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不出来な兄

昔から、出来の悪い兄だった。

勉強はできないし、運動音痴。歌も死ぬほど下手くそ。料理を作らせたら天下一品に不味いし、部屋は汚いし、家電はすぐ壊すし、手先も不器用で…。

そんな兄と、双子だからという理由で一緒にされたくなくて、僕は必死で努力した。

勉強は学年トップ、スポーツも学校トップ。歌は…まぁ、聴ける程度だけど、家事全般もそつなくこなすようになった。

全部一人で努力した。

でも、僕がたった1つ欲しいものは、いつだって兄の手の中にあるのだ。


*不出来な兄*


為崎桐彦。僕の双子の兄である。
僕は声優を、兄はアイドルを目指して、現在は『LUX Egg Project』という研修生グループとして芸能活動をしている。


幼い頃から、兄は前述の通り不出来だったが、いつだって兄は愛された。
親も親戚も、可愛がるのは僕ではなく兄で、教師も同級生も先輩も後輩も近所の人も、みんな、僕じゃなく兄を愛した。

昔は比較的仲の良かった僕たちだったけれど、さすがに僕の気持ちが付いていかず、小学生の高学年くらいから、距離を置くようになっていた。



中学生の頃、僕はラクロス部に所属してアクティブに学園生活を送っていたけれど、どれだけ一般人のふりをしていても隠しきれないくらい、重度のヲタクになっていた。

明るい人気者の兄に対して、陰鬱なヲタクの弟。出来の良し悪しなど関係なく、周囲の評価の格差は広がり…

僕はとうとう、兄の信者たちから嫌がらせを受けるようになった。


「っ…」


廊下を歩いていると、反対側から歩いてきた同級生と強く肩がぶつかった。
慌てて謝罪しようとしたが、クスクスという嘲笑が周囲から聞こえ、口を閉じた。

めんどくさ…。

初めこそ勘違いかと思ったが、少しずつそれは悪化していて、兄の見ていない時は、いつも何かしらの嫌がらせをされていた。


「トモ」


思わず大きなため息をついた時、後ろから自分を呼ぶ声が聞こえ、振り返る。


「今日は部活休みなんだろ?一緒に帰ろう」


呑気なものだ。
弟が自分の取り巻きに何をされてるかなんて、考えたこともないだろう。


「今日はアニメニア(※アニメグッズ専門店)に寄って帰るから、兄ちゃんは先帰っててよ」
「駅前の?じゃあ俺も行く」


正直、兄の顔を見るだけでも腹が立つくらいイライラしていたため、「アニメに興味ないだろ」と強い口調で兄を睨み付けた。

兄は特に気にする様子もなく、「そんなことないよ」といつもの笑顔を見せた。

その引く気がない兄の態度に、仕方なく自分が折れてやり、二人でアニメ専門店へバスで向かった。


* * *


「色々買ったな」
「そのためのお年玉だからね」


到着前のイライラなどどこへやら。
ざっと2万円ほど買い物をして、気持ちがスッキリした。
その表情の変化を見て、兄が安心したように笑っているのが分かって、なんだか複雑な気持ちになる。


「あ、それ」


兄がふと足を止めて指差した先を見てみると、店の前に並んだガチャポンだった。

よく見ると、自分が愛してやまない嫁の顔が見え、思わず飛びついてしまった。


「恋まほのキーホルダーだな」


都会の方では当たり前のように展開していた恋まほのガチャポンだったけれど、とうとうこの田舎でも並ぶようになったか…!

興奮気味に百円玉を3枚投入して回そうとした時、背後から聞こえた声を思い出し、慌てて振り返る。


「恋まほ知ってんの?!!」
「ん?あぁ…」


リア充の兄から聞こえるはずのない単語に、驚きが隠せなかった。
今までアニメの話などしたこともなかった。
もしかしたら、アニメに興味あるというのは、本当なのかもしれない。

