恋人編
名前変更
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「はぁ~美味しかった~!」
その日の夜、ご飯を食べ終えた緑谷は満足そうに息を吐いた。
宣言通り泉は仕事後に兄の家に帰ってきて、夕飯に親子丼を用意した。
「でしょ!?」
泉は嬉しくなって興奮気味に答えた。
「上手になったでしょ⁉もう不器用な泉じゃないのよ!轟さんだって泉の作る親子丼は美味しい!って言ってたくさん食べてくれるんだからね…!」
上機嫌になり鼻歌を歌いながら、泉は片付けをしようと席を立った。
「いいよ、片付けは僕がやるから。お茶飲む?」
緑谷は食器をまとめて持つと、台所に向かった。食器をシンクに置いて水を流しながら、棚から茶葉を取り出した。
「飲む!」
「緑茶?ほうじ茶?」
茶葉を見せると、泉はうーんと少し悩んでから緑茶を指さした。
「緑茶!」
実家にいたときのようだった。緑谷は泉が何故自宅にいるのかを忘れてしまうくらい、リラックスしていた。
「轟さんね、泉の作るものなんでも美味しいって食べてくれるんだ。焦がしちゃったり味が薄かったり濃かったりしても、美味しいっていっつも」
「そっか。轟くんは?料理するんでしょ?」
「するよー!でも何かと蕎麦にしたがる
の。たぬき、てんぷら、きつね、カレーって」
「轟くんらしいね」
「だから3回に1回はお米にしてください!ってお願いしたの。そしたら、しゅんとしちゃってね、眉毛こんなにして」
泉は眉間に皺を寄せて、眉尻を下げた悲しそうな表情を作って兄に見せた。
「苦しそうな顔して、渋々分かったって言ってね…」
可笑しそうに笑っていた泉は、喧嘩した轟のことを思い出して悲しくなった。今朝まであんなに怒っていたのに、今は少しだけ寂しくなっていた。だからと言って泉の中で許容できない部分を、しょうがないと言う轟を許せるわけではないのだが。
「今日何食べたのかな…」
ため息をついて、呟いた。時計を見ると8時半だった。
今日の轟は遅番だったはずだ。朝4時半まで起きてて、ほんの少し寝てだけで良い仕事が出来たのだろうか。怪我はしてないだろうか。
泉は椅子に足を乗せて、抱き抱えると膝に顎を乗せた。
「はい、お茶」
洗い物を終え、お茶を持ってきた緑谷は再び食卓についた。先ほどまで嬉しそうにしていた泉は、今はとても暗い顔をして兄を見上げた。
「ありがと」
緑谷は泉が何を考えているかすぐに分かってしまった。
「心配?」
そう尋ねると泉は、先ほどの考えをなかったことにしようと首を振った。
「そんなことないもん」
口を尖らせている様子を見ても、緑谷には強がりにしか見えなかった。
そのとき、チャイムがなった。
「誰だろ」
緑谷はモニターを確認すると、轟だった。何か迷っている様子で行ったり来たりしていた。
「轟くんだ。迎えに来たんじゃない?」
「えっ!」
泉は嬉しそうにぱっと顔を上げたが、今朝「帰ってあげない!」と言ったことを思い出してそっぽを向いてしまった。
「やだよ、謝ってもらわなきゃ帰らないもん」
「はいはい」
緑谷は真面目に取り合わずに「今行くねー」とモニターの向こうにいる轟に声をかけて玄関に向かった。
残された泉はとりあえずお茶を飲んでみた。
「こんばんは、轟くん」
緑谷は玄関を開けて、友人に笑いかけた。
「入る?」
「あ、いや、泉がどうしてるか気になって気がついたらここに来てただけだ。…帰る」
いつもと変わらない表情でそう言いながら、轟は部屋の奥へ視線を向けていた。
行ったり来たりしていたのは、呼び鈴を押してしまった手前勝手に帰るわけにもいかないと思ったのだろう。
「泉、なんか言ってたか?」
遠慮がちに問うと、緑谷は困ったように笑った。
「たぶん君に言ったことばかりだと思うよ。泉はかっちゃんが僕をデクって呼んだのがものすごく嫌だったんだよね。未だに許せてないくらいだし…」
「仲良いのにか?」
