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夫婦編

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緑谷妹
爆豪妹


急いで帰らなければいけない、と焦っていた。
慌てて着替えたせいで、Tシャツの前後が逆だということに走っている途中で気がついた。少し首が苦しい。

仕事終わりにかけてきた緑谷の電話の内容を思い出す。
いつもと違う調子の声に、嫌な予感がした。

「あ、轟くん?まだ仕事中?もう終わる?…良かった。悪いんだけど、今日ってすぐに帰れそう?がね…、今日の現場で…助けられなかったみたいなんだ…。亡くなった男性の奥さんがね…、近くにいたんだって…。あの子、きっと自分を責めてると思うから、隣にいてあげてほしい」

そういう役目はお前じゃないのか、と返すと電話の向こうで緑谷が笑った気がした。

「僕は現場に行ってないんだけど、ちゃんが電話をくれたんだ。僕のところに行くって言うかと思ったら、帰るって言ったんだって。…あの子にとってそういうのはもう、僕の役目じゃないんだよ」

どうかよろしくね。
そう言って緑谷は電話を切った。
困ったように苦笑いをしている気がした。

ヒーローという仕事柄、必ず向き合わなければいけないこと。それは、死だ。

自分も経験した。
やりきれない感情に支配され、翌日の仕事では身が入らず、先輩に怒られた。


走って走って、たどり着いた家の前で、玄関に鍵を差し込もうとした手を止めた。

俺に一体何が出来るんだ。
が安寧地にしていた兄のようにはなれないし、の方がよっぽど肝が据わっている。
家に帰る、と本人が言った。泣きはするだろうが、きちんと気持ちを整理して帰ってきてるだろう。
余計なことをしない方がいい。

いつも通りにしているのが、一番いいだろう。

呼吸を整えて、鍵を差し込んで回した。玄関にはの赤い靴が、きちんと揃えられていた。
廊下には、黄色いリュックサックがちょこんと座っていた。

リビングが明るいことに、少しほっとした。

「ただいま」

リビングの扉をあげて、そこにいるだろうに向かって声をかけた。

おかえりなさい

いつもの笑顔ではなくとも、少し疲れた顔でその声を聞けると思った。

はリビングのソファに座っていた。
振り返らないので、聞こえなかったのかともう一度声をかけた。

。ただいま」

肩を振るわせ、驚き振り返ったに自分の考えがいかに甘かったのかを悟った。

声もなく、静かに泣いていた。
咄嗟にかける言葉もなにも思い浮かばなかった。

「あ…」

ぼーっとこちらを見ていたは、少し間を空けてから、俺が帰ってきたことにようやく気がついたようだった。涙を急いで拭う。

「お帰りなさい。なんか目にゴミが入ったみたいで、全然取れないんです」

嘘だ。ぎこちない言葉でもなくても、すぐにわかる。
無理矢理に笑みを作ろうとしていた。

なんでしょう、全然取れなくて。
そう言いながら、何度も目を擦る。
ゴミなんかではないことは分かっている。

近づいていって、涙を拭うの手をそっと取る。涙を流し続けながら、呆然とした顔でこちらを見上げた。

「…泣いたっていいだろ」

大きく目を見開いたあと、くりっとしたその瞳から、さらに大きな涙がどんどん溢れていた。

「…かぁ…。あぁ、もう、なんで言っちゃうのかなぁ…」

俯いて絞り出すように呟いて、救えなかったんです、と言った。
しゃがみこんで、下からの顔を覗き込んだ。

「…うん、聞いた」

「彼の奥さんが……口をぎゅっと結んで、ただ私をずっと睨んでるんです。…お前のせいだ、お前のせいで夫が死んだんだ。なんで助けてくれなかったんだ」

言葉が詰まる。

「…なんのっ、ための…!ヒーローなんだって……!」

大きく息を吸い込み、吐き出す。

「一言も言わないのに、強い瞳だけで全部分かってしまうんです…!」

どんな場所で、どんなことがあって、どんな対処をしたのか。
事のあらましは帰宅途中に調べてきた。
の行動は間違っていないと思う。自分が同じ状況でも、と同じ行動を取っただろう。

だが、時として自分でもどうしようもないことが起きるのだ。

ヒーローとしてかける言葉は知っている。だけど、その言葉をかけたくはなかった。

今、目の前にいるのは、ヒーローではなく、自分の大事な人だ。

そっと抱きしめると、すぐには声をあげて泣き出した。
それで良い、と思う。

「よく、頑張った。お疲れ様」





おまけ

さんざん泣きじゃくったは、落ち着くと、ごはん食べます、と呟いた。

立ち上がると、真っ直ぐキッチンへ行った。

「焦凍さん、ご飯食べましたか?」

「いや、まだだ。何食べる?」

そばに行くと、はまだ涙が止まらないようで、鼻を啜った。

「簡単に食べられるものがいいよな。レトルトカレーなかったか」

ストックの入っている棚を開ける。すぐに目当てのものを見つけた。

「…ごはん、まだ冷凍庫にありましたよね」

は冷凍庫の中からごはんを取り出してから、野菜室を開けた。
2人で手分けしてご飯の支度をした。
湯を沸かして、レトルトカレーを温め、ご飯を電子レンジで温めた。野菜室に入っていたトマトをが切って皿に乗せた。

「いただきます」

一口、カレーを口に運んで涙をこぼれた。
咀嚼しながら鼻を啜る。
もう一口、二口と食べるたびに涙がこぼれ落ちた。

もう大丈夫だ。

生きて行かなければいけない。
すくみそうになる心を、奮い立たせなければいけない。

「明日、仕事休むか?」

静かに首を振った。

「そうか」




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