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最高の夏



夏にやりたいことを全てやりきると世界が終わるらしいよ。
「なんだそれ」
人間は幸福と不幸のバランスをとって生きているでしょう。
良いことがあったら悪いことがある。悪いことがあったら良いことがある。
たまに偏りが出ることがあるとしても、長い目で人生を見ると、その波は大体一定なんだって。
だから、夏にやりたいことを全てやりきると、つまり、最高の夏になると、世界が終わるんだ。
「へえ、全然わからない」
最高の夏には、世界が終わるほどの価値があるってことさ。
分かり易いだろ?
「なるほどな、よくわかった。んじゃあ…いっちょやってみようぜ、幸也」
そうだね、名津。
終わらせてみようか、世界を。









海だ!!!!!!!!!!
「海だ!!!!!!!!!!」
焼けるような日差し、波の音、塩の香り、ここは間違いなく海だ!
転々と直立するパラソル、あちこちで聞こえる歓声。
ここは海なんだもの、ね、名津。
「ああ、海だ、間違いなく海だ。何もたもたしてるんだよ?幸也」
ええ、もたもたしてるってなにさ?
「決まってるだろ、泳ぐんだよ!」
ザパーン!と音を立てて名津が海に潜り込む。
いやいや、こんな浅瀬でよく飛び込めるよね!
「はやく来いよーーー!!」
待って待って、俺は泳ぐのはそんなに得意じゃないの知ってるでしょ。
名津は、小学生の頃から水泳大会で一位を取るほどの腕前だけどさ。俺はいつも補欠。
名津にタオルを渡すことしかしたことないよ。
「大丈夫、お前は浮いてるだけでいい。俺が泳いでひっぱってってやるからさ!」
そっか、それなら気持ち良さそうだね。
水は俺だって大好きなんだ、冷たくて、気持ちよくて。


ひたすら水に浮かんだり、水をかけあったりして遊んだ後は、次の海の醍醐味、砂遊びだ。
砂遊びなんて子供っぽい?子供上等だ。
砂のお城を作るのは、海の醍醐味なんだ。
最高の夏に必要不可欠な要素のひとつ。
「お城なあ……うーん、お城なあ……」
難しい?
「お城ってあんまり想像がつかないんだよな、姫路城?」
………俺はもっと西洋風なのを想像してたけど。
「マジでか。………………じゃあ亀作ろうぜ!?」
亀?
「お前の渾名、亀だっただろ」
いやそれ悪口だったからね。
俺の動きがあまりにも遅くて、のろまだったから。
「いやそりゃあ最初はからかわれてたけどさ、だんだん皆から亀のぬいぐるみもらったりして、マスコットキャラクターみたいになってたじゃんか」
そうかなあ。いじめられてるとは思ってなかったけどね。
「愛されキャラだったよな~幸也は。俺はお前が羨ましかったよ」
俺だって名津が羨ましかったよ。皆のリーダーで、太陽のように輝いていて。まるで夏みたい。名津だけに。
「げ、さみぃ~……………………亀、上手くね?これ本当に砂かよ、美術作品だろ…」
ふふふ、手先だけは器用なんだよね。
「え~………写真撮ってインスタにあげよ~…………」
名津インスタやってないじゃないか。
「気分だよ、気分。インスタにあげよって言いたい気分」
訳がわからない。
…………気付いたらそろそろ暗くなってきたね。
「ん?おお。……暗くなってきたら、やることは一つだろ?」
そうだね、もちろん、
「花火の時間だ」



………で、持ってきたのがなんで線香花火だけなのさ。
「俺さ、線香花火が大好きなんだよ」
知ってるよ。俺も線香花火が一番好き。
じっと息を潜めてさえいれば、輝いていてくれるところが好き。
「線香花火は落ちるとか言うけどさ、嘘なんだよな。線香花火はちゃんと最後まで燃えれば落ちることなくゆっくりと消えるだけ。みんな、うっかり落としちゃうからいけないんだ」
…………ほら、こんな風にね。
「…………綺麗だなあ。こんなに小さな火なのに、幸也の顔までちゃんと見える」
ふふ、本当に見えてるのかよ。
「見えてるよ」
そっか。






