短編集(オリジナルサバイバーあり)
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過去のおはなし。
『なくしたくないっておもうのに。』
***
「挿し絵を描ける人を探して欲しい?」
「そう!私が今度出す本は知ってるでしょ?」
「あぁ…あの神学と音楽をテーマにしたやつ」
「今回の、今まで以上に時間かけて書いたから結構自信作なんだよ!旅の途中で遊んだ遊園地の人にも取材してみたり!」
「そんなことしてたの…で、そこまで手間暇かけたからどうせなら挿し絵も欲しくなった、って所?」
「流石!なまえよく分かってる!で、読んだ感想は!?」
「面白かった。特に…あの羊飼いの話」
「あぁ、ハイータのとこか」
「なんかあそこだけやけに手が掛かってるみたいに思えたけどどうなのかしら?」
「えへ…」
くるくると舞いながらスーは笑った。左目を隠す長い前髪がふわりと浮いて、“変わってしまった”左目が露になる。まったく、5年間も行方不明になったと思ったらあんな目を抱えてふらりと帰ってきて、ベストセラー作家になってしまうんだから。人生とはつくづくよく分からないものね。
「出版社の人はー、写真じゃ駄目なの?って言ってたけどー、音も神様もー、ファインダーを覗くだけじゃ分かんないもんねー、…まぁ、この世界でさえも私らは捉えられてないのかも知れないけどさー?」
「…ねぇスー」
「なぁに?」
「貴女、挿し絵を描ける人を探してって言ってたわよね」
「うん!」
「…私の職業分かってる?」
「ぶつりがくしゃあ!」
「あのねぇ…色んな人を相手にしてる職業じゃないんだから…絵描きの知り合いなんているわけないでしょ……あ」
一人だけ、顔が浮かんだ。
絵描きの知り合い。いや、正しくは知り合いですらない。何せ私が一方的に“彼”を知っているだけなのだから。多分彼は私のことを知らないし、良くて風景の一部だろう。
「…いるんじゃん」
「いやいやいや、知ってる人は確かにいるわよ?でも話したこともないのに、いきなり話しかけて、挙げ句のはてに仕事を頼むなんて出来る訳…」
スーはきょとんとして言った。
「これをきっかけに話せばいーじゃん」
「ええっ!?」
「ねぇ、お願い!私の為だと思って…!」
「…分かった。今日、話しかけてみるわ」
「ありがとー!今度甘いもの奢るっ!」
「…はいはい」
◇∴◇∴◇
「………とは、言ったものの、ねぇ…」
夕暮れの中、悩みつつ歩を進める。あの角を曲がれば、きっと“彼”は今日も座って絵を____
あぁ、いた。
静かに筆を滑らせ、キャンバスに向かう“彼”は何度見ても綺麗だと思う。いつもならそのまま家に帰るのだけれど、今日はそうもいかない。
邪魔をしないようにゆっくり近づいて、筆が止まった所を見計らっておそるおそる声をかける。
「あ、あのっ…」
「…っ!あ、えぇ、何でしょう?」
焦ったようにこちらを向いて絵を隠そうとするけど全然隠せていない。キャンバスには女性が描いてあった。赤いリボン、肩まで伸びた髪をハーフアップにして………あれ、これって、
「………わた、し?」
「……………はい」
「凄い!綺麗……私じゃないみたい」
「…気持ち悪いとは思わないんですか?」
「私ね、誰かに絵を描いてもらうのが夢だったの!本当に素敵!凄いのね、貴方」
「本物の方が、綺麗ですけど…」
「そんなことないわ!こっちの方が私は好きよ」
「ふふっ…おかしな人ですね」
「態々私を描いてる貴方も変だと思うけどね」
◇∴◇∴◇
「いいって!?」
「ええ。描かせて貰いたい、だって」
「やったあ!その人、何て名前なの?」
「ええと…そう、ジャック、だそうよ」
「ファミリーネームは無し?」
「そうみたい」
「わかった!ほんっとぉにありがと!」
これが、×年前の出来事。
◇∴◇∴◇
ねぇ、ねぇジャック、ジャック・ザ・リッパー。私の愛しい切り裂き魔。貴方は今何処に居るの?
貴方がいないから、髪を切れないの。ねぇ知ってるかしら?スーが言ってたの。東洋では『想いは髪の先に残る』って言ってね、失恋したら髪を切るんですって。相手への恋慕を忘れるために。
そんなこと聞いたら、切れなくなっちゃったわ。
もう、腰まで伸びたのよ?
ねぇ、何処に居るの?