「うん、まあ…。それとこれは別の話みたい。泉にとってかっちゃんもヒーローだから」
聞いていたら本当に許せないことを泉は知らないから…と、緑谷は心の中で独りごちた。こればかりは誰にも言えない。
「…でも、泉もどうかと思わねぇか?現場で緑谷に会ってもお兄ちゃんお兄ちゃんって。ちゃんと呼べてねぇのはそっちだろ。なぁ?」
「まぁ…それはそうなん…」
「何でですか!」
緑谷の返事に被せるように泉の声が聞こえた。部屋の奥から泉が憤慨した様子でやってきた。
「お兄ちゃんをお兄ちゃんって言って何が悪いんですか!?先輩って呼んでる人もいるじゃないですか!」
「兄妹と先輩じゃ話が違うだろ」
「プライベートでお兄ちゃんのことデクって呼ぶなんて言語道断です!一般市民じゃないんですから!」
「玄関なんだから…」と緑谷が声をかけるも2人の耳には届いていないようだ。
「プライベートだなんだって言うなら、お前も公私しっかり分けるべきだろ」
「お兄ちゃんなんだから良いんです!皆私がお兄ちゃんの妹だって知ってますし!」
「お前が散々デクをお兄ちゃんって呼ぶから知られてるだけだろ。…ったくお兄ちゃんお兄ちゃんって…お前はデクのことしか頭にないのか!」
「大好きな人のことはいくらだって考えますけど!ってまたデクって言いましたね⁉」
「緑谷はデクだろ!」
「もう良い加減にしてよ!!」
家主である緑谷そっちのけで、言い合いをヒートアップさせる2人に流石の緑谷も堪忍袋の緒が切れたらしい。
「僕を巻き込むな!喧嘩するなら君らの家に帰れ!」
緑谷は裸足のままの妹を玄関の外へ押し出した。靴をぽいっと投げると扉を閉めてしまった。
追い出された2人がぽかんとしていると
再び扉が開いた。泉の少ない荷物を詰めたバッグを外側の取手にかけて
「今晩は来るなよ!」
と言って扉を閉めて鍵をかけてしまった。
泉は兄に怒られたことがショックのようで首を垂れながら、靴を履いてカバンを持った。カバンの中から変装用のメガネを取り出してかける。振り返って轟と視線が合うが、言葉が出てこなかった。
「…帰るか?」
先に口を開いたのは轟だった。泉は小さく頷いて応えると2人は伏目がちに歩き出した。
「…夕飯何食べました?」
歩き出してすぐ泉は轟にそう聞いた。もしかしたらまだ怒っていて、返事はないかもしれないが。
「まだ食べてない」
轟が答えてくれたことにほっとした泉は、気になっていたことを尋ねた。
「仕事、大丈夫でしたか」
「…問題ない」
「怪我は…?」
「してない」
「…ちゃんと休息は取ってください。活動に支障が出ます」
「…そうだな」
轟は相槌を打って黙ってしまった。何か言おうと泉が口ごもっていると、再び轟が口を開いた。
「泉は」
「えっ?」
「何食べたんだ?」
「…親子丼です」
「泉が作ったのか?」
「そうですよ」
「…いいな。俺も食べたかった」
少ししてから轟が答えると、俯いていた泉は立ち止まってぱっと顔を上げた。謝らなくちゃ。
「轟さん!ごめんなさい。夜に家を飛び出して連絡もなく帰らなくて」
「…心配した」
少し先で立ち止まった轟は心配そうな顔で泉を見つめていた。
「お兄ちゃんのこととなるとどうも冷静さを欠いてしまうようで…」
「…知ってる。でも俺も悪かった、と思う。泉にとって譲れねぇものなのに。ごめん。今後は気をつけるようにする」
「私も仕事中にお兄ちゃんって呼ばないように気をつけます」
泉は轟の手を取った。
「今日はもう遅いですから、明日親子丼作ります」
「…楽しみだ」
嬉しそうに笑った泉に、轟はほっとして穏やかな笑みを浮かべた。
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お兄ちゃんの独り言
「僕が美味しいって言ったら、嬉しいって返ってくると思ってたんだけどな…。ちょっと寂しいな…」
2021.01.27
→おまけ。小話と作者によるこぼれ話