよね。もう謝ってもモモ先輩は許さない気がするし」


風間ファミリーのガクトとモロは青年を嘲笑いそれとは逆に、


「そんな事はどうだっていいぜ!それよりアイツ面白いなー!!」

「うぅ…あの人大丈夫かな~?」


こんな時でも目を輝かせる翔一に対し、一子は不安気な表情で青年に目を向ける。

だがしかし一子はこの時内心ではキャップ同様にワクワクしていた。

何せあのお姉さま相手にあの態度なのだ。

絶対に普通の人ではないと感じていた。


「大和、お前はどう思う?」

「ただの強がりか、本当に実力があるかの二つだ。だけど姉さん相手にそんな実力がある奴なんて俺は知らないぞ」


盛り上がる四人のファミリー達から離れた場所で見ていた、クリスと大和は真剣な表情で青年を観察していた。


「クリスから見てアイツはどうなんだ?」

「……隙だらけに見えるがおそらくあれはわざとだ。モモ先輩が仕掛けたら瞬時に対応できるように立っている」

「マジかよ。じゃあ後者の方が当たりって事か」

(それだけじゃない。あの男おそらく強い…)


モモ先輩と対峙している男はもしかしたら、まゆっちクラスかもしれない。

理由は分からないが、まゆっちの本気と今の男は似ているのだ。


「……あれは!」


観察しているクリスと大和の傍で由紀江は、青年の顔を目にし驚いていた。

何故あの人が川神に!!

あの人は京都の天神館に通っていて川神にいるはずがない。

もしかして土方さんが仰ってた、『アイツ』とはあの人の事だった?


「………えっ」


そして、この時京の時間は確かに止まった。

青年の姿に視界が歪む。

自分が見間違いするはずがない。

胸に込み上がる感情が体を襲う震えが全てだ。

あの人は―――


「…総也…?」


そう呟いた瞬間に自分の足は一目散に河原へと駆け出していた。








――――


「まだ何か用かな、川神百代さん?」

「あぁ。円の知り合いなら強いんだろ?私とやらないか?」

「嫌だね…。僕は戦うより団子食べてる方が好きだし」


さっさとここから離れて土方さんと会わなくっちゃね。

あの人時間にはうるさいし、近藤さんに知られたらお説教されちゃうし。


「じゃあね川神百代さん。やるんなら土方さんにでも頼め……」


そう返そうとした青年の懐に百代が現れ、全力の拳を叩き込もうとしていた。

あの速さは誰にも交わせないと誰もが確信していたその時、百代の視界から青年は姿を消していつの間にか百代の背後に回り込んでいたのだ。


「なっ…!!」

「ダメだよ百代さん。そんな遅い拳じゃ届かないよ」

「…なん…だと…」


百代は目を見開く。

自分は確かに全力で拳を振るったはずだ。

それが遅いはずはない。

あのタイミングで避ける事なんてできないはずだ。


「いいなお前!実に面白い!もっとだ!もっと!私を楽しませてくれ!」


体が歓喜で震える。

こんな奴がまだ川神にいたなんて思わなかった。

心がワクワクで高鳴る。

今の一瞬でコイツが只者じゃないのはわかった。

コイツは円よりも強い。

それこそ本気のまゆっちよりもだ。


「あれ、何かスイッチ入っちゃった?めんどくさいな~」


こんなはずじゃなかったんだけどな~。

さっさと消えればよかったかな?

これは失敗失敗。


「いくぞ!川神流…」

(どうしようかなー。…ってこの気配は)


百代が何か技を放とうとしていた時に、青年はふと自分に近づくとある気配に気付いて嬉しそうに笑う。

この気配は間違いない。

彼女の――

僕の大切な人の――


「何を笑って…」

「悪いけど、アナタの相手はこれで終わりだよ」

「んっ?どういう意味…」


そう百代が目を細めた瞬間青年は、百代の前から姿を消してとある女子生徒を抱き締めていた。

その人物は青年に抱き締められ涙を浮かべ抱き締め返している。


「久しぶりだね…京ちゃん」

「総也!総也!」


まるで長い間離れていた恋人と再会したような光景に百代は呆気にとられる。

先程まで高まっていた闘気が冷めて舌打ちをする。

しかもだ青年が抱き締めているのは、風間ファミリーの京ではないか。

京がいては戦えない。


「お前、京の知り合いだったのか?」

「知り合いと言うか、京ちゃんは僕の大切な人だよ」

「…はっ?」


総也の言葉に百代は間抜けな顔をする。

もう展開についていけない事ばかりだな。

なんかもう頭が痛くなってきたな。


「ん~、京ちゃんと会えたし今からどこか行こっか?」

「でも総也…」


今から学校に行かなくていいの?と首を傾げる京に総也はニッコリ笑う。

この男サボる気である。

しかも今日から通うのにバックレる気である。

川神学園で土方円が待っているのに、沖田総也は頭から消し去って京とデートをする気である。


「僕はこの川神を知らないからね。案内してね京ちゃん」

「総也の為なら仕方ない」


この時変態橋にいた人達はもちろん、風間ファミリーは展開についていけず固まったままである。


「京ちゃんのオススメの場所とか行ってみたいかな」

「フフフ。総也の妻である私がじっくり教えてあげる」


こうして沖田総也の初登校は終わった。

土方円が川神鉄心が待っているのに総也はもう京とのデートを優先していた。

欲望に真っ直ぐだが彼はこの時完璧に失念していたりする。

変態橋の中に瞳から光を消して、子供なら泣くレベルで笑っている武士っ娘の存在を。


「あははー。みーつけった。だめだよそうやくん。がっこうをさぼるなんてわるいこだー。わたしがちゃんとおこらないとー」


空気が凍っていた。

確実に彼女の周りの空気は凍りついて、その近くにいた生徒達はガタガタ震えてトラウマを植え付けていた。


「もうそうやくんはしかたないなー。わたしがいないとほんとうにだめだめなんだから。あはははははは」


正直に言って怖すぎる。

これは下手なホラーより怖すぎる。

そんな武士っ娘こと松永燕はただただ笑っていた。
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