「なまえっ!」
「…スー」
「ジャックさん、見つかるかもっ」
息を切らして陽の光と一緒に一人きりだった暗闇の研究室に入ってきたスーは私に手紙を差し出す。白い封筒に、赤い紅い封蝋。
便箋を取り出して文字を目で追う。
『エウリュディケ荘園に来れば待ち人に会えるだろう____』
***
なくしたくないっておもうのに。
無くしたくないって思うのに。
亡くしたくないって、想うのに。
『なくしたくないっておもうのに。』
***
「挿し絵を描ける人を探して欲しい?」
「そう!私が今度出す本は知ってるでしょ?」
「あぁ…あの神学と音楽をテーマにしたやつ」
「今回の、今まで以上に時間かけて書いたから結構自信作なんだよ!旅の途中で遊んだ遊園地の人にも取材してみたり!」
「そんなことしてたの…で、そこまで手間暇かけたからどうせなら挿し絵も欲しくなった、って所?」
「流石!なまえよく分かってる!で、読んだ感想は!?」
「面白かった。特に…あの羊飼いの話」
「あぁ、ハイータのとこか」
「なんかあそこだけやけに手が掛かってるみたいに思えたけどどうなのかしら?」
「えへ…」
くるくると舞いながらスーは笑った。左目を隠す長い前髪がふわりと浮いて、“変わってしまった”左目が露になる。まったく、5年間も行方不明になったと思ったらあんな目を抱えてふらりと帰ってきて、ベストセラー作家になってしまうんだから。人生とはつくづくよく分からないものね。
「出版社の人はー、写真じゃ駄目なの?って言ってたけどー、音も神様もー、ファインダーを覗くだけじゃ分かんないもんねー、…まぁ、この世界でさえも私らは捉えられてないのかも知れないけどさー?」
「…ねぇスー」
「なぁに?」
「貴女、挿し絵を描ける人を探してって言ってたわよね」
「うん!」
「…私の職業分かってる?」
「ぶつりがくしゃあ!」
「あのねぇ…色んな人を相手にしてる職業じゃないんだから…絵描きの知り合いなんているわけないでしょ……あ」
一人だけ、顔が浮かんだ。
絵描きの知り合い。いや、正しくは知り合いですらない。何せ私が一方的に“彼”を知っているだけなのだから。多分彼は私のことを知らないし、良くて風景の一部だろう。
「…いるんじゃん」
「いやいやいや、知ってる人は確かにいるわよ?でも話したこともないのに、いきなり話しかけて、挙げ句のはてに仕事を頼むなんて出来る訳…」
スーはきょとんとして言った。
「これをきっかけに話せばいーじゃん」
「ええっ!?」
「ねぇ、お願い!私の為だと思って…!」
「…分かった。今日、話しかけてみるわ」
「ありがとー!今度甘いもの奢るっ!」
「…はいはい」
◇∴◇∴◇
「………とは、言ったものの、ねぇ…」
夕暮れの中、悩みつつ歩を進める。あの角を曲がれば、きっと“彼”は今日も座って絵を____
あぁ、いた。
静かに筆を滑らせ、キャンバスに向かう“彼”は何度見ても綺麗だと思う。いつもならそのまま家に帰るのだけれど、今日はそうもいかない。
邪魔をしないようにゆっくり近づいて、筆が止まった所を見計らっておそるおそる声をかける。
「あ、あのっ…」
「…っ!あ、えぇ、何でしょう?」
焦ったようにこちらを向いて絵を隠そうとするけど全然隠せていない。キャンバスには女性が描いてあった。赤いリボン、肩まで伸びた髪をハーフアップにして………あれ、これって、
「………わた、し?」
「……………はい」
「凄い!綺麗……私じゃないみたい」
「…気持ち悪いとは思わないんですか?」
「私ね、誰かに絵を描いてもらうのが夢だったの!本当に素敵!凄いのね、貴方」
「本物の方が、綺麗ですけど…」
「そんなことないわ!こっちの方が私は好きよ」
「ふふっ…おかしな人ですね」
「態々私を描いてる貴方も変だと思うけどね」
◇∴◇∴◇
「いいって!?」
「ええ。描かせて貰いたい、だって」
「やったあ!その人、何て名前なの?」
「ええと…そう、ジャック、だそうよ」
「ファミリーネームは無し?」
「そうみたい」
「わかった!ほんっとぉにありがと!」
これが、×年前の出来事。
◇∴◇∴◇
ねぇ、ねぇジャック、ジャック・ザ・リッパー。私の愛しい切り裂き魔。貴方は今何処に居るの?
貴方がいないから、髪を切れないの。ねぇ知ってるかしら?スーが言ってたの。東洋では『想いは髪の先に残る』って言ってね、失恋したら髪を切るんですって。相手への恋慕を忘れるために。
そんなこと聞いたら、切れなくなっちゃったわ。
もう、腰まで伸びたのよ?
ねぇ、何処に居るの?
「なまえっ!」
「…スー」
「ジャックさん、見つかるかもっ」
息を切らして陽の光と一緒に一人きりだった暗闇の研究室に入ってきたスーは私に手紙を差し出す。白い封筒に、赤い紅い封蝋。
便箋を取り出して文字を目で追う。
『エウリュディケ荘園に来れば待ち人に会えるだろう____』
***
なくしたくないっておもうのに。
無くしたくないって思うのに。
亡くしたくないって、想うのに。