チリンチリン

名津んち、久しぶりだなあ。
「ようこそ、我が家の縁側へ!相変わらずのボロ家ですまん」
いえいえ、落ち着くよ、名津んちは。実家みたいだ。俺の家には生活感あんまり無いから。
「今スイカ用意するからな」
そう、次に俺らが実行に移した"最高の夏"。それは名津んちの縁側で食べるスイカだった。
「おら、我が家特製!厚切りスイカだ!!!」
………相変わらず、一切れが一人の量じゃないよね。

チリンチリン

「はい、お前は左、俺は右」
わかってるよ、いつもの場所でしょ。
俺が右に行くとなんか嫌がるんだよなあ。
「幸也は俺の左なの、それは決まってるの。幸也が右にいたら、なんか気持ち悪い」
意味不明だろうけど、同意見だ。
「いつも通り、タネは庭に飛ばしていいからな」

チリンチリン

小さい頃は、こうやってとばしてたらまたスイカが勝手に生えてくるんじゃないかって思ってわくわくしたよな。
「美味しいなあ、スイカ。美味しいよな?幸也」
美味しいよ、名津。
でもこれ、食べ頃じゃないかもしれないね。まだちょっとだけしょっぱいよ。








「…………78」
全然怖くなかったんだけど?
「うるせーな!!!いい加減ネタ切れなんだよ!!」
夏と言えば怪談、つまり、百物語だ。
「……そろそろもう無理だ、なにも出てこん」
そもそも俺たち、どっちも怖がりですらないし、怖い話好きでもないしね。
「いや、幸也の家に出たゴキ……いや、"ヤツ"の話はなかなかに怖かったぞ」
自分でしといてなんだけど、方向性ズレはじめてるからね。

チリンチリン

「あーもうやめやめ!百物語やめ!」
俺たち、毎年百物語やろうとするけど、毎回百までいかずに終わるんだよな。
十とか二十で終わってたあの頃よりは大分成長したけど。
「あ、待ってもう1つ思い出した、怖い話」
何?今さら78も79も変わらないよ。
「まあ聞けって……………これは俺の実体験、なんと一昨日の事だ!クラスのオカルト好きの委員長に呼び出された。呼び出し内容はこうだ。『お前の命が危ない。詳細を伝えるから、屋上まで来られたし』。委員長は変わり者だが冗談は言わない。俺は生唾を飲んで屋上に向かった。そこでは、謎の水晶玉を持った委員長が待ち構えていたんだ。何を言われたかと言うと────」
ごくり。
「『あなたの世界はもうすぐ終わる。本質的に、あなたは死ぬのよ』…って言われたんだ!」
…………………………それは怖いな。委員長が。
でも、このまま最高の夏が実現して、世界が終わったら、それは本当になるかもしれない。
「その時には委員長も死んでるだろー!?」
いや、うん、そうか、あはは。
本当に怖い話だ。






チリンチリン


「幸也!!!!起きろ!!!!」
気付いたら朝になっていた。いつの間にか寝てたのか、全然覚えてないんだけど。
「覚えてないのか?マルオカートやってたら、疲れて寝ちゃったんだよお前」
マルオカートやってて寝落ちしたのか、俺は。
レースすら放棄されて俺のスーパーマイカーが泣いてるぜ。
「そんなことはいいんだよ、起きたんたなら顔を洗え!着替えろ!行くぞ!」
行くぞって、どこにだよ。
「そんなん、決まってるだろ!」