僕は、少し嬉しいような気持ちを抑え、ハンドルを回した。
2度、3度……。


「小銭なくなっちゃったな…」


両替…と僕が立ち上がると、兄は自分の財布から三百円取り出し、おもむろに回した。

カプセルを開くと、そこには1番欲しかったキャラクターのキーホルダーが入っていた。


「はい、プレゼント」
「え!?いいの……?」
「トモの嫁なんだろ?」


何故そんなことまで知っているのか…そんなことはどうでもいいくらい嬉しくて、興奮を抑えられないままキーホルダーを受け取り、鞄に付けた。

うっすらと聞こえた「ということは、俺の義妹だな」という気持ち悪すぎる発言には目を瞑ろう。


* * *


同級生からの嫌がらせに遭いながらも、何だかんだ穏やかな日々を送っていたけれど、その日は突然やってきた。

放課後、兄の取り巻きの5人組に無理矢理腕を引かれ、河原に辿り着いた途端に思い切り突き飛ばされた。


「お前マジでムカつくんだよ!気持ち悪いヲタク!」
「ほら、立てよ!」


まず、何故自分が嫌がらせを受けなければならなくなったのか。その理由が自分には到底分からなかった。

兄のことを大切な友人だと考えているのなら、兄を大切にすればいい。弟である僕は、何も関係ないじゃないか。

細かくて尖った石が、受身をとった腕に刺さって痛い。立ち上がらせるために捕まれた髪も。

何故自分が。自分だけが。


「気持ち悪いって思うなら…関わらなきゃいいのに…」


絞り出した声に苛立った一人が、他のメンバーに僕を押さえているように指示をした。

その後は、殴る蹴るの暴行。

僕が抵抗しないことが分かると、押さえていたメンバーも、行為に加担した。

意識が薄れる。
何故だろう。何が違うのだろう。

問いかけが、空しく頭の中に響く。


「こっち来いよ」


またも数人に腕を無理矢理引かれ、川の中に連れ込まれる。

頭の中はある程度冷静で、「あぁ、たまにアニメとかでもあるやつだ。川に沈められて、溺れさせられるやつだ」なんてぼんやり思っていた。

髪を掴まれ、案の定頭を川に沈められる。
たまに持ち上げられては、また沈められる。


「苦しいだろ?」


愉快そうに笑った顔が鬱陶しくて、僕はせめてもと、ふいっと顔を背けた。


「おい弟、これ、大事なものだろ?」


無理矢理顔を向けさせられると、相手が手に持っていたのは、先日兄からもらった、キーホルダーだった。


「気持ち悪ぃんだよ、こんなもん!」


取り返そうと藻掻いた瞬間、そいつはそのキーホルダーを、川へ投げ捨てた。


「はな…せ…!!」


力を振り絞って拘束を解き、投げ捨てた方向に歩き出す。

視界はぼんやりして、二重、三重にも見える。足もおぼつかない。思うように動けない。

それでも、あのキーホルダーを手渡した兄の顔が、ずっと頭を離れない。


兄ちゃんからもらった…キーホルダー……


「トモ!!」


急に聞こえた声に振り返る。
そこには、真っ青な顔をして河原へ降りてくる兄がいた。


「お前ら何してる!」
「こ、これは…」


言い訳しようとする取り巻きたちを振り払って、兄はまっすぐ僕のもとに来た。

泳げない兄が川に入るなんて…

強く抱きしめるような兄の腕に、僕は思わず涙が溢れた。


「兄ちゃ…キーホルダぁ…兄ちゃ…から…もらった…」


僕の言葉を聞いて、兄はぐっと、苦しそうな顔をして、「そんなもの、いいから…」と腕に力を込めて。


「病院に行こう。俺には、そんなものより、トモが必要なんだ…」





その後、暫く入院した。
怪我が原因で、部活にも参加できなくなって、リハビリの毎日。


「もう、ラクロスできないかも」
「大丈夫だ。トモならできる」


部活の仲間にはすぐ戻ると言いながら、つい兄の前では弱気な発言をしてしまう。
でも、兄は何度諦めるような発言をしても、大丈夫だと言ってくる。

適当なのか、無神経なのか。
「何で言い切れるの?」と、とうとう我慢できなくなった僕からの質問に、兄はこう答えた。


「だってお前は、誰よりも努力できる人間だろ」
「え…?」
「誰も知らなくても、俺は知ってる」


双子だからな。


* * *


昔から、不出来な兄だった。

勉強はできないし、運動音痴。歌も死ぬほど下手くそ。料理を作らせたら天下一品に不味いし、部屋は汚いし、家電はすぐ壊すし、手先も不器用で…

更に僕が退院した頃に中二病を発症。黒いマントを身に纏い、片目には黒い眼帯。ヲタクの僕でも引くような痛い発言も、平気な顔をして言うようになった。

それでも兄は愛される。
そういう星の下に生まれたのだ。双子のくせに。


でも、僕がそんな理不尽な世界に絶望しなくて済んだのは、他でもない、そんな不出来な兄がいたからだ。

兄は誰より、僕の努力を知っていてくれた。
誰より、僕の孤独を知っていてくれた。
誰より、僕の気持ちを知っていてくれた。

兄はいつだって、手の中にあるたくさんの愛情を、惜しみなく僕に与えてくれた。

兄が愛されて、僕が愛されない世界が、ずっとずっと永遠に続いたとしても、その愛情がある限り僕は強く生きられる。


なんて。決して口にはしてやらないけど。




*end*
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