短編集(オリジナルサバイバーあり)
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「私ね、怖かったのよ」
揺らしたカップの中で紅茶に波紋が広がり、お互いにぶつかり、息を吸うように静まる。溶けきれなかった角砂糖が琥珀色の底に見える。
貴方は「何が?」とは訊かなかった。ゲームの無い午後3時、居るべきではない場所で紅茶を口にする。
机の上に、甘いお茶菓子、ティーポット、カップ、角砂糖が入った瓶、彼が庭師の彼女から貰ってきたという膨らみかけの花の蕾。
「怖かった、とても」
再度言う。そう、怖かった。こんなところに来て、恐ろしいゲームを繰り返して。本当にこの選択は正しかったのか?今でも自分に問いたくなる。
冬の終わりに、あの人が死んだ。
雨の降る春の午後、貴方が消えた。
眩い夏の只中に、彼女も消えた。
私の前から、まるで幻想のように霞のように、居なくなった。
彼女の書斎に残されていた私宛の手紙は『たぶん、君も呼ばれる』と。意味がわからなかった。
ただ喪失感だけがそこにあって、研究も手につかなくなって、あの人が好きだと笑った黒髪も手入れが出来ず荒れた。
泣いた、ただ泣いていた。
悲しかったのかもしれない。
苦しかったのかもしれない。
わからなかった。
わからないまま、ずっと泣いていた。
秋が来て、冬が来て、春が来て、夏が来て。
そうしてまた秋が来た。
手紙が来た。荘園から。その頃にはもう私はボロボロだった。壊れかけの人形のようだった。荘園からの手紙に、違う色の便箋が挟まっていた。開く。見慣れた文字だった。驚いて、驚きすぎて、文字を追うのに苦労した。
彼からの手紙だった。
書いてあることは少なかった。
なにも言わずに姿を消してすまないと、君の友人もここにいる、と。
そして『ここには来るな』と。
私は初めて貴方の言うことを聞かなかった。急いで身支度を整えた。髪を櫛で解かそうとするとひっかかって中々昔のようにはいかなかった。あの人が好きだと言った香りを纏った。
あの人が好きだと言った色を選んだ。会いたかった。ただ逢いたかった。
「初めて会ったとき、貴方凄く怒っていたわね」
「……当たり前でしょう」
今でも許していません、と彼は続けた。それに微笑を返す。
そう、彼は本当に怒っていた。新しく迎えられた獲物が自分の恋人だったのだから。
今ここで殺してやろうか、そう言われた。それでもいいわ、最期に見るのが貴方なら、そう返すと仮面の下の表情が歪んだのがわかった。
貴方にだったら、
私、何をされても許せるわ。
首に這わされた手を取る。皮膚が薄く裂けて血が流れる。彼女が見ている。無言で、無表情で。
そうね、私たちは狂っている。
狂っていて、それなのに常人のフリをする。
「リッパー」
「っ……」
無表情の彼女の声で彼は私から離れる。離れた数歩を今度は私が縮める。そう、今はリッパーと呼ばれているのね。あの名前でよんだら今度こそ殺されてしまうかしら。
愛しい愛しい彼の名前。
何度独りベッドの上で呼んだかわからない。死んだような日々だった。
会いたかった。
逢いたかった、ジャック。
口には出さなかった。
ただ、笑って見せた。
「怖かったのよ、貴方が居なくなることが、貴方のいない生活が、貴方が欠けたこれからの人生が、生きるという行為が」
冷めた紅茶を口に含む。少しの苦味が舌の上に残る。
「許してくれなくていい、でもこれは私が決めたことなのよ」
貴方の隣に存在できるなら、私はどんな不幸でも受け入れる。
例え地獄に堕ちても貴方を愛する。
「……そうですか」
「そうよ」
それ以上、言葉はいらなかった。
静かな午後3時のテーブルに、
貴方と2人、
お気に入りの茶葉と
甘いお茶菓子。
時に他愛もない話をして、
時に愛を伝えて、
いつか終わりが来るその日に、
貴方に殺されてしまえばいいと思う。
想う。
この選択は正しかったのか?
何度問おうと、答えはわかりきっている。
正しい以外に、なんと答えようがあるというのだろうか?