チリンチリン


「向日葵畑だよ!!!!!」
















…………すごい、眩しい。
「おー!やっぱりこの時期は黄金!って感じだなー!?」
一面に広がる向日葵畑、壮観だね。
全員が太陽の方を向いている。太陽も照れちゃうと思うんだけどな。
「でも、そうか、俺たちもう…向日葵よりもでっかくなっちゃったんだな」
そうだね、昔は、向日葵の方がずっとずっと高くて、向日葵畑に来たら世界に俺たちしかいないような気分だったよな。
「自分が、あのおっきな花を見下ろすようになるなんて、思ってもいなかったよ」
何年、来てなかったっけ。
「たぶん、五年ぐらい」
五年かあ。
何もかも変わってしまうには十分すぎる時間だね。
「…………」
次、どこ行く?
「…………ない」
ない?
「終わっちゃった、俺の最高の夏」
いやいや、もっとあるだろう。肝試しとか、かき氷とか、夏といえば。
「いや、お前、わかってるくせに」
…………わかってるよ。
海で泳ぐ、砂浜で遊ぶ、線香花火、名津んちの縁側で食べるスイカ、百までいかない百物語、向日葵畑。
昔の俺たちが毎年飽きもせず過ごしてた夏のことだ。
最高の夏だったよなあ。
「最高の夏だった」
良いのか、これで。
「俺にとっての最高の夏だ」
そうか、良いんだな。
いつもの夏だったのにな。
「いつの間にか、これが最高の夏になっちまった」
世界が終わっちゃうね。
「最後に1つ忘れてた」
他にも何かあったっけ?

「キスさせて」
本当に最高の夏になっちまったじゃないか。




















そうして世界は終わった。
「あら、名津くん、おはよう」
「おばさん、おはようございます。これ、お花」
「ありがとうねえ。幸也もよろこんでると思うわ」
「…………猛暑ですね」
「今年の夏は暑いわね。幸也がいたら、おおはしゃきだったと思うわ。あの子、夏が大好きだから」
「冬に愛されたような名前をして、真っ白な肌をしているくせに、夏が大好きでしたよね」
そう名津が言うと、幸也の母は、あらと驚いたような顔をして、微笑んだ。
「違うわよ、名津くん。あの子が好きだったのは"夏"じゃなくて"名津"よ。あなたが大好きだったのよ。だから、夏も大好きになった」
「…………」
「光輝くあなたが大好きだって、あの子病院でいつも話してた。名津は眩しいんだ、俺の自慢だ、いつか隣で歩けたら…って」
「………俺は、いつも幸也か羨ましかった」
「そうよね、あなたたちは無い物ねだり。だからお互いに惹かれあってたのかもしれないわ。だって幸也、名津くんの事、きっと世界で一番大好きよ」
そう言って笑い、幸也の母親はゆっくりと立ち去った。
名津は、静かに幸也の墓の前で手を合わせ、帰路についた。








「名津くん」
「委員長」
「私の言った通りだったでしょう」
「いつか隣で歩けたらってなんだ。いつも幸也は俺の隣で歩いてた」
「本当に?」
「幸也はずっと、俺の隣に居た…」
「じゃあなんで、五年も向日葵畑に行かなかったの?あそこは幸也くんの大好きな場所だったんでしょ」
「怖かったんだ、真っ白なあいつが黄金に埋まると、どこかに消えてしまいそうで」
「幸也くんは、太陽にかき消されない存在になりたかったんじゃないの」
「委員長がなんでそこまで知ってるんだよ」
「水晶玉が教えてくれたの、なんてね」
「…………」
「本当に、昔から幸也のことしか見てないのね」
「………どういう事?」
「まあいいの、私の事は。それで、世界はどうなってしまったの?」


最後に幸也にキスをしたら、幸也は笑って黄金にかき消されてしまった。
もう思い残すことはないみたいに。
最高の夏が過ごせたんだって。
最後に俺の隣で歩けたんだってさ。

「幸也がいない世界なんて、終わったようなものだ」

何度だって言おう、
夏にやりたいことを全てやりきると、



最高の夏になると、世界は終わるのだ。

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