狂った閉鎖空間で、私は貴方と恋をする。
最後のゲームが行われる、数ヵ月前の話。
Next>>>『愛に墜ちる。』
揺らしたカップの中で紅茶に波紋が広がり、お互いにぶつかり、息を吸うように静まる。溶けきれなかった角砂糖が琥珀色の底に見える。
貴方は「何が?」とは訊かなかった。ゲームの無い午後3時、居るべきではない場所で紅茶を口にする。
机の上に、甘いお茶菓子、ティーポット、カップ、角砂糖が入った瓶、彼が庭師の彼女から貰ってきたという膨らみかけの花の蕾。
「怖かった、とても」
再度言う。そう、怖かった。こんなところに来て、恐ろしいゲームを繰り返して。本当にこの選択は正しかったのか?今でも自分に問いたくなる。
冬の終わりに、あの人が死んだ。
雨の降る春の午後、貴方が消えた。
眩い夏の只中に、彼女も消えた。
私の前から、まるで幻想のように霞のように、居なくなった。
彼女の書斎に残されていた私宛の手紙は『たぶん、君も呼ばれる』と。意味がわからなかった。
ただ喪失感だけがそこにあって、研究も手につかなくなって、あの人が好きだと笑った黒髪も手入れが出来ず荒れた。
泣いた、ただ泣いていた。
悲しかったのかもしれない。
苦しかったのかもしれない。
わからなかった。
わからないまま、ずっと泣いていた。
秋が来て、冬が来て、春が来て、夏が来て。
そうしてまた秋が来た。
手紙が来た。荘園から。その頃にはもう私はボロボロだった。壊れかけの人形のようだった。荘園からの手紙に、違う色の便箋が挟まっていた。開く。見慣れた文字だった。驚いて、驚きすぎて、文字を追うのに苦労した。
彼からの手紙だった。
書いてあることは少なかった。
なにも言わずに姿を消してすまないと、君の友人もここにいる、と。
そして『ここには来るな』と。
私は初めて貴方の言うことを聞かなかった。急いで身支度を整えた。髪を櫛で解かそうとするとひっかかって中々昔のようにはいかなかった。あの人が好きだと言った香りを纏った。
あの人が好きだと言った色を選んだ。会いたかった。ただ逢いたかった。
「初めて会ったとき、貴方凄く怒っていたわね」
「……当たり前でしょう」
今でも許していません、と彼は続けた。それに微笑を返す。
そう、彼は本当に怒っていた。新しく迎えられた獲物が自分の恋人だったのだから。
今ここで殺してやろうか、そう言われた。それでもいいわ、最期に見るのが貴方なら、そう返すと仮面の下の表情が歪んだのがわかった。
貴方にだったら、
私、何をされても許せるわ。
首に這わされた手を取る。皮膚が薄く裂けて血が流れる。彼女が見ている。無言で、無表情で。
そうね、私たちは狂っている。
狂っていて、それなのに常人のフリをする。
「リッパー」
「っ……」
無表情の彼女の声で彼は私から離れる。離れた数歩を今度は私が縮める。そう、今はリッパーと呼ばれているのね。あの名前でよんだら今度こそ殺されてしまうかしら。
愛しい愛しい彼の名前。
何度独りベッドの上で呼んだかわからない。死んだような日々だった。
会いたかった。
逢いたかった、ジャック。
口には出さなかった。
ただ、笑って見せた。
「怖かったのよ、貴方が居なくなることが、貴方のいない生活が、貴方が欠けたこれからの人生が、生きるという行為が」
冷めた紅茶を口に含む。少しの苦味が舌の上に残る。
「許してくれなくていい、でもこれは私が決めたことなのよ」
貴方の隣に存在できるなら、私はどんな不幸でも受け入れる。
例え地獄に堕ちても貴方を愛する。
「……そうですか」
「そうよ」
それ以上、言葉はいらなかった。
静かな午後3時のテーブルに、
貴方と2人、
お気に入りの茶葉と
甘いお茶菓子。
時に他愛もない話をして、
時に愛を伝えて、
いつか終わりが来るその日に、
貴方に殺されてしまえばいいと思う。
想う。
この選択は正しかったのか?
何度問おうと、答えはわかりきっている。
正しい以外に、なんと答えようがあるというのだろうか?
狂った閉鎖空間で、私は貴方と恋をする。
最後のゲームが行われる、数ヵ月前の話。
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